謁見・2
謁見の間を出て食事を用意させた場所に向かう。
ウキリベリスタルの愛人……か。それは私も知らないし居ないと断言できる。恐らく『断片』を拾ったために、間違ったのであろう。
席に着き食事を取る。騒々しさのない王子然としたエーダリロクを眺めながら、なにが飛び出してくるのか楽しみで仕方がない。
「ルメータルヴァン巫女公爵が怖がっていたぞ」
「左様ですか」
全く興味ないようだな。
今回はガゼロダイスを潰しておくか。エーダリロクを良い気分にしておかねばな。
さて、質問を問いただそう。
「セゼナード公爵よ。そなたの質問は完璧か?」
「完璧?」
「 “ウキリベリスタルの愛人” とはっきり言いきれるのか?」
「いいえ」
「そうか。帝星に肉体関係にあったウキリベリスタル【の】愛人は存在しない。だがウキリベリスタル【は】愛人であった、そう帝星において。帝星でテルロバールノル王にしてアルカルターヴァ公爵を愛人として自由に出来るのは唯一人」
「三十六代ディブレシア帝」
細く鋭い瞳が僅かに驚きで開く。
求めていたものと “合致” したようだな。
ほう、ウキリベリスタルが愛人だったことがエーダリロクの興味の対象範囲内となれば……巴旦杏の塔に関係して何か掴んだか。
「その通りだ。バイロビュラウラは自分がディブレシアの寝所に呼ばれず悔しかったといっているが、本心かどうかはわからん。バイロビュラウラは顔悪かったからな。その点ウキリベリスタルは貴公子の顔立ちだったからな。ディブレシア帝は男なら誰でも良いといわれているが、顔を恐ろしいほど重視したとも小耳に挟んだことがある」
「先代ロヴィニア王バイロビュラウラは……親父、前頭部ハゲだったからな」
フォークをテーブルに置き視線を逸らす。
気持ちは私もよく解る。
「まあなあ。無性遺伝子の因子のせいで前頭部ハゲだったな。この際お前にも教えておくが、実は親父は後頭部もハゲてた。その間だけに髪があって、幸いふわふわで少量でも量があるように見えるタイプの髪質だったから誤魔化せていたが、後頭部も間違いなくハゲだった。姑息な隠し方に目のやり場に困ったもんだったぞ」
私も視線を外して一通り二人で笑った後、
「……質問に答えていただき、誠にありがとうございました」
エーダリロクはフォークを持ち直し、食事を開始した。
その後は何も喋らないまま、食事を終えた。
シーゼルバイアが私に報告しにきたのをエーダリロクが目を細めて眺める。好意的な細め方ではなく、嘲笑を込めたロヴィニア独特の半眼だ。
教えてはいないがすでに理解しているようだな。
「それだけで良いのか」
≪シーゼルバイア≫が傍にいる状態で話をふる。これに応えられない貴様ではないだろう≪エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル≫
「ではお言葉に甘えて、ロヴィニアの【柱】を触らせていただきたい」
「ほぉ、これは大きくきたな、セゼナード公爵」
巴旦杏の塔の起動・停止を制御する四大公爵当主のみが触ることが可能な【柱】
それを触らせろとは、大胆なことを口にするものだ。口にした方は全く動じてはいないが、聞いてしまった私の隣にいる男は驚きで硬直したぞ。
「ロヴィニア王殿下。帝国にはレビュラ公爵以外にもう一人女王がおります。その詳細を知るために【柱】をどうしても調査したい。前任者のウキリベリスタルはアルカルターヴァ公爵でも会った為、責任者として【塔】を、そして王として【柱】を制御できました。あの男と同じだけの自由をいただければ、私はあの男を越えて見せましょう。ロヴィニア王、貴方の為に」
≪もう一人の女王≫とは。これは大事だ。
シーゼルバイアは息を飲む、私も驚いた。
≪女王≫という種類まで掴んでいるとは……おそらく、カレンティンシスだろうな。だが思い込みは禁物だ、カレンティンシスに “あらぬ疑い” をかけてラティランクレンラセオの抹消リストに載るのは避けたい。
隙あらば消しに来るだろう、特に私は皇帝の外戚を二代続けているロヴィニア王だ。あの男の簒奪の最後にして最大の砦だ。
だが……面白い。
命を少し掛けてみようではないか、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルよ。
「なるほど。セゼナード公爵の才能を高く買っている私としては、その魅力的な申し出を断りきれんな。セゼナード公爵よ【柱】は多い方が良いか?」
「無論」
「そうか、ならばザセリアバから【柱】の使用権を買おう。思う存分使え」
「使用権限を買い取ったことを確認してから感謝を述べさせていただきます」
ロヴィニア王位を狙っているシーゼルバイアはこのことを口にはするまい。新しい主に有力な情報として届けることはしても、他者に言うことはなかろう。
希少価値のある情報だ、自分を高く売るには幾らでも必要であろうからな。
エーダリロクの背後を付きまとう可能性もあるが、この程度なら余裕でかわせるだろう。
シーゼルバイア、貴様とエーダリロクでは格が違う。貴様は認めたくはないであろうがな。
睨み合っているかのように無言で視線を交わしていると、報告許可を求める声が。
「何事だ」
「王妃が外出しそうでしたので、お言葉通り連れて来ました」
この最高の瞬間に……
仕方あるまい。
「さてと。ってなわけで、お前が面倒引き受けろや、エーダリロク。私はザセリアバと話をつける」
「面倒って何だよ、兄貴」
「ああ? あいつの浮気だよ、浮気」
「面倒くせえなあ。で、何すりゃいいんだよ」
私は簡単に「すること」を説明し、エーダリロクは嫌だという表情を隠さないでも頷いた。
謁見 - 終