偽体と狂草の塔・1
「ないのか?」
「おう」
俺は巴旦杏の塔の管理者になってから一度も『巴旦杏の塔』に向かったことはない。
何のことはねえ行った所で無意味だからだ。
「確かに稼動してるから行っても無駄だよなあ」
「管理責任者は秒単位の停止は出来るが、塔の中には入れねえから足を運んだところで無意味なんだよなあ。それに前任者から引き継いだ……暗殺された前任者の書類を整理して分類するのに忙しくてな。まだ全部整理できてねねえし、ヤツが廃棄した膨大なデータに何かあるかもしれないと思って保存してるのにも目通さなきゃならねえしよ」
そんな事を言いながら俺とビーレウストは巴旦杏の塔に向かって歩いていた。
もちろん人目を避けてな。
「それにしてもこんな隠し道があったとは知らなかった」
「巴旦杏の塔の管理者が色々と手を加えているのを他人に見られると困るんだよ……多分な」
抜け道を通って巴旦杏の塔の傍まで近付いたら、
「まて、エーダリロク。先客がいるぜ」
「先客? ここに先客なんて一体何処の権力者様だ」
「この呼吸音……デウデシオンだ。見えるところまで近寄ってみるか?」
「ああ」
デウデシオンかあ。
巴旦杏の塔が『ザウディンダル』を登録して動かしていることは周知の事実だから、色々と思うところがあんだろうなあ。
ウキリベリスタルが『ザウディンダル』を登録して稼動させた頃の皇帝はディブレシア。
その頃は良かったらしんだが、ディブレシアが死んだ後、当時の私生児だったデウデシオンが摂政に立つ。十六歳くらいだったが、苦労に苦労を重ねた私生児は陛下の信頼を一身に受けて牙をむく。
俺の親父は……まあ仲悪くはなかった。
陛下の外戚だし叔父貴も帝国宰相との間を上手く取り持ってくれたからな。
でもウキリベリスタルは最悪だった。
ザウディンダルを勝手に登録して稼動させたことと、皇婿が全く帝国宰相に取り成さなかったことで関係は最悪だった。
その最悪の人生は暗殺って形で幕を閉じた訳だが……暗殺されたせいで、巴旦杏の塔の必要書類をかき集めるのが大変なんだよな。
もちろん一まとめにされてて、巴旦杏の塔管理責任者のコードと情報管理局局長のコードで厳重に二重に封印されてたから中身を誰も見てはいない……筈だ。
俺がその封印されていた情報を与えられたのは、皇帝陛下のコードを持ってしてだ。
無論俺も皇帝陛下のコードは知らない。あのデウデシオンだって知らないはずだ。
だが……デウデシオンは見ようと思えば『見れた』
俺とビーレウストは傍に近寄り帝国宰相を見る。
黙って塔を見上げている帝国宰相が何を考えているのかは解らない。俺とビーレウストに気付いても焦るわけでもなく、無言で立ち去った。
俺が陛下に申し上げたところで意味もないし、誰も入っていない巴旦杏の塔の前に帝国宰相が立ってたくらいじゃあ……その程度で罰せられるような男じゃない。
巴旦杏の塔は完全に稼動している。
誰一人は入っていないってのに。兄貴は『無駄なことを!』って叫んでるけどな。あの人は機会あらば閉鎖しても良い! ってマジで考えているらしい。
ザセリアバもあまり興味ないみたいだ。
あとの二人は……絶対閉鎖に賛成なんかしねえだろうよ。俺としちゃあ、一度閉鎖して内部を確認したいんだが、中々なあ。
「エーダリロク」
「何だ? ビーレウスト」
「兄貴の言葉の意味、探るか?」
「もちろん。帝君は嘘をつくような人でもなし、管理者としては調べておくべきだろう。嘘だったらそれで構いはしないし」
「俺がウキリベリスタルの元愛人をあたってくる。あいつの愛人は帝星に集中しているし、王領には一人も居なかったはずだ」
「結構年上じゃない?」
「俺は年上は得意だ。特に甘えるのが大得意だ」
そう言ってビーレウストは背を向けて去って行った。
思い出した、ビーレウストは実兄リーデンハーヴ王太子のお妃で童貞落してたなあ。セレガーデイゼ王太子妃も……息子のダバイゼスと同じ年のビーレウストに手ほどきして、楽しかった……らしいよなあ。
再婚[*]して元気にやってるみてえだから良いけど。
情報局に戻って……残骸から調べてみるか。
[*]セレガーデイゼ王太子妃がシュスタークと結婚して皇太子が生まれると『既にエヴェドリット王として即位している実子ザセリアバ』がいるので継承に関して諸所の問題が起こることを懸念し・懸念されて妃候補から排除されている