繋いだこの手はそのままに −157


 ラティランクレンラセオはザウディンダルを抱えてダーク=ダーマにあるケシュマリスタ王にあてがわれた部屋へと戻り、一人で作業を開始した。
 この種のことに関して、人を使うことは自らを窮地に追い込むことを理解しているので、全て一人で施術する。
 まずは目を覚まさないように麻酔を嗅がせ、ズボンに”襲われた人の着衣に見えるように引き裂く”ためのポイントをし、その通りに引き裂く。
 露わになった局部と、それ以上に重要な腹部。
 針で体内に薬を注入する原始的な”注射器”を取り出す。今の世界では、これが体内に薬を注入するものであると解る者はほとんどいない。
 腹部に麻酔を塗り、体内の映像を見ながら次々と麻酔を塗布した注射針を臓器に突き立ててゆく。
 精巣機能を停止させて、卵巣を活発化させる。子宮に妊娠用の薬剤を注入した。
 次に判断力を麻痺させる薬を投与した。
 ラティランクレンラセオはこれからザウディンダルに”死と引き替え”にあることを命じる。死ぬと解っている行為はできないとされる両性具有だが、ザウディンダルは機能的にはあり得ない”自殺行為をした”とされる報告があるので、万全を期するために。

―― 皇帝が両性具有を妊娠させる

 この策に必要な大切な箇所に被害が及ばないようにと特殊な塗り薬をたっぷりと指で膣の奥まで塗りつける。
 次にこれから恐怖を与える為に必要な箇所に《それが行動を示す為に必要な薬》を塗り込み、薬のついた手袋は焼き捨てた。
 用意を終え意識を失ったままのザウディンダルの体を起こし、テーブルに押しつけ両手足を、特に足はやや開いてテーブルに固定する。
 そしてラティランクレンラセオは部屋に運ばせていた、拷問用に製造された犬の入ったケースを開く。
 見た目は犬だが実際は彼ら人造人間と変わらない《生物》
 もちろん同じであっても、知能は極端に低く、言語による命令に従うこともないに等しい。それの行動は、匂いによって制御される。
「ここに穴があるぞ」
 ラティランクレンラセオの言葉ではなく、匂いに従い拷問用に開発されている犬に似た性器を体外に出し、ザウディンダルにのし掛かった。
 薬によって意識を失っているザウディンダルの表情が苦痛で歪みはじめたのを見て、ラティランクレンラセオは微笑んだ。
 皇帝の子供を身籠もるまで、ザウディンダルには自らの体調変化を気取らせてはならない。完全な男であるラティランクレンラセオは、ザウディンダルが自ら子宮が妊娠可能になっていると気付くことも考慮する必要もあった。
 その為、下腹部のあたりに激痛を引き起こす拷問を仕掛けることにしたのだ。そしてこの拷問は、本人にも見せなくてはならない。
 あくまでも下半身の異常が、この陵辱的な拷問にあることをザウディンダル本人に教える必要があるのだ。
 拷問用の犬が二度ほど動いたところで、ザウディンダルが声を上げて目を覚ます。
「……っ!」
「目が覚めたか、レビュラ公爵」

 右側に犬に似た生物の顔、犬が動く都度揺れる自分の体、下半身に走る痛みと圧迫感に、何事が起こっているのかを理解したザウディンダルは、目を大きく見開き叫び声を上げた。

