グィネヴィア[01]
「オランベルセェェェ」
 愛? を叫んでいるグレイナドアの後ろから、
「退いてよ、グレイナドア」
 邪魔だとばかりにゲルディバーダ公爵が声をかける。
「おお! グレス。どうして私がどかねばならぬのだ?」
「僕はゾローデを迎えにきたんだよ。邪魔なの!」
「どうして?」
「ゾローデ、僕の夫なんだよ」
「そうだったのか。そうか、じゃあ退いてやる」
 やり取りのおかしさ(主にグレイナドア)に関して、周囲の者は目を瞑る。
「ゾローデ! お帰り! 僕と一緒に行こう!」
「あ、はい。あのギィネヴィア」
「なに?」
「ただいま戻りました」
「……うん! おかえり!」
 腕を組まれたゾローデはギィネヴィアと共に、皇帝へ会戦の報告書を届けに向かった。

「さてと……それじゃあ、俺たちも行くとするか」

 通信設備が発達してるので、詳細を帝星にいる者たちも分かっているが、足を運び報告する。貴族的な煩わしさだけではなく、直接会って話さなくてはらない理由が多々あるのだ。
 軍隊は最終的には「人」
 良好とまでは言わずとも、通常関係を構築していないと、作戦に支障をきたすこともある。それは通達だけでは築くことはできない。
「じゃ、よろしく頼んだぜ、ウエルダ」
 そう言いトシュディアヲーシュ侯爵は、ケシュマリスタ王へ報告に。
 ケシュマリスタ国軍の総司令官である彼が報告しにゆくのは当然のことと言えよう。同じく、
「俺も兄上に報告に行ってくる」
 今回の連合艦隊(帝国軍とケシュマリスタ王国軍)の総司令官であった公爵は、兄であり帝国軍総司令長官である兄エヴェドリット王の所へ。
 これも階級といい立場といい当然のこと。
「じゃあウエルダ、よろしく」
 クレンベルセルス伯爵は宰相府以外の軍事関連外の各関連省庁への報告。
「これが報告書か。プー兄上と伯父上と共に読むとするか」
 グレイナドアは兄と伯父が支配する宰相府へ、エイディクレアス公爵が用意した報告書を届ける任を受け持った。

 ゾローデの側近ウエルダにもこの仕事は割り振られている。
「行くか、ウエルダ」
「はい、リディッシュさん」
 ウエルダはイズカニディ伯爵と共に皇太子夫妻の元へ、この度の会戦結果報告へと向かうことになっていた。

 報告担当は帰還途中で決められた。当然ながらウエルダは驚き、無言となったものの、
「皇太子が一番楽だぜ。良い奴だからな。俺が変わってやってもいいが、ヴァレドシーア様に報告しにいくか? あの人は面倒だぜ」
 侯爵にそのように言われ。
「各省庁を回るって結構面倒だよ。貴族省とか儀典省とか、アルカルターヴァ直属部署は礼儀作法にめちゃくちゃ煩いし。その点皇太子殿下は緩いよ」
 クレンベルセルス伯爵にそのように言われ、
「兄上を皇太子宮に派遣して、俺と一緒に行く?」
 エヴェドリット王に会うなど、できることなら避けたい小市民ウエルダは、エイディクレアス公爵からの提案は丁重に辞退。
「宰相府に行くという手もあるが……正直なところ、俺はゼルケネス親王大公と直接会って話せる自信はない」
 リディッシュは視線を逸らした。
「これに関しちゃあ、あのグレイナドアがいてくれて助かる」
「同意しますよアーシュ。ゼルケネス親王大公殿下は……ねえ」
 侯爵もクレンベルセルス伯爵も渋い顔をしながら頷く。
「僕からもお願いしますよ、ウエルダさん」
「キャス(さん)?」
 心のなかでさん付けしながら、後ろから首に抱きついてきたジベルボート伯爵に尋ねた。
「皇太子宮では皇太子と皇太子妃が待ってるんですよ。そうエゼンジェリスタがオランベルセがやってくるの待ってるから。ウエルダさん連れていってあげてくださいですぅ」 
「キャス!」
 大きな声を上げるイズカニディ伯爵だが、
「ちなみに僕は婚約者と会ってこないと駄目だから、一緒に付いていけませんけどぅ」
 ジベルボート伯爵は我関せず。
「一つ聞いていいですか?」
「なんですか? ウエルダさん」
「ゾローデは誰に報告を?」
「陛下ですよぅ。それも謁見方式ですよぅ」

