大天使・3
アシュレートが拘束を解くっていった所で、おかしいな? ってのは感じた。
飯取りにいったついでに報告か何かをしてくるとしても、帰ってくるまで我慢してろってのが普通だ。
そう思ってたら、ズボンに拳銃が二丁ねじ込まれた。目視しないがこのグリップの太さからして……話は一切聞いてないが僭主が襲撃してくるらしい。
王城には中々攻め込めないから、外部に王族が宿泊したところを狙ってくるつもりらしい。
そう考えれば、わざわざ兄貴がエヴェドリット側に金を払ってアシュレートを借りてきたのも解る……アシュレート?
「次はサンドイッチにしましたわ」
「おう……これ食ったらちょっと休憩だ」
「解りました」
おいおい、俺の側近はダバイセスだぜ。ダバイセスはアシュレートの実弟で、ビーレウストの甥。生粋のリスカートーフォンだ。すげえ強いかって言われたらちょっとは悩むが、わざわざアシュレートを借りてくる必要なんてない。
「そーいや、ダバイセスはどうした?」
「王が軍編成の手伝いをさせるといって連れて行きましたよ。本人は困ったような顔をしてましたが、貴方を逃がす手助けをされたら困るからと言われて、苦笑いして」
……成程な。
「あんたは兄貴から何か聞いてるか? ホテルに行ったら何しろとかさ。俺と寝ろってこと以外でな」
「それ以外は特に何も聞いておりませんが」
「そうか。じゃあ手短に言う」
俺は立ち上がって、片腕でマントを上げて銃を指差す。
「アシュレートが置いていった。これから直ぐに襲撃される。ついて来い」
「解りました」
泣いたり混乱したり喚いたりしないあたりは、さすが正妃候補の実地試験を乗り越えただけのことはある。ベッドルームは何の変哲もないものに見えるが、
「やっぱりな。ベッドの底が防弾になってる」
ベッドを起こして、部屋の隅に立てかけて、
「ここに隠れてろ」
「私に何か武器はないのですか?」
いい度胸だ。
「待ってろ」
ナイトテーブルの引き出しを引くと、護身用の銃が一丁はいってた。それも兄貴のメッセージカードと一緒に。
“エーダリロクの頭にこの銃突きつけて行為に及ぶといいぞ、メーバリベユ。間違って撃って当たっても、まあ大丈夫だろう、エーダリロクだし。弟の核は脊髄だから額に突きつけてる分ならへ
・ い ・ き”
メッセージカードは握りつぶし、一切見なかったことにしておいて、
「使い方は解るな」
影に隠れて腕をまくって、緊急時だからと髪をまとめているメーバリベユに銃を渡す。
「ええ、研修で習いましたから」
「射撃の試験は良かったか?」
「人並みです。戦いは生まれつきのセンスが物を言いますからね。私は生憎それは持ち合わせてませんでした」
受け取り銃を構える姿は “さま” になっているし、目つきも “人を撃てる” 手も震えちゃいない。
「人並みで結構。怖かったら俺の背後から乱射してもいい。気にするな、その程度の銃からでてくるレーザーなら余裕で避けられる。背後からでもな」
銃を一丁左手に持って、リビングルームに向かう。
俺には交戦状態になる前にしなけりゃならないことがある! それは、
「よし、食い残しバスケットに全部入ったな! テーブルクロスで包んで、金庫に入れてと」
残り物の片付け。
此処でチキンサンドを吹っ飛ばしたとかになったら、俺が後で兄貴に吹っ飛ばされる。そりゃもう確定だ。
その上、焦げて壁なんかと混じったそのチキンサンドの破片回収して食べるハメになる。それは避けたい! 絶対に避けてみせる!
