凱 歌 葬
其の永久の君
 背の高い長兄は膝を折り、やっとの思いで小さかった私に目線を合わせて笑顔で語った。
「おいで。皆待ってるよ。もう一人のお兄ちゃんも待ってるんだ、甥っ子もそろそろ生まれるから。一緒に帰ろう」
 それは私が二歳の頃の事だから、正確な記憶はないだろうけれど。膝を折って今と変わらない笑顔を向けてくれた長兄の存在だけは間違いはない。
 大きな手を差し出してくれ、私は人差し指を一本握り締めた。
 それが合図となり、長兄は私を抱きかかえて 《私の祖父》 に挨拶する。私の祖父は長兄の祖父ではない。私と兄は母親が違う、そこにいる美しい男は私の母の父であって、私の兄達の祖父ではない。
「二年間、ありがとうございました」
 長兄の頬と両脇に立っている男二人。
 顔を見比べていたら、二人とも『子供をあやす顔』を作って遊んでくれた……そんな気がするだけだが。
 長兄に抱きかかえられている私は、当然一人だけ後をみている。手を振ってくれた祖父に、両方の手で振りかえした。祖父は寂しそうな顔をしていた記憶があるが、それも定かではない。

そんな気がするだけ

 この前線から遠くにある、銀河帝国の帝星大宮殿での想い出。
 銀河で最も壮麗な大宮殿のことを、私は殆ど覚えてはいない。そこで生活していたらしいが、そこに戻りたいとは思わない。
 剣型銃の分解をしていると、次兄が訪れ告げた。
「ウェディスカ殿が亡くなられたそうだ」
 祖父が亡くなった連絡を受けたのは、十歳の時。享年五十四歳。二歳の時に別れてから八年後、彼は死んだ。
 その八年の間、祖父に会ったのは一度だけ。
 四歳の頃に「オーランドリス伯爵」叙爵される為に、大宮殿に向かった時。
 祖父似だと言われている私だが、その時に見た祖父とは確かに似ていたが、私を大宮殿に連れていったケスヴァーンターン公爵のほうが似ているような気がした。大宮殿にずっと居続ける “皇王族” より、前線に立つ “王” の方が私には近い。
 叙爵式典までの間、祖父の部屋に滞在し始めて出来た同年代の友達と遊んで、楽しかった。
 一人はビシュミエラ侯爵、今は皇帝陛下。もう一人はロガ侯爵、今はケシュマリスタ王妃。
 今は身体の一部になっているかのような「オーランドリス伯爵」の爵位も、貰った当時は何の感銘もない。ただ渡された蒲公英が綺麗で、二本のうちの一本を祖父にプレゼントした。それで私の大宮殿の滞在は終る。
『もう、帰るのか……』
 祖父は寂しそうではあったが、帝国最強騎士となった私は大宮殿に残るわけにはいかない。その後も、会いに行こうと思った事すらない。

私は戦争が楽しい。戦う事が楽しい。

「葬儀に参列するなら、葬儀の日時を、お前の日程に合わせてくれるそうだ。行って帰ってくる間には会戦予定もない。どうする?」
「……いらない」
 次兄に向かって首を振る。
 次兄は頷いて、
「そうか。この先、大宮殿に出向くこともあるだろうから、その時に花でも手向けておいで」

 十歳の時から再び八年の歳月が経過し、私は大宮殿に来た。

 次兄に云われた通り花を手向けても、特に寂しさとかそういう物は何も去来しなかった。人が死ぬ事に感情はない。
「遅くなりましたが、参りました。イザベローネスタ=ネルスターザ・ウェルキラ・ケシュマリアド、何時も先頭をきって出陣しております。生まれた理由を違える事なく、帝国防衛に身命を賭しておりますので……まあ、ご心配無きようお眠り下さい」
 それだけ言って、部屋戻る途中 “陛下” に出会う。皇帝陛下ではなく大皇陛下。
「ナイトヒュスカ大皇陛下」
「その声はイザベローネスタか。ここには皇王族の霊廟しかなかった筈だが、迷いでもしたのか」
「祖父に」
「ウェディスカの墓か……もう戻るのならば、ともに行こう」
「お供させて頂きます」
 肩を並べて “かつて” この大宮殿の主であったナイトヒュスカ大皇と共に歩く。眼が見えないなど、嘘だとしか感じられない程に確りと迷いなく。
「ここを抜けた方が早いであろう」
 私は大皇と共にその庭を抜ける途中、花を切った。『部屋に飾るといい』そう、言われたから。
「近いうちに余も行く、その際は共に戦おう。“軍帝”の代理人よ」
「よろこんで」

軍帝の代理人。それが私の存在理由

「兄上」
 大皇陛下を部屋までお送りすると、帝国宰相が苛ついたような表情で立っていた。
「どうしたデオクレア」
「どうしたではありませんよ。せめてお供でも付けて下さい」
「必要ない。どうして自分より弱い兵士を引き連れて歩かねばならぬのだ」
 史上最強の皇帝は嗤った。
「確かにそうですが……おや、帝国最強騎士か。その花は?」
 大皇が飾ると良いと言ったと口にすると、帝国の大権力者は笑った。
「二人とも似ている。どうして花を剣で刈り取るのやら。せめて摘み取れば良いものを」
「効率を重視するお前に言われたくはないぞ、デオクレア」

 帝国宰相は花を花瓶に生けた。帝国の誇る皇子は、実務だけではなく、
「美しかろう? 帝国最強騎士」
「はい」
 才に溢れていた。
 戦う才能だけが突出している私とは違う、皇子。
「デオクレア、一本寄越せ」
 差し出された花を両手の指で触り、
「近くに寄れ、イザベローネスタ」
 私を呼んだ。
 近付くと抱き締められ、
「このくらいの近さで良いな」
 その花で髪を飾った。
 赤い小さな花が私の黄金色の髪に揺れる。
「どうだ? デオクレア」
「……」

 大皇は私の身体を触り、そして笑った。似ている、ウェルニシカに似ていると。私の祖母は大皇の実妹だった。
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