繋いだこの手はそのままに −155
 略式とはいえ皇帝が主催し、参加する祝賀式典の用意など演説前から用意が整えられている。
 ただ皇帝は何時いかなる時であっても「全員が揃った後」で入場しなくてはならず「誰よりも先に退出」しなくてはならない。
 今回のように全員を集めた場に向かい演説して立ち去り、その後同じ面々と会食をするとなると、時間を潰す必要があるのだ。
「どうよ? ビーレウスト」
 祝賀会場まで付きそうのは、機動装甲を降りて疾走してきたエーダリロクとビーレウストの両王子。
「良い感じだ、エーダリロク」
 機動装甲の後片付けその他は、祝賀式典に参加しないキュラティンセオイランサとザウディンダルに任せ、二人は柱の影から手を繋ぎ宇宙を背に愛を語り合っているロガとシュスタークを見守っていた。
 ”良い感じ”の判断が曖昧というか、興味なさ過ぎて読めないエーダリロクであっても、今のロガとシュスタークは声をかけない方がいいだろうことは感じ取ることができるほどの雰囲気。
「もうしばらく待機って連絡しておくな」
「当然だ」
 ”今度こそは”という気持ちを込めて、人殺国家の半狂人王子と吝嗇国家の童貞王子は二人を見守っていた。

**********


「ナイトオリバルド様」
「なんだ?」
「帝星に帰ったら、本格的な祝賀式典というのをするんですよね?」
 ロガが参加するのは本式典の方と、最初から決まっておった。
「そうだな」
 その為に戦闘終了後から帝星帰還までの間は「式典においてロガがするべきこと」を覚える時間になっておるそうだ。
「祝賀式典と生誕式典を一緒にすると聞きました」
「ああ、そう……」
 生誕式典? ……余の生誕式典?
「ナイトオリバルド様?」
 あああ! 余の馬鹿あ! あの時、あの場所で、あの……うわあああ!

**********


「花火が上がるんだって教えてもらいました。前にゾイが小さな花火買ってきてくれて見せてくれましたけど、あれが空にあれば綺麗なんでしょうね」
「今回は無理だが、来年は来るが良い。特等席を用意しておこう」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、約束する。必ず見せるから……だから、それまで一緒にいてくれるか」

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 なんと言う事だ! 自らが二十五歳の誕生日前に初陣し、誕生式典は行わず、初陣祝賀式典の一部になると、五年以上前から聞かされていたではないか!
 それなのに、それなのに! なんの疑問もなく、安請け合いしおって! 余の馬鹿あああ!
「すまない、ロガ! あの時、二十三歳の時”二十四歳の誕生日は無理だ、来年の誕生日に特等席用意するから”と言ったが、元々二十五歳の誕生式典はなく、祝賀式典と共に行われると決まっていたのだ!」
 あの時浮かれていて気付けなかったのだ。
 そうだ、間違いなくあの頃からロガのことが好きだったのだ。
「……」
「どうした? ロガ。見たいのなら急いで用意させるぞ! 帝星の夜を昼にする程の花火を打ち上げるぞ!」
「いいえ、来年でいいですよ。あの、誕生日についてなんですけど」
「う、うん」
「誕生日って個人でプレゼントを贈ったりするものなんですね。私たち奴隷は個人の誕生日はないんで、そういう習慣なくて誕生日プレゼント用意するって知らなくて。それと私にとって一番身近な誕生日はナイトオリバルド様だから”皇帝陛下”に一般階級と同じように誕生日プレゼントを贈っていいのか解らなくて」
 余とロガの距離を初めて感じた。
 ああ……そうなのか。ロガには誕生日はないのか。
「そうなのか」
「誕生日プレゼント贈ってもいいですか?」
「余に?」
 この空間には余とドームの向こう側にみえる星々しかないのだから、余であるのは疑いようもないのだが。
「はい! 私からナイトオリバルド様へです」
「もちろん!」
 ロガからプレゼントをもらえるとは! 何だろう! おお、先ずは立ち上がらねばな。
「それでは……あっ! ナイトオリバルド様、立ち上がらないでくださいね」
 ロガが半歩ほど余に近付き、両手を頬に添えた。
「ああ」

 なんだろう?

