繋いだこの手はそのままに −175
―― どこの気違いだ! ダーク=ダーマに向かって ――

 エーダリロクがそう叫んだ時、
「これは、やれ! キャッセル!」
 アジェ伯爵は、大喜びし、
「なに、これ。ガーベオルロド? うわあ!」
 エヴェドリット王国軍傘下のバーローズ公爵軍を率いている公子のエレスバリダも手を叩き喜ぶ。
 ダーク=ダーマが射貫かれてゆく姿に、
『キャッセルだろ、キャッセル』
『ひゃひゃひゃ』
 機動装甲に搭乗しているザセリアバ王も、シセレード公爵も、目の前の僭主を忘れて大喜びし始めた。
 普通の感覚をしている者たちは、なにがそれほど”楽しい”のか理解できないでいたが、とにかく楽しいと特殊な思考回路の持ち主たちは噎せるほど笑う。
 僭主側の騎士二名は、ザベゲルンが搭乗しているダーク=ダーマへの直接攻撃に焦り、黄金の弾道の出所へと向かおうとするが、
『お前たちの相手は、我等であろう』
『折角だから、ダーク=ダーマが射貫かれるのを楽しみながら死ねよ』
 帝国側の二人が笑いながら妨害をする。
 どちらが《ダーク=ダーマの敵》か解ったものではない状態。
 だが状況その物は悪かった。
 僭主機動装甲二体の襲撃からやや遅れ到着した僭主側の艦隊は、キャッセルが狙撃を開始した護衛艦を落とそうと方向を変えはじめた。
「バールケンサイレ大将閣下。護衛艦の護衛は」
 護衛艦の護衛というもおかしな言葉ではあるが、攻撃能力を有している艦を見捨てるのは”惜しい”と思う程に、帝国艦隊側は押されていた。
 だが護衛艦は護衛艦であるために、それ以上の”護衛”はない。他の護衛艦は機動装甲同士の戦いから発生するエネルギー余波などから、全ての防衛装置が機能しなくなったダーク=ダーマを守っていた。
 非常事態として他王家の艦を借りるにしても、ケシュマリスタ王国軍は使用するなと、現状で最高指揮官にあたるテルロバールノル王からの厳命が下されていた。
 帝国軍大将の彼女であっても覆せない命令であり、テルロバールノル王の言わんとしているところも理解できている。
 攻撃中のエヴェドリット軍を動かすのには時間がかかりすぎる上に、エヴェドリット艦隊が反転中に攻撃を阻止する余力も、エヴェドリット軍抜きで戦線維持をする規模も今の帝国軍にはない。
「三時球体角度185度のところに、突然援軍が現れてくれりしないものかしらね」
 通信を出しながら、バールケンサイレ大将は最善の策を取れる位置を睨む。
―― このままでは、キャッセル様とアニアス様が……
「閣下! その方角に艦隊らしきものが」
「どういうこと?」
 艦隊が味方であれば良いが、敵であれば最早打つ手はなし。
 だが通信が途絶しているダーク=ダーマの元に近付いてくるのだから、敵である可能性の方がはるかに高い。
「通信は回復……やはり途絶で」
「貸しなさい」
 この戦場は皇帝領で、王国軍は存在しない。
 王国軍に邪魔されないで皇帝を襲う為に選んだ空間なので当然であり、王国軍がここに軍を派遣するのには帝星にいる帝国宰相の許可が必要だが、彼はいま生死不明の状態。
 帝国軍の動きは全て将校であるバールケンサイレ大将は把握している。
―― 敵かしら……味方かしら
 光点滅で艦名を名乗れと送る。同時に敵艦隊の動きもはっきりと解るほどに鈍った。
―― 敵も予想していない……誰?
 画面に映し出される光点滅を、バールケンサイレ大将は解読する。

