ALMOND GWALIOR −144
 カルニスタミアにダンスの講習を受けつつ、試験対策もしてもらっているエルティルザとバルミンセルフィドの二人と、何故か混ざっているハイネルズ。
「貴様は本当に受けるつもりはないのか? ハイネルズ」
 やたらと”キレ”の良いワルツを踊るハイネルズに声を掛けた。
「ありません! ダンスは嗜みとして必要ですので!」
「たしかにそうじゃがな」
 動きの良さと、試験対策の一環として観てやった体術の、踏み込んで来る時の躊躇いの無さに”アシュレートの気持ちも解るな”と感じつつ、試験に臨む二人の弱点を見つけては、それを直す方法を教えてやっていた。

「もっと教えてやりたいところじゃが、儂も出撃準備があるから、これで一度終わりじゃ。生きて戻って来たら、試験日まで時間を割いて教えてやろう」

 なかなかに出来の良い生徒たちにそう言い、
「ありがとうございます! 無事帰還なさることを祈っております」
「ありがとうございました! ご武運を!」
「私もまた混ざっていいですか! ライハ公爵殿下に戦死は似合いませんから、ご生還してください」
 感謝と激励を受け取とった。そして、三人を見込んで重大な式典の手伝いをさせる事にもした。
「それでじゃ、貴様等に依頼がある。陛下の出陣式典の人員となれ。逃げるな、ハネルズ。なにもそのまま軍に属させはせぬ。そこは儂がしっかりと話をつけた」
 皇帝の出陣は式典から始まる。
 とくに今回は、皇帝の初陣なので盛大に執り行われるのだが、
「足りない?」
「そうじゃ」
 皇帝に従い出撃する人員が多く、式典を執り行うために必要な人員が確保できないでいた。式典の裏方ならば幾らでも用意できるが、式典の表舞台に立つ条件を兼ね備えている者となると数が限られている。
「ハイネルズは文句なく合格でしょうね」
「見た目は完璧ですからね」
 表舞台に立てる者。
 それは容姿が帝国上級階級の中でも、王族に属している者。
 ハイネルズは顔といい髪といい、身長から手足の長さまで、近衛基準にはまだ及ばないが従卒としては完璧。(近衛基準・股下120p以上)
「お主ら二名も充分合格じゃよ」
「私たちでよろしいのでしたら」
「お役に立てるのでしたら」
「絶対軍には属しませんよ☆」
 そんなやり取りをして三人は翌朝、アシュレートとカルニスタミアに打ち合わせに付き従った。
 出陣式典用の、天井が透明の楕円形の大ホール。三人がカルニスタミアと共に到着すると、巨大なホールの半周に渡るパイプオルガンの前にアシュレートは座っていた
「連れてきてくれたか、カルニスタミア」
「ああ。保護者の許可も取ってきた。ハイネルズだけは帝国宰相の許可じゃがな」
 両親がどこにいるのか不明なので、基本ハイネルズに関する許可は帝国宰相が下す。
「ハイネルズは帝国宰相の許可など必要ないだろう。我の非公式な従兄弟大叔父なのだから」
「それ言われるとねー」

 ハイネルズ=ハイヴィアズ。彼はエヴェドリット特有の名を持つ。
 彼の父は確かにデ=ディキウレという名だが、父の「=」は母である皇帝から受け継いだものであり、彼個人の血筋から付けられた名ではない。
 事実タバイ=タバシュはミスカネイアという普通の貴族と結婚したので、息子たちはバルミンセルフィドを筆頭に、誰一人「=」の名はついていない。
 よってハイネルズに「=」つきの名前を付けるとしたら、母方から「=」を継承しなくてはならない。
 ハイネルズの母親は「正体不明」なのは誰もが知っているところだが、戸籍上では「エヴェドリット王女の私生児」を経て、デ=ディキウレの養子となった形をとっている。
 ハイネルズの戸籍上の出母王女の名はデラーティ=ダヴェシア。かつては皇帝シュスタークの正妃候補にも挙げられた御年八十歳になる女性。
 彼女はアシュレートからみて曽祖叔母にあたる人物。

