ALMOND GWALIOR −153
「帝国宰相閣下」
 ハセティリアン公爵妃から持ちかけられた話に、
「エルティルザ、バルミンセルフィドを奴隷衛星にな」
 ハセティリアン公爵妃が”なにを”考えているのかを探った。
「はい」
「お前の息子一人で充分ではないか」
 エルティルザとバルミンセルフィドは強いが母親が”普通”に育てたこともあり、人を殺すことに躊躇いがある。だがハイネルズは容赦などしない。その容赦しない姿がアシュレートの目に止まったほどに見事な人殺しであった。
「一人前とは言えませんが、足りるでしょう」
「ではなぜ、二人も配置したいと?」
「帝王からの命令です」
「帝王な」
―― そうであろうとは思っていたが……なにを考えている、ザロナティオン。それともエーダリロクの案か?
 デウデシオンはその可能性を疑いハセティリアン公爵妃の顔を見つめていた。ハセティリアン公爵妃の顔はデウデシオンにとって直視し難い顔でもある。
 顔そのもの作りではなく、その右の金色の瞳。デウデシオンの精神を支配する母親と同じ輝きと色。
「……」
「正直に語ったことに免じて、そのように取り計らってやる。委細は聞かないでおいてやろう。帝王にもお前の実力を見せる必要があるだろうからな」
 デウデシオンはそう言い”下がれ”と手で無言の合図を送る。
 公爵妃が去り、執務室で一人になった所で、日課である昨晩の”皇帝の寝所”についての報告を大宮殿の皇王族や王族に一斉送信した。
 画面に映し出される報告を受け取る皇王族たち。その名簿は灰色の文字で名を書かれている者が多数。灰色で名を書かれている者たちは、今回の”仮称:ジルオーヌ計画”で処分されることが決まっている者たちであり、その数は全体の八割に達する。


―― 依頼してくると思っていたよ、帝国宰相 ――
―― 私が依頼することを見越して、后殿下に近付いたのだろう ――
「…………」
―― さあ、私に何をくれるのかな? 帝国宰相 ――
―― さて、欲しい物があるのなら言え、エダ公爵 ――


 デウデシオンはその名簿を眺めながら、エダ公爵が”デウデシオンの命令”を完了させることを待っていた。
 エダ公爵の任務は『ロガの口から、シュスタークに進軍に従いたいと言わせること』
 デウデシオンと皇王族たちの間は思い違いの不仲であった、皇王族たちは”不仲”だと思っているが、デウデシオンからみれば険悪な状態。
 理由がデウデシオンにとってはかつてキャッセルが性搾取されたことや、大宮殿に乞食がいると嘲笑われタバイが泣いていたことが《事の発端》なのだが、言った方は忘れ、搾取した方は”過去のことは水に流して”となっている。それが余計にデウデシオンの怒りを増幅させ、徹底した締め付けと苛烈な懲罰、そして殺害へと向かわせていた。
 【ジルオーヌ計画】で皇王族を殺害することを考えているデウデシオンにとって、皇帝シュスタークの考えを簡単に変えさせることのできるロガが大宮殿に残るのは厄介でもあった。
 デウデシオンが「皇王族を殺しました」といえば、シュスタークは驚いても「あ……うん」となるが、それらの皇王族がロガの元に逃げ込み、助けを求めたら……考える必要もないことだった。
 彼らはロガに助けて貰う代わりに、正妃の称号について協力すると言えば助かる可能性が跳ね上がる。
 よって前線へと向かわせる必要があった。だがデウデシオンが「お連れ下さい」と言っては弱い。あくまでもロガに言わせる必要があるのだ。そうでなくては、シュスタークは動かない。
 皇王族の助命嘆願も、従軍希望もロガの意見が、自分の意見よりも優先されることをデウデシオンは理解している。

