繋いだこの手はそのままに − 233
 落下したラティランクレンラセオを追ってデウデシオンが降下し、一人宇宙に残った『マスク・オブ・儂』ことカルニスタミア。

―― さて、それでは

 ラティランクレンラセオへの復讐はデウデシオンに譲り、別の目的を果たすために、威力を最小にして銃を構える。
『儂からの祝砲じゃあ、受け取れ!』
 狙いはビーレウストが配置された衛星。
 カルニスタミアが装備している銃は、元々殴り合いと殺さないことを前提としていたので、殺傷力は低い。
 ビーレウストが配置された衛星は軍事衛星なので、ある程度の防衛機能はついているが、基本値が全く違うので二発目を食らったら、軍事衛星は破壊されてしまう。
「ちょっ!」
 一撃目で慌てているビーレウストの声を聞き、カルニスタミアは音声を切って、己の耳だけで声を拾えとばかりに話かける。
「兄貴の愛人になるそうじゃな」
 ただカルニスタミアの言葉は拾えても、ビーレウストの言葉が届くことない。
「ちょっとまて! 通信しろよ! いや、情夫はいいだろ!」
「兄貴と貴様の関係をとやかく言うつもりはない。じゃから祝砲じゃ。次ぎからは前回、陛下の前で兄貴が暴行されていた映像をばらまいたことに関する腹いせじゃ。効果的であろうが、認めようが……先程の帝国宰相と同じで、腹が立つのは腹が立つ。じゃから、撃つ!」
「ちょっ! カルニスタミア!」
 政治的判断やらなにやらを吹き飛ばし、弟として撃つカルニスタミア。
『さあ、データを採取するがいい!』
 照準をわざと外して、急接近して腕に装備されていた湾曲した特殊合金で作られた”カッターナイフ”で軍事衛星真っ二つ。
 寸分の狂いもなく中心から二分割された軍事衛星を前に、
「……あれ、誰が弁償するんだ?」
 叔父の心配よりも先に費用の心配をしたのはザセリアバ。他の物ならばまだしも、軍事関係の品は《やばい》とすぐに考えてしまうタイプ。
「お前だろ、ザセリアバ」
 どれ程自分が悪かろうが、進んで払おうとはしない男ランクレイマセルシュが何時も通りに責任を押しつける。
「なんで我が弁償せねばならんのだ! ランクレイマセルシュ」
「あの衛星にお前の叔父がいたことが原因だろ」
 ここにいる三人に先程の会話は当然聞こえてはおらず、恒例の押しつけなのだが、今回ばかりは”正答”であった。ただし何時も押しつけているので、誰も黙って受け入れたりはしない
「関係ないだろう!」
「ではカレンティンシスだ。お前の弟が」
「あれは儂のカルニスタミアではない! マスク・オブ・カルニスタミアじゃあ!」
「同じじゃねえかよ!」
「全く違うわい! 儂のカルニスタミアはなああ!」

 事態の収拾が見込めない王三人と、崩壊してゆく軍事衛星から逃げだそうと移動艇に向かうビーレウスト。その移動艇を撃ち抜くカルニスタミア。

『タバイ兄さん。これで良いんですね』
「事態は無事……こらっ! キャッセル」
『宇宙が大変なことになってます。行きますよ、タバイ兄さん』
 この時点でキャッセルが異変に気付き、肩近くにいたタバイを掴んで宇宙へと飛び上がった。
「待て! キャッセル。私を握っ……!」

―― そうですよ、キャッセル兄さん。恋人の逢瀬、要するに抱き合っているシーンに邪魔者は置いていってはいけません。持ち運んで撤去するのが脇役の仕事です ――

 極度のロマンチスト、タウトライバの言葉を曲解することなく、正面から受け止めた結果、大気圏から脱出する当たりでタバイは異形化し、キャッセルが握っている手から逃げ出して、
「――!」
 角も復元された頭を抱えて、口はないが全身で咆吼を上げようとしたのだが、壊れた軍事衛星と銃を持って漂っているビーレウストの姿を発見し、近衛兵団団長として助けに向かった。
 宇宙空間も難なく移動できる翼で近付き、ビーレウストを回収して大気圏近辺まで連れて行き、エーダリロクがいるポイント目がけて叩き落とす。
「待て、団長! 人間は誤魔化すの面倒なんだって。まさか生物が叩き落とされるとは思ってなかった。間に合うか!」