―― 頑張れ、ゾローデ

 皇帝や皇太子に積極的に会いたいと思わないウエルダだが、ゾローデの側近を務めるとなるとそうも言ってはいられないことも分かる。
「立場から考えて、お前が行くのが最良だ。ゾローデの側近の中で、お前だけ皇太子に会ったことないだろう」
「トシュディアヲーシュ侯爵さん」
「ラスカティアで良いぞ」
「え、あ、はい」
 帰還中、ずっと言われているのだが、ウエルダは”ラスカティアさん”と気軽に声をかけられないでいた。
「いい機会だから会ってきなよ。各省庁の人たち会うのは、皇太子殿下の後のほうが礼儀的にもいいし」
「バルデンズさん」
「ウエルダさんはゾローデ卿の第一の側近なんですから、一応陛下の次に偉い皇太子殿下に会うのが筋ってもんですよう」
「キャス、お前一応ってなあ……」
「ケシュマリスタに仕えるのも大変なんですよ」

 このような経緯で、ウエルダはイズカニディ伯爵と共に皇太子の元へ報告書を届けることになった。

「少尉」
「ジアノール閣下」
 帰還中に会話を交わして”知り合い”レベルに到達したジアノールが駆け寄ってくる。
「御……オーランドリス伯爵も同行したいと。よろしいでしょうか?」
 帝国騎士の制服をしっかり着込んだジアノールと、
「もちろんです」
 深い青紫色地にオーランドリス伯爵の紋である、黄金の水仙の模様が無数に縫い付けられた裾を引きずる長さのドレスを着用したオーランドリス伯爵。スカート部分は大きく膨らんでいるが、上半身はぴったりと体にフィットしており、袖は白い五重のバゴダスリーブ。
「エゼンジェリスタに会いたいから」
「はい」
 ウエルダは拒否はしたいが、拒否する気持ちなどないという、矛盾したような、だが一般人ならば誰でも分かる気持ちを抱え一緒に皇太子宮へと向かった。
 大宮殿はその名の通り、巨大な建築物である。
 その巨大さゆえに大宮殿内で時差があるほど。
 ちなみに帝国標準時は皇帝の玉座の場所が基準とされている。
 皇族は玉座近くに居を構えており、そこへ移動するのに使われる交通手段は、
「モノレールだ」
 宮殿内を走るモノレールがよく使われる。
 豪華な作りで、座席は革張り、窓枠は金箔で装飾され、天井にはシャンデリア。
「豪華ですね……」
 絨毯の敷き詰められた車内で、ウエルダは届ける大切な報告書を抱きしめながら、物珍しげに辺りを見回す。
「まあな。走らせるぞ」
 イズカニディ伯爵が発車ボタンを押し、あとは全員到着を待つ。
 ゾローデたちが降りた軍港は第一宇宙軍港。格式高く、皇族も乗り降りする宇宙港で、彼らの住居からも近い。
 窓からの景色が流れるスピードが遅くなり、
「止まりそうですね。そろそろですか?」
「まだだ」
 モノレールは停車した。これらの車両は別の場所から停車させることも可能。
 停車しドアが開くと、
「皇太子宮に行くんだろ。我も同乗させろ」
「ディークス」
 止めた本人が乗り込んできた。
「ウエルダに聞いてからだ。ウエルダ、この人は俺と同い年のエヴェドリット王族、ダーヌクレーシュ男爵ディークス。一緒に皇太子宮へ行きたいといっているのだが、いいか?」
「え、あ……もちろん」
 赤いマントが眩しい大男を前に、ウエルダが言えることなどなにもない。
「ディークス暴れても、我とオランベルセで倒せる」
 オーランドリス伯爵は心配を排除してやろうと、
「それほど強くない男だから心配すんなよ」
 そして言われたディークスも気にせずそのように言い、空いている座席に腰を下ろす。
「あ、いえ……」

