繋いだこの手はそのままに −159
 カルニスタミアを迎えに向かったエーダリロクは、予想外の出来事に直面することとなった。
「エラー? なわけねえだろが」
 迎えに向かう途中の廊下にある、扉の一つが開かなかったのだ。
 何事だろうか? と簡単な調査を開始すると《約五分前に自分がこの扉を通り抜けて、別区画へと移動した》ことになっていた。
 ダーク=ダーマにおいて、エーダリロクが通り抜けようとしている扉を「通り抜けた」場合、同じように「こちら側から」再び通り抜けるためには、最低でも三十分はかかる。
 そう五分以内に同じ人物が、同じ側から区画移動するのは不可能。よってシステムは《エラー》と処理し、エーダリロクを通さなかったのだ。
「システムに介入した奴がいるのか?」
 鈴蘭を図案化したロヴィニア王家の紋章付の手袋、それがエーダリロクの偽装コードを仕込んでいる場所。
 本当のコードを使い扉を開こうと、手袋を脱ぎ扉に直接触れたのだが、扉は開かなかった。先程と同じように《エラー》を告げる。
「何だと!」
 偽装コードだけならば”まだ”システムの誤作動と考えられるが、自分自身であり皇帝のコードでエラーが出るとなると異常だった。
 再びエーダリロクは調べると、あり得ないことがダーク=ダーマ内で起こっていた。
「なに! 俺の偽装コードが二人で、銀狂が既に二人確認されているだと? なんで別の場所に陛下の偽装コードが存在してるんだ? どういう事だ! 誰が、何処にいるのが本物の陛下だ!」

 ダーク=ダーマは軍艦であり、移動する皇帝の居城。
 よって艦の造りと警備システムは複雑で、迷路にも等しい通路となっている。エーダリロクの通行が阻害された理由のように「五分前にA地点を抜けたaコードを持つ人物は、B,F,E地点を通過しておらず、A地点に引き返してもいないので、aコードを持つ人物がここを通過することはない」と判断を下す。
 全ての人物はこの判別により、通行を制限されている。
 それらを無効化するコードが「シュスターク所有の偽装コード」と「ザロナティオンのコード六種類」
 シュスタークに偽装コードを持たせたのは、ダーク=ダーマにはシュスタークとザロナティオンが同一人物であると言うことを知らない人物が大勢搭乗する。それらの人々に知られないようにする為にの措置。
 偽装コードは持ち歩く物の一つだけに付着させていた。
 エーダリロクはロヴィニア王家の紋章付の手袋。シュスタークは皇帝のみが持つことが出来る軍刀。
 普段はこの偽装コードで生活しているのだが、不測の事態があり偽装コードが手元にない状態で移動することも考えて、六種類のザロナティオンのコードが使えるように設定していた。
 本来ならばシュスターク用の後期ザロナティオンと、エーダリロク用の初期ザロナティオンの二種類だけで良かったのだが、この二つを選んで登録していると目立つので、隠すためにも後の四つも同時に使用できるようにしていた。
 「二種類」に限定したのはシュスタークとザロナティオンが同一人物であることを隠すというよりも、エーダリロクとザロナティオンが同一人物であることを隠す意味合いが大きい。
 システムを組む際の大前提「皇帝がダーク=ダーマに二人以上居ることはない」という事がある。その為に《ザロナティオン》は二名使用された時点で、あとの四つは使用できなくなる仕組みとなっており、リセットは長官がメイン中枢にアクセスする必要がある。

 エーダリロクは自らの偽装コードが使えず、自分自身のコード《ザロナティオン》も使用不可。
―― まずいぞ、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル
《ああ。皇帝が二人って。一人は陛下として、もう一人は……》
―― それもおかしいが、お前の偽装コードだ。お前は巴旦杏の塔を調べるた為に現在この偽装コードで”テスト”中であろう! よって偽装コードで通り抜けた相手は間違い無く!

 エーダリロクとシュスタークは基本が同じであり、皇帝と認識される。だが『巴旦杏の塔の調査に時間制限のあるカルニスタミアの協力』を求めた。
 理由は巴旦杏の塔にエーダリロクが立ち入れないようになっていた為だ。
 シュスタークとエーダリロクは”同じ”
 二人の違いは他者には分からない、内側に存在する過去の人格「ザロナティオン」と「ラードルストルバイア」と、誰もが解る『容姿』のみ。

 この容姿の違いは異形分類で、異形の即位を認めている帝国では《見た目》で判断を機械的システムは存在しない。

 だが巴旦杏の塔は、その使用されていない筈のシステムが使われていた。塔の復元を命じたディブレシア帝は、塔に「エーダリロク」が入ってくることを警戒して、ウキリベリスタルに用意させたものだと、警戒された相手であるエーダリロクは考えた。

 この巴旦杏の塔の誤作動から、エーダリロクは《ディブレシアがシュスタークに暗示をかけた》ことまで辿り着いた。

 中に入り込めない細工を破る為には、まずはシステムその物を完璧に理解する必要があるだろうと、エーダリロクは自分でシステムを構築してテストすることに決め、その試験場として、ダーク=ダーマを選んだ。
 最新鋭の軍艦で、監視システムが至るところに張り巡らされ、そのシステムのほとんどにエーダリロク自らが関わっているため、確実で容易にテストすることが可能なためだ。
 長官のカレンティンシスに委細は説明しなかったが”帝王の咆吼”などで、失われた過去システムの復元構築が必要であることを理解しているので、長官は許可を出していた。

