ALMOND GWALIOR −173
「ごちそうさま!」
「ごちそうさま、美味かった!」
 ハイネルズ作成豆乳プリンの行き先は、シャバラとロレンの店。エルティルザとバルミンセルフィドも手伝っているので差し入れするために作ったのだ。
「そう言っていただけると、なによりです」
 ハイネルズは皿を積み上げて持ち帰り用の鞄にしまう。いつも食事をしにきているので皿はシャバラのところに置いているが、洗うのは管理区画に持ち帰ってからにしている。最初はそんなに気を使わなくていいと言ったのだが、三回ほど言っても持ち帰るので、二人はそれ以上言わないことにしていた。
「ハイネルズみたいな顔って、お菓子作るの好きなんだな」
 シャバラは”アシュ=アリラシュ顔”を眺めつつ、しみじみとおかしな事を言い出した。
「はい?」
 ハイネルズの顔はお菓子を作りそうか? と聞かれたら、殆どの人が「作らなさそう。作っても……」と答える顔だ。
「あの茶色いのがロガのところに持って来た菓子って、全部ハイネルズに似た王子様が作ってたんだろ」
 シュスタークがロガを訪問する際に持って来る料理。料理を好んで食べてもらう為に味覚を調べる必要があり、帝国では皇帝持参の弁当以外にも、菓子をロガに渡し様々なデータを取っていた。その菓子を運んでいたのは”茶色いの”ことカルニスタミア。
「……」
「茶色いの……は、ライハ公爵殿下だっけ? が、そう言ってた」

**********


 行儀悪くローチェストに腰をかけているのはイデスア公爵にしてデファイノス伯爵ビーレウスト=ビレネスト。
 体格といい色彩といい、一瞬みただけではシュスタークと見分けの付かない程に似ている。
 もっとも一瞬だけであって、よく見ると似てはいない。シュスタークよりも目は細くそして鋭く、口は大きい。髪の色も皇帝特有の “星の瞬きをまとった黒” とは違い、本当の黒で柔らかさがある。
 帝国で最も聴覚の発達している男は目を閉じたまま、ロガの警備にあたっていた。
 自分に近付いてくる「小さな足音」にビーレウストは目を開き、ローチェストから立ち上がり、すこしだけ腰落として長い指が特徴的な掌を胸に添えて軽く礼をする。
「イデスア公爵さん」
「なんでございましょうか后殿下。それと俺のことはデファイノス伯爵と呼んでください。ビーレスウトでも構いませんけどね」
「あ、はい。デファイノス伯爵さん、お願いがあるんですけれど……良いでしょうか?」
「このデファイノスに出来ることでしたら」
 顔をほんのりとピンク色に染めてビーレウストを見上げるロガ。
『陛下とかカルには可愛くみえるだろうなあ。俺はもう少し大人で派手な方が好みだが』
 誰もお前の好みなど聞いていないと言われそうなことを思いながら、ロガの言葉を待つ。
「あのですね、お菓子の作り方教えて欲しいんです」
「……菓子ですか?」
 突然のことにビーレウストは驚いた。教えるのことが出来るかどうかは別の問題として、銃器の扱いや体術の指導なら解るが、何故目の前にいる皇帝の正妃は自分にそんなことを依頼するのだろうか? 周囲にいる者達も、これほど不適切な人選はないだろうと思いながら事態を静観していた。
「はい。あの、前にカルさん、じゃなくてカルニスタミアさんが持ってきてくれてたお菓子とっても美味しかったです。だから、ちょっと教えてもらえたら嬉しいなとおもって」
 ナイトオリバルド様に今度こそ成功させて食べてもらいたいので、教えてくださいと言ったロガに、
「そのように言っていただけるとは。后殿下たっての願い、このデファイノス喜んで。あー少々用意してまいりますので、お待ち下さいね。警備はアジェ伯爵に」
 女好きは最高の笑顔で答える。
 突然の連絡を受けた、警備を交代してやったサドホモ名高い実兄は、
「任せたぞ、シベルハム」
「いってらっさい、我が実弟よ」
 実弟の内側からあふれ出している闘志にエールを送った。
「あいつどうしたんだ? ところで何処に向かうつもりなんだろうな」

