繋いだこの手はそのままに −177
 ザウディンダルとリュゼクは、機動装甲格納庫裏入り口前で、
「動くな、僭主!」
 ディストヴィエルドと遭遇した。
「デーケゼンと両性具有」
 初回の遭遇で”あれは儂より強いであろう”と、リュゼクが評した相手、ディストヴィエルド。
 戦って勝てぬ相手なのだから、やり過ごすしかないのだが、目的が同じであればそうも言ってはいられない。
「レビュラ、儂があやつを足止めする。貴様その間に行け!」
「あ……はい!」
「易々と通すとおもうか? デーケゼン。あるいは弑逆者の娘」
 父公爵が先代テルロバールノル王ウキリベリスタル殺害実行犯として認定されてから、すでに十五年以上の時が経過している。
 誰も彼女の父がウキリベリスタルを殺害したとは思ってはいないが、真犯人が発見されない以上、彼女の父が犯人でなければならない。
 先代王の殺害は、先代王の弟の指示の元、彼女の父の犯行と断定されなければ、現王カレンティンシスの治世にも陰を落とす。カレンティンシスが父王の殺害を命じたとされてしまう可能性がでてしまうためだ。
 ウキリベリスタルと王妃がカルニスタミアを特別扱いしていたのは、カレンティンシスの傍にいた彼女は良く知っている。
 リュゼクも年下のカルニスタミアに好意を懐いたが、カレンティンシスの傍にいた。同情などではなく、リュゼクは自分が王妃になるものだと思い、カレンティンシスから離れなかったのだ。王妃の地位が欲しかったのではなく、自分以外が王妃に選ばれるとは到底思えなかったから、カレンティンシスの傍にいたのだ。
 カレンティンシスの未来が王と決まっているのなら、王妃となり支えてゆこうと。

 躊躇いがちに手に手を重ねて、
―― 儂がおります、カレンティンシス殿下
 互いに握り締め合う。
―― ああ、そうじゃな。リュゼク
 テルロバールノル主星の地平線に消える夕日を眺めながら。

 ”それ”は太陽とともに地平線に消え、二度と戻って来ることはなかった。
 リュゼクの先代王の実弟との婚約、先代王の暗殺。父は弑逆者となるために、嘘の証言を重ねた末に妃と共に自害して果てる。

 ”自分の妃となるだろう”と思っていた王と”自分は王妃になるのだろう”と思っていた公爵姫、二人は同じ道を歩くことはなくなり、寄り添うことしかできなくなった。
「儂は弑逆者の娘じゃが、今は王国将軍。儂は誰の娘でもないデーケゼン公爵リュゼク・フェルマリアルト・シャナク=シャイファじゃ」
 だがそれで良いとリュゼクは満足していた。
 王妃になれなかったことを惜しいと思う気持ちはない。縁がなかったというのでもない。彼女は信じているのだ。弑逆者となることが先代デーケゼン公爵の、王家に対しての忠誠であり、王の意思に殉じたことであると。
 それは思い込みではない。事実先代デーケゼン公爵の「証言」により、カレンティンシスの治世は安定したのだ。証言がなければ王位継承の諍いは泥沼になり、もっと長引いただろうと誰もが認める。

