ALMOND GWALIOR −117
 ザウディスはセルトニアードの父親のことを知らない。
「あ……悪い。俺は知らないや」
「悪いなどと……」
 自分の出自も知らなかった。この時まで、知ろうとも思わなかっただろうよ。
 後日手前が、エーダリロクが教えたことや、その結果はこの話には関係無いからこれ以上語らねえが。
「そんなに気になるのか? セルトニアード」
「え、ええ……まあ。ザウディンダル兄は気になりませんが?」
「……気にならない俺がおかしいのかも知れないが、特別知りたいとも思わない」
 なぜ知ろうとしないのか?
 知りたいと思わなかったのか? 傍に父親の代わりになる人物が存在したからだ。
「ザウディンダル兄には帝国宰相がいますものね」
「俺達の長兄じゃないか」
 ザウディスは疑い一つなく微笑む。どれだけ遠ざけられても、寂しい思いをしようとも、嫌いになどなれない長兄のことを、嫌いじゃないだろう? と、疑いもせずに言うだろう。
「……」
「どうした? セルトニアード」
 セルトニアードは言わなかったに違いない。内心で思うに留めただろう。

―― 帝国宰相が私にむける眼差しは、よそよそしい。むしろ冷たさと拒絶を感じる。問いただしたこともなく、他の兄弟の誰も知らない。帝国宰相と二人きりの時に向けられるその視線が辛い。私は帝国宰相に嫌われている、でも嫌われている理由が解らない。私自身に嫌われる理由があるとは……どれほど考えても思い浮かばないし、自分に理由があると考えたくはなかった。だから卑怯かもしれないが、私は親に求めた。無責任に親に理由を求めてみたが、親そのものが解らない。なぜ私は帝国宰相に嫌われているのか、解らない ――

「いいえ……」
 大きさが全く違うカップ、二人は最良のタイミングで紅茶を飲み干した。
 セルトニアードは己が飲む分を注ぎ、ザウディスには香りを楽しむために差し出す。
「誰だ?」
 ドアがノックされたことによりセルトニアードは管理者の顔となり、
「失礼します」
 仕事へと向かう。
「申し訳ありません、ザウディンダル兄」
「俺はいいから、早く行けよ」
「ゆっくりしていって下さいね」

 一人部屋に残ったザウディスは紅茶が冷え切る前に部屋をあとにした。

 街中を歩いていたザウディスは、突然 《壊れた》
 エヴェドリットには多い、突発的な精神異常。発作的な自傷。
 決して自ら死を選ぶことのないはずのザウディスが、死を目的として薬を買い込んだ。
 下働き区画の薬局で、一つ一つは害はないが両者を合わせて飲んだら危険だという薬を大量に買い込み噴水の前で薬を無理矢理飲み込む。

 大宮殿本宮の噴水の一つで、人気の少ない場所だ。

**********


「話を中断して悪りぃんだが、エーダリロク」
「どうした? ビーレウスト」
「あのな、ザウディスは薬に関して、当時から本当に詳しかったのか? たまたま選んで飲んだ二種類が合わなかったって訳じゃなくて?」
 委細は知っているものの、ザウディンダルが薬物関係に強いということは 《三年前》 に初めてビーレウストは知った。
 もともと他人に対して興味の薄い男なので個々の嗜好は知らないが、特殊技能は別だった。薬に詳しいのは特殊技能に分類される
「詳しい。両性具有は隔離されることが前提で、基本独りで生きていかなけりゃならないから、体に合う薬なんかは教える。外界で教育される時間の大半は、こういったことに費やされるな。ザウは主治医団長夫人が優しく教えて、本人も結構好みだったらしくて、色々覚えてた」
「なるほど」
「本人の趣味は投薬用じゃなくて化学兵器系でな、その過程で薬物自殺未遂になったんだ」
「へー可愛い顔して化学兵器なあ」
「顔が可愛くて恐ろしいのは、俺達の基本だろうが。ラティランなんか良い例だろうが」
「ラティランってか、ケシュマリスタ一族は基本そうだよな。……話を再開する前に、端折るか?」
「何を」
「えーとな、当たり前の部分を削るかってこと」

 下働き区画の薬局はザウディンダルが購入した量は売らないが、相手が公爵だったので売った。
 ザウディンダルが買った薬はどちらも液体。
 そして購入履歴は即座に中央に届き、購入した商品の量や組み合わせなどから「危険」と判断された場合は即座に管理員が派遣される仕組みになっている。

「そこら辺は聞かなくても平気だ。購入リストの監視プログラムが警告音を発したと同時に、薬局から ”レビュラ公爵が大量の薬物を購入した” との連絡が入って、報告を受けたバデュレス伯爵が大急ぎでセルトニアードに報告。同時に手が空いていて、ザウにも下働きにも危害を加えないと思われる近衛兵に連絡を入れた。その一人がキュラだった……と。なんでキュラに連絡いれたんだ? バデュレスのやつ」
 その時この二名は、結婚してくれと騒ぐ無性から逃げるために帝星から離れていた。帝星待機期間だったとか、その他色々あったのだが二名はあまり守ることなく、しょっちゅう逃げ出している。
 そのため、逃げる際も誰も止めはしなかった。
 皇帝ですら「そうか、二人は出かけたのか。また楽しい話を聞かせてくれると良いな」と会議室の空白を見て微笑んだくらい。
「女の考えることは解らねぇよ。でも実際発見したのはキュラだったしな。女の勘ってやつじゃねぇの?」
「女の勘かあ……俺達には解らねぇなあ」
「ああ、特に手前は人間の女と縁遠いからなぁエーダリロク」
「ああ……あのさ、ビーレウスト。この前さ新しい爬虫……」
「よーし! 話を続けるぞ! サルトランフォークの話は後回しだ!」

