グィネヴィア[16]
 ジアノールは同じ失敗を犯さない男である。
 本日、彼が尊敬してやまない”御大”ことオーランドリス伯爵は、皇太子妃にケシュマリスタ王妃、そしてケシュマリスタ王太子と面会する。
 この二人の他に、性格が控え目に言って全然よろしくない美少女と、戦闘の天才が多く誕生するエヴェドリット王国内において【戦闘に関して抜きん出ている】と言われるゾンビ少女も同席。
 全員ドレスを着用するようにケシュマリスタ王太子ことゲルディバーダ公爵より命じられている――
 前日「ドレスのデザインが同じ」ことで、オーランドリス伯爵とその周囲に多大な迷惑をかけてしまった彼は、二度と同じ間違いをせぬように、面会予定の皆様の部下に連絡を入れ、明日着用するドレスのデザインを、必死の思いで入手した。
 ジアノールは軍歴は長いが、帝星どころか帝国そのものに知己などいないに等しい。帝星に知り会いの居ない彼がどのようにしてドレスのデザインを入手したのか?

 まず知り会いではあるが、信用できない美少女ことジベルボート伯爵には何も聞かなかった。悪戯半分で、ジアノールを窮地に追いやるであろうと予想して。
 もう一人の知り合いゾンビ少女ことヨルハ公爵は直接聞くことが出来た――ただし彼女が着用するドレスだけ。他者がどのようなデザインのドレスを着るのかは知らない。当然と言えば当然である。
 だがヨルハ公爵は兄夫がトシュディアヲーシュ侯爵。帝国全土に多くの知り合いと部下を持つ彼に、皇太子妃の胸にまつわる極秘事項を説明し、着用ドレスを知りたいので、尋ねる相手を紹介して欲しいと頼んだ。
 顔に似合わず面倒見が良い侯爵は快諾し、ゲルディバーダ公爵が着用するドレスが決まったら連絡を入れることを確約、皇太子にエゼンジェリスタのドレスが決まったら連絡するように依頼。ケシュマリスタ王妃については、侯爵自身が尋ねて画像を送った。
「トシュディアヲーシュ侯爵閣下。本当にありがとうございます」
 操作卓に頭をぶつけながら感謝し、ジアノールはオーランドリス伯爵のドレスを選んだ――