―― ロガ、ロガ

 かつてデウデシオンに手を差し伸べた時と同じように照れながらも、その名を呼んでいるシュスターク。違うのはあの時はデウデシオンが膝をつき視線を合わせたが、今はシュスタークが中腰となり視線を合わせていること。
 シュスタークは大宮殿に連れてきてからも、ロガに深く触れたことはない。
 優しく長い指で体の線をなぞり、手袋をはずし柔らかな金髪の感触を愛おしむ。”皇帝に愛される奴隷”その称号はもはや不動のものである。
 シュスタークは前線は危険であると理解しているが、大宮殿は安全だと”信じている”のでなによりも大事なロガを置いて前線に向かうつもりでいる。
 帝星に僭主を呼び込む作戦があると告げることも出来ない。皇帝の居城そのものを罠に使うとは出来れば言いたくはないと考えていた。
 デウデシオンが全てを告げたとしてもシュスタークは否定もせず、作戦をやめろとは言わないであろうが「子供は助けられないか?」と聞いてくることもデウデシオンには解っている。その優しさがデウデシオンたち異父兄弟を救ってくれたことも。
 だがデウデシオンは「子供も殺害」したいのだ。子供が持つ復讐心は、大人が持つ物と変わらないどころか、それが生きてゆく拠り所の全てとなり、後に最大の敵になることを、誰よりもデウデシオン本人が知っている。
 だが皇帝から命じられたら帝国宰相は従わなくてはならない。だから……
「帝国宰相閣下。陛下から火急の……」
「そうか」
 連絡を受けてデウデシオンはシュスタークの元へとむかった

―― お前達が言うことなど知っている。私の弟達が散々言われたのだからな……そして言った方は、それ程深くは考えていないことも」

 嫌みに晒される事を恐れて皇帝の進軍に従った奴隷后。皇王族はそう見て、深くは考えなかった。
 長い間皇王族に虐げられた男は、彼等の特性を完全に理解していた。

 シュスタークが大宮殿が安全だと信じる最大の理由はデウデシオン。
 その絶対の信頼は永遠の物となるか、それとも……

**********


 デウデシオンから后殿下から従軍したいと発言させろと命じられていたエダ公爵は、ラティランクレンラセオとの情事の後で「后殿下従軍」が決まったことを知った。
「よくやった、リリス」
「そうでもない、王よ。あなたは知っているだろう」
 皇帝の位を狙っているラティランクレンラセオにとって”正妃”は邪魔な存在。
 下手に帝国に残して出陣先で《シュスタークが死亡》などしたら、帝国宰相が国璽を使い神殿にあるシュスタークのクローンを目覚めさせて、ロガを妊娠させるとも限らない。
 前線到着までの時間が十月十日を超えるのであれば警戒する必要はないが、現在は前線まで四ヶ月弱で到着できる。その程度の誤差であれば誤魔化し切れてしまう。
 だからロガを従軍させ《手》の届く範囲で監視したいと考えていた。手の届く範囲、すなわち《邪魔だと感じたら殺せる場所》に。
「やはり帝国宰相も依頼してきたか」
「もちろん。向こうとて王”も”命じているであろうことは理解しているだろう」
「確かに」
 ラティランクレンラセオは長い自分の髪をまとめ直すようにエダ公爵に指示を出す。彼女はラティランクレンラセオの美しく柔らかい髪を一度解いて、ゆっくりと梳く。
 ”髪を結え”という命令は、もう一度抱く意思があることを無言で伝える命令でもあった。いつの頃からこのような指示が出るようになったのか? 彼女は覚えてはいない。いつのまにか、そんな流れになっていた所が ―― いかにも王と愛人らしいな ―― と、彼女本人は思い楽しんでいた。

 髪を梳かれながらラティランクレンラセオは、次々と思い浮かんでくる出来事を、頭の中で片付けていた。
 流れている空気は気怠いが、その空気を作っている二人の頭の中は冴え渡っている。

―― 艦隊を急遽作るとして、代理責任者はエーダリロクが抜擢されるだろうな。それに関しては仕方あるまい

 ロガがシュスタークに従うとなると《皇帝の正配偶者は中将を与えられる》なる法が存在するので、当然それに従うことになる。ロガの年齢が二十五歳を越えていたら、従うだけで済むが、まだ十代であることは確実なので単独で艦隊を持ち指揮を執る機会を与える必要があるのだ。
 だがロガが指揮できないことは、周知の事実。
 代理で艦隊をまとめるものが必要となってくる。デウデシオンの配下は全員シュスターク艦隊の要職に就いているので動かすのが難しい。よって体が空いている王子に任せられることとなる。
 今回従軍する《王子》は、ヤシャル、カルニスタミア、エーダリロク、シベルハム、ビーレウストの五名。ヤシャルは当人も初陣であるので、実績がないと最初から排除され、エヴェドリットの二名を推すものはあまりいない。とくにビーレウストは、艦隊があれば壊滅するまで突進させる悪癖があるので、誰も代理を任せたいとは考えない。
 残るはエーダリロクとカルニスタミア。この二名は、実務処理能力からいっても差はほとんどなく、艦隊指揮能力ではカルニスタミアの方が上とされている。

