繋いだこの手はそのままに −72
皇帝は帝国宰相デウデシオンに、
「明日にでも兄弟全員とロガを会わせたいのだが?」
ロガの希望を告げた。
皇帝とその正妃の望みが庶子に会うことであれば、何を差し置いても用意させることは簡単だ。
「ハセティリアン公爵以外の全員でしたら何の問題もございません」
秘密警察に属するハセティリアン公爵以外は。
帝国宰相の返事に、皇帝は満足しながら
「では、明日会わせたいので取り計らってくれ」
会いたい旨を告げた。
帝国宰相は頭を下げ、最も気になる事項を尋ねる。
「異存は御座いませんが、后殿下の体調は?」
「微熱が出ているが、最初の二日よりは落ち着いた」
「でしたらもう少し間を置いた方が宜しいのではございませんか?」
「余もそうは考えたのだが、メーバリベユがな……少し無理させてやってくれと。無理と言っても、適度なものをと。難しいことを申すなと言ったらメーバリベユが細かく説明をしてくれた」
メーバリベユはロガに少々無理をさせて、達成感を持たせて欲しいと告げてきた。
ロガを第一に考えるのは当然であり、尊いのだがロガ自身の性質を考えればそれは良くない。幼い頃から仕事をするのが当然、病となれば休みはしただろうが一人暮らしで細々と働いていた奴隷が突如宮殿の奥に置かれ、風も当たらぬほど大事にされては、働き者であった奴隷としては居心地が悪いとメーバリベユは告げた。
連れて来られてから四日、本人にしてみれば「ナイトオリバルド様を心配させただけ……」銀河で最も偉いと教えられてきた相手を心配させてしまった事実と、
「体調不良を取り除くことだけを優先すると、後継者を得る為だけにつれてきたと取られ、それが重圧となる。後継者を得る為につれて来たことは否定せぬが、周囲をそれ一色にしてしまえばロガの重圧は今以上となり結果後継者を得ることが遠のく……と申しておった」
体調を整えることに躍起となる周囲の行動を目の当たりにして感じる重圧。
周囲を見て何を望まれているか解らないわけでもなく、また確りと自覚してもらわなければならない所もある。
だが自覚と共に自信も必要となる。奴隷出のロガに正妃としての自信を持たせるには、ある程度の仕事をしてもらうのが得策だ。自信を持たせる、そして必死に仕事をしているとロガ自身が思える。その一環として “少しの体調不良を押してでも仕事をさせる” となったのだ。
「庶子の立場である余の兄弟達であらば、多少の失敗をしても良かろうと思ってな」
「そうですか」
「それとデウデシオン。ロガに異父兄弟を解りやすく説明する方法を考えてきてくれぬか?」
「畏まりました。確かに解り辛いことですが、また急ですな。時間を開けてからでも問題ないように思うのですが?」
「あまり失敗をさせたくないので……致し方ないことだが、ロガはザウディンダルが余の兄だと聞き、セボリーロストの息子だと勘違いしてしまったので」
皇帝はロガの失敗を雑談程度の気持ちで帝国宰相に語ったのだが、
「セボリーロスト……のですか?」
言われた方はそれに背筋が凍った。ザウディンダルはテルロバールノル系の僭主、そしてセボリーロストはテルロバールノル出の皇婿。ザウディンダルは黒髪で平民皇后と同じ藍色の瞳を左目に持つ容姿で、セボリーロストはロヴィニア系に偏った容姿をしているので両者共テルロバールノルには縁遠く、似ているようには一般的には見えない。
だが実際は似ている。
それに追い討ちをかけるように皇帝は続けた。
「ああ。どうもロガにはカレンティンシス、カルニスタミア、ザウディンダルが兄弟のように見えるらしい。セボリーロストを含めて全員特徴の違う容姿なのだがな、不思議と同じように見えるらしい」
先入観を持たない、何も知らない奴隷は『人工生命体の合致部分』をはっきりと認識していた。
後に判明したことだが、ロガは人の特徴を掴むのが非常に得意だったのだ。
死刑囚の死体をどの墓にいれるのか? それが書かれている書類に目を通すのだが、記録用に残されている破損していない顔写真と破損し、腐敗し始めた死刑囚の顔は見た目ではどうやっても合致させることが出来ない。