**********


誰もが知っているもう一つの燻りカルニスタミアの存在。だがそれに皆、目を背けている。


**********


 リュゼクの父デーケゼン公爵は誰にも言えぬ秘密を抱え、王家に仇成さぬように死んだ。新当主の彼女にとって、それだけで良かった。
 結果としてカレンティンシスの立場が守られたのだ、それに比べれば自らが弑逆者の娘と謗られようと、同情されようとも、彼女は俯かないどころか痛痒すら感じない。
「それがどうした?」
 そんな揺るがないリュゼクの瞳を見て、ディストヴィエルドはザウディンダルを指さす。
「そいつの兄が首謀者で、別の兄が実行犯だ。お前の父親、カプテレンダは無実だ」
「……」
「え? う、嘘だろ」
 突然のことにうろたえるザウディンダルと、
「それがどうしたというのじゃ、僭主よ」
 巌のようなリュゼク。
「悔しくはないのか? 弑逆者の娘と謗られて」
 リュゼクが両性具有を嫌っているのには理由がある。リュゼクが嫌いな両性具有はザウディンダルただ一人だけ。他の存在などリュゼクにとってはどうでもよい。
 軍人であるリュゼクは、精神的に依存性の高い両性具有が軍人として、そして攻撃の要として重大な局面に投入されることを嫌っているのだ。
 精神の脆さや情緒面の不安定さが、軍人としての資質に欠けているという理由で。
 ザウディンダルの動揺は兄であるデウデシオンをよく”見ている”ことからくる動揺。デウデシオンが策謀を張り巡らせていることを、ザウディンダルは聞かされはしないが、感じ取っている。
「レビュラ」
―― 盲信してはおらぬのか。良い面ではあるが、この場では悪くでるな
「は、はい!」
 すでに隣に立っている”両性具有”は”僭主”の言葉に動揺している。
 だから嫌いだと思う半面、この場を上手く切り抜けるに最適だとしてリュゼクは、彼女にしては珍しく優しげに微笑み、
「行け。安心しろ、儂は貴様を裏切りはせぬ、レビュラ」
 ”両性具有”を安心させることにした。
「リュゼク将軍」
 作戦を遂行するため、そして皇帝陛下の両性具有を安全に避難させるために、彼女は微笑み背を押す。
「じゃが、貴様は儂を信じずともよい。貴様はやることを成したら、表から抜けてゆけ。裏にはもどってくるなよ」
「……」
 リュゼク”もどってくるな”という言葉に我を取り戻したザウディンダルは、今まで向けられたことのないリュゼクの笑みを凝視し硬直する。
「さあ、ゆけレビュラ。もしもこの僭主が真実を言っているとしたら、貴様は真実を兄に尋ねれば良いだけのこと。首謀者として名が上がるのは、帝国宰相以外なかろう」
「……」
 軽く背中を押され、やや体勢を崩しつつザウディンダルは何も言わずに格納庫裏入り口へと駆け出し、リュゼクがディストヴィエルドに殴り掛かる。
 拳と蹴りはかわされたが、ザウディンダルとその背後をついて歩いているS−555改は無事に格納庫の中へと消え、立入不可能を知らせるパネルにあかりが灯った。

「なにをするつもりだ?」
「通信回復プログラムを用意しておったそうじゃ」
「……」
「焦ったか。焦るがよい」
「貴様はなぜ、それほど揺るがないデーケゼン」
「この儂が、僭主の言葉如きに騙されると思うたか」
 互いに利き腕を前に出し、もう片手で顔の下半分を隠すようにして、間合いをつめてゆく。
「嘘ではない。首謀者は帝国宰相、実行犯はハセティリアン公爵」
「昔から噂されている二人じゃな」
―― 実行犯はともかく、首謀者はパスパーダであろう
 リュゼクにしてみれば”首謀者は帝国宰相、実行犯はハセティリアン公爵”は願ってもないことだった。帝国宰相はこの一件があるせいで、テルロバールノル王家側に強く出られない面がある。
 下手にリュゼクをつついて、王国を上げて真相を解明しようとされては困ると、交渉の際で譲歩を見せることが稀だがあった。
「……」
 使い過ぎれば疎まれて殺害されるが”ここぞ”という時に帝国側を引かせるのに、父公爵の死は役立っていた。それはリュゼクにとって、良いことであった。だから彼女は敢えて真相究明を行わないよう指示している。
「僭主よ。貴様は絶対にセゼナードでない。貴様は嘘と真実を告げるタイミングが悪い。あいつらは真実に嘘を混ぜて口にするタイミングが絶妙じゃ」
「セゼナード……あいつがザロナティオンであることは知っているか?」
 リュゼクは踏み込み殴り飛ばす。
 最初に遭遇したときとは比べものにならない程”落ちている”回復力を感じたが、それでも勝てる感触ではなかった。
「貴様は本当に嘘を並べ立てるタイミングが下手じゃ。エヴェドリットは嘘をつかず、本能だけで生きたほうが”ぼろ”が出ん」
 殴り飛ばされたディストヴィエルドは立ち上がり、
「名前だけは教えておこう」
 表情を切り替えた。
「何故じゃ?」
 エーダリロクらしさを排除し、本性を露わにする。
「自分を犯す相手の名くらい知っておきたいだろう?」
「全く知りとうないが」
「生きているうちに聞いておかないと解らないぞ。我は生きている肉体には興味はない。筋肉が断裂し内臓がはみだした胴体と、痣だらけの手足、そして鬱血して腫れ上がった顔の死体を犯すのが好きだ。では名前だ、我の名はディストヴィエルド=ヴィエティルダ」
「悪趣味とは言わないでおいてやろう。貴様等じゃからな!」