「お誕生日、おめでとうございます。ナイトオリバルド様」
 ロガの顔が近付いてきて、額に柔らかい感触が。皮膚が香りをはっきりと感じることができるかどうかは知らないが、ロガが触れた箇所は爽やかな香りがしたように感じられる。
 頬に添えられていた両手が離れ、口元を手で隠した。
 そしてピンク色に染まったロガの頬。
 余は額に手をあてて、はやる胸の鼓動を感じながら尋ねた。
「あの、もしかしなくとも……キスしてくれたのか?」
 小首を傾げるような仕草、恥ずかしそうに微笑んだ目元。だがしっかりと頷いてくれた。

 額にくちづけ……額にキス……ロガからおでこにキスしてもらった!

「お誕生日プレゼントになるかは解らないんですけれ……」
「ありがとう! ロガ! この感動は一生忘れない! 忘れられるものか! 二十五年間でもっとも嬉しいプレゼントだ!」
 天にも昇る気持ちというのは、こういうことを言うのだな!
《天然。本当に飛んでるぜ……おい! 天然、聞こえないのか》
「ナイトオリバルド様!」
 ロガの声に下をみると、宙に浮いている。あれ? どうして、重力制御が行われているのだ? ラードルストルバイア?
《俺はやってない。お前が自力……話し聞け!》
 そんな事はどうでも良い。
 この感動をどうしたら良いのか! どう表して、どのようにこの気持ちを落ちつけ……

―― 私一生髪洗わない
―― 洗え!
―― 機会があらばいつでも撫でてやるゆえ、そのために洗っておけクリュセーク
―― 次回があると言ってくださるのですね! 陛下

 今ならばあの日のクリュセークの気持ちが分かる! 解るぞ、クリュセーク! 洗えと言って悪かったな。だがまあ、洗えとしか言えんが……だが!

「うわああ! 二度とおでこ洗わない! 洗わないぞ!」

 余はなんかドームの天頂に張り付いている気がするが、そんなことどうでも良いのだ! ロガがキスしてくれた! この幸せ、こんなにも幸せでいいのであろうか!

**********


「陛下の演説聞いたか」
「聞いた聞いた」
「后殿下もいたな。椅子に座ってて吃驚したけどよ」

 エーダリロクとビーレウストの機動装甲にロックをかけて戻って来たザウディンダルは、いかにも格納庫らしい、メタリックな骨組みが組まれただけの、剥き出しの柱の前で腕を組んでいるキュラティンセオイランサを見つけた。
「どうしたんだ? キュラ?」
 唇に人差し指をあてて”静かに”とポーズを取った後、もう片方の手で柱の影となり、ザウディンダルとキュラが見えないで話を続けている者達の会話が聞こえてきた。

「それにしても、后殿下お疲れなのか痩せたな」
「ひどいやつれ具合だったけど。心労かなあ」
 シュスタークの演説は、全軍に放送される。メインはシュスタークなので演説最中は映らなかったが、最後に手を取って二人で会場を去るまでが流されたため、今現在どの艦内も大騒ぎであった。
「お前、解ってないな」
「何がだよ?」
 機動装甲格納庫内も同じ。
「陛下は三日間、部屋に后殿下と篭もられたんだそうだ」
「?」
 機動装甲に搭乗していたエーダリロクが先手を打って流した、二人の仲睦まじい姿。それとしばらくの間姿を見せなかった、世間一般でいうところの新婚夫婦となれば……
「陛下が手放さなかったに決まってるじゃないか」
 二人が愛を確かめ合っていたと勘違いされても無理はない。
 むしろそれが”勘違い”になってしまうのが、おかしいくらいだ。
「陛下って、ご両親の血筋からいったら……后殿下もやつれて当然か」
 ロヴィニアの”そちら方面”の強さは驚異的にして、現代の神話級の語り種。その血筋に連なる形となっているシュスタークの母皇帝の異名も異名。それらのことを思い出し、納得いったとばかりに頷く者も。
「ご懐妊なさったのかもな」
「いやあ、無理じゃないか? あんまり激しいと、そんな余裕もなさそうだ」
「やつれるまで手放さないって、意識を失っても、陛下がご寵愛なさってたに違いない」
「陛下といえば……」
 仕事が終わった者達が続々と集まり、口々に話はじめた。
 不敬といえば不敬だが、彼らなりに”皇帝と奴隷”に好意であり、世間的には”そう思って貰わないと困る”内容なので、二人は顔を見合わせてその場から足音を消して立ち去った。