**********


 バールケンサイレ大将メリューシュカ。
 ユキルメル公爵クラタビアの妃で、一児の母でもある彼女は代々軍人の家系に生まれた貴族だった。ただし軍人といっても華やかは指揮官ではなく、通信専門の家系。
 ”我が家は代々工兵だったのよ”と言われて育った彼女。
 なんでそんな地味な職業についているのだろう? と思ったが、そう思っていたのは幼い頃だけで、年頃になると通信の面白さに夢中になり、上級士官学校に入学して軍通信を極めよう! と思う程になっていた。
 成績は上位ではなく中程だったが、通信解読能力に関しては熟練の兵士も驚くほどで、その能力を買われて卒業後すぐに帝国軍幕僚の傘下に配属された。
 帝国軍幕僚の実質的なトップは代理総帥シダ公爵。その代理総帥の直属の部下がユキルメル公爵。
 ユキルメル公爵は彼女に恋をして、
「愛を語るにはどうしたら良いだろう?」
 既に結婚していたタバイやタウトライバなどに話を聞き「先ずは話かけること」になった。ユキルメル公爵は一目惚れではなく、部下としての彼女の働きぶりを見て気に入ったのだ。上司と部下の会話は普通に出来るのだが”食事に誘う”となると、呂律が回らなくなってしまう程緊張する。
 なので話しかける重要性を諭されても、中々話かけられなかった。
 そこで手紙でも書けば良かったのだが、メリューシュカはあまり字が綺麗ではなく、本人が書類を作成しているときに「字を書くのは苦痛」と笑いながら同僚と話していたのを聞いていたので、手紙はいけないと考え彼女の特技であり、出世の原動力ともなった「光点滅通信」に気付いた。
 メリューシュカは通信技術専門軍人の両親の元で育ち、画面に映し出された十の別々の暗号光点滅通信を即座に解読し、的確な指示を自ら間違わずに返せるという能力に非常に秀でていた。
 なので”光点滅で愛を伝えよう!”となるまでは良かったのだが、当のユキルメル公爵は、軍用の緊急通信程度は読めるが、会話するような技術はなく、自分で通信を発したこともない。
 そのためユキルメル公爵は練習を開始した。その練習場所が戦艦で、練習に付き合ったタウトライバも戦艦艦橋で受け取り返す。お陰で、
「メリューシュカ! 明日ユキルメル中将閣下(当時の階位)がお誘いに来るそうよ」
「メリューシュカ。何食べたいか聞かれる筈だから、考えておきなさいよ」
「メリューシュカ、プレゼントに何が欲しいのか、聞く予定らしいいぜ」

「もう! 先に言わないでちょうだい! 閣下からの通信読む楽しみ無くなるじゃない」

 周囲にばればれになりつつ、
(子供は何人にしようか?)
(クラタビア! 子供の数を尋ねる前に、お付き合いしてくださいだ!)
(申し訳ありあません、タウトライバ兄。ついつい)
 忙しい合間を縫って兄弟たちと必死に通信を練習しているユキルメル公爵に絆されて、ついに結婚に至った。ちなみにこの兄弟は、周囲に知れ渡っていることに全く気付いていなかったという”あれ”なオマケまでついてきた。

 メリューシュカには軽口叩けた皆さんだが、皇帝の異父兄弟たちのあまりの必死さと、帝国宰相の眉間の皺が深くなったことに恐れをなして、誰もなにも言えなかったのだ。
 帝国宰相の眉間の皺が深くなったのは 弟たちの恋愛には口を挟まないと言った以上、悪いことをしているわけでもないので止める事もできず、だが《あんなこと、止めさせて下さい》と、いつメリューシュカが怒鳴り込んできてもおかしくない状況を前に、その場合はどのような賠償をするべきか? などを考えて暗澹たる気持ちになっていたのだ。

 出会いからプロポーズを受けるまでは笑い話として語られるが、通信技術将校としては敬意を払われる存在である。
 エーダリロクが「艦橋にはバールケンサイレ大将がいる」と言ったのは、この技術能力を高く評価してのこと。
 メリューシュカは艦橋の壁の一部にある、外が見える透明な部分を覗き、そこに次々と届けられる周囲の艦隊からの情報通信を見ながら、口頭で旗艦にいる兵士たちに指示を出し、艦外には自らの手で光で通信を行い、帝国軍艦隊を維持していた。

