繋いだこの手はそのままに − 229
ビーレウストがラティランクレンラセオやカレンティンシス相手に騒いで居る最中、
「よぉ、カルニス」
「抜け抜けと……言ったところで無意味じゃが」
エーダリロクはカルニスタミアを呼び出していた。
「そうそう」
「無意味だが言っておく。よくも抜け抜けと”会いたい”などと言えたものじゃな」
夕べの園を抜けて巴旦杏の塔が見える場所で立ち止まる。
「当然」
「それでなんの用じゃ? いまはヴェッティンスィアーンの主催の時間じゃろう」
「俺いなくても大丈夫だからな」
「そんなことは解っておるが、聞くのが儂等じゃ。それで、儂に何用じゃ? このような場所に呼び出して」
「お前が簒奪する時に協力するって言っただろ」
「なるほど。貴様になぞ協力してもらうつもりなどない! ……そう言うとは考えんのか?」
「ないね。本気で簒奪するなら、俺の協力は不可欠だ」
あの暴露の仕方は褒められたものではないが、ロヴィニアらしくもあった。あの情報をあの場所であの形で使うのが最も効果的だろうとカルニスタミアも思う。それが自分にできるか? と問われれば「しない」と即座に答える。「できない」ではなく「しない」それがカルニスタミアという男であり、テルロバールノル一族。
「そうじゃな。それはまた今度にして、貴様は兄貴があのような拷問をされていた詳細は分かるか?」
「それを伝えにきた。お前のお兄さまは言わないだろうし、お前は言わせないだろうからなカルニス」
「解っているのならば、さっさと説明しろ」
「あれは全部ラティランクレンラセオの仕業だ。驚きはしねえだろ?」
「たしかに驚きはせぬな。それ以外考えられんからな」
「僭主襲撃中にザウの身に起こったことのまとめだ。詳細はもう手に入らねえなあ。帝国宰相様が”ぎゅっ”と」
経緯がまとめられたメモパッドを渡す。
ザウディンダルの身に何事が起こったのか、カルニスタミアは怪我の関係で殆ど聞いていなかった。
「妊娠……な。兄貴で試したのじゃな」
ざっと目を通してこの先も、ザウディンダルが言ってこない限り尋ねることはない。
要点のまとまっているメモを読み終えて画面を消しエーダリロクに返す。
「そういうことだ。キュラの方が詳しいだろうが
「キュラから聞き出すつもりはない。あれの立場があるからな」
「俺はいいのかよ」
「貴様の立場なんぞ知るか」
確かに人に聞かれて困る話ではあったが、これは何れ現実になることなので語ることに抵抗はなかった。
少し前までは考えることも拒否したくなるようなことだったのだが、カルニスタミアは頭の中で具体策を考え、すでにリュゼクに打診し、まだ答えはもらえていないがキュラティンセオイランサにも明言した。
覚悟が決まったカルニスタミアに恐れるものはない。
揺れる木々の葉のざわめきと、光に照らされる黄金の庭。
「……エーダリロク」
「なんだ?」
「儂が幼児退行したのは知っておるよな」
「もちろん。俺に嬉しそうにセゼナードか、って声かけてきた」
「そうか……儂はその際にラヒネに会って、ヤツを殺して記憶を得てきた」
「お前はそういうの一番拒否しそうだと思ったんだがな」
「やはりお前は儂のなかにラヒネがいることに気付いていたか」
「まあな。ザロナティオンは”かつて自分の中にいた他人”にはすぐに気付く。陛下の時もそうだった」
「なるほど。それで、儂もラヒネ殺すつもりはなかった。だがな、殺さなくてはならない事態に陥った」
「記憶の中で何が起こった?」
「儂の中にラヒネがいた、そのラヒネを留まらせる存在がいた。あのラヒネの全てを欠片だけで留めていた人物。グラディウス・オベラ・ドミナス。ザウディンダルの藍色の瞳の元となった人間の少女、帝后グラディウス」
「俺は感じたことはねえが」
「お前にはザロナティオンしかないから、記憶を定着させるのに……。まずは聞いてくれ」
「解った」
「儂はラヒネと話をしていたら泣き声が聞こえてきた。泣き声は帝后の物で、儂は帝后にラヒネと仲良くするから泣くなと言い、帝后はそれに満足して消えた。ラヒネは儂に自分を殺さなければ帝后も消えない、帝后を殺せば自分は消えると言った」