―― 空から人殺しが降ってきた☆

 と、一部皇王族が確認してしまったが、帝星に住む臣民たちの目に映ることは避けられた。皇帝再来の名を持つ皇帝と奴隷皇后の目出度い結婚式の最中に、この上なく縁起の悪いエヴェドリット容姿のリスカートーフォンが帝星大宮殿に降ってきては、宇宙を包む幸せムードが萎んでしまうというもの。
「安心しろ、ビーレウスト。完全に臣民の目は誤魔化したぜ」
「……手間かけたな」
 エーダリロクの背後に見事に落下したビーレウストが起き上がり後ろから肩を抱き込んで、画面を見つめる。
「ビーレウスト、焦げ臭いけど大丈夫か?」
「平気だ。露出してた皮膚が焼けただけだ。主に顔がな」
「そっか」
 エーダリロクが振り返ると、ビーレウストの顔は焼けた皮膚が既に再生を始めていた。
「あれ? ビーレウスト、どこか痛いってか、脇腹どうした?」
「団長が急いで落下させようとして、殴りつけてくれたんだが、これがまた……痛くてな。内臓全部逝ったな」
「そりゃ大変だ。異形化した団長は手加減してもまずいもんな」
「本当によ。あだだだだ……」
 タバイは機動装甲同士の戦いにビーレウストが巻き込まれたら一大事とばかりに、急いで落下させようという親切心からの負傷。
「治療器入るか? 一応稼働させてるから」
「じゃあ入る。あ、イテテテ……」
 飛び込むように治療器へと入り、ビーレウストは意識を手放した。

 そんな外傷に強い一族を叩き落とし負傷させたタバイだが、この二人の戦いに割って入ることはできない。
『帝国最強騎士、お相手願おう』
「マスク・オブ・ライハ……ではなくて、マスク・オブ・儂か。相手にとって不足はなさそうだ」
 タバイは止めたいと願えども、機動装甲同士の戦いを阻止することはできない。仕方なしに壊れた軍事衛星の破片が漂わぬように回収にあたって、周囲を見ないことにした。
「銃撃は不可で」
『それは好都合』
 両者拳をつき合わせ、飛び退き戦闘を開始する。

 《帝国最強騎士》について、明確な規定が設けられたのもこの時代である。
 脊椎核が十個以上から名乗ることができ、十個未満の物は、他者よりも抜きん出ていようが決してその地位につけないこと。
 皇帝や皇太子はその地位に就けない。王や王太子も同じく。
 この時代キャッセルに次ぐのはラティランクレンラセオ、その次は脊椎核の数でカルニスタミアとシュスターク。そして五番目にキュラティンセオイランサが位置していた。
 第五代最強騎士キャッセルが任務遂行不可能になった後、キュラティンセオイランサが六代目に収まったのはそのように定められていたためだ。
 帰還率が定められたのもこの時代。それまでは機体の破損率により帰還は個人の能力で”まちまち”であったが、それを一律15%と明確に表記。
 様々なことが決まった時代は、戦争の激化を物語ってもいた。

 装甲を弾き飛ばし、己が戦っているのと同じように殴り合い、そしてカルニスタミアの機体の破損率が10%になったところで無言で離れ、
『さすがに強い』
「白兵戦ではこうはいかないだろうけどね」
『失礼いたします』
 マスク・オブ・儂ことカルニスタミアは充分なデータを採取して去った。
 ちなみに軍事衛星の修復費用はエーダリロクとビーレウストとカルニスタミアの個人資産から出すことで王たちが勝手に合意している。
 カルニスタミアを見送ったキャッセルが
「兄さん、戻りましょうか」
「……」
 タバイを掴んで帝星へと帰還。タバイはこの先数日は陛下の挙式に並ぶことができないが……それは致し方ないことであろう。突然の欠席者はタバイだけではない、ラティランクレンラセオもまた暫く欠席となる。
「ガルディゼロ侯爵閣下!」
「王は無事だよ」
 ラティランクレンラセオを連れ帰ったキュラは、あの場で幸せ一杯に抱き合っていたデウデシオンとザウディンダルを思い出し不機嫌になり、