**********


「帝国軍守備、予想通り”もろい”。シダのタウトライバを上手く艦橋から引き離せたようだ。あれが相手では攻め倦ねるが、それ以外の純帝国軍人ならばこちらが有利だ。だが予想外に持ちこたえている。有名ではなくとも、それなりの手腕を持っているのは多数存在しているようだな帝国軍」
「そうですな、トリュベレイエス」
 僭主側の艦隊指揮官トリュベレイエスは、エヴェドリット艦隊と交戦しながら、タウトライバなしでも踏みとどまる帝国軍に足を組み直して画面を睨み付ける。
「面白みはないが、堅実だなファーダンクレダ」
「守備だけですからね。我等は攻めねば勝ちはありませんが、あれたちは皇帝さえ生存していれば勝ちですからなあ」
 軍服や階級章はエヴェドリット王国のものと同じで、艦隊司令官とその副官にはよく似合っていた。
 アジェ伯爵と同じ癖の強い深紅の髪が膝の辺りまで伸びている、長身の女性トリュベレイエス=トリュライエス。
 隣に立っているのはファーダンクレダ=ファイモネカ。彼女の夫は先程「実姉」に殺害されたシューベダイン=シュリオダンで、殺害したハネストとは同い年で友人関係でもあった。
「シューベダイン死亡は確実のようだが、誰に殺害されたのであろうな? ファーダンクレダ」
「さあ。もしかしたら、貴方様の婚約者のディストヴィエルドかもしれませんなあ」
 ファーダンクレダは司令席に座っているトリュベレイエスを見下ろすようにして”嗤う”
「強さだけならば、問題なく殺せるだろうが。あの男がシューベダインを殺害する理由はない。我々は理由なく殺害する一族だが、あの男は殺害よりも利害を重視するからな」
「そういう所がお嫌いなのでしょう? トリュベレイエス」
「お前はそういう男は好きか? ファーダンクレダ」
「もちろん嫌いですとも。だからシューベダインも嫌いでした。死んで清々してますし、その相手と直接戦いたいと思います。ですから誰が殺したのか知りたいのです」
 二人はそんな話をしながら、目標である帝国艦隊壊滅を目指し攻撃を続けていた。
 ”七層”になっていた防御陣の五層まで突破し、残り二層を一度に突破しようとした時、
「トリュベレイエス司令官! 帝国に援軍が!」
 想像もしていなかった事態が発生した。
「なんだと?」

 僭主が「ここ」を襲撃ポイントに選んだ理由は、ザセリアバが語った通りで帝星襲撃と皇帝襲撃を同時に行える条件が揃ったポイントであった為。
 ザセリアバはランクレイマセルシュとデウデシオンと、ある程度は手を組んでいるので、襲撃ポイントについては早い段階で教えていた。

「なぜ帝国軍艦隊が! ここは空白地帯だろう」

 それを聞いたデウデシオンは”その一帯”の扱いを考えた。宇宙の全ては皇帝の物であるというのが建前だが、実際帝国を動かしているのはデウデシオン。
 襲撃ポイントだと聞かされた自分を、両名がいつ挑発してくるかも解らない。
 そのため”その一帯”をどうにかして、自分の手から離れているように見せる必要があった。実際は自分が支配していても、他にその区域を支配している者がいれば良いのだ。だがそれには絶対に信頼できる存在である必要がある。

 宇宙は全てシュスタークの物であり、領地は全てシュスタークから拝領するもの。
「空白地帯といいますか、報告では犬の領地です! トリュベレイエスさま」
 シュスタークを戴く帝国軍とザベゲルンを戴く僭主軍が激突した場所は《犬の領地》すなわちシス侯爵ボーデンの領域。

