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 画面の向こう側にいる、シュスターサフォントの髪を持つ女性。
 彼女と父が決闘すると伝えられた時、驚きはしましたが……止める権限は私にはありません。
『案を頂きまして、ありがとうございます』
 彼女は後一時間もすると死にます。あの父は、決闘を受けた以上全力で殺します。それに対して何かを言う気はありません、聞けば彼女が、この皇后が自ら申し出て父は受けたと。
「皇后陛下。我が父であるジルニオンの人生の彩になってくださる事、感謝いたします」
 彼女にお辞めなさいと言うのは簡単ですが、それが通らない事も私は良く知っております。
 決闘で人を殺す事が人生の彩りになる、何とも血塗れた道ではありますが、我々はその道を進むでしょう。私はこの国の「真相」を知りません。親から子へと伝えられる「銀河帝国」の真相。
 私はこの国の後継者ではありますが、真なる後継者ではありません。真なる後継者は……父の隣に常に在るベルライハ公爵のみ。今現在、あの二人しかこの国の真相を知るものはおりません。
『お美しい方ですわね』
「いいえ。父にそっくりですので、大体の者は半歩引きますわ」
『私にはベルライハ大元帥に似ていらっしゃるように見えますが』
「……父もそのように申します。似ていらっしゃるのですね、皇后陛下と父ジルニオンは。あの人と似ていると言われても、あまり嬉しくはないでしょうが」
 私の母はベルライハ公を裏切った女です。
 皇后陛下は知らないのでしょうけれども。
『皇太子殿下』
「はい」
『皇太子殿下はお父様が戦争に向かわれる際、何かお言葉をかけられるのですか?』
「特になにも声は掛けません。我々は生きて帰ってきてくれとは言えませんので」
 それは心の裡で繰り返す。強くて、絶対に帰ってくると言われている父を待つ私ですが……行く度に生きて帰ってくれるのか? 不安になります。
 何度も何度も繰り返します『生きて帰ってきてください』と。『無事であって』とも。私は十六年程度しか生きておりませんが、願った時間を合わせれば八年くらいにはなるかもしれません。
 表面上はそんな事を見せる訳にはいきませんけれど。私はクレスターク=ジルニオン十六世の娘ですから。
『私、十五年前に父が戦争に向かう際、言葉を掛けないで寝てしまいました。それが今生の別れになるとも知らず』
「後悔、なされているのですか?」
 彼女は微笑んだ。
 私はこの時、宇宙で最も美しい微笑みを見たのだと、後年になって知った。
 あの微笑を観る事は、例え皇帝となっても叶わないと。
 私の胸の中だけに刻まれた、紅蓮の髪をもつ皇后。
『今までは。ですが今日、父に言いに行く事が叶います。後日、皇太子殿下のお父様にお伝えください。インバルトボルグは感謝していたと』
「はい、このクロナージュ=クロセーヌ必ずやお伝えしておきます。それと……テクスタード王子の事なのですが。彼は少しばかり大帝国の遺児に有りがちな知能的問題がございますので、皇后陛下に何か失礼を致したかもしれません。婚約者である私が代わってお詫びを申し上げたいのですが」

 「王子とお幸せに」その言葉を皇后陛下から頂いた。
……はい、幸せになりたいと思います。貴方達の死体を積み上げ、見ず知らずの遺体を踏みつけて尚、我々は進みます。立ち止まる事なく進み続けます。