「ぎひゃはははは! ききききひゃはあひゃひゃっひゃひゃっひゃっあ!」

 ラティランクレンラセオの笑いは収まらず。
 式典の関係もあるので、決着をつけなくてはならない王三名は、
「結果として帝国宰相が勝った……に異論はないな?」
 ランクレイマセルシュが宣誓するように手を掲げて発言し、
「そうじゃな」
 カレンティンシスも同じように宣言する。
「勝ちは勝ちだ」
 最後にザセリアバも手を掲げて宣言して、互いの顔を見て頷き合い、ラティランクレンラセオの代理として皇后同意書に連名でサインを終え、こうしてロガは王たちの同意を得て『ロガ皇后』となった。

**********


 荷物が片付いた夜の皇君宮で、
「君が信用するもしないも自由だがね、フォウレイト」
「……」
 皇君とフォウレイト侯爵が向かい会って座っていた。
「アイバリンゼンが来たようだね」
 人気のない宮では近付いてくる足音がはっきりと解る。皇君は立ち上がり、自ら扉を開いて、フォウレイト侯爵を手招きして呼びよせる。
「アイバリンゼン」
「皇君殿下」
「君の娘は無事だよ。これからも似たようなことが起こるであろうから、デウデシオンと協議したまえ」
「ありがとうございました」
 ダグルフェルド子爵が頭を下げ、フォウレイト侯爵も倣い、皇君は黙って扉を閉じて先程まで座っていたソファーの脇を通り抜けて窓から外へと抜けて、
「もう帰ったよ、キャッセル」
 庭で待っていたキャッセルに声をかけた。
 キャッセルの足元には黒い大きめで歪な形の袋が置かれている。
「その死体袋に入っているのは、逃げた奴等かね」
「はい。ブラベリシスが皇君さまに殺されているときに逃げた奴等です。デウデシオン兄のお姉さまに酷いことするからこうなるのです……ですよね」
「そうだね。全くブラベリシスめ、身の程を知れと。助かりたい一心でデウデシオンの異母姉を手に入れようとするとは。キャッセル、何時も通りその死体を片付けたら戻って来なさい」
 キャッセルは死体袋を担いで近くの内海へと近付く。
 波の音を聞きながら、死体袋を担いで歩く、昔と変わらない子供のようなキャッセルを眺めていた。
 片付けを終えたキャッセルが、走るでもなく歩いて戻って来て、そのまま皇君と寝室へとはいる。いつもと変わらず皇君が椅子に座り、キャッセルは足元に置かれているクッションに腰を下ろした。
「……」
「……」
「こういう時は、遊びに行っても良いですか? と聞くものだよ、キャッセル」
 キャッセルは皇君がこの宮を出てゆくことは知っている。ラティランクレンラセオにオリヴィエルを追加投与したのは、実際のところは関係無い。
「遊びに行っても良いですか?」
「来たかったらおいで」
「”来たかったら”行きますね」
「やれやれ。立ちなさいキャッセル。ベッドへ移動するよ」
「はい皇君さま。そうそう、お別れですね」
「そうだね」

 翌朝、皇君は侍従長によって起こされた。
「君が起こしにくるなど、余程のことがあったようだね」
「陛下と后殿下……いいえ皇后が」
「何事かね」
 皇君はまだ眠っているキャッセルの眦にキスをしてベッドから降り、ガウンを羽織って急いだ。
「着換えは」
「陛下を待たせるわけにはいくまい。平素ならば失礼な格好は避けるが、今日も挙式だ。時間がない」
 ゆったりとどれ程危機的状況でも急くことなく歩く皇君だが、この時ばかりは侍従長を置き去りにするほどの速さで進み、召使いたちが着換えを持って立っている扉の前で”離れろ”と指示を出して、息を整える儀式として深呼吸して扉を開かせて、
「如何なさいました、陛下」
 ”いつもと変わらない皇君”として姿を現した。