 まさか未だに”皇太子ができるような行為は一回もしたことがありません”などと、言えるはずもない。

 格納庫から離れ、貴族用の廊下に入ってから、キュラは声を殺して笑った。
「彼らの言いたい事というか、言ってることは当たり前なんだけどね」
 奴隷と皇帝の間に皇太子が誕生することは、誰の目にも明かであり”そうならなくてはならない”のだが、それが遠からずではなく”非情”な迄に遠い道程なのが問題……だが、公言することはできない。
「誰も后殿下が処女だなんて思ってないだろな」
 もちろん、誰も公言したいとは思わない。
「君が処女なのも詐欺だけどね、ザウディンダル」
「ほっとけよ、キュラ」
「愛しいお兄様にお誕生日オメデトウ連絡したの?」
「煩ぇな! ……で、キュラ。お前本当に参列しなくても良いのかよ。俺が警備代わっても良いんだぜ」
「要らない。カルニスタミアも列席しないしさあ」
 ザウディンダルは式典に参列しようものなら、ほぼ全ての者が拒否し文句をつけてくるので、このような”帝国宰相がいない”式典には絶対に参列しない。
「カルな。あのテルロバールノル王が参列させないって言うくらいだから、よっぽど悪いんだろうな」
「無理し過ぎだよね。まったく馬鹿な王子様だよ」
 キュラはロガの警備責任者なので参列しない。
 キュラ本人も前国王の庶子で、人に拒否されるようなことばかりしているので、参列したところで面白いわけでもない。
 ザウディンダルが参列しているのと、然程違いはないくらい。
 それでもカルニスタミアが治療を終えて参列していたならば、キュラはザウディンダルに代わってもらい参列したが、無理をし過ぎたカルニスタミアは今だ要治療状態。
 治療器から出せず”式典に参加してこそ王族”と断言するテルロバールノル王が、参列させることを断念したほど。
「たしかに頑張り過ぎだよな。でもまあ……やっぱり、あれ程できる男なんだな。カルのやつ”全軍艦隊指揮なんてした事もねえ儂に、期待し過ぎで夢見過ぎじゃ”って言ってたけど、本当のことじゃねえか」
「まあねえ。噂以上で、ヒステリー王様に夢見させてやったよね」
 二人はシュスタークとロガが向かったと連絡を貰ったドーム近くに到着し、キュラが扉に手をかけて開き、いつも通りに”話しかけやすい口調”で声をかけた。
「后殿下、お迎えに上がりま……」

 シュスタークが外壁を縦横斜めに転がり回っている姿が目に飛び込んで来て、キュラは硬直し、ザウディンダルも硬直した。

「ビーレウスト!」
「エーダリロク!」
 シュスタークを会場に案内するはずの王子二名が帝国軍捕縛用フォーメーションを組み、必死に捕らえようとしている姿と、キュラとザウディンダルがこれから皇帝の私室へと連れてゆき、警備しつつお茶を楽しむ相手でもあるロガが呆然としてる。
「ねえ……何事だと思う? ザウディンダル」
「知らねえよ、キュラ。……帝国軍捕縛用フォーメーションより、リスカートーフォンフォーメーションの方がいいんじゃねえのかな……くらいしか解んねえ」
 額を片手で押さえ宇宙空間をバックに、白が基調の元帥服を飾る勲章や階級章を激しく揺らし、皇帝の長さを表すマントを広げて、切羽詰まっているのか嬉しいのか判別しがたい表情で転がり回るシュスターク。
「これが帝王の力か!」
 ビーレウストが大声で叫び、
《あの動きはロランデルベイ(ラードルストルバイア)ではない。遂に力を制御することができるようになったか! ヒドリクの末にしてシュスターであるナイトオリバルド・クルティルーデ・ザロナティウスよ! 見事だ!》
―― 感動してなくていいから、止めるの手伝ってくれ!
 エーダリロクは内に向かって叫んだ。
《それは自分でやるがいい》
「うおぉぉ! ビーレウスト! リスカートーフォンフォーメーションだ!」

