荒野に啼く花・2
折角宮殿に居を構えてんだからってことで、暇なときは帝国図書館に入り浸ってる。
宮殿の図書館ってのは、一般図書館のような電子画面で読むタイプじゃなくて、紙で出来た本がずらりと並ぶ本棚が置かれている、所謂古代形式の図書館だ。この紙やら革やらで出来た本を手にとって読んだり、借りていけるのは宮殿に出入りできる貴族だけだ。
当たり前ながら一般の図書館とは違って豪勢。
本を読むスペースが広い。大きい曲線を描いたテーブルと、三人掛けくらいのソファー。その傍には部下が腰掛けられるように椅子が備え付けられている。
飲み物は自由、食い物は厳禁。
飲み物は何を注文しても出てくる。俺は紅茶では一番好きなダージリンを持ってこさせて、それを口に運びながら古典を読んでいたんだが……物凄い音を立てて入り口扉が開いた。
この足音は……
「ビーレウストォォ!」
「叫ばねえでも聞こえるぞ、エーダリロク。どうしたんだよ?」
本を閉じて立ち上がる。
後は司書が片付けてくれるからな。そして図書館は原則的に静かにする場所だ。
俺やエーダリロクが騒いでても、これでも王子だから誰も注意できねえ。だから即座に場所替えしてやらねえと……
「アケミが! アケミが!」
またアケミかよ……
皆が見て見ぬふりをしているのがよく解る。
エーダリロクのアケミは上流階級じゃあ有名だもんな。
「そのアケミがどうしたんだ? エーダリロク」
人のマント掴んで泣き崩れられても困るんだけど……おい。
「アケミが、アケミが。ブッ!」
「人のマントで鼻かむな! ハンカチかしてや! うわっ!」
俺は生きてる人間の内臓掻っ捌いたりするから、鼻水が体についたくらいじゃなんとも思わねえけど『鼻水つけたマントで宮殿内ふらついてる』と叱られる。
貸したハンカチで鼻はかむわ、涙は拭くわ……俺はマントを外して肩に抱え、
「えーと、何処かで落ち着いて話そうな。近場の談話室行こうぜ」
「うっ、うっ、うっ、アケミ……アーケーミーがー」
解った。談話室にたどり着くまでに覚悟を決めて、手前のアケミ話聞くから。
それでまあ近場の談話室までたどり着いた。世間で言う所の喫茶店のようなモンだ。
宮殿はデカイから割りとこういった休憩施設があんだよ。これらがないと、従者がハンガーノックとか水分不足とか……色々あんだよ、デカ過ぎて。
近場の談話室は個別のスペースがなかったが、この際そんな贅沢はいわねえ。案内を押しのけて椅子に座って、
「乾いたタオル一枚。濡れたタオル、温かいものを一枚。早急に持ってこい」
先ずはこれから注文だ。
貸してやったハンカチはもー何がなにやら。テーブルにうっぷして泣き続けるエーダリロクにタオルを渡して、俺は新しいマントを持ってくるように連絡して、
「手前は水餃子でいいんだな」
「うん……」
自分の分の春巻きと、キーモンを注文。
それが運ばれてくるまで延々と鼻すすってるんだが、この際気にしないでおこう。何時ものことだ
運ばれてきたらとりあえず泣き止んで食べ始めて、
「実はなあ」
落ち着いてきたらしく話始めた。俺にとっちゃあロクな事じゃないが、エーダリロクにとっちゃあ重要事項だからな……
「アケミがマサヨシに惚れた。俺は断固許さない」
んー中々美味い干し椎茸だ。ケリアセロ辺りの干し椎茸か?
「あーそりゃ仕方ねえんじゃねえのか? 仮にもマサヨシはロヴィニア王自ら選んだティラノサウルスなんだろう? あれで人とか恐竜とか見る目あるだろうしなあ」
人は見る目あるだろうが、恐竜は知らねえし、初めて選んだんじゃねえか? とも思うが。
「俺はマサヨシは許さない! 確かに美形だが! 男は顔じゃない!」
美形……ね。ティラノサウルスの顔はどうやって判別すんだ? 確かに最初の時もマサヨシのこと色男だとか叫んでたけどな。生春巻きも追加するかなあ……
「マサヨシは美形だ。お前には悪いけど、顔のつくりで判断したら カルニス>マサヨシ>お前 ってカンジだ」
「生春巻き二皿持ってこい」
カルの顔がいいのは認めるし、俺よりもいい男だってのは文句なしに認めるが、俺の顔はマサヨシ以下……この場合マサヨシ以上のカルが問題なのか? いや、待てよ?
