片目の村・1
波音と風で固い葉のこすれる音、そして笑い声しかない村だった。
木と草で出来た簡素な家に小さな穴が開く。それは【あたし達】を貫く。
光は海から来ていた。
いつも【あたし達】に恵みをくれる海から、閃光が飛来して【あたし達】を殺す。
「向こうから光が飛んで来てるよ!」
音もなく【あたし達】を貫いて通り過ぎてゆく光。
「お前には見えるのか? 俺には何もみえなっ!」
弟は腹に穴を開けられて死んだ。母さんは頭を吹き飛ばされた、父さんは背中の全てが吹き飛んだ。
家から飛び出したけど、誰もいない。声もしない。
向かいの家に飛び込むと、そこも死体が横たわってるだけだった。
波音の向こう側から、小舟を漕ぐ音が聞こえる。
【あたし】は殺された友達の子を抱いて家から飛び出した。真白な小舟に乗っている白と銀の男。
そいつは浅瀬で船から降りて、海と砂を踏みしめながらこちらに向かって歩いてくる。
海から現れた男に向かって【あたし】は叫ぶ!
「【あたし】が何したって言うのさ! 【あたし達】があんたに何かしたの!」
かわいい盛りのこの子が何かをしたって言うの?
目を閉じたまま歩み寄ってきた銀と白の男は、青空の月に似てる。
男はあたしの額に銃口をあてて口を開いた。
「お前達は銀河にいる場所はない。何故ならお前達はイダンライキャスの子孫だから」
「イダン……ライ? なによそれ!」
なんで【あたし達】は殺されるの?
「この銀河の支配者となった男が憎悪し《続けている》相手だよ。すでに死んだと解っていても、憎悪は止まらない」
「それがなんだって言うのよ!」
男が目を開けた。
「左右が違う瞳……」
【あたし達】と同じ、左右の目の色が違う。あたし達は……そういえば、この色の配置はもっとも危険だって誰かが言ってた。
「知らずとも良い、死ね。ラセロスト王子系統僭主の末裔よ。憎きイダンライキャスの血を引いた者は、この宇宙では安穏と生きることなど許されない」
*********
近衛兵団に属する、前皇帝庶子ジュゼロ公爵セルトニアード准将は兄である帝国宰相と近衛兵団団長に特別に呼び出された。
弟としてではなく、帝国中枢に携わる者として。
「失礼いたします」
気性の荒そうな見た目に反して寡黙な年少者は、庶子を束ねる兄二人の前にでて頭を下げる。
「ジュゼロ公爵、今回のロヴィニア王家の僭主狩りに同行せよ」
「私が僭主狩りに同行ですか?」
挨拶なく淡々と語る帝国宰相。
「そうだ」
長兄である帝国宰相が異例の命令を下した後『王家の僭主狩りに同行する』理由を所属の長、次兄が語る。
今回の僭主狩りは「ロヴィニア系統ラセロスト王子僭主」を刈り取るもの。
暗黒時代に迎えた彼ら一族の最盛期は、皇帝の座にもっとも近いと言われる程であった。
今では未開に近い惑星の海の孤島で ”奴隷として” ひっそりと暮らしている。
彼らをそこまで追いやった原因は『イダンライキャス』
現帝国の系統主となった『ザロナティオン』を追い詰め、屈辱を味あわせるも、殺さなかった。
イダンライキャスは殺す必要なしと判断し、ザロナティオンは妄執にも似た執念で追い続ける。
結局ザロナティオンはイダンライキャスを殺害することは叶わず、それに絶望した。
その後少しでも心を埋めるべく、ザロナティオンはイダンライキャスの血を引くものを追い詰める。
隆盛を誇った一族も、たった一つの判断の間違いで滅んだ。イダンライキャスは後に『四足の皇帝』もしくは『銀狂の帝王』と呼ばれるようになった男の真価を見誤り、一族を破滅へと突き進ませることとなる。
だが銀狂の帝王は怨敵の一族を根絶やしにすることは叶わなかった。皇帝の座を諦めた彼等は、帝星から離れ身を潜める。
その行き先が知られたのは、ある一人の裏切りから。
「ロヴィニア僭主ラセロスト王子一派……バデュレス伯爵の」
バデュレス伯爵ギースタルビア。
セルトニアードと同じく近衛兵団に属する『ロヴィニア皇王族』に属する女性。
彼女は今回刈られることとなったラセロスト王子の血を引く僭主。その彼女が何故皇王族として、近衛兵団に属しているのか?