「余と一緒に暮らそう!」

 皇君が予想してもいなかった言葉。それが傍に立つ、シュスタークの姿に隠れてしまいそうなロガの発案であることは解った。
「皇君さま……あ、陛下」
 何事か? とやって来たキャッセルの姿を見て、
「キャッセル? …………余は知らなかったが、皇君とキャッセルは恋人同士だったのか!」
 シュスタークは複雑ながらも喜んだ。
「我輩とキャッセルはそのような。ガウンを持て」
 皇君は手を二度叩き、ガウンを運ばせる。
 キャッセルは皇君の耳元に”全裸はまずかったですか?”と尋ねる。
「そうなんです、陛下。私と皇君さまは恋人同士なんです」
 皇君は”当然だ”と笑いを含んだ声で返事をして、キャッセルの肩にかけてやる。
「ではキャッセルからも頼んでくれ!」
「なにをですか?」
「皇君宮、今日からは皇后宮となるここで一緒に暮らそうと説得しておるのだ」
「皇君さま、陛下に説得なんてさせるほど頑なに出て行こうとしなくても。折れるべきところではあっさり、ぽっきり、ぱっきり、枯れてる大人らしく折れてください。皇后、こちらを向いても大丈夫ですよ」
 皇君とは違うモスグリーンで、裾を引きずるガウンを着たキャッセルが、全裸に驚きシュスタークの影にかくれてしまったロガに声をかける。
「我輩はたったいま聞いたのだが、それでも我輩が悪いのかね? キャッセル」
 皇君は黄金髪を右手でかきあげて笑う。その笑いには毒気も狂気もなく、ただ楽しげに《困ったな》と。
「もちろん」
「あの! 私からもお願いします。一緒に暮らしましょう」
「舅と一緒に暮らすというのは、息が詰まると思いますが」
「そんなことありません!」
「大丈夫ですよ、皇君さま。皇后の息が詰まるようなことがあったら、あの有能な女官長さまが、さっさと皇君さまを叩き出しますから」
「それはそうだね」
「半分だけでいい。余がいる帝星に半分、あとの半分は自由に暮らしてくれていいから。出ていかないでくれ」

―― お前はもう用無しだ、ザンダマイアス。大宮殿から出て行ってよいぞ ――
「皇帝と皇后にここまで請われて、出て行く愚か者もおりますまい」

「ありがとう! ロガ!」
 シュスタークは喜びを露わにしてロガを抱き上げて、くるくると回る。
「ナイトオリバルド様」
「言って良かった! 良かった!」
「陛下、回し過ぎです。后殿下……じゃなくて皇后の目が回ってしまいます」
「あ! すまんロガ」
「いいえ」
 床に降ろされたロガは、足元がおぼつかなく、黙って立っている事ができない状態ではあったが、具合は悪くなかったのでもう一つの目的を告げるため、必死に皇君に近付いた。
「大丈夫ですから、ナイトオリバルド様。あの……皇君様ちょっと……」
「はいはい。なんで御座いましょう?」
「ソファーかなにかあったら、横にならせて欲しいのです。そこまで連れていってください」
「畏まりました。キャッセル、陛下をテラスにご案内しなさい。陛下、我輩が皇后をお連れしますので、そちらでお待ちを」
「わかった。ロガあのな……」
「喜んでもらえてとても嬉しかったです」

「皇后、陛下は少し離れました。なにか我輩に?」

「気付いてもらえて良かったです」
「お褒めにあずかり光栄です」
「あのですね。挙式の間にケシュマリスタ王と会いたいのです。陛下や帝国宰相閣下には内緒で」
「理由は聞きませんが、会わせたくはありませんな……ですがその表情からすると、我輩の意見など聞き入れてはもらえませんでしょうなあ」
「どうしても、私一人で会う必要があるのです」
「我輩とキャッセルが護衛に付くことを許して下さるのでしたら、二日後にでも会えるように取り計らいましょう」
「お願いします」

「皇后、朝食の用意が整いました」

―― お前はもう用無しだ、ザンダマイアス。大宮殿から出て行ってよいぞ ――

「貴方様から用無しと言われた我輩ですが、陛下と殿下にまだ必要とされておりますので、残ることに致します。死者皇帝よ、生者皇后の勝ちです。完全勝利といっても良いのではないかと、我輩は思います……もっとも、貴方様は勝ち負けすらどうでも良かったのでしょうが」

 皇君は手に中和剤を持ち、ラティランクレンラセオに付き添っているキュラティンセオイランサの元へと足を運んだ。


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