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片目の村・3
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 デファイノス伯爵が人間を殺害する姿は美しい。それに関しては誰も異議を唱えない。
 人間を殺している時の伯爵は言い表すなら『王子』そのもので、凜とし優雅で気品に溢れている。
 血を浴びられぬ体質ゆえに、伯爵は遠距離から狙い撃つ。視覚よりも聴覚の発達している伯爵は瞳を閉じ、楽器を奏でるかのように殺す。
 その姿は美しく世界が伯爵に人間を殺すことを許し、あまつさえ伯爵に殺してもらうことを望んでいるのではないのだろうかと錯覚してしまう程。
 彼は人を殺すためだけに生まれてきて、そして自らを殺すために生まれてきた。
「エーダリロク、次は?」
 白い小舟に乗り立って銃を構える。
「21番の核は脳下垂体」
 小舟を並べているエーダリロクは、画面を叩きながら標的の『核』を指し示す。
「脳下垂体か。どこから狙うかなあ」
 今彼等が殺害しているのは人間ではなく同族。
 人間とは違う生命活動に必要な『核』を有し、それが破壊され尽くさない限り死ぬことはない。
 性器が核と定まっている両性具有とは違い、他の『型』は核がどの部分に存在するかは千差万別。
 それをエーダリロクはそれを判別し、波音を挟んで並んでいるビーレウストに告げる。
「次は22番か」
「そいつは俺が仕留めなきゃならない『最も血の濃い一体』だから、23番にいってくれ。22番の弟で『核』は脾臓だ」
 エーダリロクは自らが作った兵器で、ビーレウストが自分の同族を殺している姿を目を細めて、笑みすら浮かべて見つめていた。

 成層圏内から映像で殺されていく姿を見つめるバデュレス伯爵、二人の王子に従っている『公子』ライプレスト公爵ダバイセス=ダイリアシアは叔父王子が銃を撃つ姿を凝視し、バデュレス伯爵の見張りをしなくてはならないジュゼロ公爵は、嫉妬を隠そうともしないライプレスト公爵を視線を逸らしながらも眺めていた。
 ライプレスト公爵はこの同い年の叔父王子が人を殺している姿を見ると不機嫌になる。
『人を殺す姿の美しさに嫉妬している』
 ジュゼロ公爵には理解できない事だが、公爵は空と溶け合ってしまいそうな海に小舟を浮かべて同胞を殺している伯爵の美しさを前に雑多な感情が吹き出し、それを押し込めることに苦痛が伴われているのだとすぐに解るほど。
 ザセリアバ王が『銃で狙い撃ち殺す姿は惚れる』と言い、実兄アジェ伯爵が『この宇宙で最も美しい狙撃手』と言い、ライプレスト公爵の実兄にあたるジュシス公爵が『白兵で美しいのは珍しくないが、狙撃がここまで美しいのはエヴェドリット史上に残るだろう』と言われる彼に、一族以外には理解できない嫉妬が渦巻いていた。
 隠れて暮らしている彼等は短時間で仕留められた。
 残りの『一体』をロヴィニアとしてエーダリロクが島に上陸するために伯爵の小舟から徐々に離れてゆく。
 長い銃身を両肩に乗せて伯爵は見送る。銃を背負い波と風に揺れている彼は、その銃がまるで体の一部のようであり、自然の風景のようでもあった。
 武器と一体化している伯爵を眺め、その身の内にある感情を制御しきれなくなったライプレスト公爵は、手近にあった “もの” でそれを紛らわす。
 最後の一人が殺されるのを見ていたバデュレス伯爵に突如殴り飛ばす。
 ライプレスト公爵と同じ近衛兵団に属する彼女だが実力には差がある。彼女よりも強いジュゼロ公爵も反応できない程の早さで彼はバデュレス伯爵を殴り飛ばした。
 彼女は自らが床に叩きつけられバウンドしたところで、殴られた事に気付き体勢を整えようと動かす。
「ライプレスト公爵殿下、彼女がなにかおかしな動きでも見せましたか?」
 体を起こした彼女の前にはジュゼロ公爵が間に入り、殴ったライプレスト公爵に尋ねる。
 彼は “何故そんなことを聞くのか?” と言った表情を作った後に、誰が聞いても解る侮蔑を込めた笑い声あげた。彼女の全身を突き刺す彼の笑い声を止めたのは、
「ライプレスト公爵殿下、理由を告げていただかないと困ります。彼女の身柄は帝国宰相閣下より私が預かったものです」
 ジュゼロ公爵。
 その言葉に笑いを止めたライプレスト公爵だが、次は彼女に近寄り蹴りながらジュゼロ公爵に背を向けたまま言い放った。
「我がここでバデュレスを殺しても、帝国宰相は我を罰することはできない。貴様がどうかは知らんが、我は罰せられない。だから蹴り殴る」
 地上を写している画面からは、島が惑星上から消え去る光で満たされていた。
 その殲滅の光をたゆとう小舟から嬉しそうに眺めるデファイノス伯爵。
 光にも背を向けて、彼女を蹴り殴るライプレスト公爵をジュゼロ公爵は止めることができないが、原因とおぼしきものを取り去ることは出来る。
 ジュゼロ公爵は全ての画面を消して室内を無音にした。
 彼女の殴られる音だけがしばらく響き『セゼナード公爵殿下、イデスア公爵殿下の両名が帰還なさいました』その報告で動きを止めた。
 黙って殴られていた彼女を見下ろしながら言う。
「バデュレスは役立たずだからな」
「……無卵子症のことですか」
「そうだ。帝国宰相も処分したいのではないか? 帝国宰相よりもロヴィニア王かな。正妃となる資格のない投降者の生活援助など、ロヴィニア王のもっとも嫌う所だ」
「バデュレス伯爵は近衛兵としても優秀です」
「はんっ! 優秀? 優秀だと?」
「それはライプレスト公爵殿下の属するエヴェドリットにおいては、身体能力的には見劣りするでしょうが、私の部下としては優秀です」
 ジュゼロ公爵では王族相手にはこれ以上強く言うことは出来ない。その制約に憤りを感じながらジュゼロ公爵は『一般的』に彼女と同じ体質とされている人物の名を口にする。
「それはデファイノス伯爵殿下も同じことでは?」
 デファイノス伯爵ビーレウストは子供を作ることの出来ない体質として登録され、一般的には処女・童貞で行われる性的嗜好確認も彼は必要ないために、最初からライプレスト公爵の母にあたるセレガーデイゼ王太子妃という、未亡人と関係を持った。
「全く違う」
 彼は子供を作ることが出来ないので、今まで独身であったが、同じく子供を作ることができない無性ガゼロダイスとの婚姻が組まれた。
 次代を成さない者同士。
「……」
「帝国宰相から詳しくは聞いていないようだな。隠していることではないから教えてやろう。そのロヴィニアの出来損ない僭主の末裔と、我の叔父は全く違う。それはただの失敗作だが、あの叔父はオリヴィアストルが “アマデウス” そう ”神に愛された者” といった意味を持つ名で呼んでいるように、その機能を有している」
「機能?」
「あの男は断種機能を有している。かつて宗教に仕えていた人間の目指した、異教徒の殲滅・浄化。その目的のために作られた生体兵器。全ての次世代を破壊する遺伝子を持つ男。神に異教徒の殲滅の祈りを捧げる男」
 外からだけではなく、内側からも破壊する男。
「そんな子孫の出来ない女とは違う。恐ろしい程に戦いに、人を滅ぼすことに特化した男だ。あの男は流れる血も、吐き出す精液も、その目も全てが破壊に向かっている」