 適当な男である。

 “王子” としては十三歳のケシュマリスタ王太子と同数の国軍しか率いていないカルニスタミアの艦隊に緊張が走る。
 突然の警告音と共に戦艦をすり抜けてくる “突撃専用機”
 通常は惑星などに強襲をかける際に使われる、対空防御攻撃をすり抜ける速度を得ることが可能な、着陸機能を有しない機体。
 着陸機能の代わりに備わっているのは、酸素に触れると粘着性の高いゼリー状の物体が、ぶつかった衝撃により稼働する様に出来ているだけ。
 それを放出・ゼリー状にするための装置が付いている射出孔、ゼリー放出口のそれをクッション材にして、無理矢理止まる形を取る。それだけが動きを止めるものであった。
 衝撃は常人であれば十割の確率で死ぬと言われる程。
「エヴェドリットの突撃艇がライハ公爵殿下の旗艦に! うわあ突き刺さった!」
 相手の懐に飛び込み、自力で飛び出して攻撃をしかけるという原始的でありながら、人間とは一線を画した生き物以外には不可能な攻撃方法。
「一体何事だ?」
 私室で襲撃を受けたカルニスタミアは、側近に声をかけて報告を聞いてビーレウストが突撃した場所へと向かった。
 突撃する場所は選んでいたようで、死者や負傷者は居なかったが、艦の動力に破損を受けたために航行不能となってしまった。それでも二人とも特に気にするわけでもない。
「カルゥ!」
 突撃艇から降りて “カル呼べ!” と怒鳴りつけているビーレウストに、破損を直すべく集まってきた兵士達は遠巻きに “お待ちください、お待ちください” と言うしかなかった。戦場で興奮したエヴェドリットに近寄るなというのは、軍の教本にも書かれている程。
 軍属しなくとも、幼い頃から教えられるものだ。
 三つ子の魂百までもで怯えている兵士達を押しのけて、
「なんじゃ、ビーレウスト」
 カルニスタミアは普通に声をかけた。
 側近達が兵士達に “修理は王子が席を外してから” と一度撤収させる。
「“なんじゃ” じゃねえよ、カル!」
「理由を言え、理由を」
「手前! 何時の間に俺が后殿下の菓子作ったことになってんだよ!」
「后殿下に渡した菓子を作ったのがお前となっていることか?」
「そうだ!」
 ああ、そう言うことか……といった表情を隠しもしないカルニスタミアは答えた。
「菓子を渡す際に “同僚が菓子作りが好きで余している” と言って渡した」
「それが俺と、どう繋がるんだよ!」
「同僚と言った手前、あの時の同僚を挙げた」
「だからなんで俺なんだよ!」
「ザウディンダルは作らんし、キュラに作れといったら叱られるし、エーダリロクは爬虫類食になりかねんから、お前が最も安全であり妥当だった」
 旗艦に特攻をしかけてくる王子を選んだのは、果たして妥当で安全な人選なのだろうか? 誰もがそう思うだろうが、誰も何も言わない。
「普通にアイバス公爵が作ってたって教えりゃいいだろうが!」
「儂は后殿下に嘘つくのは嫌だ」
 まるっきり悪びれない “王子” を前に、怒りもどこかに飛んだかのように肩を落とす。
「ぶはっ! ……お前……」
 それを気にせずに話を続けるカルニスタミア。
「后殿下に嘘をつくくらいなら、周囲に甚大な被害が及んでも甘んじて受けよう」
「被害が及んでんのは俺だよ!」
 自分を指さすビーレウストの肩に手を置き、真剣な顔で告げる。
「作り方覚えて、教えて差し上げてくれ」
 訂正するつもりは全くないことは、自分の肩を握っている手の力で感じ取ることができた。
「無茶苦茶……これだから王子様ってのはよぉ!」


