ALMOND GWALIOR −116
 二人はすっかりと逸れてしまった話の軌道を修正し、
「なるほどね。自分で捕らえた猟奇殺人犯なら、生体データにアクセスしてもおかしいとは思われないだろうしな……ドウラハ409星か」
 エーダリロクはサイルボルドンの記録にアクセスしてみる。
 記録はやはり ”即日処刑” となっていた。サイルボルドンは暗黒時代の余波が残る現在では珍しくもない両親の死後に天涯孤独状態になった普通貴族であった。
 警察を金で懐柔し、逮捕されないくらいの資産は持って犯行におよんでいた。金がなければここまで犯罪を重ねることは出来なかっただろう。
 それらの罪を重ねることに ”貢献” した資産は被害者の遺族に配られることもなく、国庫に没収された。それだけではなくこの世界にサイルボルドンが存在した痕跡は悉く、そして速やかに消されていった。
「接収して……逮捕してくれたお礼にって、テルロバールノルの方に全部流したのか」
 サイルボルドンが殺害していたのは下級貴族や、自分と同じ家名を持たない爵位貴族達。それらの中で殺されても親族があまり騒がない、または身内が存在しない者を選んで殺していた。
 かなり狡猾な猟奇殺人犯だったサイルボルドンだが、末路は皇帝の前で絶望することとなる。
「俺は ”この時期” に帝国宰相がセルトニアードのヤツに父親がどんな人物だったかを教えたんじゃねえかなと推測してんだ」
「この時期って、ザウが薬物中毒になった頃を言っているのか?」
「これはもう完全に俺の想像の範疇でしかねえが、セルトニアードが父親のことを知ったのはこの時期以外ないと。秘密を語る時は勢いとかが必要になるらしい。今まで隠していたことを語る切欠。父方に重大な秘密があるザウの危険な状態に、帝国宰相が語ってもおかしくはないし、語ることができるのは帝国宰相だけだろ」
「帝国宰相以外は語ることは許されてないだろうな。他人が他人に、要するに皇婿が俺達に語るのは良くても、本人に説明するとしたら帝国宰相だけか」
 全ての秘密は帝国宰相の手の内にあり、帝国宰相の許可なしでは語られない。
「セルトニアードのヤツ、この時期を境にやや落ち着くと同時に、益々暗くなりやがった。落ち着かなかったのは片親のことを伏せられていたのが原因で、知った事により自らのルーツってヤツ? が明かになって落ち着いた。両親の血統調べる必要がねえ俺達には解らない感情だが、自らの親を隠されているヤツは気になるらしい。それで、知ったは良いが、知ったところで……まあ、アイツは普通の感性なんだろうな」
 《殺害》 という行為に罪悪感が存在しないビーレウストは、知識として理解している一般的常識を棒読みする。
「そういう考えかたもあるのか」
「俺も読んで記憶した程度のものだから、上手くかみ合わせられるとは言えねぇが。これは関係ねえけど、帝国宰相が ”二人だけ父親が生きている” って噂を流したんじゃねえのか? 理由はザウディスの親の存在を隠すために。死んだ親よりも、生きている親の方が興味ひくしな」
「そう考えるのが妥当だな。途切れないように、だが大きくなりすぎないように、興味をひかせるように……か。コントロールを確かに感じられるからな。そこら辺を上手く話に出来るか? ビーレウスト」
「正解だと思わないで聞いて貰えるなら、割と簡単に繋げられるな」
「それも混ぜてくれ」
「解った。導入は、謝罪を最初に挿入する形で……」
 ペンの色を変えて、書いている本人にしか解らない記号のような文字を矢印と共に差し込んでゆく。
「どの謝罪?」
「ザウディスが薬物中毒になった事に関する謝罪だ。それで、この後にザウディスに対する帝国宰相の一方的なエロ? 行為? みたいなのあるんだけど、必要か?」
 思い出したくなかったのに……といった表情のビーレウストと、
「一方的なエロってなに?」
 全く意味を理解していないエーダリロク。
「んー……となあ。簡単に説明するとなんでも意識を失ってたザウディスに、帝国宰相が口に舌突っ込んで、その他諸々。アルテイジアが目撃して、あまりのことに動けなくて。少しして帝国宰相がアルテイジアに気付いて止めた」
「何してんの? 帝国宰相」
 素っ気ないエーダリロクの言葉がこの場合もっとも正しいと言えよう。
「さあ? でもよ、この部分は俺じゃなくてアルテイジアの視点で、かなり細やかな感じで語れるぞ」
 ”変なもの見るハメになったな” と話しかけたビーレウストに、アルテイジアはそれはもう嬉しそうに説明をしてきた。
 滅多に話しかけてくることのないアルテイジア。彼女は元々、男同士の性行為を目の当たりにするのも良くあることだった世界で生活してきたのだが、その彼女が ”今までとは全く別物だった” と笑顔で話しかけて来たので、ザウディンダルの秘密が知られたのか? と思い、話の内容によってはアルテイジアを始末しなければならないと思いながら話を最後まで聞いた。
「必要あるかなあ?」
「俺もねぇと思うんだが」
 結局アルテイジアはザウディンダルの秘密については気付いていなかった。
「時間があったら、って事にしようか」
 だがそこに至るまでの女の視点による ”兄弟の倒錯” を語られたビーレウストは 《俺はわりと忍耐力あるんだな》 と、新たなる自分を発見して驚きはしたが。
「そうか。俺聞いてもあんまり解らないかも知れないけど、よろしく頼むな」
 ”頼むなよ” と思いつつも、自分一人で秘めているのも鬱陶しいので、何も感じないだろうエーダリロクに語って楽になろうかと思い出しつつ ”ザウとセルトニアード” の話をまとめ、語り出した。