―― カルニスタミアを推してみるが、エーダリロクで決定であろうな

 帝国軍人としての地位は同じだが、王国においての地位は前者は元帥、後者は少将。仕事の量からすると後者であるカルニスタミアが選ばれるのが妥当なのだが、ラティランクレンラセオを除いた王たちと、帝国宰相はエーダリロクを推すのは明かであった。
 原因はラティランクレンラセオの髪を丹念に梳いている、エダ公爵バーハリウリリステンにあり、決定を下す権限がデウデシオン以外は王が持っているところにある。
 ロガが接触した者は最大漏らさずに王たちに報告される。報告されないのは故意にデウデシオンが隠すものと、滅多にないことだが接触が確認されていない者のみ。
 エダ公爵がロガに接触したことをデウデシオンは隠さなかった。
 報告を受けたラティランクレンラセオを含む王たちは”ラティランクレンラセオの命令、もしくは意図を汲んで勝手に動いた”と取った。
 エダ公爵が誰の命令を受けてロガに接触したのか? までをデウデシオンが報告してやる必要はなく、報告されたとしても裏付けを取るために独自で捜査する必要がある。
 エダ公爵はラティランクレンラセオの愛妾であると同時に、デウデシオンと関係がある。その知られている事実から、王たちは”この命令によって得をするのはどちらか?”推測する。
 その時、デウデシオンはロガの傍にはおらず帝星にいる。ラティランクレンラセオは従軍していて、策を弄することができる。
 よって王たちの考えでは《ラティランクレンラセオの命令の可能性が高い》もしくは《ケシュマリスタ王の方が、利点が多い》との判断となり、結果として「エーダリロクを代理」として推すことに繋がる。

 ロガを従軍させる理由を、王たちは《ラティランクレンラセオは正妃を手の届く範囲に置いて監視するつもりだ》と判断した。

 ラティランクレンラセオ以外の王はその考えで”正解”とも言える。
 またラティランクレンラセオ自身は、デウデシオンが後継者の誕生を急いでエダ公爵にその様な命令を出したと判断した。これも考えとしては間違っていない。
 丹念に梳いた髪を結んでいるエダ公爵は、デウデシオンが僭主を帝星に招き入れることを知っているがラティランクレンラセオには告げていない。告げられたとしてもラティランクレンラセオは考えを替えはしない。
「できました、王よ」
「こい、リリス」

**********


 カレンティンシス。僕が皇帝になるのを阻むか? それともなにもせずに見逃すか?

三十二代皇帝ザロナティオン×皇后テルロバールノル王女
↓ 三十三代皇帝ビシュミエラ(ケシュマリスタ系皇帝)
↓←クローン
三十四代皇帝ルーゼンレホーダ×帝后リスカートーフォン王女

