3.皇子と王女 【1】
「美人だな」
「容姿くらいは良いのにしておかないと」
 第十王女の一行は北の国の外れで罪人の娘を買う。
 どうやっても王女にはなれない第十王女は、しかたなく身代わりを立てることに決めた。第十王女は別の国に逃げようとしたのだが方伯国に王女が到着しなければ問題になると言われ、渋々と娘を買うことを許可した。
 方伯国側の迎えが来る前に雲隠れしてしまえば、警護を請け負ってくれた第九王女の夫である将の責任となり、方伯国側と合流してしまえば方伯国側が北の大国に王女失踪を責められる。
 娘を買うことに抵抗はあったものの、親の罪により牢に入れられ売られていた娘を買い一行に加えた。
「烙印は既に押されてしまっているのが。町で皮を削いで罪人とばれないようにしましょう」
「烙印は後で考えるとして。罪人の娘、ここに二度と戻ってくることはないが、心残りはないか?」
 罪人の娘は何もないと首を振り、一行は急いで国境を越えた。
 山間を越えるとき、第十王女は滝の水量が少ないことに気付く。南の山の水量が少ない年は、冬の寒さが厳しいと言われている。
 この辛い旅程に寒さまで加わっては身が持たないと、第十王女は肩をすぼめた。
 城で隊の練習に参加していた第十王女ではあるが、兵として徒歩で山を越えるのはさすがに苦労する。
 北の外れまで王女の代わりに輿に入っていた侍女は降りて徒歩となっているが、もともと山間の少数民族の出身であるために第十王女よりも苦労せずに旅をこなしている。
 罪人を買いましょうと言ったのはこの侍女。
 この侍女はもともと将の家に働きに来ていた者で、第九王女に可愛がられ第十王女が王の病床を見舞う際に代わりを務めた者。
 侍女は第十王女の結婚の際に代わりに結婚してもいいですと申し出たが、将がそれは無理だと止めた。侍女は山岳少数民族で、あまりにも北の国の特徴から外れていた。
 王に見舞う際は王女らしく体の線が出ない服と、体を覆い隠すほどの布がついた帽子の正装で誤魔化しきったが今回は婚姻。
 侍女の部族は顔や体に刺青を入れる風習があり、当然侍女の顔や体にはしっかりと刺青がある。
 北の国の王女にはそのような風習はないので、別人だとすぐにばれてしまう。そこで侍女は故郷周辺、中央から遠い外れでは罪人の売り買いが普通に行われていることを思い出し、買って道中王女としての教育を施したらどうだろうかと進言した。
 第十王女は乗り気ではなかったが、女を用意する以外のことは思いつかず、侍女の故郷付近で仕方なく罪人の娘を買うことにした。
 罪人の娘は自分が第十王女の代わりとなるように命じられ驚きを隠せなかった。
 真実を知られれば命はないとつげもしたが、罪人の娘となって命などないも同然だったのでその覚悟はできていると、それが新たに生きる道ならばと言葉少なに事実を受け入れ行儀作法を少ない時間で学ぶことに精を出した。
 その罪人の娘を連れて、一行は小国の港町にたどり着いた。
 此処で第十王女を方伯国側に引き渡すことになっている。
 本来は引き渡してしまえば、あとは第十王女と名乗る罪人の娘一人だけだが方伯国側に向かうのだが、ここは大国の威を使い第十王女も方伯国まで着いてゆくつもりであった。
 第十王女は本来ならば話す必要もないのだが自分の生い立ちを語り、それによって罪人の娘が迷惑を被ったことを詫び、身代わりに仕立て上げた罪人の娘に一生使える覚悟を決めた。
 身代わりになってもらった恩の他に、もしかしたら罪人の娘が秘密を暴露するのを恐れ、それを見張るために。
 暖かい南の潮風に吹かれながら、山に囲まれ天然の要塞といわれる方伯国に第十王女は思いを馳せていた。


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