グィネヴィア[13]
 昼食も三人一緒に取ることになっていた。
 知りに限りなく近いクリーム色のテーブルクロスが掛けられた丸テーブル。その中心には背の低い丸みを帯びた形で、水色と緑色のグラデーションが涼しげなガラスの花器。水が中程まで注がれており、そこに薄紅色の小さな蓮が浮いている。
 座席表はないが、
「水色に白で鈴蘭が描かれているナプキンが用意されている席はグレイナドア殿下で、ウエルダは黒に灰色で中尉の階級章が刺繍されているナプキンが置かれている席だよ」
 用意されている食器類で、座る席が分かるようになっている。
「あ、はい」
 解説してくれるクレンベルセルス伯爵は、黒地に金と僅かな白で少将の階級章が描かれているナプキンが用意されている席に”自ら”椅子を引き座り、ウエルダにも同じように座るよう笑顔で促す。
 グレイナドアは給仕が引いた椅子に、上手に腰を降ろす。
「軍人だから、自分で全部やって大丈夫だよ」
 給仕慣れしていないだろうとクレンベルセルス伯爵は、ウエルダのために用意された給仕を制して”気楽に”と椅子を勧めた。
「はい」
 ウエルダは出来る限り行儀に気遣いながら椅子を引き、腰を降ろしてクレンベルセルス伯爵の動きを真似する。
「行儀なんて気にする必要ないよね、グレイナドア殿下」
「ああ。気にする必要などない。我が家は皿を舐めても、注意されない王家だ!」
「……」
 人としてどうか――少しばかり考えてしまったウエルダだが、気楽に食べて良いと言われているのだからと、頭を切り換えて隣に立った給仕が広げたメニューを見る。
 メニューに乗っている名前は、どのような料理なのか? ウエルダには皆目見当も付かないものばかりであったが、好き嫌いはないタイプなので(人間が食べられるものの範囲内)どんな材料でも大丈夫だと、適当に指さして選んだ。
 食前酒がどうだとか言われたが、そこら辺はクレンベルセルス伯爵が、
「職務中には酒を口にしないから、似たような味のジュースを頼むよ」
 さらりと取りなす。
「職務中は酒を飲んではいかんのか?」
 普通に食前酒を頼んだグレイナドアは、驚きの表情で尋ねてくる。
「グレイナドア殿下。人間は我々と違って、ほぼ酒を飲むと酔うのですよ」
「…………クレンベルセルス、我々が人間ではないと、ウエルダに言っていいのか?」
「さきほど、ケシュマリスタ王がウエルダに言った言ったこと、思い出してください」
「………………そういう意味なのか! そこから、既にウエルダは事情を知っていると、読まなくてはならないんだな!」
 食前酒代わりの発泡ジュースが注がれているグラスを持ったまま、ウエルダの動きが止まる。
「グレイナドア殿下は隠されていることを暴くの得意だけれども、こういうのは苦手だね」
「そうなんだ、クレンベルセルス」
「まあ、知ってるけどね」
「そうなのか!」

 ウエルダは二人の会話を聞きながら、美味しく昼食をいただきました――

「お前、聞き上手というヤツだな! ウエルダ」
「うえ、あ……はあ」
 会話に参加できなかっただけなのだが、
「できる男というやつですよ!」
「そうだな」
 クレンベルセルス伯爵が上手くまとめた。
 グレイナドアが属するロヴィニア王家は嘘を得意とし、事実をねじ曲げて騙しきってしまうタイプ。対するクレンベルセルス伯爵が属する皇王族は弁舌爽やかにして、喋っている本人も気付かぬうちに相手を勢いに飲み込むタイプ。

