繋いだこの手はそのままに −52
 ロガから頼まれたベッドを背負って、向かいの肉屋のシャバラとロレンに『ここ、ポーリンさんのお宅ですよね』と訪ね、ロガから古くなったベッドを持っていくように頼まれた事を告げて、身をかがめて小さな入り口からキャッセルは侵入していった。
「おっ届け物にあがりました! キャメルクラッチと申します!」
 声に聞き覚えはあるが、何時もとは全く違うその喋り方に、
「兄よ……」
 弟であるタウトライバは額に手を当てて前傾姿勢になる。
「ここに居る時は陛下が付けてくださったありがたき偽名 “キャメルクラッチ” と呼ぶのだ、ポーリンよ」
「畏まりました。でも、それだと名前長いんで、キャメでいいですか」
 キャッセルもキャメルクラッチも大差ないように思えるが。
「仕方あるまい、略すことを許そう。そうそう、先ずはお優しいロガ殿が、ベッドのないお前にと古くなったのを持って欲しいとの言われたので、ここに置くぞ」
 ここまでずっとベッドを背負ったまま会話をしていたキャッセル。
 力の強い彼にとってロガが一人で休むベッドなど、背負っているうちにはいらないようで下ろすのを忘れたらしい。
「本当にお優しいお方で。陛下が愛された方がお優しくて嬉しゅう御座います、やはり陛下は……」
 恋愛体質と名高いタウトライバは、突如頭の中身が嬉しそうに宮殿の花の溢れる中庭を、皇帝とロガが手を取り合って笑って走っている姿を想像して、笑顔になった。タウトライバの中の皇帝シュスタークが若干美化されているのは、言うまでもないこと。
 そんな楽しい想像をしている、足を切った弟にキャッセルは押し殺した声で告げた。
「確かに。それで、帝国軍代理総帥よ。遂に網に引っかかったぞ “ザベゲルン=サベローデン” が」
 彼がここに来た真の目的。
「来ましたか」

*************

 いきなりベッドを持って乱入した帝国側だが、彼等には彼等なりの目的があった。
 ベッドを持ち込んで泊まらせて……というのもあるのだが、それ以上に安全性の確保のために、ベッドの中にリスカートーフォン公爵が持って来た、許可なく開発していたバリア発生装置を仕込んできたのだ。
 ロガを守る事も視野にいれているので、外部動力と組み合わせ連続稼動させることとなった。
 持ち込まれたベッドは、バリア発生装置とそれを維持する外部動力を覆ったものである。キャッセルは部屋から出る前にスイッチを入れて、軽く空に手を上げてポーリンことタウトライバの元へ向かった。
 それを見送った皇帝とロガは家の中に入った。それを監視映像で見守っていたデウデシオンと、
「さて、これでロガの安全も確保できたというわけか。室内の映像を出せ、クリュセーク」
 弟の一人クリュセーク。
 命令どおり、内部映像を出そうとしたのだが、
「閣下!」
「どうした? クリュセーク!」
「映像が映りません!」
「何だと!」
 急いで彼は機器の故障を探る。操作卓を変えたり透過映像用の衛星を変えたりと必死に作業をするが、画面は真黒なまま。
 そうしているうちに、一人の男が部屋に入ってきた。
「帝国宰相。大分前に渡したバリア発生装置だが、ベータ版だったために透視映像不可になることが判明した。だから、こっちに……」
 同じ形のバリア発生装置を持って来たリスカートーフォン公爵。
「……ザセリアバ」

 彼が愛という名の牢獄に直行させられたのは言うまでもない。

*************

 リスカートーフォン公爵はファンシーなる帝国宰相の牢獄で来るべき恐怖を待っている。その前に帝国宰相はしなくてはならないことがあった。ベータ版と最新版の入れ替え。
 このような時に力を発揮するのが、ハセティリアン公爵デ=ディキウレなのだが、
「はっはっはっ! 長兄閣下! それは無理です!」
 彼は無理だと直ぐに告げた。潜入操作を得意とする彼が諦めた理由。それは、
「ボーデン卿が厄介でしてねえ。一度も家に入れたことはないのですよ」
 ロガを守る老犬。
 その老犬、最早戦う事は不可能だが、とにかく人の気配を感じる能力に長けている。
 家に忍び込もうとすると、直ぐにその視線がデ=ディキウレをとらえてにらみ合いになってしまい、下手に動くと老犬が吠える。
 年をとって殆ど吠えなくなった犬が、火がついたように吠えれば周囲の者がすぐに異変に気付く。特にロガは、ボーデンが年をとっているので何時突然動けなくなったりしたらどうしよう! と細かな気配りをしており、ポーリンの世話に向かうなど長時間家を空ける時、近くに住んでいる人にボーデンのことを頼んで出てゆく。
 奴隷は奴隷同士の横のつながりが強いので、過去二度ほどデ=ディキウレが家に忍び込もうとして吠えられ、近所の人がやってきて急いで逃げたという事があった。
「薬で眠らせることとかは出来んのか」
「あの犬は相当な老犬でして、下手に薬を用いたら死ぬ可能性が……それでもよろしければ」
 本当に老犬で、何時死んでもおかしくない犬。
 そのくせ、気配を感じる能力に長けてロガを守る。これ以上ないほどに厄介、それでありながら皇帝陛下のお気に入り。
「やめておくか……デ=ディキウレ、出来る限り内部を撮影しろ」
「了解いたしました」

