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王子と幼女・5 - 少年残像≪前編≫
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 王子が “お前に言われたから帰る。言ってくれてありがとう” 言ってくれた。
 その時の立ち居振る舞いが、やっぱり王子様なんだなあって感じた。全く違う人だ。
 それで出発準備をするから、一緒に邸に来いと言われた。
 こじんまりとした、でも手入れのとっても行き届いている館に入ったら、知的なお父様と同い年くらいの男の人が膝をついて王子に挨拶をしていた。
「侯女、これがお前につける法務官だ。家のことはコイツとお前の祖母で上手くやっていけるとおもうぜ」
「ありがとう」
 その人の前を通り過ぎて体を綺麗にしてこいと言われた、案内されるままにお風呂にゆっくりと入った。その後に、侍女たちが “王子が用意しておくようにと言われた服です” というのを着せる。
 王子に無理矢理会いにいかされる時に着せられたのと同じ、今では殆ど誰も着ないドレス。
「デザインが違うとこんなに嬉しいもんなんだ」
 鏡の前でドレスを着た自分を見て、とっても心が弾んだ。
 ロヴィニア王族以外着られない空色のドレス。その上に皇族しか使用できない白まで大量に使われていて、普通に生きていたら一生に一度だって絶対に着ることの許されない権威のある色のドレス。
 赤い靴を差し出され、それに足を通して王子が待っている部屋へと向かった。
「おう、似合ってるな、侯女」
 扉の向こうにいたのは ”王子”
「ありがとう、王子! ……どうしたの?」
 王子は首をかしげながらドレスを着ている私を、かなり真剣に見て一人納得したように頷き始めた。
「ん? ちょっとな。泣いてた侯女、狩ったウサギ、キノコにトランプ、そしてロヴィニアの空色のドレス。これで金髪だったら “不思議の国のアリス” だなって思ってさ。全部なぞってるわけじゃないが、パーツは微妙に被ってる」
 そういう王子は私の着ているドレスと同じ色調の、本当に王子様な格好をしている。銀糸と金糸で刺繍されたマントにブルーダイアのカフスに王子を表す貴石・トルマリンのイヤリング。
「なに? それ」
「昔の物語だよ。宮殿付属の図書館にあるはずだ。俺は小説とか好きじゃないから読んだことないが、ビーレウストがあらすじ教えてくれた」
「泣いているのもウサギもキノコも空色のドレスもわかるけど、トランプってなに?」
「ああ、ビーレウストはトランプで塔を作るのが得意なんだ。ビーレウストっていったらトランプだ」
「そうなんだ」
 そういうと、カードを取り出して塔を作ってくれた。
 とても上手なんだけど、ビレウラス=ビレウラント王子はもっと上手なんだって。
 カードの塔をつくっては “わーい!” って言いながら二人で壊して遊んでた。何回やったかなあ、
「王子、そろそろ」
 帰る時間になったらしい。
「……ありがとな」
「ううん。私もとっても楽しかった。それと亀は大事にしてね」
「もちろんだ。この宇宙で最も領地を持つ亀にしてやる」
 亀に領地? 何かおかしい気もするけど、いいか!
「じゃあ私帰るね」
 法務官が私を案内しようとした時、突然王子が声をかけてきた。
「ちょっと待て。おい、シーゼルバイア高度200mで待機していろ。それと飛行ユニット持ってこい。リオンテ、シャッケンバッハのことは任せる。侯女、持ってくるまで庭でも歩いてようぜ」
 邸は庭も小さかったけれどとっても手入れが行き届いてた。
 庭の中心にモノグラムのはいった陶器で囲まれている区画、そこには真白い鈴蘭が揺れていた。
 此処がロヴィニア王族に縁のある人が住んでいるところなんだと、私でも解る。王子はそこに近付いた、私は近付かなかった。勝手に近付いて、間違って鈴蘭を折ったり踏んだりしたら、侯爵家がなくなるかもしれないから。
 そのくらい重要なものなのは、私でも知っている。
「ここ俺の爺さんの何百、いや何千人もいた愛人の一人が住んでた邸らしい。爺さんは離城がある惑星に愛人はつき物だったらしいからな。その愛人も先日死んだから、この庭に植えてある鈴蘭も直ぐに回収される」
 言いながら王子は一輪手折った。
「ほら、やるよ」
 小さな鈴のような花が揺れる。
「いいの!」
「ああ。どうせ処分されちまうものだしな、気にするなよ。あ、持って来たみたいだな、ちょっと待ってろよ」
 私が貰った鈴蘭を見ている間に王子は飛行ユニットを装備して動かした。
「さてと、つかまれ侯女」
 グィン! っていう音と一緒に薄水色の半透明の羽のようなのが現れて、