《にじゅうごさい てんねん しあわせそうだな》
 本体の本来の制御を前に、ラードルストルバイアは沈黙を保った。

 王子二名と皇帝一名は”自分の仕事ではない”とばかりに、キュラとザウディンダルはロガに近付き、原因を尋ねた。
 内容は、
「はあ。后殿下が誕生日プレゼントとして、おでこにキスを」
 信用できるものであり、この騒ぎも納得出来た。
 世間では”陛下の寵愛が深すぎて、夜も昼も体を離してもらえず、体調を崩したのではないか? と疑いたくなるほど后殿下はやつれている”だが、実態はロガに額に軽く口づけされて、喜び転がるのが精一杯な状態。
「それは良いプレゼントでしたね。陛下大喜びじゃないですか!」
 ”親王大公誕生までの道のりは長い”と思いながらも、キュラは楽しくなった。”この”シュスタークであるからこそ、仕え甲斐があり忠誠を誓いたくなるのだと。
「あの、でも……」
「あれは陛下のお喜びの姿なので、全く持って、ちっとも、全然、絶対に、一切合切気にしなくていいですから! ねっ! ザウディンダル」
「キュラの言う通りです。陛下のお喜びの姿は、皇帝のみに許されたスタイル? ですので」

 皇帝の家臣歴の長い二人は笑う。キュラは作られた華やかさながら、それを覆い隠す爽やかさで、ザウディンダルは憂いと共に。

「そうですか。あの……ザウディンダルさん、キュラさん」
 二人の笑顔に騙されたといってはおかしいが、信用したロガは”言わなくては”と思っていたことを告げることにした。
「はい、なんでしょうか?」
「どういたしましたか?」
「ナイトオリバルド様……いいえ、陛下を補佐してくださったことに関して、感謝を」
 薄紫のドレス調の軍服をつまみ上げ、胸元に手を添えて軽く頭を下げた。
「頭を下げる必要などありませんよ」
「当然のことをしただけです。それも、力が及ばなくて」
 二人はまさかロガが頭を、それもシュスタークのことで下げてくるとは思ってもいなかったので、驚いた。
「感謝させてください。親しい人には、感謝を言葉にしたいのです。あまりするものではないと教えられましたが。覚えるつもりはありません。重ねて感謝させていただきます」
 二人は互いに視線を交わし、微笑んでから膝を折り頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
 思うことは様々あったが、キュラとザウディンダルの二人が感じたのは”幸せ”だった。幸せの正体は解らないが、こうしてロガに感謝され、それに膝を折り感謝を返す。
 何度も行ってきた行為だったのだが、今までとは違うものがあった。
「さて……エーダリロク! ビーレウスト! 僕たちと后殿下は部屋に戻るよ」
 キュラが立ち上がり、捕らえようとして失敗し互いの額を強かに打ちつけうずくまっている二人に声をかけ、
「それでは陛下。失礼いたします」
 ザウディンダルはロガを案内する。
「じゃあ、戻りますからナイトオリバルド様」
「お、おお! 余も後で帰るからな!」
 ロガに当たり前すぎる返事をしたシュスタークは、しばらくの間ドーム内を転がっていた。

**********


 奴隷だけが住む星にいたころは、宇宙は見上げるもので
 夜にしか見えないもの
 この手で触れることはできないものだった

 陛下と手を繋ぎ、あの宇宙を眺めた日
 私は宇宙に触れることができるようになった
 私が触れられるのは僅かだけだけれども

 ―― ロガ。一緒に行こう ――

 あの方とこの手を繋いだその日から


第十一章≪誓い≫完



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