水精姫の選択

【01】

「金が欲しかろう。金は返さなくてもよい、噂の王女と引き替えにくれてやろう」

 小国に天災が襲いかかる。もともと蓄えのなかった国はどうすることもできないまま、財政難に陥った。
 近隣の同じような小国も似たような状況で、どこもかしこも困り果てていた。
 西に大国ありベステーリといい、年老いた女帝が治めている。
 南に大国ありヴェーラといい、年老いた王が治めている。
 小国に声をかけてきたのはヴェーラの王で、噂になる容姿の王女を見てみたいから買うと一方的に通達してきたのだ。
「お父さま、パルヴィは動物ではありません」
 パルヴィの異母姉の言い分は最もなこと。ヴェーラの王が変わった動物を飼うのが好きで、金に糸目をつけないで購入する。そのなりふり構わず購入する目録には見た目が変わっている人間も混じっている。
「お姉さま、ありがとうございます。ですが、いいのです」
「パルヴィ……」
「たとえ見せ物になってもパルヴィは王女であることを忘れません」
 パルヴィが噂になった理由は、彼女が神話に登場する水精《ナイアード》の血を引いているかのような容貌をしていること。
 銀髪と透き通るような白い肌。水精特有の時間によって変わる瞳の色。
「行ってくれるか、パルヴィ」
「はい」
 パルヴィは金と引き換えになるべく、僅かな供を連れて旅立った。

◇◇◇◇◇

 パルヴィが国を出発したのは、まだ道に泥にまみれた雪が残る春の初めであった。
「熱いですね」
「申し訳ございません、パルヴィさま」
「どうしてあなたが謝るのですかイリア」
 南下し夏に近付きつつある季節のなか、パルヴィは汗を撫でる熱風の初めての感覚に、国から遠く離れたことを実感する。
 三つほど国を抜けヴェーラ国境の警備に辿り着いたのは、返事を受け取ってから三ヶ月が過ぎた頃だった。
 警備兵に手紙を見せ、ヴェールを上げて証拠となる自分の姿をあらわにする。
「少々お待ちください」
 警備兵はパルヴィたちを待たせて砦のなかへと入る。
「なんでしょうね? パルヴィさま」
「……」
 パルヴィは自分を見る目が好奇だけではないことに気付いたが、他に含まれるものがなんなのか? 解らなかった。
 パルヴィの瞳の色が変わることもなく、すぐに砦の責任者が現れ首を振りながら、
「この先に進んでも無駄でしょう」
 そうパルヴィたちに告げてきた。
「何故ですか?」
 パルヴィは故国を救うためにどうしても進まなくてはならない。金と「パルヴィ王女」の交換場所はまだ先なのだ。
「ゲルティ王が一週間程前に崩御したとの連絡が届いたんです。我々はこれから他国に、使者を送るところでした。もちろん王女の故国にも」
 責任者が後ろに立っていた部下から書状を受け取り、パルヴィの前に広げる。
 そこにはゲルティ王死去の知らせが、パルヴィを買うと寄越した手紙と同じ印の押された紙に書かれていた。
「そんな」
「パルヴィさま」
 パルヴィはドレスをぎゅっと両手で握り絞め、涙が溢れ出しそうになる瞳をかたく閉じる。
 故国を出発する時、見送ってくれた父と母、そして兄夫婦と姉。
『あなたがゲルティ王に気に入られないこと願っているわ』
 耳元でそう囁き強く抱き締めてくれた母。そして道中に見た痩せ細った民たち。
 帰っても両親は受け入れてくれるだろうし、民たちも納得するだろうが、引き返すわけにはいかなかった。
「新しい王さまは、私に興味ないでしょうか」
 責任者は「可哀相に」といった面持ちで首を振る。
「新王はゲルティ王のその趣味をひどく嫌っておりましたから」
「でも帰るわけにはいかないのです。だから通してくださいませんか?」
「正式な書状があるので、通すのは問題ありません」
 責任者は頼みこの先に滞在している公爵への紹介状を書き手渡した。
「もうじき首都で葬儀が行われ、閣下も参列しますからお急ぎください」
「ありがとうございます」

 こうしてパルヴィ王女の一行は、公爵の下へと急いだ。