― ザロナティオン ザロナティオン 

 とっても王子に似合ってて、言葉が出なかった。
「う、うん」
 膝を折って高さをあわせてくれた王子の首に抱きついて、手に握っている鈴蘭に力を込める。
「いくぞ!」
 凄い勢いで真直ぐ上空に飛びあがる。
「昨日は失敗したから、今日は何もないところで見下ろすのもいいんじゃねえか?」
 雲ひとつない青空と、半透明な羽を纏った銀髪の王子様。自分の手が握っている鈴蘭が小さく揺れて、
「うん!」
 とっても嬉しかった!
 王子はそこからゆっくりと上空に上がっていって、王子の旗艦の傍に用意させておいた私が乗る船の先端に立たせて、
「元気でな」

― ザロナティオン ザロナティオン 空に舞わぬ純白の翼持つ銀狂の帝王よ

― 貴方の翼の下で泣く ”女” が 憐れと思うなら 貴方を見送らせて 青い空 消える貴方の全てを欲しいとは言わないから 言わないから 最後まで傍に居させて

― 貴方が贈ってくれた真珠が好きでした それは私の故郷のものだからではなく 貴方を彩る花に良く似ていたから



― この花を見るたびにこの腕の中で死んでいった貴方を想う



 握り締めていた鈴蘭が チリン と鳴るように揺れた。
「王子も! 元気でねえ!」
 そして王子は旗艦に消えて、上昇し宇宙に去って行った旗艦を見送ってから私は家に帰る。

「何処に行っていたの! ナサニエルパウダ!」
 母とは呼びたくは無いけれど、母である女の脇を通り過ぎ、当主である祖母の下へと向かい、祖母侯爵に礼をした。
 祖母は全ての報告を受けていたみたい。
「ロヴィニア属の貴族として立派に王族に仕えることが出来たか? ナサニエルパウダ」
「もちろんでございます! 私を誰だとお思いですか? このメーバリベユ侯爵家を継げるただ一人の存在ですよ!」
 祖母を見てはっきりと言いきると、祖母は嬉しそうに目を少し細めた。


 私が次のメーバリベユ侯爵になることが決まったのは、それから一週間後のことだった。


 十五歳になってデオシターフェィン伯爵を継いだことで、一応[上流貴族の当主]となったので祖母から許可をもらい宮殿に行ってみることにした。
 宮殿は言われていた通りの荘厳さ、そして呆気にとられる巨大さ。人類の富の全てが集結しているといわれる宮殿は、その通り。
 その宮殿で私は運よく皇帝陛下を拝見することが出来た。
 陛下は何処となく従兄のセゼナード公爵に似ていて勝手に親近感を抱かせてもらった。
「デオシターフェィン伯爵、宮殿図書館はこちらになります」
「案内ご苦労」
 図書館に入り司書に案内させて “不思議の国のアリス” を手に取る。
 ページをめくり挿絵を見ると、確かに私と同じ癖のある、そして私と違う金髪の空色のドレスを着た少女がきのこ食べたりウサギを追ったりしている。その挿絵だけを見て、あの日のことを思い出し、楽しくなると同時に泣きたくなった。
 何故かあの日のことを思い出すと、私は楽しさと同時に胸が苦しくなる。最初の頃は楽しさの方が大きかったけれども、成長と同時に二度と会えないことを知り段々と苦しさの方が大きくなっていった。
 王子の部下になるにしても私は技術庁に勤めるタイプではない。これでも上級貴族、技術庁の重要ポストに血筋と家柄だけで就く事は容易だけれども、そんな人間が王子の目に止まるとは思えない。私の特性と王子の才能は全く違う分野であり、仕事を同じにすることは不可能。
 なまじ家柄があるので王子の傍に近づけるが、近づけるだけであって声をかけることはできないのが余計に苦しさをもたらす。
 そんな事を思いながら頁をめくっていると少し図書室がざわめき、そちらに視線を移してみた。赤いマントに漆黒の髪を持った一目で軍人とわかる男が歩いている。
 ビーレウスト=ビレネスト大将。王子が誰よりも心配していた人。
「伯爵。もしかしてあの方、イデスア公爵殿下では」
 侍女が見惚れているイデスア公爵を、私はチラリと見て、
「私の好みじゃないわ。帰るわよ」
 滞在中に読むために “不思議の国のアリス” を借りて図書室を後にした。

 十七歳の時に[皇帝陛下正妃候補選出試験]という運命の転機が訪れる。
 王子に直接会えるなら他の人のお妃になっても良いと、私は試験に臨むことにした。


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