ALMOND GWALIOR −143
―― 母上。二本拾いました。一本はロヴィニア王弟殿下に。はい、それでは ――

 エーダリロクに正体がばれたハセティリアン公爵妃は、息子から渡された黒髪を眺めてしばし考えた後「彼女から」エーダリロクに連絡を取った。
 連絡をとりながら、彼女は自分の正体がエーダリロクに知られていて”良かった”と感じた。理由は息子・ハイネルズが持って来た黒髪。
 この黒髪の調査を秘密裏に行うには、エーダリロクの手を借りる必要があった。
 ただの波打つ黒髪であれば良い。

―― だが……

 夫であるハセティリアン公爵とその兄弟たちにとって、大きく波打つ長い黒髪は恐怖という言葉だけでは言い表せない存在を呼び起こす。
 だから”確実に関係していない”ことを証明してからでなくては、見せられるものではない。
 ”使えない発明品”で埋まっているエーダリロクの部屋へとやってきたハセティリアン公爵妃は、自分の方を向かずに画面だけを見て話すエーダリロクの言葉を黙って聞いていた。
「予想通りだ。こいつは三十六代皇帝の頭髪だ」
 ハセティリアン公爵妃は動揺を表には出さなかったが、同時に周囲を窺った。
「大丈夫だ。この部屋は全てから隔絶されている。がらくたの雑音を防ぐという名目で、ある音波も妨害している。いいか、此処から話すことは”同意して協力してくれ”じゃねえ。”秘密厳守で従え”だ」
 ハセティリアン公爵妃は無言で奴隷の恭順姿勢である、膝を付いて胸の前で両手を交差させる姿をとる。
「この頭髪は四十三歳だ。そして……四十三年間、一度も保存液を使用した形跡がない。保存液に二十年以上浸されていた《クローン》だという証明ができないばかりか、この四十三年間一度も《神殿で眠った形跡がない》意味、解るな。そうだ、こいつはずっとこの帝国で、帝星で蠢いていた。協力者に関しては、お前も思い当たったんだろ? エヴェドリット系僭主ビュレイツ=ビュレイア王子一党が帝星を攻める際に、ハセティリアン公爵と協力体制をとる相手、皇君オリヴィアストルが。それは間違いはない」

 帝星守備の一人であるハセティリアン公爵デ=ディキウレは、最重要部分で《皇君》と連携する。その連携がなければ作戦は失敗に終わり、ロヴィニアとエヴェドリットを従わせた「意味」がなくなる。それは帝国宰相デウデシオンの失脚にも繋がってしまう。

「もっと深く説明すると、皇君は俺がディブレシアが生きていることに気付いていることを知っている。だが俺は素知らぬふりをした。皇君は信頼するに値しないが半面、信頼できる。お前も同じことを感じているんだろう。だから、知らないを押し通せ。夫であるハセティリアン公爵にも知らないを通し続けろ」

 その黒髪の持ち主は、四十三年間”普通”に帝星の大気を吸い生きていた。死んだとされてから二十数年、帝星で「彼ら」を監視しながら。

「この部屋の隣の倉庫に、機動装甲一体をばらしておいた。后殿下の出身衛星へと運び込め。同時にエルティルザ、バルミンセルフィド、ハイネルズを俺たちが帝星を離れたらすぐに移動させろ。任務という形でいい。あの区画の監視もお前の担当だろ?」

 皇帝の正妃となった奴隷ロガが以前暮らしていた奴隷たちが住む衛星に僭主が降り立ったりしないか? と見張っているのもハセティリアン公爵妃。

「詳細は俺がエルティルザに説明する。お前は”お前の意思で”三人を衛星に送り込め。いいな。話はそれだけだ。質問は三つまで受け付ける」
「ありがたいお言葉ですが、質問はありません。失礼いたします」