「帝后が消えてもラヒネは消えなかったんだな」
「そうじゃ。そこで儂等にある記憶が流れ込んできたのじゃ。その記憶は《決して帝后は持ち得ない》ものであった」
「どんな?」
「《ケシュマリスタ王国軍中佐のシルバレーデ公爵ザイオンレヴィが血を流して倒れている》ところじゃ」
シルバレーデ公爵ザイオンレヴィは帝后グラディウスの夫にあたるサウダライト帝が貴族時代に儲けた息子で、二代皇帝デセネアと同じ顔で、彼女以上に”幽し月光”の如き雰囲気を持っていた、一目見ると誰もが女と勘違いするような男だった。
「混同してるんじゃないのか? あの顔、わりと多いだろ?」
「儂の頭に”ザイオンレヴィ”だと、見ている人物の声が響いた。その声の持ち主、かのマルティルディ王」
「どうしてマルティルディの声が? 記憶が伝わるのだけでも怪しいってのに、マルティルディは記憶を継ぐべき後継者を残せなかっただろう」
皇帝サウダライトの主で、帝后グラディウスがお気に入りだったケシュマリスタ王マルティルディは、実子に跡を継がせることはできなかった。
彼女の血は彼女の代で途絶えたのだから、彼女の記憶は繋がることはない ―― 筈なのだが……。
「そもそも帝后が大宮殿にやって来た頃、シルバレーデ公爵ザイオンレヴィはすでに王国軍の大佐であった。あの男はマルティルディの夫に疎まれておったが、夫はザイオンレヴィを降格する権限はもっておらぬし、記録にも残っていない」
「お前ケシュマリスタに詳しいな。ザイオンレヴィを嫌ってた夫の手記でもあんの? お前の実家」
マルティルディの夫はテルロバールノル王子イデールマイスラ。
「儂が何年ケシュマリスタにいたと思っておる。それとイデールマイスラの手記はない。あったとしてもマルティルディに言えなかった気持ちを綴った、読んだ儂等が落ち込むような物しか残さんであろうよ」
「確かに」
カルニスタミアは右手を持ち上げ夕べの園を指さす。
「マルティルディは”黄金の林檎”を作ったようだ。自分の血と、生涯触れることのなかった男ザイオンレヴィとの血を使って」
※ ※ ※ ※ ※
「それで良い。君にあげるよ黄金の林檎。美味しいよ」
受け取ったあの子は、満面の笑みを浮かべて言うんだ。
「ほぇほぇでぃ様! ありがとうございます!」
そしてあの子は服で林檎を拭き、口いっぱいに頬張った。うん、それで良い。君は林檎を飾るような愚かな人間じゃない。
「おいひいれふ」
黄金だろうが、高価であろうが、希少価値が高かろうが、君は食べればいい。黄金の林檎は君の血となり肉となり、そして何れ次代皇帝となるだろう。
※ ※ ※ ※ ※
「その黄金の林檎を帝后が食べたと?」
「そうとしか考えられん。そうでなければあの記憶を儂はどうやって帝后から引き継ぐのじゃ? そして帝后以外の誰が渡すことができるのじゃ」
「食ったのは同意する。俺が同意する理由はあとで説明するが、カルニス説明してくれ? どうしてマルティルディが黄金の林檎の作り方を知っていると信じた。あの作り方はロターヌ以外には知らない筈だ」
「ロターヌの記憶がどうにかして引き継がれていたようだ。引き継ぎ方法は出産」
カルニスタミアは右腕を下ろし、今度は左腕を上げて巴旦杏の塔を指さす。
「巴旦杏の塔の再建を命じたのはディブレシア帝。ディブレシア帝はザウディンダルを産んで、両性具有が持っている記憶を手に入れたのじゃ。マルティルディが記憶を手に入れた方法も同じじゃよ。マルティルディの血にその記憶が残っておった」
「……」
「儂はずっと不思議に思っておった」
「なにが?」
「なぜ両性具有”を”隔離するのかと。両性具有を根絶するのであれば、両性具有の両親も隔離するべきであろう? 違うか。だがそうはしない、両性具有のみを隔離し、産んだ方は特になにもない。本当に変わらぬ扱いのままだ、だから産んだ方が特別な知識を得ているとは誰も考えぬ」
「ああ、そうか……そういうことか。両性具有その物は廃棄物扱いなのか。だからあの処理場があると」
「そうでもないのじゃ」
「は?」