 ジアノールの努力と侯爵の確かな仕事により、ドレスのデザインが被ることは避けられた。

 そして始まったお茶会。
 ノーツはいつも通り、お茶を淹れ、ケーキサーバーの脇に立ち、王侯貴族の給仕に精を出す。
 最初は”こうやって実際会って、ゆっくり話すの久しぶりだね”や”そのドレスのデザイン可愛い”や”このカップ素敵”そして”ケーキ美味しいね”……だったのだが、徐々に会話がおかしな方向へと進んだ。
「カーサーの胸、見せて」
 主役であるゲルディバーダ公爵が、五人の中でもっとも胸が大きいオーランドリス伯爵の胸に興味を持つ。
―― それは、昨日の二の舞……
 オーランドリス伯爵の胸が発育したことが、これ程までに騒ぎになるとは……ジアノールは思ってもみなかった。
 室内召使いは大量にいるのだが、給仕であるノーツ以外は部屋の隅にずらりと並んでいるだけで、決して呼ばれることはない。ただ置かれているだけの存在。
 給仕以外で側にいるのはジアノール。
 四人は側近を連れてきてはいない。だがジアノールだけは別――僭主の末裔――ということで、臨席するように命じられたのだ。
「脱ぐ?」
 胸を見せてと言われたオーランドリス伯爵は、いつも通り表情を変えない。
「うん!」
「分かった」
―― 分かっちゃ駄目……エウディギディアン公爵さま、止めてくださ……全然止めてくれなさそうな
 ジアノールの心の叫びなど、誰も聞いてはくれないまま、
「じゃあ僕が背中のホック外しますね」
「お願い」
 ゲルディバーダ公爵の忠実なる悪戯の僕は、背後に回りジアノールが確りと止めたホックを軽やかに外してゆく。
 ホックが外れ、腕を抜き、下着を引きずり降ろす。
「これでいい」
「いいよ。触る」
「うん」
 ゲルディバーダ公爵が満面の笑みでその両胸を掴み、
「やっぱり固いんだね」
「固い」
 軽く揉もうとしたのだが、鋼鉄の如き胸と言われるエヴェドリット。オーランドリス伯爵もそうであった。
「乳首はどうだろ」
 ぐにぐにと、容赦無く乳首を触る。
 そのあまりの容赦のなさに、ジアノールは内心で焦るものの、エウディギディアン公爵が注意しないのでどうすることもできず――だが内心焦っているのは、彼だけではなかった。
「危ないではないか! グレスや」
 皇太子妃であるエゼンジェリスタが、椅子から立ち上がり必死に形相で止める。
「なにが?」
「主とカーサーは、其の……精神感応開通者同士じゃろうが!」
 通称、皇帝眼。等級を持つ蒼い右目と緑の左目を持った、年齢差四歳未満の同性で、血縁関係はあるが、親兄弟ではない者同士に生じる「特殊能力」が精神感応開通。
 皇帝が皇帝眼を持ち(皇帝であってもこの配色でなければ、皇帝眼とは言わない)精神感応が開通するした場合、その相手を男性であれば「我が永遠の友」といい、女性であれば「其の永久の君」と表現する。それ以外は、一律”精神感応開通者同士”と表現され、特殊な表現はない。
 これが成立すると、相手が考えていることや感情を「感じる」ことができるようになる。そしてこの能力の最大の弱点は、開通した者と性的な関係を結べぬことにある。
 同性同士で開通する能力だが、帝国には同性愛者が多数存在し、皇帝眼持ちは同性愛者である確率が極めて高い。
 人を好きになるということを理解していないオーランドリス伯爵はともかく、ゾローデを気に入っているゲルディバーダ公爵は除外されそうだが、
「そうだけど……気持ちいい?」
 胸の触りぶりは容赦無く、オーランドリス伯爵の体が反応してしまうのではないかと、結婚して十年経つが、まだ処女で清らかな皇太子妃は怖ろしくてしかたなかった。
「別に」
 胸を触られている方は焦る素振りはなく、
「気持ち良くないって」
 触っている方も焦りはしない。
「それはそれで、困るんじゃないのかなあ」
 乳房が発達したらオーランドリス伯爵のようになるだろうが、決してそうはならないであろうヨルハ公爵が、骨が浮いている首を折れるかのように傾げながら。
「ですよねーシア」
 ジベルボート伯爵は笑うだけ。
「どうやったら気持ち良くなるのかな」
 胸を触っていた手を止めて、一人優雅に紅茶を飲んでいるエウディギディアン公爵に、ゲルディバーダ公爵が尋ねるが、
「分からない」
 王妃となって十三年経つが、いまだ夫であるケシュマリスタ国王と同衾したことなどなく、一生同衾することもないであろう王妃は、我関せず状態で答える。
 教えてもらえないのならば自分で考えるしかないと、胸を触ったまま皇帝の容貌を持った、悪戯っ子はしばし考えて、
「えー……そうだ! なんさ、こういうシーンてぬるぬるしてるよね! ぬるぬるさせよう! えーとセックスでぬるぬるだから……精子?」
 何処で得た知識なのか? 出所を知りたいと誰もが思うが、絶対に聞くことができないようなことを言いだした。
「かもね」
 胸を弄られているオーランドリス伯爵は、エウディギディアン公爵並に落ち着いている。
―― 御大”かもね”じゃなくて! そのっ!
 焦っていた彼は、窮地に立たされる。
「ねえ、ジアノール。精子出して」
 ゲルディバーダ公爵が胸を触っていない方の手を差し出し、遊ぶために精子を出せと。
「は……はい?」
「出るでしょ。はい、ここに出して、ぬるぬる、ぬるぬる」
「ちょ、お待ちくださ……」
 宇宙でもっとも傍若無人にして我が儘にして気まぐれで、権力を持つゲルディバーダ公爵。拒否する自由はないが、出来ないものはできない――
「止めるのじゃ、グレス。間違ってカーサーが妊娠してしまったらどうするのじゃ!」
 ジアノールと共に必死に拒否するエゼンジェリスタの姿も、間違いなくゲルディバーダ公爵を楽しませていた。
「ジアノールが夫でいいんじゃない? 帝国騎士だもん」
「グレスさま。ホモですよ、その人」
「うん、ホモ」
「同性愛者なの?」
「は、はい! だから無理で……」
 同性愛者だが射精はできるので、無理と言ったところで聞いてもらえるはずもない。
「でも出るんでしょ。頂戴! 早く! もったいぶらないで!」

