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 私が料理を作っていると、大急ぎで走ってきた足音が。
「あら? 少佐」
 エヴェドリットのレフィア少佐が、綺麗な赤い箱を持って来ました。『少しの間だけお人払いを』と言われたので手伝ってもらっているメセアを遠ざけて、話す様に促しました。
 本当は私にはもうこんな権限はないのですが『総帥が皇后陛下として接するように』と命ぜられたとかで、彼はまるで家臣のように私に頭を下げます。
 その後に彼は続けました『でも我が国は王妃がおりません。よく解らない為、至らぬことも多いと思いますが』そのように。ですが至らぬところなどない青年佐官です。
「調理中、申し訳ございません。大元帥から此方を大至急お渡しするようにと。くれぐれもご内密にとの。小官中身は存じませぬが、大元帥が『頭を下げて』おられましたので」
 腰の低い少佐は部屋に居たメセアやアグスティン、そしてアーロンに礼をして去って行きました。私は急いで引き出しの中にそれをしまい、料理を続けました。

*


「酔ったか?」
「いぇ……驚いてしまって」
 かの王とテクスタード王子の模擬戦闘……この両者から見ればお遊びのような物なのでしょうけれど、それを体感して驚いて声も出せなくなってしまいました。実際お遊びでしょう、だって私もかの王も防護服など身につけていませんもの。私服で散歩にでもでるかのような雰囲気で宇宙で模擬戦。
 かの王に抱きかかえられるようにコックピット(機動装甲ではカーサーという搭乗部分)にはいって、かの王を椅子の背もたれのようにして宇宙を飛んでます。
「少しは楽しかったか?」
「はい」
 飛行艇や戦艦などと全く違う感覚です。
「それにしても凄いですわ」
 人類最高……いいえ、恐らく宇宙最強の武器でしょうね。あの異星人達をも駆逐した伝説の兵器に私が搭乗する日が来るなんて。私はモニターから外を見ます、小さな箱の中から見る宇宙。
「ちょっと待ってな。計器類を全て消して透過してやろう」
「きゃぁ!」
 思わず怖く、驚いてかの王に抱きつきました。室内が全て宇宙空間を映してます。自分が宇宙を漂っているような……
「怖かったら、もっと抱きついていいぞ」
 煙管を咥えながら、軽く私の背中を叩くかの王。明日の夕暮れ時に私を殺す方なのですが、怖いという感じはないのです。
「で、ではもうちょっとだけ」
 両手で抱きつかせていただきます。
 そうやって宇宙空間を漂ってました。実際はかの王が制御してらっしゃるのでしょうけれども。
 とても綺麗。そうですわね、闇夜に見える万華鏡……とでも言うのでしょうかしら?
 ……万華鏡?
「インバルト」
「はい」
 突然話しかけられ、顔を上げてかの王のお顔を拝見します。似てらっしゃるようで全く似てませんね、ベルライハ大元帥と。
「ベルライハのプロポーズ断ったんだってな」
「はい。私は皇后ですから。大元帥閣下、お気を悪くなされていましたか?」
 本来ならば征服された国の者ですから、あれ程丁寧に求婚されたら頷かなくてはならない……とは思うのですが、
「いいや。あれから戦死取ったら自殺しか残らない、受けなくて正解だ。俺は感謝してるぞ」
 気にするなと言いながら、今度は頭を軽く叩いてくださいます。大きくて確りとした手、骨っぽい陛下の手とは全く違います。そうですね、やはり武人のアーロンの手に似てますわ、アーロンよりも大きくて確りしてらっしゃいますけれど。
「そう言っていただけるなら。それに……」
 綺麗なお方でした。
 黄昏色の流れるような髪も、陶磁器のような白い肌も、穏やかそうな柔らかな笑みを浮かべる口元も、
「それに大元帥閣下でしたら、私などよりもっと素敵な女性と巡り合えると思います。私ではあの方には相応しくありません」
 陛下に相応しいかと言われればそれも違うような気がするのですが、あの大元帥閣下はもっと私とは……
「……」
「どうなさいました」
 私の言葉にかの王は煙管を指に挟んで、その手でご自身の額をおさえ始めました。
「っっ……っっ……」
「どうなさいました? 何処か痛い所でも?」
 その後のかの王の笑い声と言ったら、まあ……本当に楽しそうで楽しそうで。一頻り大声で笑った後、私の肩を叩きながら、
「あいつ昔、婚約者にその文面の手紙渡されて逃げられた事あんだわ!」
 そう言われるとまた笑い出されて
「えっ……そ、それは……」
「エバカインって名前は女に縁の薄いってんで有名だが、あいつもまたその呪いにかかってるなあ!」
 言い終えると再び笑いだしてしまいました。あら……昔それで……失礼な事を申しましたわ……。
「す、済みません。ですけど、何故そのような名前を付けられるのですか」
 女性に縁が遠い名前って、あまり宜しいものではないのでは? 尋ねましたら、何でも女性に縁遠い名前なのですが、皇帝の傍で仕える事が多い名前なのだそうです。女性運は悪いのですが、出世運がある名前なのだそうです。
「呪いに負けないで、素敵な女性と巡りあえれば良いですね」
 そう言ったら、少しだけかの王は視線を宙に浮かせて『そうだな』と呟かれました。
「そりゃそうと、お前、胸小さいなインバルト」
「はい?」
 かの王にぴったりと身をつけているので、知られてしまったのでしょう。
「す、すみま」
「気にするな。これがな、俺の娘のモンで」
 そう言いつつ、かの王は座席の下辺りからズルズルとレースの……ブラジャー……を取り出されました、色は紫。
「王女の物ですか?」
 目の前に出されても私は困りはしませんが、目の前に出されてしまった遠く故国でかの王の帰還をお待ちの王女は、とてもお困りでしょう。こんな所で……
「ああ。娘の成長を忘れないように、遠征前には必ず着衣を持って出る事にしている。娘なんでココが一番発達するから、思春期以降はコレを外して持ってきてる」
 こ、これは……
「ジオは、王女の事を何時でも心配してらっしゃるのですね」
 そういう事ですよね! そうですよね! 私、お父様のこと良く知りませんけれど、確かにお父様も私の写真を持って出陣したとは聞いておりますもの。
 私が大きくなれば、お父様も……した、の……かしら?
「そうなんだけどよ、いっつも怒るんだよアイツ。つけてるのを外すから」
 つけているって、胸に着けた状態のを? 外されるのですか?
「やってやろうか?」
「あ! あの!」
 かの王はブラジャーの肩紐の部分に人差し指をさしこんで、グルグルとまわしています。
「俺が同性愛者なの知ってるだろ? 変なコトはしねえよ」
 ブラジャーを外すのは変な事ではないのでしょうか? で、でも……
「本当にこのままで? 外せるのですか?」
「ああ、お前が全く気付かないうちにな」
 ちょっとだけ興味があります。本当にそんなに上手く外せるのでしょうか?
「そりゃそうと、インバルト。エバーハルトが死んでて良かったな」
「え?」
「お前、父親生きててみろよ。絶対、ラディスラーオとの結婚なんて許さなかったに違いない」
 そうですわね……お父様が生きていらっしゃったら、私は陛下とは会うこともなく、すれ違う事もなくこの滅亡を迎えたのでしょうね。
「そうですね……」
 親不孝な娘である私は、ちょっとだけ……陛下と一緒に居られて良かったです。
「大体だ、父親にとって自分の娘の結婚相手なんざ、殴り倒してもまだ足りねえ。俺は正直、俺が生きている間、娘は結婚させる気はねえ。結婚式後の初夜を観るなんざ、観ているうちに相手の男殺すな」
 不死の闘神とまで謳われるかの王が亡くなってからでなくては、王女はご結婚できないのですか……それも大変ですわ。
「ジオは、それほど王女の事を大切に想ってらっしゃるんですね」
「そうなんだが、女心が良くわからないせいか、いっつも喧嘩だ。ったく、この父の偉大な愛を感じて欲しいもんだ」
 でも身につけているブラジャーを盗られるの……
「?!」
「はぁい。吃驚したか? インバルト」