 車中にエヴェドリット三名、それ以外二名 ―― 善良な普通の帝国臣民ならば「死ぬな」と思ってもおかしくない状況。

「突然どうしたんだ? ディークス」
「俺はデーケゼンに婚約者戦死の報告しにいくんだよ、オランベルセ」
「ディークスに回ったのか」
「そりゃそうだろよ。ドロテオの”やりたくない”なんてわがまま、許してくれるような甘い御方じゃねえだろ、アルカルターヴァ様はよ。妥協案としてエヴェドリット王族が報告にいくことになった」
 貧乏籤を引かされたディークスと、事情が分からないウエルダ。
 一人話についていけない彼に、ジアノールがデーケゼン公爵の婚約者について教えてやった。
「それは」
「運が悪い人っているからな」

 モノレールが停車し、大勢の人が居る場所へと降りる。
「こちらへ」
 案内に従い先頭にイズカニディ伯爵、後ろにウエルダ。その背後にディークス、そしてオーランドリス伯爵とジアノールの順で進む。
 ウエルダは視界を遮られたような状態だが、ほとんど気にならなかった。
「リディッシュ!」
 出陣前にイズカニディ伯爵の家で聞いた声、そして軽やかな足音。
「殿下。無事に帰還いたしました」
「ご苦労」
 イズカニディ伯爵が横へと避けるとウエルダの前が開けた。
「ウエルダ・マローネクスか」
「はい、皇太子殿下」
 次の皇帝にならないと思われている皇太子ジェルヴィアータが、そこに立っていた。
「これをお届けに参りました」
 報告書を差し出す。
「そうか……マローネクス少尉、お茶を飲んでいってくれないか? 妃が菓子を焼きコーヒーを用意している」
「はい」
 どもらないようにしっかりと答え、皇太子に敬礼をする。
「エゼンジェリスタ、ちょっと話」
 その時ディークスの背後から、オーランドリス伯爵がするりと現れた。貴族階級の中では小柄な彼女は、大柄なディークスの背後にすっかりと隠れていた。
「カーサー。主も来ると聞いておったからフィナン……」
「?」
―― 色違いだけど、同じデザインのドレスだ。……でもなんか違うような。色じゃなくて……ああ、体型か
 笑顔でオーランドリス伯爵を出迎えたエゼンジェリスタだったが、徐々に表情が強ばり、そして自分の胸元へ手を持っていった。
「カーサーや」
「なに?」
「胸、大きくなったのう……」
「Bカップ。クレスタークは小さいって言った」
 胸を抱きしめるようにして崩れ落ちるエゼンジェリスタ。
「わ、儂は去年から今年にかけて1mmたりとも……くっ!」
 胸がまったく成長しないことを気にしていたエゼンジェリスタ。普段はあまり気にしていないのだが、同じデザインのドレスを着たカーサーを前にして、自分のあまりの胸の無さに落ち込み――ちなみにエゼンジェリスタはAAAカップ。淑女の嗜みとして下着をつけているだけで、実際は必要ない状態。
「ドレスの色はエゼンジェリスタのほうが綺麗」
 胸の大きさなど微塵も気にならないカーサーが、事実を述べる。ドレスのデザインは同じだが、色は皇太子妃であるエゼンジェリスタの方が格調高い。
 ……だが、そんなもの胸の膨らみの前には無意味。
「エゼンジェリスタ、これから大きくなる……筈だ。まだまだこれからだ」
 胸が大きくなる少女なら既に膨らみ始めているだろう……と分かっているが、決して妃を裏切ることない皇太子も必死で慰める。彼ほどエゼンジェリスタが貧乳であることを知っている男はいないであろう。なにせ妃の身体検査定期報告が届くので。
「俺、デーケゼンに報告してくる。じゃあな、リディッシュ」
 ディークスは腕を組み笑いながら、婚約者死亡報告を届けるという名目で逃げた。
「あのな、エゼンジェリスタ」
 夫であり親友でもある皇太子の前で、エゼンジェリスタを抱きしめて慰めることもできず、イズカニディ伯爵はオロオロするばかり。
「……」
 ”なんで俺、今日、このデザインのドレス選んじゃったんだろう”という表情を隠さない、衣装選び係ジアノールの隣で、
―― 喋っちゃだめ。喋っちゃだめです! 何を言っても慰めることはできません
 彼女居ない歴は筋金入りだが、姉と妹により女心を良く理解しているウエルダが”なのを言っても無駄なのです”と首を小さくフリながら、時間がただ過ぎるのを待った。
 なにかいい案があったとしても、ウエルダの立場と身分から考えると、口を挟むこなどできないのだが。

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