 ハイネルズが生まれる二、三年ほど前に、先代エヴェドリット王ガウダシアが戦死し、跡を継いだのガウダシア王の孫にあたるザセリアバ=ザーレリシバ。
 ザセリアバが王位を継いだのは十代前半。カレンティンシスよりも幼かった。テルロバールノル王家がそうであったのと同じく、エヴェドリット王家も即位後のごたごたがあった。それらを収める手助けをしたのが、帝国を一手に握っていた帝国”摂政”デウデシオン。
 帝国”摂政”は様々な条件を持ちかけた。
 その際の取引の一つとして「デラーティ=ダヴェシア王女の私生児ハイネルズ=ハイヴィアズ」があった。もちろんザセリアバも最初は警戒したが、ハイネルズ容姿から遺伝子配列まで《リスカートーフォン》が顕著に出ていた為の依頼ということを聞き、それらを受け入れた。

―― 似て当然だろうよ ――

 それというのもシュスタークの祖父皇帝の生母はリスカートーフォン。デラーティ=ダヴェシア王女の実姉にあたる人物なのだ。
 【そのせいなのか?】ハイネルズの遺伝子は非常にデラーティ=ダヴェシア王女に似ていた。彼女を母としていても何ら不思議はないくらいに。
 デラーティ=ダヴェシア王女が母親ではないことは誰もが知っている。だが王家と帝国の取引上、私生児を作ったことにされるくらいは、彼女には問題ではなかった。
 ハイネルズは普通の私生児と同じく、エヴェドリット王家に関する利権の全てを持たない身でデ=ディキウレの「養子」となった。
 帝国の法律は養子を”よし”とはしないが、現在はそれらの法案にも穴があるため、上手くすり抜けて帝国宰相の手に落ちたのだ。
 その名残を残してハイネルズの名前には「=」がついている。
 デ=ディキウレには「正体不明の妻」との間にあと三名息子がいるが、ハイネルズと同じように「=」の名となっている。特に誰も言わないし、誰も触れないが「デラーティ=ダヴェシア王女の私生児」として「誕生」し、王が認定して帝国側に「流して」いる形をとって。

―― 遺伝子的に似ていたから協力を依頼したまでのこと。他王家に似ていたら、その王家の王女に依頼した ――

 そこまでして隠したい「デ=ディキウレの妻」と観るべきなのか? 「似ていたので上手く使った」のか? ザセリアバ即位後平定でうやむやになったハイネルズ=ハイヴィアズの出生。

「母上、恥ずかしがり屋さんなんで」
「そうなの? 本当に恥ずかしがり屋さんなの? 叔母様は」
 アシュレートもカルニスタミアもハイネルズの母親のことは知らない。
 ごく稀に囁かれる噂は”異父姉との間に産まれた子ではないか”ということくらい。荒唐無稽に近い「異父姉」の存在は、帝国宰相デウデシオンと近衛兵団団長タバイの年齢差が約二歳あることが原因だった。
 それ以外の子供たちは、一年も間をおかずに産まれているのだが、この長兄と次兄だけは二歳の差がある。ここに”隠された子供がいるのではないか?”と、囁かれるのだ。
 そして人々は想像だけを膨らませてゆく。―― 隠された理由は、ディブレシア帝が娘を厭ったからではないか ―― もしくは ―― 王たちが自らに娘がいないので、正妃が異父姉になることを嫌って ――
 年代からして後者は明かに合致しないのだが、その空白の一年は確かに存在し、あり得ない妄想を逞しくする。
 だが一つだけ、誰も言わないことがある。
 それがもっとも”可能性としてあり得る”のに、誰も言わない。それは言ってはならない事だからこそ、誰もが無責任に”異父姉”というのだ。
 実際《知っている者たち》誰もが考えること。それは、

