繋いだこの手はそのままに −23
 皇帝陛下が天然なる愛を育まれている最中……
「“もなか” ではない」
「突然何を呟いているのだ、帝国宰相」
「黙れ、ロヴィニア王。私とて呟きたかった訳ではない」
 帝国宰相とロヴィニア王が顔を付き合わせていた。仲の良くない二人が顔を付き合わせている理由、それは先日シュスタークと会話し作る許可された「装飾品」が両者出来上がった為、選別を行うことになった。
 帝国宰相の予想通り、ロヴィニア王は他の三王に言いふらし、その後『我々にも献上させろ!』と詰寄られる帝国宰相。その後、切れて叫んで倒れてちょっと武力行使が行われ、三王達には贈り物を包む布を各自用意し皇帝に選んでいただくこととなった。
 皇帝に献上する装飾品。シュスタークは漠然と装飾品をロガに送りたいと言ったので、ロヴィニア王はそれは多数作ってきた。
 あまりにも大量に作ってきたので帝国宰相と王が二人で選んだ後に皇帝の前に出して、最終的な判断を下していただこう……というものなのだが。それらの品を見て、デウデシオンの表情は曇った。曇ったというよりは、怒気が篭った。
「ロヴィニア王よ……」
 ただ、帝国宰相の怒気が篭った声など日常茶飯事なので、ロヴィニア王は全く気にせずに自らが命じて作らせた装飾品を自慢げに語る。
「どれもこれも美しかろう? 細かい金鎖を編み合わせたもので強度は中々だ。陛下の生態データは登録されていないから、お力で開く事になるが。陛下のお力であれば問題なかろう」
「ランクレイマセルシュよ……」
「どうした、帝国宰相」
 ロヴィニア王が持ってきた装飾品を鷲掴みデウデシオンは立ち上がった。その勢いで椅子が後で倒れた、そんな事二人は気にせずに
「貴様! 何、拘束具作ってきたんじゃ!」
「奴隷にくれてやる装飾品ってのは、拘束具の事だろが! 拘束して脚開かせるんだろ?」
 怒鳴りあいが始まった。
 ロヴィニア王が作ってきた装飾品は全て『足枷』や『手枷』ばかり。
「貴様と違って陛下はそんなもの興味ない! ご存知すらない! こんな汚らわしい物体を作って献上するなど」
「だったら、始めてお使いしていただこうか。奴隷がつけていい装飾品は足枷のみ、その足枷も主人の気が向くままに開かせて固定して、お……」
 一般的に身分の高い者が奴隷に対し装飾品を与えるというのは、その身体を自由にさせろという意味を持つ。“抵抗など無意味だ” その意味をこめて足枷を与え、装着させる。
 足を黙って開いて従順に抱かれていればいい、そういった意味合いが強い。
 勿論シュスタークはそんな事、知りもしなければ考えたこともない。そして贈ろうとしていたのも普通の装飾品。
「それ以上喋るなぁぁ! 汚らわしいぃぃ! 私に向かってその行為を口にするとは、挑発か? それとも挑戦か? うぁぁぁ!」
 潔癖症というか、アレが苦手なデウデシオンが丹精込めて育てた皇帝が『手足を鎖と枷で拘束して奴隷を思うがままに蹂躙』などという事を考えるはずもないのだが、ロヴィニア王は悪びれもせずに喋り続ける。
「黙れ! 貴様がそうだから、陛下が晩生すぎるのだ! あの奴隷で試せればよかろうが! その為に通わせているのであろう? 少しは性に対して奔放になっていただかないと、何一つ始まらん! 大体、陛下の半分はロヴィニアで出来ておるんだぞ! ロヴィニアの血を引いて二十三歳であれば、子が二百三人いてもおかしくはない! 犯させてしまえ。足を開いて固定して、どうぞとあ……」
「うあぁぁぁぁ!!!!」