それ用の機器は存在し、それがあれば簡単だがロガや代々そこで死刑囚を葬ってきた者達には、そんな機器は配布されることはなかった。なければ自分達の目で見て脳で考え、伝承というには仰々しいが、過去の経験を後継者に伝え、教えてやればいい。
そうやって父から教えられたロガは、人の容姿を着衣や肉ではなく表面から探れる骨格や変わらぬ特徴で判別できるようになる。それは意図せずともできる、何時しか普通に相手を見たときに判断できるまでに至っていた。
その特技を持ってしても仮面を被って現れた桜墓侯爵陛下は、誰か解らなかったようである。泡を吹いたり失禁したりした大男を前に、特徴を掴んでいる隙がなかったに違いない。
「……」
「どうした? デウデシオン」
ロガが判別できると知らないデウデシオンだが『当てずっぽうではなく、確りと判別できている』ことだけははっきりと解り、その能力に恐怖すら覚えた。
「何でも御座いません。ちょっとばかり、時間調整を考えておりました」
帝国宰相はその後、皇帝の語る “ロガの失敗談” を全て頭に叩き込み、何時もと変わらぬ表情で、
「それでは頼んだぞ」
「御意」
退出した。
帝国宰相は自らの直属の秘密警察長官ハセティリアン公爵 デ=ディキウレ を呼び出す時、声など上げない。歩調を何時もと変えるだけ。何処に忍んでいるのか、帝国宰相でもわからないが兄弟で取り決めたその “歩調” だけで、デ=ディキウレは、
「どうなさいました? 長兄閣下」
必ずや帝国宰相の執務室から繋がる地下迷宮の一室に必ず控えている。
「先入観がないとは恐ろしいものだな、デ=ディキウレ」
暗視能力がついていることが前提の眼球をもつ彼等が支配する宮殿の、逃走用経路は一切の明かりがない。暗闇でも問題なく見える、それが基本であり絶対である。
真暗闇の中で、帝国宰相は口が堅い弟に “事実が漏れないようにせよ” と命じるために説明を始めた。
「何が?」
「后殿下がカレンティンシスとカルニスタミア、そしてザウディンダルが兄弟のように見えると。当初はザウディンダルが姉でカルニスタミアが弟だと思っていたそうだ」
カルニスタミアとザウディンダルは体格などは全く違うが、似通った所がある。それは最初から血統的に近いと知っている者でなければ感じることはない程度だが、似ている箇所は確かにあった。それは小さなことだが、ある事を知るものには足がかりとなる。ある事とは、両性具有は血縁に強く惹かれる性質を持つ事だ。
かなり強引にカルニスタミアから仕掛けた関係だが、それが維持されているのはザウディンダルの中に潜む両性具有が近親者を好む性質も影響している。ザウディンダルはデウデシオンを好いているが、本人の中にある自覚しない血がもう一人の近親者であるカルニスタミアにも確かに惹かれていた。
理性では兄、感情では関係のある血縁カルニスタミア。
普通に言えば優柔不断だが、それは生まれ持った性質でもある。
本人の理性では決して押さえ込めない、第四の本能と言っても過言ではない性質。その事を踏まえて、帝国宰相はカルニスタミアとの関係を黙って見つめていた。
両性具有は近親者を好むように作られている。はっきりと言えば近親者を肉欲の対象としてみる傾向が強い。
ケシュマリスタ王はザウディンダルがカルニスタミアの近親者であることを知らないで仕向けた。だが帝国宰相は知っている。
弟であり妹であるザウディンダルが自分に対し感情を持っていることを世間一般に隠さないのは “両性具有だから近親者に惹かれている” ことを他者にはっきりと示し、その上で拒絶する。その結果を持って『帝国宰相にあてつけでカルニスタミアと寝ている』という方向に世の中の考えを誘導していた。
皇帝にすらそのように語るほど、彼等は情報を操作している。
ザウディンダルは自らがカルニスタミアの血縁だと知ってしまったが、それをカルニスタミアに知られてはいけないのだ、自王家の僭主を狩る王子に知られてはいけない。
カルニスタミアがビーレウストの口から既にその事を知っていることまでは、帝国宰相もハセティリアン公爵も知らなかった。