裏切ったのは彼女の母親。
生まれたばかりの彼女を抱えてその島を脱出し、単身王国の支配下へと向かいロヴィニア王に仲間全てを売り、自らと娘の身の安全を願った。
名誉ではなく実利で動くロヴィニア王家は彼女を買った。
本来ならば殺害される僭主の末裔を、皇帝の外戚王は皇王族とし宮殿に置く。
「バデュレス伯爵たっての願いで、同行を許可した」
裏切り者の裏切り者と言われて母子は生き、彼女はその能力で近衛兵となった。
「おかしな行動をとった場合は殺害しろということですね、帝国宰相閣下」
彼女の母親は両目がない。
ラセロスト王子の末裔はその特徴的な左右の違う目を隠す事で生き延びた。生まれたばかりの赤子の片目を抉り食らう。
それを繰り返し、彼等は生きながらえた。
「母親の身柄は帝国で人質とする。少しでもおかしな行動をとった場合は容赦なく殺害することを伝えておいてやれ」
「はい……」
セルトニアードは彼女の顔を思い浮かべた。大きな幼さの残る瞳は皇帝眼を兼ね備え、それは彼女の『核』でもあった。
「どうした?」
「いいえ、帝国宰相ではなく兄上……なにか悩み事でも?」
「悩み事は絶えんよ」
セルトニアードは退出し、見送った二人は《真》の作戦に目を通す。
「僭主狩りな。投降した一派を生かしてここで使うとは、さすがロヴィニア」
― デウデシオン……ええ、そうバロシアン。似ているわね
バデュレス伯爵を受け入れたのはロヴィニア王ランクレイマセルシュ。
あの男はその存在を知りながら、今まで待っていた。
もはや力なき、焦って殺す必要のない銀河の帝王の妄執を生み出した一族。
「力ある僭主を刈るのは何とも思いませんが、もはや力なき僭主を刈るのは……あまり」
優しいと言われる団長の言葉に目を閉じ帝国宰相は返す。
「僭主など刈り取ってしまえばいい。弱小であろうが、もはや滅びるだけであろうが、刈り取り根絶やしにする。帝国の方針が揺らぐことはない。殺し尽くす、帝国は全ての僭主を滅ぼす! それが帝国の悲願であり帝国の決意だ!」
― デウデシオン……
自らに言い聞かせるかのように言い放った兄にタバイは頭を下げて執務室を後にする。
帝国宰相は自分が権力を握っている今、僭主を殲滅させたかった。
彼の望む《殲滅》は世界の思う《殲滅》とは意味合いが違う。表現するならば優しい殲滅。死に至るまで、無闇に残酷にしない。
あまりに滑稽な言葉と思い。死刑に処される者に対し、それが愚かであることを帝国宰相は知っているからこそ何も言うことはない。
自分の心だけを穏やかにする殲滅であることも理解もしている。
帝国宰相はそのことに関して弁明することはない。言い繕う事を拒否した彼の世界に佇んでいるだろう《彼女》
団長は執務室を振り返り、黙って焼き殺された《彼女》の映像を脳裏に描く。
「一度お会いしたかった」
兄の中に佇む《彼女》がいつか笑ってくれないだろうかと、彼は願うしかない。
《彼女》を知らぬ自分には描けぬ《彼女》の笑顔を兄が知っていると思いたかった。