部屋中を埋め尽くす、色とりどりのリボン。
光り輝く物が良い。宝石などを埋め込んだものが良いな。
専用のティアラにそれらのリボンを結び、ティアラを頭に載せた後、それらのリボンを ”おさげ” に編み込む。
そう二本の三つ編みに編み込んでゆく。
多種多様な輝きに満ちたお下げをまずは後頭部で交差させて、両耳の後ろを伝わせてティアラの後ろ側まで持って来たらそこでまとめる。
まとめられた ”端” は頭にしっかりと止められて、皇族(皇王族)や王族の女性が正式な場において装着する 《アウゼス》 の土台とする。
アウゼスは一般階級では使う事は出来ないが、ティアラの部分を専用のヘアバンドにして、髪に多種多様なリボンを編み込み、頭の回りをぐるりと回して上手に端を処理する髪型は 《オベラ》 と言われるようになった。
そう、グラディウス・オベラから始まった髪型。
本日はその 《オベラ》 が初めて人々の目の前に現れた日。
「驢馬! どう? あてしの頭! 凄いでしょ! これから結婚式なんだって! ご馳走でるのかなあ」
グラディウスは慣れない正装と、初めての化粧を施されてにこにこしながら、驢馬に話しかけた。
「行ってくるね! 驢馬」
鳴き声を聞いて頷き、アルトルマイス親王大公を受け取り抱きかかえながら、バルコニーへと向かった。
驢馬はリボンで埋め尽くされている部屋から見送る。ちなみに驢馬もリボンとレースと宝石で飾られている。なにせ帝后殿下の驢馬だ。
グラディウスの着衣は特殊な形をしている。
”アルトルマイス親王大公を抱かせてバルコニーに出す” ことに決まった。サウダライトの提案だったが、それは何の障害もなく通った。
だがそうするのには、大きな問題があった。衣装である。
グラディウスが転ばないような、だが立派な衣装をデザインする必要があった。グラディウスは自分がどのような服を着たいのかも解らない子で、
「うん! みんなが作ってくれたのは嬉しいな!」
デザインを他の人に預けた。
デザインを専門の者に任せるのは当然だが、問題は 《誰の好みを採用するか》 である。サウダライトの望みは完全に無視されて、正妃三人とマルティルディにイダ王が、互いの好みを押しつけ続けた。
他の正妃達と皇帝の衣装が出来上がり、リハーサルが開始される時期になってもグラディウスの衣装はまだ型紙すら出来ていない状態。
「陛下、仲裁を」
式典の運営責任者の一人であるザイオンレヴィが言うも、
「無茶言うな」
サウダライトは力無く首をふるのみ。
ザイオンレヴィは手をこまねいている訳にはいかないのでテルロバールノル王とエヴェドリット王に、式典のリハーサルに差し支えるので協力をして貰おうと出向いたが、エヴェドリット王は妹王女にして皇后デルシ=デベルシュに、何か言ってはならない事を言ってしまったようで(顔は並以下だから……)首があらぬ方向に曲がって伸びおり、大変なことになっていた。
ザイオンレヴィはそれらの現実に背を向けて、次はテルロバールノル王の元へと向かったのだが、そこはもっと大騒ぎであった。
テルロバールノル王は娘であるルグリラドの意見を通そうとしてるのだが、ルグリラドの弟でありマルティルディの夫イデールマイスラは、妻の意見を通すために同意しろと叫んでいた。
王は王で ”貴様はテルロバールノル王家の誇りを失ったのか!” と怒鳴る。
夫は夫で ”同意させなけりゃ、あと一年子作りしないと言ってきた! ここは父王がルグリラドを説得して次代ケシュマリスタ王の誕生を優先するべきじゃ! ルグリラドは皇太子候補を産んでいないのじゃから!” やはり叫ぶ。
イデールマイスラの言い分は尤もだが、ルグリラドの子供が皇太子にならないと 《決まった》 わけでもない。
アルトルマイス親王大公が病死でもして、ルグリラドの産んだ親王大公が皇太子にでもなったとしたら……そう考えると、父王としては娘の機嫌を取っておく必要もあった。
