25

 俺は店を閉めていて良かったな、と散らかる室内を見渡しながら考えていた。
 俺は暴れるキサを羽交い絞めにして、デイヴィットは皇后の足元にしがみ付いている。確かに皇后を羽交い絞めにする訳にはいかないからな。通常なら足に触れるだけでも不敬罪クラスだろう、良くやったデイヴィット。それで少しは許してやろうじゃねえか!
 喧嘩の原因はキサの方だった。突然皇后に「人の事を調べて笑い者にする気でしょう! そうはさせないんだから!」だとさ。
 母親のリタはただオタオタしている。昔からそういう女だった。別にそれが悪いわけじゃないが。
「それで突然の喧嘩の原因ってのは?」
 俺はリタの頭を叩いてリタに抑えて置くように言った。
「酒亭に来ては悪い理由でもあるの?」
「人の揚げ足取りにきたんでしょ!」
 俺は話が見えないが、勘弁して欲しい。相手は皇后だ。
「それは貴方でしょう? 楽しく話をしていたのを学長に密告して謹慎処分にしたのは」
 謹慎処分? 皇后がか?
「キサ、お前何したんだ」
「何もしてないわよ! 一般市民として当然の事をしたまでよ! この性格の悪い女とその取巻きが陛下や皇后の悪口を言っていたの、だから私は確り報告したのよ」
「……」
 皇后の悪口ってお前、目の前にいるのが皇后陛下その人だ……知らないってのは怖ろしい。
「伯爵家の庶子と語っていた人物とは思えないお言葉で」
「なっ! なによっ! それは関係ないでしょ!」
「元々と言えばそれが原因でしょうが。貴方が伯爵の庶子だと名乗っているのを看破した私に対して、貴方は不必要な敵対心を燃やしている。その一環でしょう」
「キサ……」
 貴族ってのがそんなに……良く見える頃は確かにあるだろうな。憧れる事も……だがな、これ以上喋らせちゃあまずい。
「なによ! メセアには関係ない事でしょ!」
「黙れ! キサ!」
 他人の娘なんだが、手を上げさせてもらった。頬をかなりの強さで殴った、これ以上口を開いて皇后陛下のお怒りを買ったらお終いだ。
「何よ! 何よ! みんなでよってたかって! 私ばっかり!」
 泣きながら駆け出しそうになるキサの手を掴んで
「部屋にいろ。後で店を片付けろ」
「な! そっちだって皿投げたりして散らかしたじゃないの!」
「こっちは客だ。いきなり客に花瓶投げるなんて、何処のバカのする事だ! 早く部屋に行け!」
 大きな音を立てて部屋の扉を閉めたキサ、そのあとに
「悪かったな、リタ。キサを殴って」
「ううん……怒ってくれてありがとう。あの……私、キサの部屋の前にいるから、大事なお話が終わったら呼びに来て」
 そう言ってキサは頭を下げて言った。
 話を聞けばキサは通っている市民大学で、名前をキャサリンと登録しているらしい。ちょっとだけ貴族っぽいってか、キサは貴族の名前じゃないからだろう。そんなにキサの奴、貴族に憧れてると思いもしなかったが。
「許していただきたいのですが」
「勿論許します。 室内散らかして悪かったですわね、メセア」
「……いいえ。ですが、どうせ皿など投げあう喧嘩をなさるなら、弟とどうぞ」
 そういった後、声を出して二人は笑った。

 笑った声はさすが皇后と思わせた、今まで一度も聞いた事がないもの。これは生まれつき、もしくは長い年月をかけて身についてるものに違いない

 後日デイヴィットが、全てを弁償して尚且つ
「今度から、騒ぎが大きくなるから」
 笑顔で言っていきやがった……あの野郎! とんでもないもの連れてきやがった。
 皇后陛下ほどではないが、揃うと破壊力抜群だ……
「だっ! だまれ! アグスティン!」
「おちつけよ、アーロン」
 俺の血の繋がらない弟と、ヴァルカ総督の甥。
 ウチの国トップクラスの貴族。

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