「……ほぉ〜大したものですな」
帝国宰相と共に情報を操作しているハセティリアン公爵は、欺瞞を突き破り真実を見抜いたロガに心の底から感心の声をあげた。
「父親が違うと陛下が告げたところ、セボリーロストが父親ではないか? と申されたそうだ。皇君か皇婿か? 二分の一の確率だが当てた」
「后殿下は皇婿がテルロバールノル王子であることはご存知ありませんよね?」
「知らぬであろう。名前から判断したら “ロスト” が付いているからロヴィニアだ。容姿もテルロバールノルが顕著に現れているわけでもない。フォウレイトに聞いたが、そのような話はしていないとの事だ。環境の激変で熱を出し寝込んでいる年端もいかぬ后殿下の枕元で “誰がどの家の第何子で” 等と語るほど無神経なのは配置しておらぬ」
「 ”ぱっと見” は似ていませんからな。言われて見れば似ていることは ”解ります” が。初めてではありませんか? 皇婿とザウディンダルの関係を見抜いた部外者は」
「ザウディンダルのことは、先入観で欺いているところもあったが……まさかそこまではっきりと解るとは」
幾重にも幾重にも張り巡らせていた目眩しは、徐々に剥ぎ取られてはじめていた。彼が覆い隠したい事実も、そして別の誰かが覆い隠したい事実も。
「后殿下は他にも何か言われてましたか?」
「口外せぬようにと言われたが、カレンティンシスを最初女と勘違いしたそうだ」
重苦しい会話に休憩を入れるつもりで帝国宰相は語ったのだが、その言葉にハセティリアン公爵は思うところがあった。
「…………」
「どうした? デ=ディキウレ」
「妻と共に詳しく調べてもよろしいでしょうか?」
「何か疑問でもあるのか?」
「実は声を変えるとき、カレンティンシスだけ女性の音域が入るのですよ」
今までそれに関して疑問を持つことはなかったが、ザウディンダルとカルニスタミアを姉弟と判断したロガの洞察力を信じれば、その事に関して疑問を抱く必要が出てくるのだ。
「……」
「男性の声に女性の音域が入るのは “稀にあり得ること” です。事実その声を再現できる私にも存在するものですので、今まで何とも思っていなかったのですが。長兄閣下」
「何だ?」
「后殿下の正確な言葉は解りませんか? どのような順番で今の話になったのか? 后殿下はテルロバールノル王を女性だと思い、そしてザウディンダルとカルニスタミアを姉弟だと思った、なのでしょうか? それとも違う順序なのでしょうか? この場合、発言の順番が重要です」
「妃とともに調べてみろ。だがカレンティンシスの音声に女のものが含まれているとは知らなかったな。発言の音声分解などをした際にも確認できなかったが」
「記録に残らない方の声です。ビシュミエラの歌声ですよ、かの “射程を視る声”」
「機械声か」
「決して記録には残らない、生物の耳でしか聞くことができない原始にして未来の声です」
「あれならば、確かに……」
「私が知っている中で、カレンティンシス以外に “射程を視る声” を持つ者は二人おります。一人は陛下、もう一人はザウディンダル」
「テルロバールノルに “射程を視る声” を持つものが多数いるという事か?」
「陛下は全く関係ありません。四代続けてテルロバールノルの皇帝は出ておりませんので。陛下には最も遠い血筋。表面上は五代遡ればテルロバールノルですが、実際はほとんど流れていない状態です」
三十四代皇帝ルーゼンレホーダはザロナティオンの完全なるクローンだが、対外的にはザロナティオンと正妃との間に生まれた子となっている。
体裁をつくろう為に正妃とされたのがテルロバールノルの王女。世間から見れば三十四代の外戚はテルロバールノルなのだ、事実は違っていても記録にはそう残されている。
三十四代で失敗した≪後期ザロナティオン≫の完全なるクローンがシュスターク。その中には≪射程を視る声≫の持ち主であるビシュミエラが含まれているので、その声を持っていても詮索する必要はない。
語っている当人を除けば残るは二人。ザウディンダルはかなり弱いが射程を視る声を持つ。同じく弱く持つのがカレンティンシス。