―― 逃げろよ、レビュラ。儂ではこの僭主には勝てぬ

**********


 ダーク=ダーマ内で「近衛兵」として、当初の作戦通りに行動していた、
「イデスア公爵殿下!」
 ビーレウストは、これもまた予定通りに一般兵の回収にあたっていた。
 ビーレウストはある程度交戦し、敵部隊を弱体化させた後、ミスカネイアの元へとゆき医薬品を受け取り、兵士たちが避難する区画へ向かい薬を与えるという指示が出されていた。
 任務通り隔離状態のミスカネイアから医薬品を受け取り、目的の区画へと到着したビーレウストは、奇妙は箱を前にして言い争っている兵士たちの”裁定”をすることとなった。
「はい。セゼナード公爵殿下より渡されたものです」
「ですが、セゼナード公爵殿下と瓜二つの」
 エーダリロクの作った「通信補助機」なのだが、兵士の中には「エーダリロクとそっくりの僭主」ことディストヴィエルドの存在を知る者もおり、ディストヴィエルドが「技術系」だということも知られているので、下手に触ると何が起こるか解らないとし扱いをどうするかで揉めていたのだ。

「俺もよ、それ見たんだけど。似てねえんだよな。なあ、あれのどこが似てんだ?」

 ビーレウストは”それらしい人物”と遭遇したのだが、ビーレウストには同じに見えないどころか、全くの別人にしか見えないため、逆に艦内を騒がせてる《エーダリロクに似た奴》が解らないで困り果てていた。
「俺なら解る筈だって言われて、追加任務として捜して歩いてんだけど。一度遭遇したらしいんだが、アレじゃあ似てねえし」
 銃を肩に乗せて、首を傾げるビーレウストに兵士たちは”はあ”といった状況になる。
「さようで御座いますか……」
 ビーレウストは納得できてはいないが、皆が似ているというのだから、似ているんだろうと思うことにして、まずは目の前の機器の安全性を確認することにした。
「エーダリロクが証明になるもの渡しただろ? 見せてみろ」
「はい。こちらの豪華なイヤリングを。ですが……」
「私は殿下の軍装の際の身分証明はペリドットと聞いていたので」
 ビーレウストの手のひらに乗せられたのは、大粒の黒真珠をプラチナ台で飾っているように見えるイヤリング。
「エーダリロクの身分証明はペリドットだけどよ、お前らには見分けのつかない相手も用意してい可能性もあるよな」
 イヤリングを見ながら”エーダリロクは似ている奴と遭遇した後に、これを渡したんだな”とビーレウストは判断し、その通りであった。
「はい」
「だから違うものを?」
 敵が相当エーダリロクのことを知っており、同じ物を持っている可能性を考慮して、
「それで違うものを用意したと思わせるって手もあるが、こいつは本物だ。ほらよ」
 敵が決して用意できない物を用意していた。
「あっ!」
 帝国において複製不可能と言われる装飾品。
「おあ!」
 ビーレウストは「敵がエヴェドリット系僭主」だと知っており、自分の容姿が近親血族結婚で良く現れる”エヴェドリットそのもの”であることを考慮して、違うものを用意しておいた。
「これは真珠に目が行きがちだが、枠がメインだ。陛下がわざわざ片方ずつ俺たちに下賜してくださったんだ」
 ビーレウストは同じ飾り台に、夕顔の葉が混入している琥珀をはめ込んでいた。実際のビーレウストを表す宝石はキャッツアイ。
 エヴェドリット王族やその近親者で「混入琥珀」を自らの身分証明にしている者は一人も居ない。
「これ昔は結構有名だったんだが、暗黒時代で目録がイカれたまんまだもんな。でも他作品は、帝国博物館で一般公開されてるから、名前くらいは知ってるだろうな。手前らも聞いたことはあるだろ? 皇帝陛下に五品しか作らなかったアイツの作品さ」
「ペロシュレティンカンターラ!」
 当人以外は同じ物を作ることは不可能と言われる、装飾品作りの達人だった人物。
「エーダリロクも相当用心したんだろうよ、やっぱ似てるんだろうな」
「そうですか。これが……」
 渡された兵士は皇帝の手元に残った「たった一つ」を前に受け取った手を震わせる。
「それにこの配線はエーダリロクの特徴的だ、安心して使って……おっ!」

―― 艦外通信回復、艦内空調回復。バールケンサイレ大将、ユキルメル大将からの指示を待て

 通信から聞こえてきた声に、ビーレウストは本気で驚いた。
「ザウディスの声じゃねえか。へえ……」
 ビーレウストは”ほぼ”作戦を知っているが、全ては教えられていない。
 ここら辺が王家を信用していない帝国側の姿なのだが、それに関してビーレウストは文句をいうつもりはなかった。
 自分のエヴェドリット王家側も全てを帝国に知らせているとは思えないからだ。
”どうやって回復させた? つかエーダリロクが回復させられないのは、あのそっくり? らしいやつがいたからだ。じゃあザウディスはどうやって? この動力源が殆ど……動力? 機動装甲か! 俺が解るくらいだから、敵も解る……迎えにいった方がいいか? いや帝国軍側で護衛がついている可能性のほうが。やはりここは作戦に従ったほうが”等と考えているところに、

―― リスカートーフォン勢! 大至急、此処へと来い!

