ALMOND GWALIOR −157
「我輩はケシュマリスタのザンダマイアスらしく、隔離されていだのだけれどもね」

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「以上だ」
 当初の予定よりも早くに帝星を発ち、前線に向かっていたエヴェドリット勢は「仮称ジルオーヌ計画」の最終打ち合わせを終えた。
 計画の骨子の一つ”建前”。その建前上は「リスカートーフォンの僭主狩り」である以上、彼らが前に出る必要がある。
 言われなくても前に出る性質の一族だが、その前段階である皇帝の初陣に従って対異星人戦で戦死する確率も高いので、計画の全てを全員が知っておく必要があった。
 王族であるザセリアバ、シベルハム、ビーレウストの他に、リスカートーフォンの双璧侯爵家と呼ばれるシセレード公爵家当主ストローディク=スフォレディクと、バーローズ公爵家次期当主エレスバリダ=エリセレンダが席につき、書類目を通しつつ、作戦に穴がないかどうかを確認していった。

【a.僭主も機動装甲を所持している可能性がある】→ザセリアバ王とシセレード公爵の二名が出撃
【a1.どちらかが死亡していた場合】→ビーレウストが入る
【a1-1.ビーレウストも死亡していた場合】→ロヴィニアから帝国騎士を借りる
 リスト(機動装甲使用料金込)
00.エーダリロク[不可]
01.サシュネクロイア[1分:10万ロダス(約100万円)]
02.クロエ[1分:8万ロダス]



 
「ロヴィニアから借りるのか。料金は妥当っちゃ妥当なんだろうな」
「我等は帝国騎士の貸し借りしたことないから解らんが」
「帝国側から借りることはできないのか?」
「帝国側から借りた場合は、料金その物は”ない”だろうが、別の条件が設けられることは明らかだ。交渉する必要がある」
「金の方が楽か」
「楽だろうな」
「使用したミサイルなんかは、後日請求か?」
「そうなる」
「それじゃあ使った数をカウントするための部隊が必要になるよな。それを帝国側に依頼したらどうだ? 当事者同士では諍いになりそうだ」
「それはいいな。あいつらのことだから、なにをしてくるか解らん」

 ”仕方ないロヴィニアに打診するか”と、連絡を取り帝国騎士の確保することができ、これで「気兼ねなく戦える」と、全員が笑顔になった。
 エヴェドリットは戦わないと不審の目で見られるが、ロヴィニアは出し惜しみしても不審がられないので、帝国騎士の確保は簡単である。
『では前金を貰っておく』
「ああ」
 ”借りる”かどうかは解らないが、契約金をザセリアバは支払った。
「ところで、お前抱き締めているそのノートはなんだ?」
『裏帳簿』
「……脱税してるのか?」
 裏帳簿といえば脱税、これは疑いようもないことだろう。
 今回のように全てが秘密裏に行われる際の契約金は、たしかに表だっては記入できないが、まっすぐ裏帳簿に記入されるということは、
『もちろん。表に出すつもりはない』
 そういう事である。
「ちゃんと個人収入にかかる税金払っておけよ。追徴課税払いたくはないだろう?」
 前世紀の王とは違い、帝国は王であろうとも税金は支払うことになっている。相当に優遇され、かかる税率も低いがそれでも支払っている。
 王にかかった税金は皇帝に支払われ、皇帝にかかった税金は四分割されて王に支払われる。
『脱税しない強欲などいない!』
「……まあ、いいけどよ」
 帝国騎士の貸し借りに関する料金が、ロヴィニア王の懐直結なのか? ロヴィニア王国軍に収められるものなのか? 他王家には明確に解らないので、ザセリアバは”どうでもいいや”と話を打ちきった。
 税金と脱税。決算書や予算書など、金に関するランクレイマセルシュ知識量のすさまじさに圧倒されて、いつもザセリアバはこの手の話題になると話を打ちきる。

 通信を切ったあと、五人とも何とも言えない面持ちで、ランクレイマセルシュが消えた画面を眺めていた。
「密告するか?」
 尋ねたザセリアバ自身は、帝国宰相に告げるつもりはない。
「自王家の王の懐にだって興味はねえのに、他王家の王の懐なんざ、どうでもいい」
「同意する。ロヴィニア王の懐はのぞきたくもない」
 王族ではない二名は、拒否した。
「密告して戦争になるならやっても良いが、あいつらは地味にチクチク責めてくるからな。戦えないのならば密告しても仕方ないと思う」
 シベルハムの意見。
「帝国宰相とランクレイマセルシュが戦えばいいだけの話だろうよ。見なかったことにしておこうぜ」
 そしてビーレウストの意見。
「よし」
 五人は会議を再開したが、集中力はかなり失われていた。