「きたか」
廊下から足音。それ程の人数じゃねえなあ……それに、
「エヴェドリット系の僭主じゃねえから気が楽だ」
あいつら分派して、百五十年近くなってもどいつも全員エヴェドリットでやがる。むしろ強さに磨きがかかってるってか、エヴェドリットだけで血を濃くしてるから、アシュ=アリラシュみたいな感じになってるのが多い。
今でいえば “異形” に。
「まあ良いか」
俺が結婚騒動で騒いでなけりゃ、連れて来て一緒に僭主刈らせてやれたのに。ごめんなビーレウスト。この侘びは、違う僭主を刈る時に連れて行くってことで許してくれや。
“ここだ”
声がもれ聞こえてくる。
さてと、撃たれる前に撃つか。撃ちつつ寝室に向かわないとな。
生体反応あるからメーバリベユを一人にしておくわけにもいかない。
「一匹」
頭ぶち抜きつつ、寝室に向かう。向こうからの弾道は見切れる……ま、一応通常制圧武器ならどれでも何とかできるくらいの身体能力はあるからな。
銃がもう一丁あることは気取られないようにしておくべきだろう。幸いマントで透過映像も不可だろうし。
「侯爵! 覚悟は出来た……みたいだな」
扉を開いたら真直ぐレーザーが飛んできた。
「本当に当たらないのですね。これなら気楽に焦って乱射できます」
いい腕じゃねえか。避けなかったら鼻の下打ち抜かれてたぜ。撃った後も声に震えの一つもねえ。さすが陛下の正妃候補になるだけのことはある。同じ正妃候補だった “本職” のエダ公爵には劣るだろうが、それだけ出来りゃ十分だ。
本当に惜しいことしたな、あんたには正妃がお似合いだったってのに。
「あんた焦るようには見えねえが。そろそろ来るぜ」
銃を撃って交戦する、チラリと見たらメーバリベユはベッドの陰に隠れてて一切撃とうとしない。良い判断だ。
隠れてるのは解ってるだろうが、武器持ってるかどうかはそのベッドに使われてる材質からスキャンシステムが正確に稼動しないだろうから、撃たない限り武器の所持はわからないはずだ。
「どこの僭主だ?」
撃ちながら少しずつ前進する。俺のところに来たのは全部で八人。多いか少ないかって聞かれたら、まあ多いんじゃねえのか? そして尋ねた相手は口を開きはしない。解ってたことだけどな。
最後の一人の頭に銃口を突きつけて、
「多分さ、全部ただ漏れだぜ」
ヒュンという音と共に頭を鈍色の閃光が抜け、濃紺の壁に黒っぽい血が飛び散った。
「侯爵、出てこい。下に向かうぞ」
「はい」
「傍に来い」
銃をもう一丁構えて、死んでるやつからゴーグルを引き剥がす。
「此処から荒く逃げるから、目に破片が入ると困る。死体から引き剥がしたのは嫌かもしれないが」
「貴方に着けていただけるのでしたら、死体から剥がしたものでしょうが、腐乱死体から獲った髪でしょうが嫌ではありませんわ。本心でいえば宝石などがいいですけれど」
ゴーグルを調整しながらつけて、
「腹痛いかもしれねえが、フロントに着くまで我慢しろよ」
小脇に抱える。……腹、意外と柔らかいなあ。そりゃ、引き締まってるけどなんつーか、蛇腹とは違う感触が。
そんな事考えてる場合じゃねえ!
