05

「リガルド。命を懸けた大仕事がある」
「なんなりとお申し付け下さい」
 突然そのように言われても……家臣ですから「はい」と答えるしかないでしょう。
 ダンドローバー公デイヴィットに仕えるのは使命ですので。使命ではありますが、悪くは全くありませんよ。
 良い主です……下級貴族に成りすまして街中を歩かなければ。
 本人に言わせれば、そうやって市民の生活を見回って、色々と政策を練るのに使ったり、情報を収集したりと必要不可欠だそうですが。
「命を懸けた大仕事とは?」
「お前に調べて欲しいものがある」
「はい」
「用心深く俺の通っている公営住宅の詳細を調べてくれ。特に、あの外れのもう一軒」
 ダンドローバー公が通いつめている公営住宅は王宮の側にある。
 王宮の近くに住宅地、というのも変わっているが一つの慈善事業のようなものだったらしい。
 皇室で持っている土地を無料で貸して、公営住宅を建てて人を住まわせる。帝星は結構家賃が高いので、この公営住宅は皆に喜ばれたそうだ。
 ただ、皇室の土地なので地面を2m以上掘り返すことをしたり、敷地内に別宅を作るなどをしてはいけないと決まっている。それでも随分と寛大な法令だ。
 公爵は散歩がてらに其処を歩いて変なものはないか? 法令を守っていないものはいないか? 見回っていたところファドル・クバートに一目惚れした……のだそうだ。
 特に綺麗な顔立ちでも何でもないのだが、ご趣味には口を挟むまい、そもそも私は男性には興味がないのだから。
 私は公爵に言われた通り、その公営住宅の一軒を調べた。
 借り上げて住んでいないようだが……。
 その報告を受けて公爵は、引き落とされている通帳の残高を調べるように命じられた。そこにあったのは、相当な金額。
 公営住宅を借りて住むような人が持つ金額ではない。一般であっても《おかしい》ほどだ。
「やっぱりそうか」
「何が? ですか」
 その外れの一軒が王宮と繋がっているのだと聞かされて驚いた。
 作ったのはディアヌという五代前の愛妾だった女性、そのディアヌと意気投合したのがガートルード母妃。
 そこで途絶えていたのだが、先だって皇帝陛下……むしろ侍女など行為に不審感を募らせた、皇后のお気持ちは解からないでもないが。
 どうしても皇帝陛下から離れたかった皇后はガートルード母妃の遺書に従いレンペレード館へと居住を移し、そこから秘密通路を知ってしまいそのまま公営住宅まで来てしまった。
 奇跡の如き偶然で、その日公爵はファドルと一緒にその家へと向かって対面したのだという。
 出歩くのをやめさせた方が良いのではないのでしょうか? 言ったものの、皇后陛下からお預かりした母妃の置手紙からして出歩いて外を知りなさい……と確かに感じ取れた。
「本来ならばエバーハルト皇子が案内する予定だったんだろ。あの戦いで殿(しんがり)を買ってでていなければ、間違いなく……それだと知らぬままだったかもしれないな」
「ロイトガルデ陛下は遅かれ早かれ討たれていたでしょう。エバーハルト皇子がご存命でしたら、あの方が討たれたかもしれません」
「ご存命なら陛下はエバーハルト皇子に位を譲っただろ。何にせよ、どう言った所でも皇后陛下は外に出てみたいのだそうだ。ならば手助けしようと誓ったんだ。一人で出歩かせるよりはマシだろ。それに宮殿で鬱屈とされるよりかなら。エバーハルト皇子もガートルード母妃もお許しになるだろ」
 こうして私は細心の注意を払って……と言うほどでもないが、後がつかないように服などを準備して公爵に渡した。
 通帳の方も名義変更などを行い、戸籍も完成させた。私は直接お会いしてはいないが。
 私はとても皇后と普通に話をする度胸はないので、だが何とかなりそうらしい。
 書類上、私がカミラ・ゴッドフリートの後見人となり、市民大学の入学手続きの際に書類を作成した。
 まあ……皇后陛下を挟んで、ファドルと公爵は仲良く過ごしていそうだ。
 上手く皇后陛下が使われたような気がしないでもないが、そのうち公爵が使われるようになるかもしれない。

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