三十五代皇帝クルティルザーダ×皇后ロヴィニア王女

三十六代皇帝ディブレシア×帝婿ロヴィニア王子

三十七代皇帝シュスターク

 ケシュマリスタは三十三代”神聖皇帝”ビシュミエラの後ろ盾だった。ビシュミエラは無性であったこともあり、結婚しなかったので外戚王の地位にはケシュマリスタがおさまった。
 その結果次の皇帝の書類上の生母の実家テルロバールノルと諍いになった。ありがちだし、あの王家とケシュマリスタの仲の悪さは言うまでもない。
 ルーゼンレホーダは争いが激化することを嫌い、己の皇太子をエヴェドリットに産ませ、皇太子の外戚王を使い掣肘することにした。
 ロヴィニアを選ばなかったのは、当人がロヴィニアであったこともある。
 痛み分けというか、不完全燃焼のままケシュマリスタとテルロバールノルは外戚王の座から去る。そしてディブレシアの腹から誕生した「軍妃ジオの瞳を持った初の両性具有」
 藍色の瞳を持った両性具有は「ドミナリベル」と名付けられて確認されているが、ヴァイオレットは初めてだった。
 ヴィオレッティティ(軍妃ジオの瞳を持った初の両性具有のケシュマリスタでの呼び名)が誕生した頃から、ウキリベリスタルはテルロバールノル王家には関係無いことだと言い始めた。
 あの王家の両性具有嫌いは今に始まったことではない。
 両性具有嫌いに端を発し、結果マルティルディ王と生涯埋まることのない亀裂を生じさせた王婿イデールマイスラはテルロバールノル王子だった。
 それがまさか予防策であったとはな。
 カレンティンシスが両性具有というのは、唯一の直系王家にとって大打撃だったのだ。
 そうあの王家だけが、ルクレッツィア以来続く直系。僕たちのように、出産に向かなかったり無性や両性具有が多く、後継者に悩み親王大公を貰い受けたりしていた王家とは違う。

 なにをそれ程恐れたのか? それはイデールマイスラだ。

 あの王子はマルティルディ王に振り向いて貰おうと、恒星消滅弾を完成させた。暗黒時代の被害が、過去の歴史とは比べものにならないほどになった原因。
 連邦および共和時代戦争の十分の一にも満たない内乱期間で、それらをゆうに越した。五百年以上続いた戦争の四千倍とも言われている。いまだ正確なデータが算出されてはいないが、これ以下になることはない。
 ”被害”は惑星その物の被害だ。人的被害など誰も直視したくはないだろう。
 ともかく被害はイデールマイスラが作り出した兵器が要因の一つだが、僕たちは違う面を知っている。そうだ、この原因が”両性具有”にあることを。
 彼らは二人の間に産まれた両性具有の原因を、すべてマルティルディ王に押しつけた。自分たちには原因はないとして。そこが原点であり、破滅の始まり。
 その始まり、実はマルティルディ王とイデールマイスラの両者が背負うものであったら? 困るのだよ。
 そろそろ歴史の検証が始まる。
 様々な出発地点はあるが、その一つは確実にこの二人。いずれこの二人のことも重点的に調べられる。そう含む因子もな。
 あの王家は特別調べやすい。なにせ直系だ。あの王家を基準にして、血の流れを解明することになる。
 だからウキリベリスタル、あの王は己の身から両性具有因子を消し去る必要があった”断種”まで使って。僕がカルニスタミアに妃を薦めないのは、断種の影響で娘ができる確率が低いことを知っているからだ。もちろん全く生まれないわけではない。
 だから奴隷を薦めた。薦めれば薦めるほど、カレンティンシスが拒否することは解っている。
 奴隷とカルニスタミアの間に娘ができたら、シュスターク帝が問題になるからね。
 そしてカレンティンシス。
 ウキリベリスタルはカレンティンシスを「ヴィオレッティティ」にするつもりだった。そうウキリベリスタルの実子ではなく、ディブレシアの庶子とするつもりだった。そうとしか考えられない。
 ウキリベリスタルの王妃は近親者に無性のガゼロダイスが存在するから誰も疑わない。そしてウキリベリスタルとカルニスタミアに両性具有因子が見当たらなければ? カレンティンシスの行く先は巴旦杏の塔以外ない。
 目の色が違うのだが、証拠は残っていない。
 父王たちの証言のみで、記録として残してはいない上に”死産”だったとされているが、死体の処理は当時の皇帝クルティルザーダが、ウキリベリスタルと共に行った。
 ウキリベリスタルはその頃、クルティルザーダ帝から巴旦杏の塔の復元について相談されていた……すり替える機会はある。
 瞳の色が人間由来だったための死産であったのか?
 息を吹き返したら目の色が変わったのか?
 眼球を入れ替えたら「生き返った」のか?
 どんな言い訳もできる。ウキリベリスタルは後にディブレシアの命令で人体改造を行っていることもあり、それらが信用されやすい。

 ……まあ、これは僕の見た真実であって過去であって、他の人が見たものとは全く違うかもしれないが、それで良いだろう。

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「では帝星のことは任せる、リリス」
「はい、王」

 髪を結わえていたリボンに口づけ、エダ公爵は去ってゆくラティランクレンラセオを見送った。


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