《隙のない女だ》
―― そりゃまあ家族が出来たとか、そういったことくらいで牙の鈍るような女じゃねえだろ
《ところで、その三人を奴隷衛星に送り込んで、何をさせるつもりだ?》
―― 最終防衛線みたいなもんだ。あまり期待しちゃあいねえが
《どうしてだ?》
―― おそらく、エルティルザはまともに交戦できないだろう。才能だけなら”さすが、帝国最強騎士の甥”って言えるんだけど、母親が普通の子供として育ててて……対異星人相手ならやれるヤツだが対同族戦、それも相手がエヴェドリット勢じゃあ”殺気”に殺されかねない。あんたも記憶あるだろ、あいつらの”内臓を食い荒らす殺気”
《ああ。あれか。内臓が総毛立つという感覚を与えてくれる殺気か》
―― 動けなくなるだろうな。でもよ……帝星に残しておくよりかはマシだと思うんだ。それに、俺が懸念してるようなシナリオにならない可能性だってある。帝国宰相が全てを片付けて、奴隷衛星で三人が遊んでるだけで済む……かもしれない
《お前の話し方からすると、可能性は限りなくゼロに近いようだな。エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
―― 俺どころか誰にも解らないだろうけれど、ディブレシアは何をしていたんだろうな。この二十年以上の歳月を。そして何をしようとしているんだろう。それを考えると……
《たしかに解らないが、それ以上に皇君という男が解らない》
―― まあなあ。ま、手持ちの情報が足りないから考えても解らないことを、延々と考える時間はないから、前に端折ったところ説明するよ
《端折った?》

**********


―― 俺が陛下と全く同じだということを知っているヤツは少ない。その中で巴旦杏の塔に再建に携わったのは二人。一人は指示を出し、一人はそれを遂行した。指示を出したのはディブレシア。あの女は、俺が巴旦杏の塔に立ち入るのを警戒している……ちっ! カルニスに依頼してみるか
《現状を見れば、偽体であっても攻撃される可能性がたかいぞ》
―― カルニス本人の意見を尊重するが……引き受け、偽体として使用したとしても、巴旦杏の塔は「規定時間以内」に攻撃は仕掛けてこないはずだ
《なぜだ?》
 培養液から手を引き抜き、
「後で説明する。今度は……当初の目的に立ち返って神殿に向かう。神殿での調べ物が終わった頃には、メーバリベユ侯爵から報告が届くだろう」
 液体を振り落として神殿へと向かった。

**********


―― 以前巴旦杏の塔に入ろうとして攻撃を喰らった後に、あとで説明するって言っただろ? それだ
《なるほど。そうか、そろそろカルニスタミアとかいう王弟に依頼するのだな?》
―― ああ。それで、俺と陛下の違いは”見た目”だけ。だが”見た目”で判断するシステムは”異形の即位”を認めている帝国では、ライフラに付けてはならない機能だ
《たしかにな》
 ”巴旦杏の塔”はエーダリロクを見た目で攻撃した。
 帝国は容姿が似通ったものが多いので、見た目《だけ》でエーダリロクだと判断することは不可能に近い。だが見た目で判断したのでなければ《シュスターク》と同じであるエーダリロクを排除できない。
―― まずは容姿だけで判断しているとして、陛下の第一子が誕生して、その子が”俺と同じ容姿”だったら、巴旦杏の塔は攻撃を仕掛けてくることになる
 シュスタークはロヴィニア王族に属しているので、子供が生まれてきた場合《ロヴィニア容姿》に傾く可能性が高い。
 とくに迎えた正妃が《奴隷》で、純粋な人間。容姿は人造人間のほうが”出やすい”ことは、過去に証明されている。
《それは回避されるのではないか? 新たな皇帝の登録により……まて、無理か》
―― そうだ。俺は陛下より寿命が長いと測定されている。それをディブレシアは知っている。だから……縁起でもないが陛下亡き後、神殿情報を書き換える前に、俺は”皇帝として”巴旦杏の塔に入り込むことができる。だがそれをも阻止しようと考えたら、容姿だけで判断しているとなる。そんな訳で、基本設定が”それ”だった場合、どうにもならない
《ふむ……ではお前に瓜二つのヒドリ皇太子が生まれたら、巴旦杏の塔は潰さねばならぬのか?》
―― そいつは後回しにして。でもよ陛下が寿命で亡くならないとしたらどうする? 帝国宰相が陛下を消したら?

 デウデシオンの容姿はロヴィニアより。感情のないシステムで判断を下しているとしたら、《ロヴィニアそのものの容姿であるエーダリロク》を攻撃した”誤差の範囲内”で攻撃されるくらいに特徴を揃えている。

《あのフューレンクレマウトの小僧がヒドリクの末を殺す理由は、あの両性具有絡みか》
―― それ以外はないだろう。そうなった場合、俺が生きている可能性もあるし、俺を殺害しにはこないはずだ
《お前の兄を外戚王として葬り、お前を新ロヴィニア王に添えるということか》
―― 俺は拒否できない