―― 両性具有を産んだのではないか? ――

 最大の禁忌。
 両性具有を産んでいたら、次に生まれたタバイの第一子は「女」である確率が95%を越える。だがタバイの第一子は男児バルミンセルフィドであり、他にも娘いない。
 だからエーダリロクはそれらの噂を全く信用しないなかったが、1%でも男が生まれる可能性がある以上、完全に無視できなくなってきた。
 以前のエーダリロクならば無視したが、ディブレシアを知るにつれて、無視できなくなってきた。なにかを企んでいたのではないか? ということを掴みつつある今、全ての可能性を検証する必要があった。

「貴様の母の話は良い。式典の要綱はどこじゃ? アシュレート」
 噂話などを好まないカルニスタミアは、あまりハイネルズの母親のことも知りたがらない。どちらかと言えば希有な存在だった。
 アシュレートから手渡された要綱を開き、目を通しながら三人は自分たちの仕事を確認する。
「陛下も知った甥たちが傍にいれば、緊張も解れるであろうからな」
「わーい。陛下の為に頑張らせていただきます」
「父上の胃に穴が空くかも」
「いいじゃない。タバイ伯父様、普通にしてても胃に穴空くし。何したって胃に穴空く御方なんだから」
「確かにそうなだけどさ」
 その後幾つか打ち合わせをし、
「今夜発つんだったな、カルニスタミア」
 アシュレートがパイプオルガンから離れ、カルニスタミアに座るよう促した。
「ああ。兄貴と一緒にリュゼクが率いて来たテルロバールノル王国軍と合流することになっておる」
 苦笑いをしながらカルニスタミアは座り、パイプオルガンに指を添える。
「陛下の出陣にお前が奏でるのが最も相応しいと思うのだが。聞けぬのが残念だ」
「仕方ない、観客が少ないのは残念だが弾いてやろう」

 カルニスタミアは出陣式典に使われる曲のなかで、もっとも難しい曲を弾き始めた。軽口を叩くハイネルズも聞き惚れる程に完璧な全て。

「どうじゃった?」
「お見事です」
「凄いです、どうやったらそんなに上手になるんですか」
「才能ってヤツですか」

 呆気にとられ、力無く手を叩いている三人を観ながらアシュレートは笑う。
「我の下手な演奏を聴いても笑うなよ、三人とも」
 皇帝出陣式の際にパイプオルガンを弾くのはアシュレートの役になっている。
「笑いませんよ! 間違えたら私が体を張って誤魔化しますから!」
「ジュシス公爵殿下もお上手じゃないですか! 聞いたことありませんけど!」
「ライハ公爵殿下が上手すぎるだけですから、気にしないで!」

 三人の励ましなのか何なのか解らない言葉を吐いて、その後退出した。

「元気で何よりだな」
「そうじゃな」
「ところでカルニスタミア。お前レビュラと別れたそうだな」
「ああ。本来ならば完全に接触を断ち切りたいところだが、それは両性具有相手に”すんな!”とエーダリロクに注意されたので、徐々に離れることにしておる」
「そうか。我はこの先も、レビュラに注意を払えば良いか?」
「まあ……払ってもらえたら。最近はエーダリロクに連れ出され、仕事をしていて余計に風当たりが強くなっているようじゃしな。儂もできることはするつもりじゃが、儂は別れた手前出しゃばり過ぎてもいけないのでな」
「解った……誰か来たようだ?」

 カルニスタミアの元に”カレンティンシス王からの呼び出し”が届いた。
「じゃあな」
「ああ。式典の成功を祈っておるよ」

 カルニスタミアがアロドリアスと共に去った後、光量が調整されているドームを見上げて、
「教えてやれんが、戻って来い。カルニスタミア」
 アシュレートは呟いた。


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