「あの男を女性だと思ったことはありませんでしたが……あの男が “男性であり女性でもある” と考えますと、今まで合致しなかった幾つかの符号が、ぴったりとあてはまります」
帝国宰相、ハセティリアン公爵とその妃、近衛兵団団長、帝国最強騎士、そして帝国軍代理総帥の六名が探っても探りきれない一つの出来事。それは≪巴旦杏の塔≫を復元したのが、先代テルロバールノル王ウキリベリスタル。
彼がザウディンダルの祖母にあたる男王クレメッシェルファイラとその家族を捕らえ、ディブレシアの前に引き出した。両性具有の子が子をなせば高確率で両性具有になることを、王であるウキリベリスタルが知らないはずがない。
両性具有を殺すことは出来ないが、両性具有が産んだ単一性の子は殺しても何の罪にもならない。それなのに彼はわざわざ五歳と三歳の息子をディブレシアの元に引き出した。彼の行為は両性具有を欲していたとしか思えない。
だが彼が “何故” 両性具有を欲したのか? そこまでは解らなかった。
「デ=ディキウレ。何度も言うが、巴旦杏の塔を復元したのは先代テルロバールノル王ウキリベリスタルだ」
「あの王はザウディンダルがまだ幼少で、陛下と交渉も持っていないのにも関わらず、ザウディンダルを登録して塔を稼動させました。あの王は何を焦っていたのか? 探してみるも私の力が足りないばかりに答えは掴めておりません」
彼の行為は一般的には≪製作した者にありがちの、試してみたいと思う気持ちの暴走と、ディブレシアは興味がなかったので稼動させることを許可した≫で済まされていたが “真のディブレシア” を知るデウデシオンには、稼動させる許可を出したことに裏があると疑っていた。
デウデシオンに≪母≫ではなく≪女≫としてしか接しなかった皇帝ディブレシア。人は≪その女≫を情欲にまみれた白痴と隠れて言うが、決してそうではなかったことをデウデシオンは誰よりも良く知っている。
「我々も先入観に足を取られ、根本を忘れていた。精神感応能力は元々両性具有の姉弟が持っていたもの。後に部外者であるシュスター・ベルレーも精神感応が反応するが……シュスター・ベルレーは男」
ウキリベリスタルが焦った理由。答えはカレンティンシスとカルニスタミアの十一歳違いの兄弟の年齢にある。
今でこそ年の離れた兄弟だが、未来のわからぬウキリベリスタルは多産で有名なロヴィニア傍系王妃を貰っておきながら、五年過ぎても次の子が出来ずカレンティンシス以外の後継者は諦めていた可能性が高い。
彼が後継者を諦めてしまった理由と、カレンティンシスとカルニスタミアの年齢が離れている理由は重なる。彼は帝星にいる多数の愛人の下に通っていて、王妃の下に寄り付かなかった。何故彼が寄り付かなかったのか? 彼なりの理由があった。
多産で有名なロヴィニア系王妃と寝ることができない理由、それは彼が疲弊していたところにある。
≪実母と寝るとはな≫
≪王と言うのも大変だな。皇帝の性処理まで担当せねばならないとは≫
「男であるシュスター・ベルレーの我が永遠の友は両性具有のエターナ・ケシュマリスタ。女王でしたね。傍若無人に強いザセリアバには二歩ほど劣りますが、近衛兵として何の問題もない強さを誇るラティランクレンラセオ。カレンティンシスは近衛兵には遠い位置にいます。そして両親を同じくする兄弟に無性がいるランクレイマセルシュは両方の性を持つ可能性は皆無……祖先の “人間” が強いのだとばかり思っていたのですが、もしかして」
「行け。デ=ディキウレ」
彼は領地では「帝星に愛人を囲っている」と言い表向きは愛人を囲っていたがそれは置かれていただけのもので、実際は彼が愛人であった。テルロバールノル王を愛人にしていた帝星にいる女。それは皇帝ディブレシア以外にいない。
≪お前は真実を知るだろうかな、デウデシオンとやら≫
≪……貴様の皇帝陛下が閨から御呼びだぞ、ウキリベリスタル≫
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