―― 本艦……ロシナンテ……シス侯爵閣下より……出撃命令……あり……はせ参じ…… ――

 ダーク=ダーマが停止し、僭主との戦いの場となっているのはボーデンの支配領域だったのだ。支配者は皇帝に恭順と忠誠を見せるために、援軍を送ってくるのは何らおかしいことではない。

「まさか犬に固有の武力を持たせたというのか! ファーダンクレダ」
 トリュベレイエスは司令席から立ち上がり、両手でマントを掴み大画面を仰ぎ見る。ボーデン艦隊がシュスタークを救ったことはトリュベレイエスも知っていたが、ボーデン艦隊そのものは帝国軍属であり、個人所有の武力ではなかった。
「この状況では、そのように理解するしかないでしょう、トリュベレイエス」
 皇帝が家臣に軍を与えたことが暗黒時代の要因の一つであり、現帝国は皇帝以外が強力な軍隊を持つことを非常に制限している。
 やっと現在になって「王の子」にも武力の所有が許されるようになったが、シュスタークの父親たちの代は王太子以外の王の子に武力を所持させなかった程。
 かつての帝国であれば、あちらこちらから戦艦が現れることは珍しくはなかったが、現在の状況ではあり得ないことだった。
「……くくく、我等も壊れていると言われるが、ヒドリクも相当な壊れぶりだな!」
 トリュベレイエスは犬歯の発達した口を大きく開き叫ぶ。
「ザベゲルンもろとも殺す勢いで攻めねば、こちらが負ける可能性も出て来ましたね。ヴィクトレイを巻き添えで殺害するのは惜しいですな、トリュベレイエス」
「仕方あるまい、ファーダンクレダ。それにヴィクトレイだ、破壊される艦から単身で逃げる可能性もある。だからあれのことは心配する必要はなかろう。ともかく《皇帝》を攻めている我等が死に絶えても、エンデゲルシェントがいる。ケベトネイアが補佐すれば、また盛り返せるであろうよ」
「インヴァニエンスに足を引っ張られねばいいのですがな」
「老練なる長老殿ケベトネイアに、”小娘”インヴァニエンスが勝てるわけもない」
 二人は歯を剥き出しにして、口だけで笑った。それは人間の《笑い》というより動物の《威嚇》と評した方が正しいような顔の動きだった。
「准将級艦隊の上に対異星人戦用編成ではないか! ゆくぞ! 命令変更! ”ダーク=ダーマ捕縛”から”ダーク=ダーマ完全破壊”だ。我等死兵となりて皇帝を討つ!」
 トリュベレイエスは両手でマントを宙に舞わせて、大攻撃の号令を出す。

 ”それ”は確かに帝国の援軍ではあった。だが”それ”は同時に作戦という枠の中で攻撃していた《エヴェドリット》たちを解き放った。

―― 起死回生の一撃ではなく、必ずや皇帝を殺して死んでやると ――

**********


 異形を速やかに倒す方法はただ一つ。
「知らぬ訳ではあるまい、イグラスト」
 ニメートルを越える幅の広い剣を構えて、ヴィクトレイは挑発する。
「……」
「食べるための”口”が三つもあるというのに、何故食わん?」
 タバイが”同族”を食べることを拒んでいることを確認するために。
「……」

 ―― 兄さん? 何食べてるの? おいしい? おいしい? わーい、くれるの! ありがとう! 兄さん大好き

「何が理由で同族を食べることを拒否しているのかは聞かぬ、いや答えられぬか。だが我は食べることに躊躇いはない。特にその膜、珍味だからな。それ程の量があっては、珍味とも言えぬが」
 黒い長髪に、三代皇帝プロレターシャに瓜二つな優しげな顔立ち。
「!」
 その顔の中心、額から上唇の上までが一気に割れた。そこには牙と長い舌。
「口は普通に動く。食べながら話すこともできる。行儀が悪いから喋りながら食べることはしないがね」
 顔の亀裂から飛び出した長く鋭い舌が、タバイの腕の一つを捕らえて引き寄せる。
《なんという力だ》


novels' index next  back  home
Copyright © Rikudou Iori. All rights reserved.