 あなたも王子様ですデファイノス伯爵ビーレウスト=ビレネスト殿下


 テルロバールノルは頑固で、エヴェドリットは戦闘以外には執着心を持たない。その結果、ビーレウストはカルニスタミアの口から訂正させることを諦め、自らもロガの勘違いを訂正することを放棄した。
 ビーレウスト=ビレネスト、戦闘や殺戮に関してはこだわりもあるが、それ以外は結構流される男である。

**********


 テルロバールノルの王子がそのように后殿下に告げたのだ。それを彼らに訂正する権利も自由もなければ、
「ああ。そうですか」
 義務も責任もない。
「ライハ公爵殿下が言われたのでしたら間違いありませんね」
 それにシャバラとロレン、その他大勢の奴隷が”アシュ=アリラシュ顔は料理作るんだ”と思っていたところで、然程問題にはならない。
「そうですね。この顔は割と”調理”が大好きですし、得意です」
 最後にハイネルズが何時も通り嘘を言わずに締めた。

―― 際どいよ、ハイネルズ……際ど過ぎるよ……

 もちろんその顔がする”調理”は人間に対してのことである。

 そんな多種多様な誤魔化しとその他諸々を、使った食器と共に鞄にしまい込み、
「それで、ベッドでしたっけ?」
 豆乳プリンを食べている最中に話題になった、
「向かい側の家」
 ベッドの処遇。
 シャバラとロレンの家の向かい側には、タウトライバが足を切り身をやつして警備についていた。地下にはデ=ディキウレもいたが、そんなことは二人とも知らない。
 そのタウトライバが居たころ、ロガが以前使用していたベッドが運び込まれた。その後タウトライバはロガが后に迎えられると同時にその家を後にしたのだが、その際ベッドは残していった。
 そのベッドをどうしようかと奴隷たちは悩んでいたのだ。
 普段なら誰も使っていないベッドは、みんなで話合い引き取るのだが《皇帝のところに引き取られた奴隷》が使っていたベッドを、奴隷が勝手にしていいのか? そう考えていたところにこの三人がやってきた。