*


− エヴェドリット王国、南方最前線基地 −
「大変です! ロゼンシビリアス総督!」
「小僧が“また”何か仕出かしやがったのか!」
 っとにあの王様はよ、国王になったんだからもう少し考えろってんだよ、色々と。それと、ジルニオンが困った事仕出かした際に、俺に報告するっていうシステムどうにかしろよ! 俺が小僧の子守りしてたのは二十年近く前であってだな、今は部下だ、部下! 家臣だ! 家臣! もう、あの三十四歳にもなった我儘坊主の子守りじゃねえんだよ!
 それに小僧は、困った事しか仕出かさねえんだよ! 進軍して何したってんだよ! ベルライハ公と喧嘩でも……ああ、あの二人の喧嘩はいつもの事だな。
「陛下が! クレスターク=ジルニオン十六世陛下が決闘なさるそうです!」
「あ?! 何処のバカだよ、あれに決闘申し込むなんて。今征服してるのは確か、八年くらい前にクランタニアン男爵が皇族皆殺しにして、人気のあった皇子の一人娘を妻にして統治してる国だったよな」
 強ぇのなんて居なかった気がするが? どこの無謀な騎士気取りだよ?
「その最後の皇族、現皇后が陛下に決闘を申し込んだんです!」
「皇后“が”?」
「はい、敵の皇后“が”陛下“に”」
 逆はまずあり得ねえが、これも聞いた事ねえぞ? そんな評判の強い娘だったか?
「思い出したが、確かエバーハルトの娘だったよな。オヤジに似て、髭濃くて熊みてえな娘か?」
 俺が集めた情報じゃあ、エバーハルトは大男だったが、確か妻は病弱だったような。あまり人目に付かないように生活してんのは、母親に体質が似たとかどうだとか聞いたが。
「普通の娘だそうです。18歳で身長が168cmで50kg、軍属の経験もなければ、特に強いという評価もありません。髭の濃さまでは報告書には」
 笑い解からねえ部下だな。
「吹き飛ばされるぞ! おいっ!」
 一体何考えてるんだよ、相手の娘。
 大急ぎで機動装甲の通信システムを立ち上げた。要塞や戦艦より、コッチの方が早いんだよパワーがある分。
 向こう側にいたのは……
「小僧!」
『おお! 良いタイミングで連絡が来たな、ロス』
「娘と決闘するのか」
『おう、今決闘するところだ。観ておけ』
「アホか! 何で決闘すんだよ!」
『皇后たっての願いだ。叶えてやらぬ訳にはいくまい』
「……」
 本気だな、こりゃ……。何の盟約が合ったのかは知らないが、この男を普通に喋らせて尚、決闘を受けさせた相手か。
「では、楽しみに拝見させていただきます」
 そして俺は、遠い国で行われた決闘を観た。
「あれがクランタニアン男爵か……実年齢より老けて見えるな。小僧がバカに若いってのもあるが、三十六、七くらいだったよな」
 母親の出自が悪い上に、父親のデキも悪く父の正妻に疎まれて、周囲の貴族に虐げられて育った男。卑屈だけではなく、冷酷で残酷になった。皇族を皆殺しにした際に、赤子の助命嘆願をした若い夫婦を惨殺したのは有名だ。
 才能はあるが、猜疑心が強く腹心のグラショウとかいうのしか信用していないと。
「あれが……エバーハルトの娘か……勝てるわけねえのに、なあ」
 ジルニオンの半分以下にしか見えない薄い身体の姫様は、細い剣を構えた。
 ジルニオンが持ったのは細胞溶解液を表面に塗装してる、総重量140kg、全長255cm、幅56cm、厚さ30mmエヴェドリットの透かしが中心に入っている最高礼にして、少女の身体を突き刺すだけで真二つに出来る獲物・リスカートーフォン。
 煙管も噛まず、第一ボタンまで閉めた国王の軍服を着て立った。
「すげえ姫様もいたもんだ……小僧にあの格好させて、あの武器もたせるたぁ」

 柄を握った掌を、額の前に持ってくる。もう片方の腕を広げる。
 小僧の本気は、そう見たことはねえ。強ぇし相手となるのはウチの国じゃあベルライハ公くらいだ。
 凄かったさ、強さってんじゃなくてその姫様の一生懸命さがよ。誰だって一生懸命決闘するのかも知れねえが、そういうのと違ってさ。
 小僧が人を殺す場面なんて何十回も観てる。自分だって殺してるが、今までのそれとは全く違った。

「とんでもねえな、小僧が五戟越えてもまだ剣あわせてる」

 ベルライハ公だって五戟以上あわせた事は無いはずだ。俺なんかは二戟持てばいいほうだ。思いっきり振り下ろしてないとかじゃねえ……

歴史上、小僧と十戟も剣を合わせたのはあの姫様だけだ。さすが“皇帝の勝利”となるだけの事はあったな。

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