08

「相当怒らせたようだな」
「そのようですね。何かご機嫌でも取る品を送りますか?」
「必要は無い。直ぐにとは言わないが一ヶ月も怒り続けられるとは思えんからな」
「さようですか」

甘く見ていた事は否定しない

 この半年間、后の姿を全く見ていない。意識しての事ではない、医師に連れられて執務室に来たラニエが懐妊したと伝えられた時、思い出したのだ。
 ラニエは后の部屋付きの侍女だった。特に意識して手を出した訳ではない、強いて言えば控えめな所だろうか? ……后が控えめでないのか? と問われれば首を振るが、アレは控えるとは別にどこか確りとしている。体格ではない、少々ふっくらとしているが特に問題があるような体型ではない。
 なんと言うのだろうか? 子供ながらどこか迫力があった、出合った瞬間から。
 宮殿を攻め落とし、軒並み皇族を引きずり出していた時、一人椅子に座って黙っていたその姿。ただ、誰も私が攻めて来たことを伝えなかったのだろうが、十歳の子供にしては迫力があり過ぎた。后の父親・エバーハルトが生きていたら俺はしがない男爵のまま人生を終えていただろう。
 ラニエを下がらせて暫く口を開かずにいた。
 ラニエに手をつけた事を怒ったまま半年も顔を見せない后の怒りに再び油を注いだ事も……それはどうでもいい。
「家門が途絶えているのを幾つか探しておきます」
 リドリーはそう口にした。そうなるだろう、后の子ではないのだから。特にそれ以上考える事もなく仕事に戻った。だが、実際私は甘かったに違いない……リドリーがいくつかの爵位候補を持って現れたのは一週間後。それほど急ぐ用件ではないので放置しておいたのだが、其処に后が現れた。
 久しぶりにお会いしたいと……現れた后は覚えている后よりも随分と痩せていた。ふっくらとしていた体つきは、真直ぐで折れそうなほど細くなっており、帽子を被りヴェールが垂らされていて表情はまるでみる事ができない。とくにその立ち姿の細さに隣に立つリドリーが息を飲んだ。そして后は挨拶を済ませると直ぐに用件を口にする。
「陛下、ご子息のご誕生おめでとう御座います」
「イヤミか?」
「そう聞こえるのでしたら私の不徳の至りでしょう。お忙しい陛下のお時間を割くわけには行きませんので、直ぐに終わらせます」
「そうしてくれ」
「ラニエの子を正式な子として迎える事を私は認めます。いえ、むしろしてください」
「お前にとって何の得がある」
「私にとっての理由など……陛下が最もご存知でしょう? 帝王の血を引きながら継承権を持たなかった若き男爵は今何処においでですか?」
「下がれ」
「はい」
 下がってゆく后の後姿が、在りし日のエバーハルト皇子に重なって見えた。

backnovels' indexnext