廊下を突き抜けてエレベーターのある方向に。
「待て! 俺も!」
エレベーターで逃げようとしてるらしいな、置いていかれそうになってるのの腹を撃ってドアに挟む。ドアが閉まらなくなったのに焦って死体を押し出そうとしているヤツの頭を撃ち抜く。
ああいう場合は、死体をエレベーターに引き込んで一緒に移動するべきだぜ。
そしたら死体を有効に使って逃げ道が開けるってもんだ。走って近寄ってゆくと、中にいた二人が死んだ二人を引き込んだ。もう一人いるらしいな。ドアが閉まり始めたし、このまま行けば間に合うだろう。
「侯爵、降ろすぞ」
受身取れるかどうか知らねえから、腕が床近くになるくらいに腰を落としてメーバリベユを転がす。そしてエレベーターに突っ込み、もう閉じてしまいそうなドアに銃を二丁ねじ込んで、
「俺が乗るんで、死んでくれ」
無理矢理開きながら銃を打ち込む。
開ききった所でメーバリベユが近付いてきた。
「死体はどうなさりますの?」
「定数オーバーになりそうだから、三体はおいていく。後は同乗だ」
「畏まりました」
三体エレベーターから引き摺りだすと同時にメーバリベユはドアを閉じるボタンを押す。
「何階ですか?」
「全階押せ。気が向いたところで降りる」
「解りました」
俺の指示に従って、メーバリベユは細い指先で小気味良くリズミカルにエレベーターのボタンを押した。
銃のエネルギー残量は十分。エネルギー回復システムも壊れてない。ドアが開くたびに銃を外に向けるが、アシュレートの部隊が仕事してんのか、全くこっちに来る気配はない。
ドアが閉まり降りている間に同乗してる死体を調べる。当然ながら個人の身元がわかるようなものはないが、ロヴィニア系僭主だってことははっきりと解った。
前時代的もいいだけ前時代的な “集団” を表す焼き鏝を押してやがる。この紋は、
「ジュカテイアス一派か」
ポン…という音と共にドアが開く。
「降りるぞ、侯爵」
ざわざわとする方に死体を投げつけ、交戦しつつ前に進む。後ろをついてきているメーバリベユに怪我はないらしいな。
五人ほど撃ち殺し、三人が逃げていった。その後姿を見送って、
「首に抱きつけ、侯爵」
抱きついてきたメーバリベユの腰に手を回して『吹き抜け』に向かって走る。吹き抜けから見えるロビーにいるアシュレートのやつは、何時もと変わらずコーヒー飲んでやがった。
この程度ならアシュレートが動く必要もねえんだろう。
「飛び降りるぞ! 侯爵」
「はい!」
首を掴んでいる腕に力がこもるのを感じて、吹き抜けから飛び降りた。シャンデリアに飛び乗って、それを壊しながら勢いを抑えて着地。
「さすがエーダリロク。別に護衛隊なんて必要なかったな」
「おいおい。俺一人ならともかく、侯爵がいるんだ。もう少し丁寧な護衛は出来なかったのかよ」
「そうは思ったが、侯爵にも覚悟を決めてもらうには良い機会だとおもってな」
確かにそうなんだけどさ。
「俺と結婚するとこういうことに頻繁に巻き込まれることになる。僭主はまだ全部刈られてはいない、そして身内に敵がいるのもいつものことだ。あんたが俺と一緒になれば、身を危険に晒すことになり、またメーバリベユ一族も身の危険に晒される。折角貴族で裕福な生活送ってるんだ、何も王族と結婚して危険な目に遭う必要はない。考え直せ」
基本的に嫌なんだよなあ。
僭主と全く関係のない貴族を、この争いに巻き込むのってさ。
「考え直す必要はありません」
「ま、そう言うと思ったけどな……でも俺は嫌だね」
カラン……カランとシャンデリアの破片が落ちてくるなかで、正面から見つめあったが、どうも考えを変えてくれるような相手じゃないらしい。
「俺は部隊と合流するから、後は頼んだぞ」
「はいよ、アシュレート。おい、リオンテ。次は何処のホテルに移動するんだ?」
「王城に戻ってくるように、とのことです」
僭主一族が王城には攻め入れないからって、攻め易いホテルに俺を泊めて囮にしやがって。ホテルにメーバリベユと一緒に泊まる理由もおかしくなかったから、手引きしたやつは疑わなかったんだろうな。
俺も知らない俺のスケジュールを前もって知ってるやつとなりゃ……まあ、俺は気にしないで言われたとおり殺すだけだ。
「おーいアシュレート! 部屋の金庫の中にある食事の残り、持って帰ってきてくれよ! 残したら兄貴に叱られるし、料金値切られるからなあ!」