 本当はもっと早くに尋ねる予定だったのだが、三人の勢いに負けてすっかりと忘れてしまったのだ。その猛攻に最近やっと慣れて、世間話として尋ねた……となった。

 ロガが家族と生活していた時のベッド。
 どうした物か? と考えて、三人は一旦引き取ることにした。置き場所に困ることなどなく、運ぶ労力も、
「任せてください。この程度の重さなら片手でも平気です」
「バルミンセルフィドの腕力ならそうだろうけど、丁寧に扱ってね」
「はい、注意しますよエルティルザ」
 まったく問題ない。
 空き家からベッドを運び出し、壁に一度立てかける。
「お前たちって、本当に凄い力持ちなんだな」
「力はありますよ」
「特にバルミンセルフィドが凄いのですよ☆」
 ハイネルズはベッドマットやシーツなど、細々した物を抱えて出てきた。驚きと称賛を浴びたバルミンセルフィドは、
「いや、ベッド運ぶくらいなら……そんな」
 華のある優男風の顔を少し赤らめる。バルミンセルフィドが女性に人気がある理由の一つが、この格好良い照れ具合。
「いやーもてるよねえ、その表情」
 エルティルザは同じ状況の場合、もっと大げさに照れてしまい頼りなさげに見られ、
「そうですねえ。ちなみに私が顔赤らめると、人殺すの我慢してるの? って言われるのはどうしてでしょうね」
 ハイネルズは照れることなく方向性を間違ったことを口にするので、最早論外。
「私よりも父上のほうが凄いですけれどね。キャッセルさまも力は強いですね」
「あの金髪のキャッセルさんには驚かされたぜ。でもそのキャッセルさまと、エルティルザの親父さんや、バルミンセルフィドの親父さんが異父兄弟だってのは解らなかったなあ」
「敢えて汚れて姿を誤魔化していましたからね」
「シュスターク帝がロガを迎えにきた時、エルティルザの親父さんの正装ってやつを見たんだが、そうするとシュスターク帝には似てるんだけど、キャッセルさんはなあ」
 兄弟だとはまず気付かないほど、似ていない。
「本当に凄かったよな、シャバラ。だって普通にベッド担いで歩いてくるんだもん。重そうとかそういうの感じられなくて吃驚した。普通に歩いてるんだけど……普通に見えないってか。ごめんな、お前たちの伯父さんなのに」
 300kgの銃を普通に抱えることができるのだから、ベッドの一つ持ち運ぶのくらいキャッセルにとっては造作もないこと。
「あの容姿はそう感じさせるのですよ。気にしないでください」
「そうです。あの容姿、ケシュマリスタ容姿ですが、あれは”普通にしていてはこの世界につなぎ止められない!”と見ている者を焦らせ、性犯罪を呼ぶ容姿……なのだそうです。勝手に犯して犯罪者になって”あいつが綺麗なのが悪いんだ!”は笑えない冗談では済みませんけど、実際は多いんです。一体どんな思考回路が働くのやら」
「そうなのか……」
 あの綺麗さならそう言う事もあるだろうな……とシャバラは感じ表情を強張らせたが、
「でも強くなればそんなことはありません。キャッセルさまは強いですから、なんの問題もありませんよ☆」

 ―― 強くなる前は、酷い有様だったようですけれどもね

 その部分をぼかして。
「良かった」
「ええ。ちなみに、キャッセルさまと私の父上は瓜二つですよ」
「それもまた、全く想像が付かないんだよなあ」
「私はどちらかというと母親似なのかもしれないような、でも違うような☆」
 ハイネルズがそんな話をしている脇でエルティルザはベッドを眺めながら、このベッド交換から起こった悲惨な出来事を思いだしていた。

**********



 いきなりベッドを持ってロガの家に乱入した帝国側だが、彼等には彼等なりの目的があった。
 ベッドを持ち込んで泊まらせて……というのもあるのだが、それ以上に安全性の確保のために、ベッドの中にリスカートーフォン公爵が持って来た、許可なく開発していたバリア発生装置を仕込んできたのだ。
 ロガを守る事も視野にいれているので、外部動力と組み合わせ連続稼動させることとなった。
 持ち込まれたベッドは、バリア発生装置とそれを維持する外部動力を覆ったものである。キャッセルは部屋から出る前にスイッチを入れて、軽く空に手を上げてポーリンことタウトライバの元へ向かった。
 それを見送った皇帝とロガは家の中に入った。それを監視映像で見守っていたデウデシオンと、
「さて、これでロガの安全も確保できたというわけか。室内の映像を出せ、クリュセーク」
 弟の一人クリュセーク。
 命令どおり、内部映像を出そうとしたのだが、
「閣下!」
「どうした? クリュセーク!」
「映像が映りません!」
「何だと!」
 急いで彼は機器の故障を探る。操作卓を変えたり透過映像用の衛星を変えたりと必死に作業をするが、画面は真黒なまま。
 そうしているうちに、一人の男が部屋に入ってきた。
「帝国宰相。大分前に渡したバリア発生装置だが、ベータ版だったために透視映像不可になることが判明した。だから、こっちに……」
 同じ形のバリア発生装置を持って来たリスカートーフォン公爵。
「……ザセリアバ」

 彼が愛という名の牢獄に直行させられたのは言うまでもない。

**********


「どうしましたエルティルザ。ベッドの前で黄昏れて」
「いや、ちょっと思いだし……笑い?」
「笑ってませんでしたけど」


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