**********


 ザウディスが下働き区画に向かったのは、時期から考えても寂しさが最大の理由だろう。
 あの当時はカルが陛下の側近に復帰し、帝国宰相が今よりザウディスにたいして冷たかった。理由は様々あるだろうがこの話には関係ないだろうよ。

「よ、よお」
 下働き管理責任者の執務室の扉をノックし扉を開く。
 だが踏み込んではいかない。扉を開いて躊躇いがちに、やや上目遣いになりながら声をかける。
「ザウディンダル兄。そんな所に立っていないで、どうぞお入りください」
 促されてザウディスは部屋に入り、ソファーに腰をかける。管理責任者の調度品は全て ”お下がり” だ。
 予算が限られているからな。下働き区画の再整備もあまり進んではいない。再整備が進んでいないせいもあり、帝国宰相が敵対する皇王族からその支配権を取り上げることに成功したともいえるが。
「どうなさいました? ザウディンダル兄」
「……」
「失礼いたしました。私としては来ていただけると本当に嬉しいので」
 《たずねられたくない部分》 を持つセルトニアードは深くザウディンダルに尋ねることはしない。質問を返されると困ると、無意識に恐れているからだ。
 セルトニアードはロヴィニア僭主の末裔、一族を裏切った二人のうちの一人バデュレス伯爵ギースタルビアと交際している。
 あれを、あの伯爵を ”裏切った” と表現するのは正しくはないな。
 一族を裏切ったのは伯爵の母親。伯爵が殺されそうになったので、夫を殺害し自分達の居場所を教えることで居場所を得た。その頃伯爵はまだ何も解らない年頃だったからな。
 伯爵が好んでいた「紅茶」
 セルトニアードは伯爵を喜ばせようと紅茶を淹れられるようになり、兄弟にも振る舞うようになっていた。
 だから、
「ありがとう、セルトニアード」
「いいえ。こうやって飲んでもらえるのはとても嬉しい」
 その時も紅茶を淹れたはずだ。
 《アッサム》という流れを組む茶葉を好んでいた。
 二人は向かい合って座っただろう。そして話をするんだ。
「セルトニアード。余計なお世話だろうが、お前いつまでここで管理者してるんだ? お前の経歴と年齢ならそろそろバロシアンに譲って本団に戻った方が良くないか?」
 下働き区画の管理者という仕事は重要であり必要だが、近衛兵団に属する者の中では異端な職種であり立場も低い。
 職業に貴賎はないなんて、そんなきれい事は言わねえ。出世できない仕事でも大切だなんて事も言わねえ。なによりザウディスに向かって、そんな事言える筈がねえ。
「団長のタバイ兄にも、その帝国宰相にも言われました。そろそろバロシアンに譲って本団に戻れと」
 ザウディスなんてどんなに仕事しようとも、優秀な成績をたたき出そうとも出世はできない、そして仕事も制限される。本人自体が、献上品でありながら忌避される存在。
「だろう……あのさ。俺でよければ、聞くぞ。お前さ、なんか悩んでるだろ?」
 《出世に興味がありません》 なんて言うわけにはいかない相手だ。
 だから必死に捜すんだ。
 いいや、必死に捜すふりをして本当のことを言ったかも知れない。
「その……私は瞳の色が。コンプレックスといってしまえば軍妃に失礼ですが、どうしても好きになれないのです」
 容姿そのものは俺と、そうこのデファイノス伯爵……いや、この場合はイデスア公爵って言わなけりゃバデュレスと混同しちまうな。
 エヴェドリットの特徴をほぼ兼ね備えたイデスア公爵と変わらない容姿のセルトニアードだが、唯一にして大きく違うところがある。
 右側の瞳のヴァイオレット。
 軍妃が帝室にいれた人間そのものの血。いつの間にか皇族軍人が好む色になった紫の始まり。
「平民の瞳か……それだったら、ほら! 俺も左側が帝后と同じ藍色だ。俺の藍色はザロナティオンが不吉だって言った色合いだが、お前のは賢帝が褒めた色じゃないか。あのな!」
「ありがとうございます。あの……ザウディンダル兄!」
「どうした? セルトニアード」
「ザウディンダル兄は私の父親のこと、何かご存じですか? 知っていたら教えて欲しいのです」

 知らないことが何をもたらすのか、知っている俺達には解らない。でもセルトニアードは知りたかった。何の為に? それは……帝国宰相を真っ直ぐ見る為に。

**********


「どうだ? 話し方少し変えてみたけど、解り易いか? エーダリロク」
「うん、解り易い。それで続き! 続き!」
 冷たい水をグラスに注いで ”喉を潤して、さあ続きを語ってくれ” と差し出してくるエーダリロクに、
「待ってろよ、エーダリロク」
 それを一気に飲み干し、ビーレウストは再び語り出す。


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