デウデシオン・トラウマ+凶暴化スイッチ ON

 デウデシオンは子供の頃に母親に襲われて以来『二度と襲われてなる物か!』と自らを鍛えた。結果、彼は非常に強くなった。元々才能があった事は当然だが、彼自身の鬼気迫る努力により才能以上の物が彼には備わった。
 その才能以上が何なのかは科学では説明できないが、とにかく彼は強くなった。摂政に、そして帝国宰相に任じられなければ近衛兵団団長におさまっているのは確実と言われている。
 現リスカートーフォン公爵も『あの男とはサシでやり合いたくない。強いわ何してくるか解ったものじゃないわ。勝てない可能性の方が高い』と絶対決闘を拒否する構えを見せるほど。
 ただ、デウデシオンの性格を知っている近衛兵団団員は、彼が永遠に宰相である事をひっそりと、だが強く全員が望んでいる。デウデシオンの性格、厳し過ぎるのだ。その点現団長であるタバイは優しい所もあるので、出来ればこのままでいて欲しいと彼らは願っていた。
 切れた宰相に捕まったロヴィニア王は、愛という名の牢獄に放り込まれはしたが、自分が悪い事をしたとは全く思っていないのでまだ叫ぶ。
「ちょっ! 出せ! 宰相! 貴様だって、奴隷腹でもいいからたくさん子供産ませる気なんだろうが!」
 彼の認識は特殊なものではなく、他の王達も同じ認識で皇帝の『奴隷通い』を黙認していた。そしてロヴィニア王が露骨なのではなく、むしろ晩生な皇帝の従兄にあたる彼は皇帝の事をよく理解していた。他の三王など既に皇帝はロガと通じているものだと思っていた程。
 『奴隷はそろそろ孕むであろう。それを機会に妾妃に迎え入れるのだろうな。できればその奴隷が庶子であっても娘を産んでくれれば。その際は、是非とも我が息子の妻に! ……いや、自分の妻にするか?』 と牽制しあっている状態。
 まさか、孕むもなにも手もろくに握っていない状態で、自分がロガに対してどう思っているのかも理解できていないとは彼らは考えてもいなかった。
「黙れぇぇぇ! 今はどうでもいい! 私は、私は……私は」
 そしてロヴィニア王が言った通り、男女の関係に宇宙で最も嫌悪感を抱いているに違いない宰相が育てた事も関係している。
 だがデウデシオンも自分がこの状態であり、それが皇帝陛下に影響してはならないと、男女の区別なく部下とし表面上は普通の接している姿を見せていた。そのあまりに公私を分けた……彼にとっては女性と会話するのは公だけなのだが、兎に角見事に公私を分けた態度を見て、皇帝はそれに倣った。
 結果、どれ程可愛いと思ったり興味を抱いても、侍女には一切手を出さないことを決め、それを実践する。彼女たちは仕事をしているのであり、そのような対象にみてはいけないと理解した為だ。
 それは非常に良い事なのだが、シュスタークの周囲に『仕事をしている女性』以外が近寄る事は先ずない。
 その仕事をしている彼女たちにシュスタークが声をかける事は殆どない、仕事の邪魔になるとデウデシオンを見て知った為。
 全く女性と会話しないまま成長させてはいけないと、デウデシオンは次ぎにタバイ、タウトライバの妻を皇帝の話相手として呼び寄せた。
 が……話が続かない。
 皇帝もなのだが、二人の妻も口が開かないのだ。彼女たちは普通の貴族の家の出で、皇帝陛下と会話するような家柄に生まれたわけではない。
 夫である皇帝の庶子との結婚も、彼女達の周囲は『身分違いだ、やめた方がいい! 辞退させていただいた方がいい!』と誰もが口を揃えて言うような家柄の出であって、皇帝陛下とお話するような教育は受けてこなかった。
 最近になって彼女たちも何とか会話できるようになってきたが、それでもぎこちない会話が続く。
 話させないよりかはマシであろうと、四大公爵や皇王族の老王女達とも会話をさせた。さすがに王女達は流暢に皇帝との会話の時間を作るのだが……内容は、昔話。生臭くなくとも男女の会話をして欲しいデウデシオンと、昔話に花を咲かせ続ける老王女達。その老王女達の昔話を黙って聞いてやる皇帝……そんな物をデウデシオンは望んでいたわけではない。
 その他色々やったのだが、男女関係が苦手なデウデシオンの策と天然皇帝の性質が相まって、全く効果がなかった。
 皇帝が晩生なのは言われなくてもデウデシオンが最も良く知っていた。少しは皇帝に強引さを持って欲しいとも思っている。その打開策は自分ではなく、四大公爵の当主の方が持っている事も知っている。だが、ロヴィニア王の持ってきた、拘束具で手足を押さえて……は、デウデシオンには我慢ならなかった!
「先に貴様のほうを壊してやる」
 昔、実母に両手足を拘束されて**が***て***を***た***された男に向かって言ってはならない台詞。
 ちなみにロヴィニア王は、デウデシオンがどんな目にあったのか? 正確な事は知らない。
「壊すなんざ言っちゃあいねえだろうが! デウデシオン・ロバラーザ・カンディーザーラ」
 知った所でこの手の発言を控えるようなロヴィニア王ランクレイマセルシュではないが。
 切れたデウデシオンは、長きに渡る攻防によりランクレイマセルシュの熟知した弱点を突くことにした。デウデシオンの弱点は、皆が知っている所だが。
「だぁまぁれえええ! 出てこい、拷問部隊」
 デウデシオンの声に数名の人間が椅子を持って現れた。そして数名の者が、愛という名の牢獄の前にカサカサしたシートを敷く。
「ちょっ! やめ! 貴様等! 顔隠しおって!」
 顔を全て覆い隠した者達はそのシートの上に椅子を置き、座った。
「拷問開始!」

「やめろーー!」

 デウデシオンの号令の元、拷問部隊の者達は一斉に始めた……貧乏ゆすりを。
 そう、ランクレイマセルシュは貧乏ゆすりが何よりも嫌いだった。あの小刻みな振動、そして途切れない音。わざわざ音を立てる為にシートの上椅子を置き、延々と足を小刻みに揺する者達。目を閉じても聞こえ、耳を閉じても身体に届くかすかな振動。
「やめろ! 貧乏ゆすり! やめろぉ!」
 彼の絶叫が響き渡る中、皇帝の持参する装飾品はデウデシオンが発注させた「琥珀のネックレス」となった。
 それを包む布に関しての大騒ぎは、鬱陶しくも何時もの事なので割愛させていただく。


novels' index next  back  home
Copyright © Rikudou Iori. All rights reserved.