**********


「……ん?」
 ロガは”引っ張られているような”気がして目を覚ました。
 引っ張られている先を捜すと、そこにはボーデンの姿が。
「ボーデン! おしっこ漏らして。気付くの遅れて御免ね、ああ! おトイレまで! もう少し我慢して!」
 広い部屋の片隅にあるボーデン用のトイレ。ボーデンはそこまで歩くのが億劫な場合、ロガやシュスタークに”運ぶよう”服の端を引っ張る。
 ほとんどはシュスタークの仕事なのだが、部屋にロガ一人しかないので、薄紫色をした軍服の裾を噛んで引っ張ったのだ。
 ボーデンをトイレに置き、しゃがみ込みながら、
「ロヴィニア語って難しいよ」
 先程まで勉強していたロヴィニア語が、中々覚えられないことをボーデンに呟く。
 シュスタークがロヴィニア系皇帝と知り、幾つか喋って貰った言葉が《あの時、シュスタークが使った言葉》に似ていた気がしたので、ロガは再び現れるかもしれない《あの人》の言葉を理解できるようにと、黙々と勉強していたのだが気が付いたら居眠りしてしまっていたのだ。
「おしっこ終わった?」
 漏らした為に汚れたボーデンの毛を拭きながら、
「もっと早めに起こしてよ……粗相の回数増えたね……」
 年を取ったボーデンに、悲しさが沸き上がる。いつまでも一緒に居られないことは知っているのだが、近いうちにボーデンが老衰で死んでしまうことを考えると、ロガは寂しくて仕方なかった。
「長生きしてね、ボーデン」
「わう(ロガとあのへなちょこ小童の子供を見るまでは死なん。死にきれぬし、ビハルディアとニーに会わせる顔もない)」
 片付けを終えて、自分も着替えようとしたところに、六名ほどの警備が押し入るように現れた。
「后殿下。此方へ」
 知らない顔の男たちが有無を言わせずロガの腕を掴む。
「あ、あの! 着替えて……」
 ロガはボーデンが粗相したドレス調の裾を掴み付かないようにして着替えると言ったが、
「必要ありません」
 強引に部屋から連れ出す。
「ボ、ボーデン! ちょっと出かけてくるから!」
 入り口の扉が閉ざされ、ボーデンは黙ってその場に眠るような体勢を取った。

 ロガを連れ出した六名の男は、ラティランクレンラセオの部下。
 彼らはラティランクレンラセオの部屋に、ザウディンダルに行う拷問用の道具を用意した者たちだった。
 用意を終えた後、彼らはもう一つの仕事があった。
 拷問用の”犬”に餌を与えること。
 極限まで飢えさせた犬たちは、着衣も全て食べてしまうことは確認済みである。
「王。餌として与える前に、輪姦してもいいでしょうか?」
 一人の男が口を開いた。その口はまるで顔を裂いたかのような、不自然さがあった。
「好きにするが良い。証拠さえ残らなければ良い。お前たちの証拠は絶対に残すなよ」
 ラティランクレンラセオの言葉に六名は頷く。

 通常ラティランクレンラセオの計画は入念に用意されたものばかりだが、ロガに関しては”行き当たりばったり”であった。

 当初ラティランクレンラセオはロガを殺害する予定はなかったのだが、予想以上に一般階級でロガに人気が出てしまい、皇后として冊立する原動力にもなり得る規模になってしまった。
 なによりも決定打は「人間の意思を統一することが出来るのならば、奴隷を皇后として冊立するのもやむを得ない。統一の旗印となるのであれば、再生王朝の礎となるのであれば認めるのが王としての判断だ」と、カレンティンシスまでもが譲歩を示したことにある。
 エヴェドリット王ザセリアバよりも先にテルロバールノル王カレンティンシスが奴隷皇后冊立に傾くとは、思いも寄らない事であった。

 シュスタークやザウディンダルは排除や封印ができるのだが、ロガは人造人間の枠に一切関係ないためにそれができない。
 何よりシュスタークから遠ざけても《エーダリロク》がロガを身籠もらせて、次の皇帝とすることも可能。
 いつも通りの事ではあるが、ロヴィニア艦隊が全て引き上げ、エーダリロクが始終ダーク=ダーマに残るように仕向けたのは、言うまでもなくロヴィニア王ランクレイマセルシュの牽制。
 今まではシュスターク一人を玉座から遠ざければ全てが収まったのだが、そうもいかなくなってしまった。