―― 無茶が過ぎます……
 この場にいるもう一人の男性であるノーツは、主の無茶ぶりに同性として同情はしているが、口を挟むことはできないので、できるだけ無心となり、お茶のお代わり用意に全勢力を傾ける。

「こういった場面で苦もなく射精できるような男ではないゆえ、諦めるのじゃ。カーサーの服を直せ、ジアノール」
 ジアノールが処刑覚悟で部屋から逃げだそうとした時、エウディギディアン公爵が表情を変えず、その場を収めた。
「無理……なんだ。じゃあいいや」
 途端に”つまらない”表情を作り、ジアノールに背を向けたゲルディバーダ公爵に、胸を撫で下ろし命令に従った。
 そんなジアノールを尻目に、椅子からバネ仕掛けの玩具のように立ち上がったヨルハ公爵が、部屋の隅にいる召使いだが召使いとは数えられていない「人間」の腕を掴み連れて来ようとする。ヨルハ公爵の目的は、ゲルディバーダ公爵の願いを叶えること――即ちジアノールの射精させようとしているのだが、
「この男は、人を殺させても射精はせんぞ」
「えー!」
 彼はヨルハ公爵の周囲にいるような”人を殺すと快感で達する”類の男ではないと、エウディギディアン公爵が教えてやる。
 腕を解放された召使いは、青ざめた表情で列へと戻り、
「そうなの?」
 オーランドリス伯爵は自分のドレスのホックを留めているジアノールに振り返り、心の底から驚いたと、珍しい声で尋ねる。
「は、はい」
 オーランドリス伯爵の兄とヨルハ公爵の兄は、全く持って同じ性質。
「殺人で精神が昂ぶり快感が押し寄せ、射精するのはエヴェドリットの血が強いものだけじゃ」
 ノーツがタイミング良く取り替えた新しい紅茶が入ったカップを持ち、エウディギディアン公爵は、恥ずかしがることも、馬鹿にすることもなく淡々と答える。
「そうなんだ……そうなの? カーサー、シア」
「女と男は違うから分からない。我は楽しいとは思うけど」
 戦闘の天才は、よく兄であるクレスタークと共に殺害するが、
「でも気持ち良いとは言うよ」
 オーランドリス伯爵はあまり人を直接殺害しない。むろん、三桁以上の人間を殺害しているのだが、彼女は素手での戦闘能力が、双璧公爵家の中では最も劣るため、それらにはあまり参加しない。
「へえ。でもイグニア、良く知ってるね」
「儂はケシュマリスタ王妃の任が終わったら、他の国に嫁ぐ可能性があるので、全王家の特性を覚える必要があるだけじゃ」
「そーなんだ。へー……エゼンジェリスタ、頑張れ!」

―― なんでこの御方は、危険なことばかり言われるんだ

 エゼンジェリスタが恋しているのはエヴェドリット貴族のイズカニディ伯爵。夫である皇太子にはエヴェドリットの血はあまり流れていない。皇太子妃にこんなことを言うのは、不倫をしろと言っているようなもの。
「わ、儂は、あの、その、儂にはエヴェドリットは関係なくてじゃな、あのりでぃっちゅは別にその……」
 ”射精”でも”精子”でも顔を赤くするようなことはなかったエゼンジェリスタだが、イズカニディ伯爵のことになると、すぐに顔を赤らめて、昔のように舌足らずになってしまう。
「グレスさま、オランベルセなんて一言も言ってませんよね、シア」
「うん、言ってないよ、キャス」
「うわ! うわ! 違うんじゃ! 二人とも! オランベルセではなくて!」
 両手を振り回し、茹でられたかのような赤い顔で否定する彼女を眺めながら、
「楽しいなあ」
 楽しいとばかりに、片目を閉じる。
「エゼンジェリスタをあまりからかうでない、グレスや。儂ならば、幾らでもからかわれてやるぞ」
「君をからかえるほど、僕は口は上手くないからね。……君はからかわれたことあるの? イグニア」
「儂はいつもからかわれておると思うておるが。気にせぬだけじゃが」
「気にしないひとをからかっても、面白くないんだよね」
「儂が必死に否定するような、本気のからかいを仕掛けてくるがよいグレスや。儂はいつでも受けて立ち、主を喜ばせてやるぞ。喜びのために、本気でからかうがよい」
「無理。君とニヴェローネスは、からかいの対象にならないから。諦めて」


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