 何時の間に盗られたのでしょう!

「さて、そろそろ戻るか。インバルト、晩飯作るんだろ?」
 戦利品ということでブラジャーは取られてしまいました……かの王の場合、本当に戦利品程度でしょう。同性愛者ですから。
 それに胸も小さいですし……気にしないでおきましょう!
「はい。最後くらいは一人で陛下をもてなしたいと思いまして。お口に合うかどうか自信はありませんが」
 操縦室を透過したまま、周囲に何も無いような状態のまま私は地上へと戻って参りました。何というのでしょうか、あの浮遊感……死ぬ時の感覚はあのような感じなのではないでしょうか? そんな気がしました。
 わざわざ搭乗部を地上近くまで近付けてもらいまして、ゆっくりと降りてきました。
 迎えに来てくれたメセアとアグスティン、アーロンに手を振ります。
 そしてかの王を出迎えにきたのでしょう、ベルライハ公爵が現れました。先日は“腕”があった部分には銃器が埋め込まれ、幾つかのコードが腕の機械から背中側を通って右目に刺さってます。
「驚かせて申し訳ありません。私、左手の肘下と右目が半機械制御でして、この部分によく武器を繋ぐのです。明日の決闘に際して後衛を守る武器の調整に入っていました」
「い、いいえ。私こそ明日決闘だというのに遊んでいて」
 人間というよりは機動装甲に近いような……何と言いますか、この方から戦死する事を取り上げるのは良くないような気がします。断って正解でしたわ。
「じゃあな、インバルト。明日の夕方にな」
 まるで、遊びに行く待ち合わせでもするかのような挨拶。軽く言われてかの王は半身に銃器を装備している大元帥と共に、去っていかれました。
「次に会う時は……」
 敵、いいえ……私を殺す人。

*


「ジルニオン、その下着を返しにいくぞ」
「いや、戦利品」
「私が略奪を許すと思うか! この大元帥が認めるわけなかろうが! レフィア! 贈答用の箱を降ろしてきてくれ」

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