「瞬間移動能力者は暫定ではなく、皇太子に確定する。この根本は両性具有にあるのじゃ」
「ますます解らねえな」
「両性具有は決して瞬間移動が出来ぬそうじゃ。だから瞬間移動能力を持つものは、それだけで両性具有ではないと証明できるのじゃと。《神殿》は両性具有を隔離しないから解らぬ。そして《神殿》の入り口の扉は入ることも出ることも”自分で出来る”が、両性具有処分場は入ることは出来ても、出ることはできない。出る場合は外に人を置いておかない限り不可能だ。じゃが瞬間移動能力者であれば、それは可能。両性具有を処分する者は完全なる皇帝であるべきだろうと、処分場が作られたようじゃ」
「オードストレヴ帝が第一子を廃嫡して、ヴィオーヴ帝を立太子できたのはそれか」
暗黒時代よりも前、いま全ての事象を繋いでいることが判明した帝后が生まれるよりもずっと昔、初めて平民から皇妃を迎えた賢帝と名高いオードストレヴ帝は、皇太子時代に儲けた第一子を廃嫡し、ジオとの間に産まれたヴィオーヴを皇帝に添えた。
ジオが皇妃となるのには様々な障害があったのだが、ヴィオーヴが新たなる皇太子となった時は、第一子の母である皇后の反対以外は反対らしい意見はなかったと記録がある。
それが”なんなのか?”はっきりと伝わっていないのだが、ヴィオーヴはオードストレヴの子のなかで唯一瞬間移動能力を持っていたことは、はっきりと記録に残されている。
「それで……」
「ちょっと待ってくれ、カルニス。次は俺が持っている情報を出す」
「わかった」
「まずはディブレシアは両性具有を二人産んでいる。一人はザウディンダルで、もう一人は……」
「ヴィオレッティティであろう?」
「お前の親父の記録にあったのか? カルニス」
「あった……見つけたばかりじゃがな。父王はそのヴィオレッティティと兄貴を入れ替えるつもりだったようじゃ。ヴィオレッティティは父王が処分したそうじゃ。存在を入れ替えようとするとはな」
「ヴィオレッティティの詳細は?」
「帝国宰相の次ぎに生まれ、父親は上級貴族で王家に縁付いたことはない。そのくらいじゃ」
「そうか。”ヴィオレッティティ”帝室側では”ジルヌオー”と呼んだそうだ」
「ジルヌオーということは」
「ああ、名前を聞いて解る通り”軍妃ジオの瞳”を持った両性具有だったそうだ。両性具有は人造人間最大の特徴だってのに、なぜか人間の瞳持ちの両性具有だった。そして遠い昔、帝后が両性具有を産んだ。完全な人間である帝后がだ。産まれる前に判明して流産という形で処分された」
「ドミナリベルか」
「そういうこと。公式記録に残っている唯一の両性具有だそうだ。それで俺はさっき《食ったのは同意する。俺が同意する理由はあとで説明する》って」
「そうじゃな」
「お前も気付いただろう? カルニス」
「そうじゃな。そんな証拠があったとは」
帝后が人造人間型両性具有を身籠もるには、夫側のサウダライト帝が重要になってくる。
彼が前妻との間に儲けた【五人の子】の中には誰一人両性具有はいない。
「サウダライトは確かに祖母がケシュマリスタ王女で、母親は二十二代皇帝の皇妹だが、確率的にありえねえ。帝后が両性具有を身籠もるには足りない。何より帝国が後宮に大量の人間を収めて身籠もらせ殺したが、その中に両性具有は一人もいなかった。両性具有を産ませたことがある皇帝の後宮でも、両性具有を産んだ皇帝の後宮でも、一人も生まれたことはない。だから帝后が両性具有を身籠もるには、帝后の中になにかが仕込まれている必要がある。それがマルティルディとザイオンレヴィの血で作った林檎なら納得がいく。時期的にもおかしくねえ、取り込んだ物が体に定着するまで約七年かかる。帝后がドミナリベルを産んだ時期もちょうどそこに当たる」
「ドミナリベル以前も以後も、記憶が混じりこんでいることはあったじゃろうと儂は思うておる。そうでなければ、現ケシュマリスタ王家があの様な名乗り方をするとはとても考えられぬ」
―― ケシュマリスタ・マルティルディ王朝 ――
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