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片目の村・5
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 ロヴィニア王は皇君オリヴィアストルから買った薬を持ち、メロビレオ侯爵の元へと向かった。
『高値で売りつけてくれる』
 顎髭を撫でながら微笑し “のらりくらり” とかわす男から品物以外のものを得られなかった自分の不甲斐なさを感じながらも、
『あのかわしかた。何か秘密を隠しているな』
 彼には手応えがあった。
 皇君オリヴィアストルも『露骨にかわしたほうが良かったかもな。全くラティランクレンラセオといい、ランクレイマセルシュといい』上手くかわそうとして、かわしそびれたことを痛感しながらロヴィニア王を見送った。
「メロビレオ侯爵」
「ロヴィニア王殿下!」
 メロビレオ侯爵が監禁されている部屋へ単身で乗り込み、注射を打つ用意をする。
「これは?」
 拳銃によく似た形の注射器に、買ってきた薬をセットして侯爵の前に突き出す。
「イデスア公爵の細胞より抽出した “断種薬” だ」
「あの」
「お前には理由を聞く権利などない。ただ私の意志に黙って従え」
 彼女は腕を差し出し、ロヴィニア王はトリガーを引く。
 他人の体に注入された《アマデウス》は、たった一日で全てに進入し体調変化さえさせずにその体を支配下におく。メロビレオ侯爵は薬を打たれた箇所に掌をのせて俯きながら、近衛兵団団長に拒否された言葉をもう一度語る。
「……殺してください、ロヴィニア王」
「理由は?」
「私は、私は……あの子を幸せにしたくて村から逃げましたが……」
「幸せではないと?」
「はい」
 注射器をケースに片付けながら、ロヴィニア王は問う。
「ほお、ではお前の描く幸せとはどんな物だ?」
「それは自由に……」
「何処までの自由があれば良いのだ? 皇帝になりたいと願えば皇帝の座につける程の自由か?」
 わざと音をたててケースを閉め、振り向きながら彼女に言う。
「そんな恐れ多いことは申しておりません!」
「重ねて言おう、お前には選ぶ権利など無い。お前には権利はない、そう自由に死を選ぶ権利もな。お前はまだ死ぬな、それだけだ」
 ロヴィニア王が立ち去った後、彼女は床に崩れ落ちうなだれた。死なない事が、娘と一緒に生きていける事が幸せだと思っていたあの頃の方が、あの不安定だった日々の頃の方が幸せだったと思う自分の世界の狭さに絶望しながら。

*********


 バデュレス伯爵は傷の手当を終えて服を着ながら、母親に向けていった言葉を語り出す。聞いてくださいとも言っていない、独り言のような懺悔。
 服を着終えて違いに背を向けたまま、バデュレス伯爵は語り終える。
「私は母に酷いことを言ってしまった」
「謝ったら許してくれるのでは?」
 ジュゼロ公爵も振り返らずに答える。
「そうでしょうか?」
「さあ……はっきりとは言い切れません。私は母に謝ったことはありませんので。生きていたとしても、謝る機会などはないでしょう」
 皇帝を生母として持つがその皇帝はすでに無い。
 そしてジュゼロ公爵が語ったとおり、生きていたとしても会うことはなかった。それはバデュレス伯爵も知っている。
「……手当、ありがとうございます」
 ジュゼロ公爵の言葉になにがあったわけではないが、何もないわけでもない。
「任務ですから」
 バデュレス伯爵は振り返り背を向けているジュゼロ公爵の後ろ姿を眺める。リスカートーフォンの容姿が強く現れている彼の後ろ姿は “リスカートーフォンの容姿そのもの” と称されるデファイノス伯爵によく似ている。
「准将閣下」
「何か?」
 声をかけられ振り返る。左側だけが等級1の緑色の瞳が彼女を見つめる。ジュゼロ公爵は左側の瞳は、皇帝と同じ等級1で右側は等級を持たないヴァイオレット。
「いいえ、何も」
 穏やかで知性的と言われている軍妃ジオの持っていた瞳と同じヴァイオレットの瞳は、ジュゼロ公爵にあってもやはり穏やかさを魅せる。
「暇ですか」
 暇なら何か用意させましょうかというジュゼロ公爵に、バデュレス伯爵は話しかけた。
「准将閣下、お時間があるのでしたら私と話しをしてくださいませんか?」
「何を?」
 “貴女の見張りですから時間はありますよ” と言いながら椅子を用意して、バデュレス伯爵にすすめる。
「私には兄弟も姉妹もいないので、准将閣下のお兄様は弟君の話などを聞かせていただけると」
「私たち異父兄弟の話ですか……聞いてもおもしろくはないと思いますが……どんなことを聞きたいですか?」
「兄弟のいない私には聞きたいこともわかりません」
 イダンライキャス最後の血統となる女性が、ザロナティオンを強く持つ男性と向かい合い穏やかに話をする。それが監視されていることは二人とも理解しているが、気にはしていなかった。
「そうですねえ……そうだ、ちょうど良い機会だ、女性であるバデュレス伯爵に意見をいただこう」
 監視しているのはライプレスト公爵ではなく、今回の総責任者にあたるセゼナード公爵。前者ではする会話も選ぶが、後者は “なんとなく” だが二人にも信頼できた。
「私で答えられるものでしたら」
「ユキルメル公爵クラタビア兄が、最近とある女性に好意を持ちまして。兄の立場と好意を抱いている相手の立場から中々上手く言い出せないのです」
 男ばかりの兄弟で、義姉に尋ねるも “ご自分でお考えください” と言われて困っていると笑いながら語る。
 相手の立場を考えて、あえて名前をだしていないジュゼロ公爵だったのだが、
「バールケンサイレ侯爵メリューシュカ少将閣下にですよね」
 バデュレス伯爵にはあっさりとばれた。
「なぜ! ご存じですか!」
 本当に驚いた表情を作った彼に、バデュレス伯爵も驚く。
「……えっと、その大将閣下の態度は隠しているようには……近衛兵団内でも噂になっていますから、帝国軍幕僚内でも噂になっていると思いますよ」
「秘密にしていたつもりなのですけれど」
 額に手をあてて困惑の表情を浮かべるジュゼロ公爵にバデュレス伯爵は優しく微笑んだ。