 問題になってくるのは、エーダリロクは帝王であると同時に、皇位継承権を所持しているところにある。”皇帝亡き後”下手に帝国宰相と構えてしまうと《四人目のザロナティオン》が即位する形となる。
 同じ存在が四度も皇帝の座に就く。他王家がそれを良しとするはない。
 三人目のシュスタークの時点で、故ウキリベルスタルが倦んでいたのだ。帝国宰相に味方はしないだろうが、混乱の最中でエーダリロクが殺害される可能性もある。
 となれば、エーダリロクは表面上で《皇位継承権》を拒否する必要がある。その手段はただ一つ、王の座に就くこと。

―― それでさ、髪の毛を調べて、ディブレシアがずっと生きていたことが判明した。となれば、巴旦杏の塔の中で現れた”システム・ティアランゼ”が何者なのかも解る
《なんだ?》
―― ディブレシアその物だ。本人は別人だと言ったらしいが、その証拠はない
《だがディブレシアその物だという証拠もあるまい?》
―― まあな。でもよ”リンク”してると思うんだ。俺たちは基本、機械と直接リンク出来る能力を持つだろ
 人造人間である彼らは、機械と直接繋がることができる。
 ”ヒドリク親王大公”が情報を完全に消すことができたのは、この能力が優れており、それらを駆使したところにある。
《神殿からか?》
―― そうだ。神殿は俺たちの全ての情報を持つ。それらを分け与えて貰い動く物の一つが”巴旦杏の塔システム・ライフラ”。そう考えると神殿からなら、繋がり易いんだ。なにより神殿と巴旦杏の塔の間には、なにも挟んでいない。だから他の誰も、調べようがない。繋がっていることを隠しているくらいのシステムだ
《調べられるのか?》
―― このままじゃ無理だ。だからこの推理に至ったんだ
《巴旦杏の塔の”内側から”ならば、お前は調べられるのだな?》
―― その通り。可能性の全てを潰せるとは言わないが、相当数を潰すと結果として残るのが”システム・ティアランゼは俺を排除するために存在している”と考えるのが妥当だ。そうでなけりゃ、ライフラと繋がる必要は無い。内側から調べたら、ほぼ全てが解るんだろうよ。”システム・ティアランゼ”が、本来のシステム”ライフラ”の上位に存在する理由は簡単だったんだよ。ライフラを支配している側からのアクセスだ、ライフラには手の打ちようがない
《天才はなにかと大変だな。それでお前だけを判断して排除しているとして、王弟に関しては?》
―― システムが不具合を起こしてるってはっきり解ったら、巴旦杏の塔その物を止めて作り直す必要があるだろ。だから、知られている通りの攻撃を行う。無攻撃や、秒数が一秒たりとも前後することないだろう。俺に内部を探られたくないんだ、俺以外に対して誤作動する必要はねえ
《そうか。では王弟に、苦労してもらおうか……どうした?》
―― ディブレシアの能力だよ。知識力とでも言えばいいのか? この過去の情報が消え去った帝国で、ここまで神殿や巴旦杏の塔を使いこなせている理由。おそらく、ラティランの野郎だって、ここまでは解らないだろうよ。ディブレシアの行動は、暗黒時代以前の皇帝さながらだ。帝星の全てを知っているかのようだ。そう、思わねえか?
《……》
―― なんだ?
《思い当たる節はある》
―― どういう事だ? なにか知ってるのか!
《”思い当たる節”から先の記憶がごっそりと抜けている。”思い当たる節”それを知った時、納得できた。だが聞いたわけではないのだ。私が食べた誰かの記憶を読み込んだだけであって。だから、私の記憶として蓄積されおらず何処かに散ってしまったのだろう……》
―― じゃあ、ラヒネとかラードルストルバイアが覚えている可能性ある?
《多分。ラヒネを食べた際に知った記憶……いや……ラヒネは全てを知っていたはずだ》
―― ラヒネはカルニスの中だから、引き出せねえしなあ
《大怪我でもして完全に意識混濁状態にしたら、呼び出せるかもしれんが》

―― ま、不確かな物よりも、今ある情報を集めて考えてみる

**********


 暗がりでハセティリアン公爵妃は夫に愛称で呼びかける。
「アーフィ」
 デ=ディキウレ・バナスバード・リベンタルキアーフィ。
「ここに」
 妻である公爵妃をみつめるデ=ディキウレの眼差しは、初めて出会った時から変わらない。溺れさせるのではなく、引き摺り込む危険を孕んでいる。
「息子に任務を与えようと思う」
「どのような」
「奴隷衛星の警備に。もうハイネルズも立派に”人を殺せる年”だ」
「ええ、そうですね」

 妻の足首に口づけた夫は、口を開き舌を伸ばして口づけを求めた。


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