 どちらも口が上手い――

 エリートと大天才に挟まれて、ウエルダは帝国で最も会うことが困難な王へと挑むことになる。
 その前に、
「さあ、洗顔して着換えて行くぞ!」
「はい?」
 食後の顔を綺麗に洗い、
「中尉の制服似合ってるよ、ウエルダ」
 皇帝より拝した階級の制服に着替える。
「ありがとうございます。バルデンズさんも少将の制服、格好いいです」
「そうかい。なんか照れるね」 
「私はどうだ!」
「いつだって、格好いいよグレイナドア殿下は」
「お前、良い奴だな! クレンベルセルス!」
 グレイナドアは先程まで着ていた服と同じデザインの物を着用したのだが、
―― なんか、ぱりっとしてるってか……なんか違う
 ウエルダには別物に見えた。その理由は簡単で、先程まで着用していたのは新品ではなかったのだ。
 普通の王族や上級貴族は服は一度しか袖を通さないのだが、吝嗇で名高いロヴィニア王家とその周辺は、普通に洗濯をして何度も同じ服に袖を通す。
 これの善し悪しはさておき、皇帝に会う時でも新品を着用しない辺りが彼らなのだが、そんな彼らでも、
「他の王や陛下は略式を受け付けてくれるけれど、テルロバールノル王だけは駄目。あそこは正式な手順を踏まないと会ってくれないよ」
 テルロバールノル王と面会する時だけは、新品を着用する。
 新調した第一級正装で身をつつみ、歩くグレイナドアの足音は、
「大アルカルターヴァはキライではない」
 先程までと全く変わらなかった。
「礼儀作法でいっつも叱られてると聞きましたけど」
「それは私の礼儀作法がなっていないだけで、意地悪しているわけではないからな!」
「そういうのは分かるんですね」
「分かるに決まってるだろう! 私は天才だぞ!」

 ウエルダの側近イズカニディ伯爵は、近づくとグレイナドアが常時馬鹿炸裂状態になるため、離れるように命じられました。

 テルロバールノル王もグレイナドアは凄まじい馬鹿であると認めると同時に、
「フィラメンティアングス」
「はい」
「この度は見事であった。侯ヴィオーヴの領地管理に軍隊編成。機動装甲の発注と整備士の配備。式典の人員確保に施設の手配。それにかかる経費を最小限に抑えたこと。ルド星の領主変更とそれに関する雑事滞りなく。天才の才能を遺憾なく発揮したこと侯ヴィオーヴに告げておく。またその才を発揮する場所を得られたことを、侯ヴィオーヴに感謝せよ」
 その才能を高く評価していた。
「はい」
 グレイナドアの才能を才能だけで評価してくれるのは、テルロバールノル王だけとも言われている。他の者はどうしても「馬鹿と天才」の両方で評価してしまうので、なんとも微妙な評価を下してしまうのだ。
 帝国宰相に言わせると「あれから馬鹿排除して褒めることができる、ニヴェローネスが素晴らしいのだ。凡人には無理だ」なのだそうだ。
 四十年間、実質帝国を支配してきた男が、凡人であるかどうかは不明だが。
「クレンベルセルス」
「はい」
「調整能力の高さ、見事な物だな。帝国上級士官学校を八十三番で卒業したのだから、当然と言えば当然であろうがな。主は帝国の歴史に関して深い造詣を持っておる。侯ヴィオーヴは成績を見る分では、帝国史にさほど明るくはないゆえに、かの者の知識となれ」
「はい」
 ”厳しい”と聞いていたので、叱られるのかと思っていたウエルダだが、テルロバールノル王は悪いことをしていないのに叱るような王ではない。
 厳しいのはその生き様なのだが、今までテルロバールノル王家の人たちとほとんど接したことのないウエルダに、それを判別しろというのは無理である。
 現テルロバールノル王は、帝国に名を残したテルロバールノル王カルニスタミアと瓜二つの顔立ち。カルニスタミア王は”優男”の顔立ちではあったが、本当に男の顔――テルロバールノル王家は、元々完全に”人間”であった名残で、男女の顔というものがはっきりしている――ため、現テルロバールノル王は顔は男顔である。頭髪は豊かで王家伝来の榛色。既婚なので後方は結っているがサイドは見事な縦ロール。
 性格は並の男よりも男らしい……などという生やさしいものではなく、帝国で最も凛々しき存在と評しても未だ足りないほど。
 正装以外では会わぬと明言する王家の王は、自らも、そして従えている部下も全員が第一級正装にして、室内装飾も完璧。
 皇帝はゾローデと親しいウエルダに最初に声をかけたが、順列を守ることを遵守するテルロバールノル王は、王子、皇王族伯爵、そして平民の順に声をかけた。関係性で順番を狂わせることなどしない。
「マローネクス」
「はい」
「質問だ、答えよ」
 先程までの二人は、ただ言葉を受け取るだけで良かったが、ウエルダには質問が与えられた。
「はい」
 グレイナドアもクレンベルセルス伯爵も驚き、王の背後に控えていたヒュリアネデキュア公爵も表情には出さなかったが驚いた。
「友人の失態を代わりに謝罪する。それはその者にとって良い友人だと思うか?」
 テルロバールノル訛りなどない、滑らかな帝国語。ウエルダは夕日よりも直視し辛いテルロバールノル王をまっすぐに見て、自分の気持ちを偽らず、正直に答えた。
「思いません」
「分かった。理由は聞かぬ。では謝罪はせぬとしよう。先程はケシュマリスタ王が主に対し非礼を働いたな。あの男の友人である儂は、話を聞いて顔から火が出そうじゃった。何時ものこととはいえ」
「……」
「なぜ儂が知っているおるか? 王の会話など筒抜けじゃよ。ケシュマリスタ王とて分かっておる。分かっておるのにいつもじゃ。あれは愚かしい言動を晒し、いつか儂が見捨てることを期待しておる。誰が見捨ててやるものか。薄情と言われるのが怖ろしいのではない、期待を裏切りたいのではない。儂はあれの友人なのじゃよ。ずっとずっと昔から。あれと儂が六歳の頃から」
「……」
「主は侯ヴィオーヴの友であれ。裏切るな。儂は主が侯ヴィオーヴを裏切らざるを得ないような状況を作らぬよう全力で支える。主は友であることを優先せよ。儂は王として主らを生かす」
「はい!」
「儂は主に助言してやることはできぬ。儂は王の配偶者の気持ちというものが、まったく分からぬ。儂は生まれた時から王となることが決まっておったのでな。対処するために、王の配偶者の苦悩を知っておきたいのであれば、儂の妹であるケシュマリスタ王妃に聞くがよい。芯の強さは並外れじゃが、分からぬわけではないだろう」