『あれでばれていないと思う……わけはないですよね。私の緊張をほどいてくれるための嘘でしょうか』

 彼女はそう理解したのだが、それが嘘ではなかったことをジュゼロ公爵と付き合うようになってから知り、義理姉達にその時のことを語るとこう返ってきた。
「策も何も、普通にしているだけで “とても” 気になるから、なんの策も必要ないのよね。そのまま……ねえ。女として放置しておけない人ばかりなのよ」

*********


 バデュレス伯爵をジュゼロ公爵にあずけて艦橋に戻ってきたビーレウストに、エーダリロクは “まず疑問におもっていたこと” を尋ねる。
「ビーレウスト」
「なんだ、エーダリロク」
「バデュレス伯爵ギースタルビアを殴ったら金払えって本当?」
「まさか。ロヴィニア王はあの女を殺したいと思っている節があるから、そんなことは言わねえな」
「嘘だったんだ」
 そんな気はしたんだけどさ! と言いながら操作卓を操る。
「まあな。で、手前はロヴィニア王に暗号を送ったのか?」
 暗号とはダバイセスに請求した『支払金額』その数字がロヴィニア王族特有の “暗号” となっている。他王家は暗号の存在は知っているが解読したことはない。
 なにせ彼等の暗号は請求書に書かれるので、下手に手に入れてしまうと金を払わなくてならなくなってしまうのだ。《暗号解読に必要なデータを集めると破産するだろうな》と言われてもいる、ロヴィニア王家の請求書。
 もちろん庶子はそんな物が存在することすら知らない。
「ああ。ダバイセスとシーゼルバイアの接触が確認された」
 エーダリロクから提示された “数字” をダバイセスは疑っているが疑ってもそれを確かめる術がない。下手に知っていそうな兄であるザセリアバ王に数字を提示して、それが何らかの合図になってしまったらと考えると行動に移すことができない。
 ダバイセスに出来ることは、シーゼルバイアにロヴィニア王やエーダリロクの動向をうかがう様に指示を出すことくらい。後ろめたいことがなければ “殴った代金” と簡単に支払って済む数字にダバイセスは迷わされていた。
「そうか。あとは用意が整うのを待つだけか。それで、俺に用ってなんだ?」
「殺し足りない気持ちでいっぱいのビーレウストに寄り道を勧めに」
「なんの寄り道だ?」
「175.33度の方向に31時間04分35秒直進した所に、廃棄の軍事衛星があるんだよ。廃棄したわけじゃねえけど、暗黒時代前後に耐用年数が過ぎてるんで放置してるやつ。そこにさ、宇宙海賊が住みついてんの。狩りに行かない?」
「もちろん行く」
「良かった良かった。断れたら俺一人で狩りに行かなきゃならなかった」
「手前が率先して人狩りに行くなんて珍しいな」
「実はさ、通りすがりに衛星にスキャンかけたら俺の欲しい体質のやつがいるの。どうしても欲しくて」
「じゃあ俺がとってきてやるよ。簡単に全滅じゃなくて、一人くらい生かして持ち帰ってくるくらいの制約あった方がおもしろいからな」
「じゃ、お願いする」
 単身で衛星に強襲をかけるビーレウストを上空から眺めながら、行動を監視しているバデュレス伯爵をも伺う。
 無口と評判のジュゼロ公爵と楽しそうに話しをしている彼女を見て、エーダリロクは兄王に “彼女の解放” を勧め、兄王は “この僭主狩りの後にな” と条件をつけながらもそれを受けた。
「それとエーダリロク 《彼》 は眠られて?」
「ああ。……どうせ近いうちに呼ぶことになろうだろうさ。兄貴のこの作戦でいくなら」

*********


 私は片目になった男を見下ろしていた。

― 結婚してくれ、アルテイジア―

 男は私に手紙を差し出し、それを開いて読んだあとに顔を上げて手紙を寄越した男を見た。直後に閃光が辺りを包み気がついた時には、私に結婚を申し込んだ男の片目に銃口が突きつけられていた。
 黒髪に皇帝眼、赤が多用されている制服に、平民とは全く違う長い手足。
「お前か、エーダリロクが欲しいって言ってた奴は」
 そう言ってトリガーを引き男は顔の半分を吹き飛ばされて倒れた。あのとき私は、どんな返事をしようと思っていたのだろう?

「アルテイジア様、デファイノス伯爵殿下がお呼びです」

 一つだけ言えることは、私はあの男が死んでも悲しくはなかったと言うこと。


片目の村-《終》

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