 三人が違いに視線を交錯させていると、そこへ語られていたデファイノス伯爵がやってきた。

「来い、ギースタルビア」
 殺し足りなかったと呟きながら、寝所に来いと言う男の目の前にいる女性は怪我をしているがほとんど気にならないようであった。
「彼女は今怪我を負っていまして」
「気を遣ってくださって、ありがとございます准将閣下。ですが平気ですので」
 彼女は痛む体で立ち上がる。
「おい、ダバイセス」
「何ですか? 叔父様」
「お前がやったのか?」
「はい。何か?」
「後でロヴィニア王に金払っておけよ」
「どうして?」
「セックス用に貸してるだけで、殴ったり蹴ったりは別料金だとよ。解ったらしっかりと支払っておけよ。エーダリロク料金の査定は頼む」
 そう言ってデファイノス伯爵は彼女を連れて去っていった。デファイノス伯爵の後ろにいたエーダリロクはちらりと彼女を見て、ポケットから請求書を取り出して金額を書きライプレスト公爵に手渡す。
「この程度でいいのですか?」
「もっと支払いたいならゼロの数三つくらい増やしてやるぜ」
 申し訳ありませんと言いながら、全く悪びれずに立ち去るライプレスト公爵をジュゼロ公爵は目で追った。
「おいセルトニアード、下手に視線に殺意を込めるなよ。リスカートーフォンは殺意に敏感で弱いんだ、直ぐに反撃に転じるぜ」
 エーダリロクに声をかけられて我に返ったジュゼロ公爵は膝をつき頭を下げる。
「申し訳ございませんでした」
「俺にそんな事しなくてもいい。それにしてもダバイセスの野郎、そんなにビーレウストに劣等感持ってるとはね。その上勝手に “アマデウス” を教えちまうとは」
「……もしかして、聞こえていたのですか?」
 ビーレウストの聴力は通常では考えられない程に発達していることは、ジュゼロ公爵も知っている。だがそれはあくまでも “空気の伝播” であって、地上と宇宙空間ほど離れていては不可能なのではないか? そう思い、驚きを隠さないでエーダリロクを見上げると、
「ほれ、盗聴器」
「…………」
「いやあ、別にビーレウストが実際聞いたと思ってても良いんだけどよ。お前も知ってるだろう、盗聴器」
 目の前に差し出されたのは、ありふれた盗聴器。
「あの……」
「盗聴器仕掛けてても、ほとんどの奴はビーレウストが音を拾ったと思うから設置すんの楽っちゃ楽。そうそう、俺はこれからビーレウストに用事があるから、今すぐ部屋に向かってくれ。別になんもしてないから、その後見張っててくれ」
「はい」
 ジュゼロ公爵は走りデファイノス伯爵と彼女のいる部屋へと向かう。足音を聞いていたデファイノス伯爵は、ジュゼロ公爵が到着する前に部屋から出て、
「あとは任せたぞ」
 それだけ言ってエーダリロクの元へと向かう。
 後ろ姿を見送った後、ジュゼロ公爵は部屋にはいる。先ほどと同じ、顔を青あざで覆われた彼女が拘束され椅子に黙って座っていた。
「今外します。そして治療しましょう」
「……治療などしてくださらずとも……ほっといても治ります」
 彼女の言葉を無視して、ジュゼロ公爵は拘束を解き彼女を治療室へと連れて行った。


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