 悪いのは全てリスカートーフォン公爵ザセリアバ=ザーレリシバということで、デウデシオンはその懲罰へと向かった。

− 以下Gコード≪ヤツ≫ −


 拘束具を着せられ、椅子に固定され牢に入れられたリスカートーフォン公爵ザセリアバ=ザーレリシバは、口拘束具を噛みながら悪態をついていた。
 ちなみに彼がここまで厳重に拘束されるのは、強いからである。
『地球環境復古委員会め! おのれ! おのれぇぇぇ!』
 ケシュマリスタ容姿でも無類に強いリスカートーフォン公爵ザセリアバ=ザーレリシバ。その人殺しの一族の頂点に立つ男は、人殺しは好きだが人を殺しに向かうことはない。
 特にリスカートーフォンの『僭主狩り』責任者を叔父であるビーレウストに一任している。
『ぬおぉぉ! 地球環境復古委員会!! ごあぁぁぁぁ!』
 彼が憎くて仕方ない相手、それは帝国成立以前にあった宇宙連邦の “地球環境復古委員会”
 宇宙に人種や宗教別に移民していった彼等は、それでも手を取り合おうと連邦を作る。当初連邦政府も上手くはいっていた。
 その連邦に “地球環境復古委員会” が設立された頃、人は別の惑星に移って開拓することに慣れ始めたころでもあった。地球から初めて出た頃は、未来への不安から自殺者なども出た他惑星への移民も、その頃には引越しの一部程度までになっていた。
 余裕が出ると、過去を振り返り『過去は良かった』と言いだすものが出てくる。“地球環境復古委員会” はその一つ。
 人類は地球から出てきたのだから、開拓惑星の環境は『環境破壊される前の地球』にするべきだと。
 細かく空中の酸素濃度やら二酸化炭素濃度やらを決めた彼等は、あることにも熱中した。それは「人間が住む惑星には地球に存在していた生物全ても住まわせるべきだ」 
 そして彼らは地球環境を復元した。そう、
「ザセリアバ」
「…………」
 ザセリアバの目の前にあるのは、透明な虫かご。その中にみっちりと詰め込まれている……
『カサカサカサカサ! やめろーー!』
 黒い奴等。
 デウデシオンはそれを膝の上の置いて去っていった。
『やめろぉぉ!!!』
 地球環境復古委員会は≪地球上にある全ての生物≫を復元することに決めた。食物連鎖の関係上の問題だといって。その中には人にとってあまり良くない生き物も存在した。正確には、ザセリアバが生理的に嫌いな虫。
 一部では食用とされ、一部ではペットともされたそれは、一部では黒い恐怖ともされて恐れられた。一匹見つけると三十匹は存在するらしい≪ヤツ≫
 ザセリアバが『僭主狩り』の責任者にならない理由もこれであった。
 過去に一度、ザセリアバは自ら僭主を狩りに出向いたことがある。人を殺すこと自体に何の躊躇いもない男は、わざわざ地上に降りて一人一人を切りつけ、向かってくる“過去の同族”を殺していったのだが……それは死体回収の際に現れた。
 ザセリアバが殺しに向かった土地は特に≪ヤツ≫が多かったせいもあるのだが、死体を検分しようとした時、死体に≪ヤツ≫が群がっており……ザセリアバは気を失った。惨殺死体も焼死体も水死体も平気なのだが、それがついていると駄目なのだ。

 それ以来「外で殺した死体」の検分を一切しなくなった。
 
 リスカートーフォン公爵ザセリアバ=ザーレリシバは虫自体があまり好きではなかった。死体を見るのが多い一族にとって、致命傷と言えば致命傷。おまけに耳も良いので、
『うぉぉ! 羽の擦れる音がぁぁぁぁ! 助けてくれぇぇ!』
 一人、聴覚と視覚で拷問されていた。

「どうした? ビーレウスト」
「ああ、エーダリロク。なぁんか、甥っ子が叫んでるような気がしてな」
「また、帝国宰相にやられたんじゃねえの? 夏の季語」
「夏の季語だろな。カサカサカサカサ」
「あれだけは、お前の甥っ子面白いわ」

当人はそれどころではないのだが


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