―― 《ロガ》彼女を皇后の座から遠ざける手段は”殺害しかない”のだ ――
 
 だが幾重にも張り巡らせた作戦ではない突発的な行動であり、ラティランクレンラセオにしては短慮な行為であった為に、これに気付いた者がいた。
 ロガの身辺を気遣っていたヤシャル親王大公ケルシェンタマイアルス。
 ラティランクレンラセオの息子は、父が入念な用意をした「ザウディンダルと皇帝に対して行うこと」に関しては全く気付かなかったが、急遽下した「拷問用の犬に餌を与えるな」命令に不信感を持ち、何事かと一人で懸命に探っていた。
 ラティランクレンラセオの本当の顔を知っている部下の六名が、ロガに暴行を加えその後「犬」に餌として与えて証拠を消し去ろうとしていることは掴んだ。
 だが情報は掴んでも動くことができなかった。
 まだ行動を起こしていない六名を処分することは不可能。行動に移していない時に”不敬”を持って処分することは出来たとしても、他にも配下は存在する。
 下種な六名の部下を先に処分してしまい、父であるラティランクレンラセオ自らが動きロガを処分しようとしたら、ヤシャルには止める術がない。
 彼は考えて、六名が行動に移した時”確実な証拠”を得て、処分しようと決めた。
 それを阻止した所で、完全にラティランクレンラセオから逃れられるわけではないが、彼としては帝星に帰還するまでの間ロガを守りきることができれば、そこから先は自らなど足元にも及ばない実力者の帝国宰相デウデシオンが守りに入るのだから、余計な心配はいらないだろうと。
 父ラティランクレンラセオと父の部下たちに気取られぬように、ヤシャルはダーク=ダーマの中を歩きロガが”餌とされる場所”へと向かった。

 ラティランクレンラセオが立てたにしては雑な”ロガを殺害して排除”なる作戦だが、それも無駄にはしない。
 ケシュマリスタ王は”その過程”でガルディゼロ侯爵キュラティンセオイランサを処分しようとしていた。

**********


「警備責任者を次の者に交代してくれるだけでいい」
 ラティランクレンラセオはザウディンダルに”ロガの警備責任を変更”するように言う。
「后殿下……に、なにする……」
「多分君が思っている事だよ」
 体を無理矢理動かされ、テーブルに膝を打ちながら”ぼう”とした頭で、ザウディンダルはラティランクレンラセオの意図を必死に探った。
「あっ……くっ……」
 ザウディンダルはラティランクレンラセオが「ロガを狙っている」と考えた。それは間違いではないのだが、本当の目的を隠すための都合の良い出来事でもあった。
 次のロガの警備責任者はキュラ。
 警備の時間はランダムで、いつ交代するかは基本責任者しか知らない。責任者同士は何時交代するかは、警備のタイムテーブルを組んでいるイグラスト公爵タバイと、シダ公爵タウトライバが口頭で告げる。
 ザウディンダルとキュラの警備交代時間ではない。今交代しようものなら、警備が空白になってしまう。
 ザウディンダルはその隙にラティランクレンラセオがロガに危害を加えると考えた。
 判断としてはおかしくはない。
 まさか目の前の男が自らの体に薬を投与し、皇帝の子を身籠もらせようとしているなど、考える筈もないだろう。
「だれ……が……」
 ”キュラを処分する気なんだ……やめろ……”
 そしてロガ警備の失態に関し、責任を負わせて処分する目的もあることに気付く。そちらは完全に推理が的中していた。

「いつまで持つかな? 両性具有」

 口を枷で封じられている犬は大きな呻き声を上げ、一層激しくザウディンダルの体を揺さぶり始めた。体の全てをテーブルに打ちつけられているが痛みを感じる余裕などザウディンダルにはない。耳元の犬の喉で響く音が”快感”を感じていることをザウディンダルに伝えてくる。その先が何であるのか? 考えることを拒否していたが、
「そろそろ、射精するよ」
 ラティランクレンラセオが反対側の耳元で囁き、同時に体内に熱い体液が広がったことを感じザウディンダルは絶叫した。


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