7.北の国 −偽【2】
 皇子と第十王女の話し合いは物別れに終わった。

 争いを早く終わらせたい皇子と、北の国のために戦いたい第十王女の意見は交わることがなかった。
 第十王女は初めて《男》として《王族》として北の国に関わることが出来たことに、今まで疑問に感じていた自分という者の存在を初めてはっきりと感じ、男として生きている実感を手放したくはなかった。
 それが人の命を奪うことであっても、自らをありのままの姿で求められることの実感の前には目を瞑ることができた。
 皇子は第十王女達を追う道での北の国の民の悲惨さを目の当たりにしてきたため、早く争いを終わらせたかった。皇子が幾ら言葉を費やしても、第十王女は《男》に戻れたことが嬉しく耳を貸さない。
 そして引渡しの間で占星術師が自分だけを国に伴ってくれと頼んだことを例にあげ、自分達が行動を起こさなくても収まるのではないかとも言う。
「それは貴方が皇子と共に北の国から離れていたからです。物事は全て同じではありません、その時最善だった策が今も最善であることなどありません。その時に合った策が必要であり、それが道標たる所以です。道標は間違った方向に進む人に声をかけることはありません、そこに立つだけです。ですがそこに人が居れば声をかけてくれもするでしょう、信じるか信じないかは別として」
 第十王女の考えが変わることはなく、北の王子と共に進むことを決め部屋を出て行った。
「皇子」
「私は間違ったことを言っていたのですか?」
 民が可哀想だと言い続けた自分の言葉が届かなかった皇子は、まだ幼さの残る瞳から涙を流し唇を噛んだ。
「間違っていないからこそ第十王女に届かなかったのでしょう。真実は耳障りの良いものではありません」
「どれほど耳障りが悪くても私はこの争いをすぐにでも止めさせたいのです。私には何の力もありません、凶星をも引き止めることができませんでした。そうであっても何かをしたいのです、他国の民であっても」
 占星術師はその言葉に頭を下げ、
「皇子。私に貴方の未来を視せてください」
 申し出てきた。
「占星術師は強大な星を視続けることは出来ないのです。私が今、貴方の身の上に降りかかることを力の限り《視》てしまえばしばらくの間力を失います。星を視ることができなくなるのです、それは私の存在をも隠すことができます」
 占星術師と皇子は卓を囲んで座りなおし話を続ける。
 星を読む人々は星に近付きすぎることはない、近付きすぎれば星を読むために星から与えられた力が失われてしまうからである。
 凶星の第十王女を占った時も第十王女は母の胎内に存在していた。占い師は凶星に関して占ったのはその時だけ。
 母という《膜》を被った状態であったからこそ、占い師は存在を視たあとも一時的な力の喪失を間逃れた。
 吉星の皇子の存在も同じことで、存在を掴むことはできたが追うことは占い師にとっても危険過ぎ、視ることは出来なかった。
「皇子、私は貴方の望む未来を視ます。貴方が北の国で取るべき行動でも、占い師がこのようなことをした理由でも、まったく関係のないことであっても」
 占星術師の言葉に皇子は息を吸い込み、
「ならば占わずに共に行きましょう。占星術師、貴方は道標ではない。ここに存在する誰もが知りえることだけを見て考え進みましょう」
「望みとあらば」
 皇子と占星術師は初めて会った時のように手を取り合った。
 話し合いの終わった北の王子は、占星術師に占って欲しいと命じる。
「第十王女は間違いない、そして私も間違いなく北の王の子だ。妾妃の息子が該当者であることは間違いないのだが、証拠がない。その証拠を占って欲しい」
 その命令を占星術師は拒否する。
「そのような理由で星を視るつもりはありません。なによりも北の王子、あなたが占星術師に占わせた結果だなどと言えば、従っている者の中に不信を抱く者が現れませんか?」
 占星術師は言いながら将に視線を移す。
 将が北の王子に従っているのは、正室の占い狂いに反抗し占いを全く信じずに地位を築き家臣を固めたことが大きい。その姿勢が少しでも崩れてしまえば、将は違和感を芽生えさせてしまう。

 北の王子は占星術師の言葉に悩み、今まで貫き通してきた行き方を変えることをせずに兵を進めることにした。

「北の王子の占い嫌いが吉と出ましたね」


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