 ”誤作動が起きたとしても、この男であれば本コードで通過できるゆえ、任務に差し支えることはないじゃろうからな”

 カレンティンシスの考えは妥当で、エーダリロクもそう信じていた。

 なによりエーダリロクは、己の偽装コードと、己の容姿。両方が合致しなければ、ダーク=ダーマの第一補佐の権限が使えないようにすることで、安全性を高めたつもりだった。

「俺と全く同じ容姿の奴が、俺の偽装コードでダーク=ダーマの中を歩き回ってるってことか!」

 エーダリロクはカレンティンシスに連絡を入れるために、第二副艦橋へと引き返した。

**********


 シュスタークが一人物憂げに宇宙空間を眺めていると、少し離れた場所から奇妙な音が聞こえてきた。
「なにかが引き摺られているような音だな」
 シュスタークは腰にさしている刀の柄に手を添えて、様子を窺うために立ち上がった。
 音の正体は、
「ザウディンダル! どうした? ザウディンダル」
 床を這って移動していたザウディンダル。
 近寄り抱きかかえ、ザウディンダルが這ってきたと思しき通路を見ると、血の跡が残されている。
「怪我は何処だ?」
 上衣を避けると、引き裂かれた下衣と内腿を伝う血と白っぽい液体。
「……」
 ザウディンダルは必死にロガが危ないと言おうとするのだが、舌に注入された薬により口が麻痺し、喋るどころか涎を垂れ流しているだけの状態。
 シュスタークは怪我の状態はどうなのだろうか? と局部を見た。
 男性器と女性器、そして傷つけられた箇所。薬によって誘うかのように濡れている女性器と、劣情を誘う行為の跡。
 シュスターク自身、いままで感じたことのない性欲が出口を求めるが、それを理性で押さえ込み、ザウディンダルを横抱きして立ち上がる。
「誰かいないのか! 誰か!」
 治療するように指示を出そうとするが、周囲には誰もない。
 ラティランクレンラセオの命令により、警備は全員下がっていた。
 不審に思ったシュスタークだが、腕の中で泣きながら何かを言おうとしているザウディンダルを治療させるために、一度部屋へと戻ることにした。
「安心しろ、ザウディンダル。いま部屋へと戻るから。そうしたらミスカネイアがいるからな」
 ザウディンダルは薬で思考を奪われてはいたが、部屋へと戻っていると聞かされ僅かばかり安堵した。部屋に戻り異常があればシュスタークが気付くはずだと。
 何事もないことを祈りつつ、腕の中で意識が遠退きかけ”駄目だ、意識を失っちゃ……”そう思いながら、己の腕に爪を立てた時、轟音と共に壁が震動し遅れて火薬のにおいを嗅ぐことになった。

「仕留めそびれたか! 僭主ヒドリクがいたぞ! あの白い服を着用しているのが僭主ヒドリクだ!」

 シュスターシュスタークに向かって《インペラールヒドリク》と叫ぶのは、皇帝を皇帝と認めていない僭主。
 ザウディンダルは声のした方を向いた時、光の束に見える無数の弾道が襲いかかってきていた。
 シュスタークはザウディンダルを抱きかかえたまま攻撃をかわし、廊下を走り出す。
「警備は全員殺害されたのかも知れぬな!」
 違うと言いたかったザウディンダルだが、口がきけないと同時に、違うとも言い切れない状況に正に言葉を失った。
 シュスタークは最初に遭遇した者たちから逃れ、
「僭主の狙いは余だから、ザウディンダルは離れていたほうが良いな」
 と考えて、どこかに隠しておこうと周囲を見回す。
「お、あれは確か……」
 壁にある清掃機S-555収納スペースに目を止めた。
 今回の会戦で”兵器”に変貌したS-555は多くが破壊され、本来収まっているスペースが空となっている箇所が多い。
 シュスタークが見つけたスペースも、空の状態であった。
「よし、ここに入っておれ。体調が良くなったら余の私室へと戻り、ミスカネイアに診察してもらうのだぞ。体調が思わしくなくなかったらここにおるのだぞ。僭主のことを片付けたら迎えに来るからな」
 ザウディンダルを中に入れて、マントを被せようとしたのだが、白いマントを着用している黒髪では、間違って攻撃されかねないと渡す事を止めた。
 その代わりではないが、皇帝の私室へ向かう為の鍵ともなる、軍刀を抱きかかえさせる。
「良いな。ザウディンダルならこの剣の使い方は解るであろう?」
 スペースの蓋を閉めて、やや離れた位置に立ち声を上げ、先程の者達をおびき寄せ、白いマントを翻し陽動を開始する。

―― おいおい。皇帝が囮になるって馬鹿か
《馬鹿って言われると……》
「僭主ヒドリクだ! 殺せ!」
―― 両性具有だから責任問題にはならねえだろうが、叱られるだろうな
《……どうしたら良い?》

―― 俺にお前の体を”貸せ!”

 ダクトに繋がる収納スペースに身を隠していたザウディンダルは、突如聞こえた皇帝の咆吼と、肉と骨が叩き潰される音を聞く。
 しばらくして薬の効き目が切れ、体がある程度動くようになったことを確認してから、蓋をこじ開けて外へと出た。
 そこにはシュスタークの腕に抱かれていた時に遭遇した”僭主一派”の死体が転がっていた。ザウディンダルはその血の匂いが充満している場所で深呼吸をしてから、刀を握り締めてロガの居る筈の部屋へと、足を引きずりながら歩き出した。


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