「俺が思うに顔のつくりなら カル>手前>マサヨシ>俺 じゃねえか?」
はっきり判別つかねえが、お前も顔良いからなあ。その理知的な……器抱えて汁飲み干してる姿は、あまり理知的じゃねえけど。
タン! とテーブルに空になった器を置いて、箸で器に残っているネギまで取って綺麗に食べて、
「そう言ってくれると、何か自信が湧いてきた!」
爽やかな笑顔だな、エーダリロク。
「ご注文の品でございます、イデスア公爵殿下」
何で? 何で……自信が湧いてくんだよ。それはむしろ、頭が沸いた……いや! エーダリロクのこれは今に始まったことじゃねえじゃねえか! ビーレウスト。
「手前も一皿食うか?」
「貰う。昨日から悩んでてメシも食えなくてさ」
食えよ、手前の頭脳は相当のエネルギーを消費するだろうが。そして何をそんなに悩んでんだよ。
「これからアケミのところにいって、男は顔じゃないって説明してくる」
できんのか?
いや、敢えて何も言わねえでおこう。
「ま、頑張って説得すりゃあ、アケミも……アケミもまあ……」
説得できるわけねえよなあ。
本人としては復活したらしく、生春巻き三本同時に口に突っ込んで、元気良く去っていった。足音が生き生きしてる、そして……
「喉詰まらせてんじゃねえよ……おい、エビチリ持ってこい。あと茶も追加だ」
説得が上手くいかなくてまた泣き付かれんだろうな。構いはしねえけど……色々言っても面白いし。本人にとっちゃあ真剣な悩みだろうが、俺まで深刻になったら駄目だろしな。いや、絶対に駄目だろう。
それに、どう考えても深刻になれねえし。
「どうした? アシュレート」
「マントの “かえ” 持って来たぜ」
「何でわざわざお前が」
「まあ、良いじゃねえか。話がしたかったんだよ」
言いながらアシュレートはエーダリロクが座っていた椅子に座って、白身魚のから揚げを注文して、
「叔父上にご報告なんだが」
「なんだ、改まって」
「結婚が破談になりそうだ。十中八九破談だろうさ。相手の女、思いあった相手がいるそうだ」
そりゃまあ、大変だろうなっていう報告を。
でもよ、アシュレートもエヴェドリット王族だぜ? 現王の弟にあたる相手をふるってのも、中々に剛毅だな。
「へえ。それで引き下がったのか? 乗り気じゃないにしろ、相手が誰かと思いかわしてても関係ねえだろ」
アシュレートのほうが ”より” 乗り気じゃなかったんだろうな。こいつ好きな相手がいるって聞いたことなかったけど。だからザセリアバだって適当なのを選んで結婚してこいって言ったはずだ。
他に好きな相手……あれ? アシュレートは王族だから、かなりの相手なら簡単に手に入るだろう。
「なんだけどよ。我はその女じゃなけりゃならねえって程じゃねえから、話聞いた時点で即ザセリアバに連絡した。相手は王族じゃねえから幾らでも替えはあるってことで、すぐに納得。ザセリアバはうだうだ言う女は嫌いだからな」
相手の女の実家は頭下げて謝りに来たらしいが、一回結婚しないって決まったらもう終わりだ。代わりはたくさんいるからな。
「じゃあ、また暫く独身を謳歌するってことか」
でもそんな事言う為に、わざわざマント持って此処まできたのか? 違うだろう。
「そうなるな。そんな訳で、女に振られた哀れな男の愚痴を聞いてくれ」
「全く愚痴聞く流れじゃねえが」
……何の話だろうな? 僭主関連か?
俺が立ち上がると、アシュレートも立ち上がる。
「良いじゃねえかよ。実弟のダバイセスは全然聞いてくれねえし、ザセリアバに愚痴言ったら殺されるし」
「ふん、仕方ねえな。酒抜きで付き合ってやるよ」
確かに “そんな気” はしてたが、あの馬鹿ついに……本当に馬鹿なことしだしたか
帝君宮で重要な話を、適当な会話に絡めて話して、報告が終わった後は本当に愚痴ってか……
「潰れるまで飲むなよ、アシュリーバ」
情けねえなあ。
肩を掴んで揺り動かすと、
「…………」
女の名前が漏れた。
ああ、そういう事か。その女が好きなのか。
「でも酔っ払いの戯言なんざ、俺は知らない」
そのうち[3]に繋がる予定