 空間に画面が映し出され、カレンティンシスの怒号が響き渡った。
「……ご指名とあらば、行くしなかいな」
 ビーレウストは遅れて到着した近衛兵たちに装置が安全であることを告げ、銃を構えて走り出した。

**********


 ラティランクレンラセオがローグ公爵に見張られつつ待機している港に、
「あれは……」
 キュラティンセオイランサの乗った移動艇が無事に着陸した。
 ハッチが開き中から降りようとするキュラに、
「両手をあげろ」
 ローグ公爵は命じる。
 キュラは言われた通りに両手をあげて、顔に殴られた痕のあるラティランクレンラセオへと近付いた。
「助けにでも来たのか?」
 キュラの今まで行動からすれば、ローグ公爵が警戒するのも仕方のないこと。
 だがキュラには時間を無駄に過ごしている暇はない。
「いいや。僕はこれから后殿下の警備に向かうのさ」
「何処に居るのか解っているのか?」
「知らないよ」
 ローグ公爵とキュラが睨み合っていると、ダーク=ダーマに本日何度目か解らない震動が走った。
 この震動は突撃艇で次々とリスカートーフォン勢がダーク=ダーマに強制上陸した衝撃から来るものだが、当然三人は知らない。
 何事だ? と、一瞬視線を外したローグ公爵の銃を持っている手をキュラは掴むと、銃を取り上げて即座にラティランクレンラセオの右の太股を三発射貫き、銃口を握り自分に向けて、グリップを差し出した。
「これで信用してくれないかな? 僕の持ってる銃じゃあ、茶番劇だと思われるじゃない」
 緑色の着衣が噴き出した血で黒く染まってゆく。
「なるほど」
「そのくらいじゃ死なないよね、僕たちのケスヴァーンターン公爵殿下だもん」
「当然だ」
 ラティランクレンラセオは大動脈が撃ち抜かれた太股を押さえながら、余裕のある表情で言い返す。ラティランクレンラセオはこの程度では死なない。
 だがキュラがこの時点でラティランクレンラセオに従ってはいないことは、僅かながらだが証明できた。
「行ってもいいかな? ローグ公爵」
「エリア4599の半ドーム」

 ローグ公爵はカレンティンシスが向かったシステム中枢の場所をあげた。

「ま、アテがないから、まずはそこへと向かってみるよ。じゃあね、ラティランクレンラセオ。僕が君の失態を取り戻してきてあげるから、安心して待ってなよ。あ、ちなみにブラベリシス逃げたから」
 キュラは扉を開き、腹部を押さえながら走りだした。

―― エリア4599の半ドームって、この前、陛下と后殿下が仲良くお話してた所じゃないか……皮肉なのか、運命なのか

 キュラが去った後、ローグ公爵は渡された銃に異常がないかを再確認して、再度ラティランクレンラセオの警備に戻った。
「カレンティンシスの意思に反するのではないか? ローグ。家臣如きが、主の意思に叛いていいのか?」
 ローグ公爵が”単身で向かう”と言ったカレンティンシスの警備に、キュラを送ったのは明かだった。平素のキュラであれば信用ならないが、現在は建前として”なんらかの失態をおかしたケシュマリスタ王の為に働く”必要がある。
 王の失態を皇帝に嘆願して、軽減できる者はやはり”王”
「ガルディゼロ侯爵はそれほど素直な男なのですかな? ケシュマリスタ王。儂に言われた場所に真っ直ぐ向かうような男ですかな?」
 ローグ公爵の目の前にいる血に濡れたケシュマリスタ王にねじ曲げられた庶子に《そう》言えば、向かわないと「王の意思に従えると思った」と言い逃れできるのだ。
「なるほど。中々に言い逃れの上手い男だ」
「……」
 ローグ公爵は言い逃れをしたいわけではない。
 叱責されて処刑されても構わないのだ。だがカレンティンシスが死ぬような真似をしているのを黙って待っていることはできない。
 それが主の意思だと解っていても。

―― カレンティンシス様。儂は貴方の後には死にませぬ。儂は貴方護って死ぬと決めております

きたか プネモス
はい 愚息も従っております

テルロバールノル王よ その座を儂に譲って貰おうか

父上 避けてください
己が信念貫くのであらば その剣で儂を貫け


―― カレンティンシス様。貴方を見送ることが許されるのは、貴方の弟君であり、貴方の王であるカルニスタミア様だけです。この儂ごときが、貴方の最後を飾るなど恐れ多い


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