 サルトランフォークとは、三日前にエーダリロクが手に入れたイグアナ(雌)である。

**********


 幅七メートルで、奥行き五メートル、仕掛け装置などを合わせるともっと幅があるが、とになく七メートル五メートルの小さめの噴水にザウディスは落下していた。
 空の薬瓶もザウディスと一緒に噴水に浮いていたとキュラは証言した。そして水が赤く染まっていたとも。
 さほど水深がなかった噴水に落下したことで、頭部に裂傷を負いザウディスは相当出血していた。
 発見したのがキュラで本当に良かった。
 このイデスアなら殺していたことだろう。両性具有の血は甘美だ、味覚ではない部分に感じさせる。
「っとにさあ。なんで僕がみつけちゃうのかなあ。おい! レビュラ公爵をみつけたよ! 薬物中毒以外にも、裂傷がある。打撲もあるかも知れないね」
 通信を切ったキュラはザウディスの腹を拳で打つ。
「間違ったら、君死んじゃうよね」
 鳩尾に刺すように叩き込みながら、自らの下腹をキュラは撫でる。
 意識なく口から嘔吐するザウディス。気道を確保しながらキュラは水面に揺れる薬瓶の成分表を睨む。
「吐かせても平気な類で良かったよ。気道が焼けるようなやつだと、面倒だからねえ」
 キュラは自らの皮膚を維持するために薬を使用している。
 その関係で詳しい。
「レビュラ公爵閣下!」
 一番に駆けつけたのはバデュレス。
「やっと来たようだね。でも後は任せるなんて言わないよ。ザウを急いで連れてゆくと良い。僕が現場を確保しておいてあげるから」
 バデュレスはザウディスを抱きかかえて主治医の元へと走った。
 キュラは薬瓶を回収する。そのころには水はすっかりと血の色を失っていた。だが ”縁” にはザウディスが落下した痕跡がまだ残っている。
 薬を売った者は、勿論罪に問われはしなかった。
 彼等は何が起こったのか、解らないままだ。
 彼等は規則に則り、そして規則に反しながら常識に従った。則ったのは報告、反しながらの常識は貴族に薬を大量に売ったこと。

**********


 グラスを掴みエーダリロクに向けて ”お代わり” を要求し、喉を潤した後、両肘をテーブルについて顔をのせてビーレウストは 《要望》 をたずねた。
「さてと、大体話は繋がってきたはずだが、どうだ? 手前が不足だな? と感じるところはないか? エーダリロク」
 エーダリロクが希望したものなのだから、途中要望を聞き話の道筋を変更したり、足りない部分を足す必要がある。
「ちょっと待ってくれ」
 端末の画面を見ながらタイムテーブルを追いかける。
 その視線の動きを反対側からみつめつつ、ビーレウストは語っていてどうしても不思議に感じたことを尋ねた。
「画面見ながらで良いし、答えなくても良いから聞いて欲しいんだが」
「なんだ? ビーレウスト」
 エーダリロクに対しビーレウストが ”答えなくても良い” と前置きするのは、両性具有の事柄以外にはない。
「なんでザウディスは自殺を図ることができたんだ? 未遂には終わったが、危険だったんだろ?」
 今回も ”そう” であった。
「それな……正直全く解らねぇんだ」
「そうか」
 両性具有に関しては ”ゆるい” ビーレウストだが、両性具有管理者に対しては ”厳しい” 傾向にある。
 それは本人の性格というよりは、ビーレウストを育てた実兄の帝君の教育がもたらした結果。
「ビーレウストには思い当たる所はないか? 偶に違う視点から見ている人の意見も聞きたい」
 瞳に映るタイムテーブルは恐ろしい勢いで動いている。
 瞬きをしない瞳と、反対側からも見ることができるタイムテーブルを交互に眺めながら、
「俺は両性具有の個体統計とか知らないから、見当違いのこと言うかも知れねぇが……平民の瞳の両性具有って今までいたのか?」
 咄嗟にエーダリロクはスクロール停止キーを、必要以上の力で叩き、その手はキーの上で硬直したまま、奇妙に感じられる程ゆっくりと首を動かしてビーレウストを見た。
「今まで……平民?」
「ああ。両性具有ってのは完全人造人間だろ? でも平民の瞳、ザウディスの帝后グラディウスの藍色とセルトニアードの軍妃ジオの菫色は人間特有のものだ。それを所持していながら両性具有ってのは、規則性に反してるような気がするんだが? そこはどうなんだ?」
 エーダリロクは自分からみて画面の背、ビーレウスト側から見る為の画面を指で弾き、画面を曇らせてから手元に存在する 《両性具有》 の身体的情報をはじき出す。
「統計が出せる程のデータがないが……手元にある情報では、ザウが初めてだ」
「ザウディスは両性具有で初ってのが多いよな」
「ああ……」

 エーダリロクは「ひっかかり」があったが、どれ程考えても今は解らないだろうと、
「今のところ、全部網羅されてる。続きを頼む」
「任せろ!」
 まずは当初の目的を最後まで終えることにした。

―― ザウディスは両性具有で初ってのが多いよな ――

 この長い歴史で 《初》 を冠する。それは世界が完成し、新たな未来へと続くという事でもあった。


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