市民大学はとても楽しいですわ。田舎から来ているという事になっているので、ファドルが一々説明してくれました。
 食堂や購買、それにサークルまで。ファドルの懇切丁寧な態度は好感が持てます、貴族にはいないタイプです……その辺りをダンドローバー公は気に入ったのでしょうね。もっと深い箇所なのかも知れませんけれど。
 仲良くなったのはサリマ・レバンテスト、そしてエウ・デ・バッハ。解からない人の為に言いますと、サリマは女性でエウは男性です。国によって名前が全く違うので、理解し辛い事もあるそうですから。
 サリマは十歳程年上でして、軍役を終えてその間の蓄えでこうやって大学に通っているそうですの。エウは十二歳ほど年上で、軍学校を終えて仕官したらしいのですがどうも「そり」が合わなくて、退役して僅かな退役金と資産で暮らしているのだそうです。
 私、顔自体は並以下なのですが(体型はまだふっくらしてますし……)赤い髪の毛だけは目立つようです。そういえば、あまり髪の毛を伸ばしている人はいませんね……実際面倒でしょうね、自分一人で髪のお手入れをするのは。私の髪は伸ばせば膝の辺りまでありますけれど、確りと結わえて腰の上辺りの長さを保っていますわ。
 当たり前じゃないですか、腰の下まで髪が伸びていたらトイレに一人で入れませんよ?
 皆に『貴族のように長い髪ね』と言われるので……切った方がいいでしょうか? 悩むところです。
 学内には私と同じくらい髪が長い女性がいます、私より二歳程年上で私によく突っかかってくる女性です。キャサリンと言いますの。
 態度といい何といい……失礼かも知れませんけど「下品」なんですよね。普通に振舞えば宜しいのに、何故か傍若無人で……。話を聞いた所によりますと、何でも伯爵家の庶子だとか。どこの伯爵家の庶子なんでしょうね? ……庶子だったら庶子なりに、それなりの礼儀作法を身につけさせる筈なんですけれど。私生児だというのならわかりますが(この部分が曖昧なのかもしれません)大体陛下も伯爵の庶子でいらっしゃったのですから……言っては悪いですが、市民大学に通うような真似はさせないと思うのですけれど。
 因みに陛下は上級軍事大学のご卒業です、軍事大学でしたら国で学費を持ちますけれど、上級軍事大学は全額実費だそうです。試験問題を見ましたが、全く理解不能でしたわ。そして授業料やら寄付やら制服の高価な事やら……貴族は庶子であっても高額な上級軍事大学くらいには通わせてもらえるようですよ? 市民大学に通っている貴族階級はどちらかと言えば没落気味で、貴族としての身分を隠している気配があります。
 そんな事を考えておりましたら、それが相手に届いてしまったのかどうかは知りませんが、向こうから見事に喧嘩を吹っかけられました。酷いと思いません? 私は何もしていないのに「貴族みたいに髪伸ばして、平民顔には似合わない」ですって!
 放っておいて頂きたいですわ! 平民顔に見えても実際は血筋は皇族なんですから! 確かに地味ですけれどね……母妃はもっと地味でしたけれど(髪が栗色で目が灰色だったので)あまりにも私の事を悪く言ってくるので、私も我慢の限界です。
「貴方は伯爵家の縁の者と名乗ってますが、何処の伯爵家の方ですか?」
「何であんたなんかに、尊い私の生まれを教えてあげなきゃならないのよ」
「教える気がないのなら、名乗らなければ宜しいでしょう? 名乗ったからには家系を教えるのが礼儀でしょう」
「生意気ね! 私は庶子とはいえ伯爵家の娘よ!」
「詐称しているから伯爵家の名前も言えないのでしょう。勝手に名乗っているのがその家に知れれば、ただでは済まされませんものね」
「なによ! 私が嘘ついているって言うの!」
「じゃあ伯爵家の名前を言ってみなさい! 其処まで言い張るのでしたら!」
「じゃっ! じゃあ教えてあげるわよ。一回しか言わないから確りと聞きなさいよ! パロマ伯爵家よ」
 ……よりによってパロマ伯爵家。人気がありますわね、パロマ伯。名門ですからね、家名断絶しそうですけれども。
「嘘ですね。パロマ伯爵家は断絶しているから言っても平気だと思ったのでしょうけれど、浅はかきわまりありませんわ! パロマ伯爵家は跡取りがなくて断絶したんですもの、貴方が本当に庶子ならお声の一つもかかって女伯爵として継いだはずです。嘘つくのもその位にしておいたほうが良いですよ。それとも虚言癖でもあるのかしら!」
「……嘘じゃないもの!」
「嘘よ。失礼だと思わないのかしら、勝手に庶子だって名乗って。パロマ伯爵が妻以外の女を囲っていたと名誉を毀損している事にも気付かないの?」
「嘘じゃないわよ! 私は伯爵の血を引いてるんだから!」
「なんでそんな詐称するのかしら? どうせ引いていると詐称するなら皇室に連なるくらい言い切ったらどうかしら? その度胸はないわけ」
「嘘じゃないわよ! 嘘じゃないんだって! 私は伯爵家の! ……」
 帰宅してダンドローバー公に会いました。帰宅してから隣家に行くのが日課です……そこに確実にダンドローバー公がいるのは不思議ですが、気にしないでおきましょう。本日の事をダンドローバー公に聞いてみましたが、兄上は誰一人子がいなかったそうです。キャサリンの虚言を伝えたら
「捨てておいて構いはしませんよ。そんなのを相手などせずに、楽しんでください陛下」
 その通りですわね。その後、夏季休暇、市民大学は決まった時期はないので好きな時期に取れるようになってますの。その夏季休暇、講師はローテーションというモノを組んで休むのですが、ファドルの休暇とあわせて私も取ってパロマ領に行こうという話しになりました。
 既に許可は取っているとの事。嬉しいですわ! 宮中に戻ってから陛下が態々聞きにきたのには驚きましたけれどね。

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