「絶対分からないと思いますけど」
「イグニアに聞いても無駄だろ。ニヴェローネス」

 テルロバールノル王のありがたいお言葉だったのだが、最後は黙って聞いていた二人が頭を震えるように振って強固に否定した。

 三人は礼儀正しく退出し、
「残りはエレスだ! あそこは楽だ」
「そうだね」
 人殺し王家ことエヴェドリット王家の王の元へと急いだ。
「終わったら、風呂に入りにいこうね、ウエルダ」
「え、はあ……」
「なんだ、お前等、楽しそうだな」
「明日早いから、今日は我が家に泊まっていただくのですよ。グレイナドア殿下も泊まっていきます? 宿泊料金はゼルケネス宰相に清算してもらうから適正価格ですよ」
「そうか! じゃあ、泊まる」

**********


「クレスタークは未だ友人にはなれぬ」
 明日の式典後の彼らに関しての”計画”を立てながら、テルロバールノル王は控えているヒュリアネデキュア公爵に話しかける。
「あの男がケシュマリスタの友人にですか。儂には想像もつきませぬが、王がそう言われるのでしたらなれるのでしょうな」
「吹っ切れたらなれる」
「吹っ切れる……といいますと?」
 自分に比べてなんのしがらみもない”よう”に見えるクレスターク。その男が吹っ切れるということ――
「約束を果たせたら、友人となれる。具体的に言えば、ゼルケネスがグレスを皇帝にしようとしたとき、クレスタークが全力でそれを阻止することだ」
 帝国の忠臣にして重鎮の口から語られるとは、到底考えられないような事柄に、
「王……それは」
 その忠実なる僕は、思わず言葉に詰まる。
「必ずやあの男は来る。今度は前線もなにもかも捨ててな」
「然様……ですか。ですが……」
 テルロバールノル王よりもクレスタークの側にいる時間は遙かに長いヒュリアネデキュア公爵には、そうは思えなかったのだが、だからと言って否定もできなかった。それは忠誠心からではなく、彼自身、未だにクレスタークがどのような男なのか理解できないでいるため。
「精々好きにさせてやれ」
「よろしいのですか?」
「あの男は所詮新興の貴族。帝国を、そして皇帝を最後まで護るのは、由緒正しき王家の長たる儂じゃ。その儂を護るのがローグ。そうじゃろう」
 ヒュリアネデキュア公爵は深々と頭を下げて、
「帝国が誕生するより以前から、ローグはテルロバールノルの僕。それは例え帝国が滅びようとも変わることは御座いません」
 一万年に及ぶとも言われる忠誠を、新たに、そしていつものように誓う。それは人類が続く限り途絶えることなく繰り返されるであろう――

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