「ま、どれほど作戦立てて万全を期しても、相手がいることだから、どうなることか」
 シセレード公爵が書類から目を外して、飽きたと言うように椅子に座ったまま体を伸ばす。
「確かにな」
 ビーレウストも同じように、飽きたとばかりに肩を回した。
「じゃあ、飯にでもするか」
 ザセリアバの合図で会議卓にクロスがひかれて飾り付けられる。
 一応他王家との連携があるのでいつも以上に綿密な計画確認を行っていたザセリアバだが、本人自身《作戦通りに行くわけねえだろ》とは思っていた。
 もちろん作戦や対処方法を考えるのは必要で、勝つためには重要だということも知っているが、基本彼らは戦うことが好きで、勝つことに関してあまり重きを置かない。
 生存に関してはもっと軽く「生きてたらもう一回遊べるかな」くらいのもの。この生存に関する希薄さがエヴェドリットと連携する際、もっとも厄介。
「で、正直どんなもんよ」
「そいつらの乗ってる機動装甲のほうが高性能だったらどうする」
「むしろさ……」
 そんな彼ら五名で食事をしつつ、好き勝手言いながら料理を平らげていった。
 ひたすら食べて飲んでいるビーレウストに、
「ビーレウスト」
「なんだ?」
「エーダリロクからなにか連絡はないか?」
 ザセリアバが声をかける。
 ビーレウストは会議などは発言するが私語の部類、とくにエーダリロクに関することは自分から話したりしない。
 あまりに馬鹿な騒ぎしかしていないので、語りようがないというのが主な理由である。
「髪の毛生やしたぜ! って連絡はあったけどな」
「そうか」
「なあ? ザセリアバ」
「なんだ」
「ヲイエル=イーハについて、なんか知ってることある」
「お前に似てたってくらいしか知らねえな。フュライニエなんて、我やお前が生まれる前に死んでるヤツだ。解るわけがない」
 フュライニエとはヲイエル=イーハのエヴェドリット王子としての爵位。
「だよな」
 ビーレウストと良く似ている、リスカートーフォン特有の容姿を持っていた第二王子で、ディブレシアの最初の夫四名のうちの一人。
 食事をしている五名にとっては、そのくらいしか知らない人物。
「知っているとしたら、シセレードの妃くらいじゃないか?」
 シベルハムが、かつての姉嫁で現シセレード公爵妃セルガーデイゼのことを挙げる。
「……そっか」
 昔自分を可愛がってくれた姉嫁を脳裏に描き、ビーレウストは頷く。
「なんだよ。”あとで聞いてみよう”って顔して。なにを聞こうとしてるのか、教えろよビーレウスト」
 現夫であるシセレード公爵が、からかい半分で声をかけた。
 自分の妻がこの王子のことを気に入っていることは彼も知っている。それに関して不快感などはない。
 妻がビーレウストを息子のように扱っているので、シセレードとしてもビーレウストを息子のように感じていた。
「大したことじゃねえよ」
「じゃあ言っても良いじゃねえか」
「まあなあ。あのよ……俺の記憶違いかも知れねえんだが、親父がさ」
「ガウダシア王がどうした?」
「親父がさ、ヲイエル=イーハが死んだこと”腹立たしい”とか言ってた記憶があんだよな」
 行儀悪く手に持っていたフォークをシセレード公爵に向けながら、歯切れの悪い雰囲気で質問に答えた。
「死んだからだろ?」
 シセレード公爵の隣に座っている、バーローズ公爵家の次期当主がもう一皿持って来いと指示を出しながら会話に混ざる。
「そういう意味だよ、エレスバリダ」
「どういう意味だよ? ビーレウスト」
 目の前の皿がなくなったスペースに手を置き、人差し指でテーブルを軽く叩く。
「親父はなんでヲイエル=イーハが死んで”怒った”んだ?」
「だから死んだ」
「待て、エレスバリダ。ビーレウストが言ってるのは、そういう意味じゃない」
「なんだ、シセレード公爵」
 ビーレウストの歯切れの悪さに、シセレード公爵はあることが思い浮かんだ。
「ああ、そう言えば父は確かに怒ってたな」
 言ってシベルハムはステーキを口に放り込み噛みながら頷く。
「あの祖父さんが、死んで怒るったらただ一つ。勝負に負けたってことだろう」
 死んだ父親の記憶は定かではないが、エヴェドリットは、リスカートーフォンは斯くありという姿だった祖父王のことを思い出しながら、ザセリアバは口元をナプキンで拭いた。
「ヲイエル=イーハは無抵抗で殺されたのか?」
「違うだろ」
「違うだろうな」
「勝負して負けたんだろうよ」
「力で負けたってことか。あの先帝はたしかに腕力はありそうだな」
「脚の力も性器の力も尋常じゃなかったんだろ」
「それでよ、ヲイエル=イーハの直接の死因って、当然核破損だよな」
「だろな」
「だろうよ」
「兄の寿命は長い方だったと聞いた」
「脊椎核をやられた訳か。だが死因は性交による死亡だったぞ」
「あーそういやよ、セルガーデイゼが夫だったリーデンハーヴから聞いたところによると、先帝は、首を絞めてヤルのが好きだったって。その途中で死んだんじゃねえのか」
「人間でいうところのアスフィクシオフィリア(脳を低酸素状態にすることで性的興奮が得られる性的嗜好のこと)ってことか?」
 彼らは首を絞められても死にはしない。脳が低酸素状態になる以前に、生身で宇宙空間に出ても死なない者のほうが多い。
 だが首を絞められると個人差はあるが、多少の息苦しさを感じるように出来ていた。
 それが人間を基礎とした人造人間の名残でもあると言われている。
「相手に対してのな。騎乗位で相手の男の首を思いっきり絞めて射精させのを好んでたって。だからアスフィクシオフィリアとはちょっと違うかもしれないな。タナトフィリア……とも違うか。該当する単語が思い浮かばないな。又聞きの又聞き程度だから真偽の程は怪しいが」
「又聞きの又聞き? ってことは、お前は母から聞いて、母は父から聞いて、父は祖父王から聞いたってことか?」
「そうなるな」
「ディブレシアならその程度のことをしていても、おかしくはなさそうだな。それにしても突然だなビーレウスト」
「ちょっとな」
 もう一人の兄であり自分のことを可愛がってくれたアメ=アヒニアンの遺品でもあるイヤリングを触りながら曖昧な口調で答えた。

**********


―― 済まないねえ、アメ=アヒニアン。我輩の兄だけが処分されると思っていたのだが、あの御方は全員処分してしまって
―― 構いはしない。我等は殺された方が悪いと考える生き物だ

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「……という理由で、外界を見てみたくなってね。それでザンダマイアスを帝星へと向かわせて、ティアランゼさま……ではなくてディブレシア帝にお願いしたのだよ」
 満天の夜空の下、いまだバリアの中に留められているエダ公爵は、皇君の分身のような存在と正面を向き合っている。
「ザンダマイアスをどのようにして? 異物確認で排除されるでしょう」
 ザンダマイアスとは異形が持つ《分身》である。
 異形というのは体の分解と構築が容易い性質があり、超能力を所持していることが多い。
 その特性から所持しているのがケシュマリスタ語では異形全般を指す言葉とされているザンダマイアス、正確に表現すると《分身》
 ザンダマイアスは大きく二つに分けられる。一つは皇君に代表される「独立型」
 複数の人格を要する異形は、体の一部分に自ら人格を受け付け、記憶を与えて手足のように使うことができる。行動範囲の制限もない。
 人間の姿を取っているが、大きくても六十pで動く人形にしか見えないのが大きな特徴だ。
 もう一つは「内臓が剥き出し」になったようなザンダマイアス。
 巨大な内臓に似ている様に見えるもので、これは基本的な攻撃に対して、防御反応として反撃してくる程度しか「自分ではできない」が、近くに制御する本体があると驚異的な攻撃能力を誇る。
 ザンダマイアスは異形の分身である以上「生物」に分類されるので、搭乗前の検査ですぐに見つかる……エダ公爵はそのように考えたのだが、それらをすり抜ける方法は幾らでもあった。
「兄ハンディルベディアに寄生させたのだよ」
 婿入りすると聞き、皇君は賭けた。
 隔離されている場所から抜け出し、帝婿となる兄のハンディルベディアに”帝星に到着したら孵化するようにタイマーをセットした”ザンダマイアスの卵を受け付けて、部屋へと戻りその日が来るのだろうか? 来ないのだろうか? 生まれて初めて期待と不安を感じながら待った。
「婿入りは予定通りに進むから、セットし易かったよ。兄の体内時計で時間を計るようにしていた。我輩たち”隔離されることが前提の両性具有の子孫”は体内時計は狂わないからねえ」

―― 少し建物から離れた場所から広がる見渡す限りの白いカーラーの花畑の中に進み膝をつく ――
―― ここで貴方に初めてお会いしましたね、ディブレシア ――

―― 《僕》はケシュマリスタのザンダマイアス ――

「ディブレイア帝にハンディルベディア王子の殺害依頼を?」

―― 皇君の言葉に興味を持ったディブレシアは頭から足を退けて笑った。降り注ぐ鋭く洗練された狂気の笑いを受けながら、彼は《実兄である帝婿の殺害》を願い出る。ディブレシアは”良かろう。帝婿ハンディルベディアを殺害して、お前を皇君に副えてやる。楽しみに待っておれ”と言い、皇君を連れて部屋へと戻る ―― 

「そうなるね。我輩があそこから正式に出られるとしたら、皇帝の正配偶者になる場合以外はない」

―― ”ハンディルベディアの実弟”は”ザンダマイアス”に連絡を入れて、帝婿の遺体に隠れ、皇君となった”ザンダマイアス”に回収され《兄が殺害される様を見た》 ――

「オリヴィアストルというお名前は、ディブレイア帝が?」
「そうだとも。ザンダマイアスには名前はつかないからね。ありがたいことだ」
「そうですか」
 皇君はなにも言わずにバリアを解除して、エダ公爵の首から”尾”を外し、
「君は今しばらくこの場に止まりたまえ。それではね」
 無数のザンダマイアスと共にその場を立ち去る。
 周囲に気配がなくなったのを確認したのち、エダ公爵もその場を去り部屋へと戻った。


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