アルトルマイス親王大公は血統から考えても、突然死する恐れがある。
父(サウダライト帝)の従兄弟にあたる突然変異を越して処刑された先代皇帝の皇子ルベルテルセスに近い血と、人造構成物質を全く含まない ”純粋な人間” との間に産まれた彼は 《突然変異》 を起こす可能性が異常に高いのだ。
それらの事を考えて、息子に正妃の意見を押すようにマルティルディを説得してこいというテルロバールノル王。
話し合いは平行線を辿っていたのだが、それは爆発する。爆発させたのは、ザイオンレヴィ。
「シルバレーデ」
ザイオンレヴィが通されると、突如言い争いは収まり、イデールマイスラが睨み付けてきた。
《ベル公爵殿下がいると、もうこれは……話にならないなあ》
ザイオンレヴィは内心で溜息をついて、無駄だと解っても話はじめた。
イデールマイスラはザイオンレヴィが嫌いだった。理由はザイオンレヴィが妻であるマルティルディの愛人だと 《思い込んでいる》 ためだ。
これらのことは、イデールマイスラの知己であるガルベージュス公爵も何度も説得を重ねているが、全く聞き入れようとはしない。
それでも昔は余裕があったのだ。
ザイオンレヴィはイネス公爵の息子なので、愛人以上にはならないと。だが運命の悪戯か、宇宙の大暴走か、ただの偶然かは解らないが、ザイオンレヴィは一応皇帝の息子になった。
”まあ、親王大公じゃないけど皇帝の息子だったら、僕の夫になっても良いくらいの立場だね。辛うじて、だけどさ”
そんなマルティルディの言葉と、諸事情により寝室を別にされて早五年。
彼はこの五年間、女に触れてはいない。勿論男にも。周囲の者は愛妾を勧めたが、彼の立場は王太子の婿である以上、王子であっても愛妾を囲って下手なことをしたら処刑される。彼はケシュマリスタ王太子の婿となり、ケシュマリスタ王の王婿となり、未来のケシュマリスタ王の父になる事が目的であり使命であって、女を囲って遊ぶことはその障害でしかない。
もっとも愛妾を勧められたのは二年目まで。ザイオンレヴィが皇帝の息子になった事で、妻の夫の座に収まることが出来る事実を前に、
「貴様等! 儂に女を勧めて、処刑する気じゃなあ! シルバレーデの差し金かあ! それとも人造王の差し金かぁ!」
一時期精神を病んだ程だった。
ザイオンレヴィ自体は何も悪くはないのだが、
「あのまま精神病んだら、離婚したのに。立ち直って残念だ」
イデールマイスラから見ると、敵以外何者でもない。
敵視されているザイオンレヴィの意見など聞き入れて貰える筈もなく、話をしている内に憎悪が吹き出し(愛人だと信じているので)軽く発狂して泣き出したので、テルロバールノル王に挨拶をしてその場を立ち去った。
「愛人じゃないです、愛人じゃないんですって……はあ」
イデールマイスラとザイオンレヴィが解り合える日が来るのかどうか? それは恐らく、ガルベージュス公爵にかかっている……のかも知れない。
それでどうなったのかというと、結局グラディウスの衣装はキーレンクレイカイム王子が用意していた物に決まった。
何のことはない、あまりに白熱し過ぎて衣装を作る時間が足りなくなったので、予備にと用意しておいた彼の衣装を使うしかなくなったのだ。
「ミニで可愛いな」
躓かないように、昔のミニスカート的なデザインを採用。
「マントの長さも背中の半分か、良かろう」
同じ理由でマントの長さも短めに。
「袖が特徴的だね」
袖はアルトルマイス親王大公抱きやすいように腕にぴったりした物。
「なるほど、アルトルマイスに派手な衣装を着せることで、より一層華やかになるのか」
グラディウスの衣装も派手だが、それは腕に抱かれるアルトルマイス親王大公と調和が取れている。
誰も納得はしなかったし、自分の気に入ったデザインの方が ”より” グラディウスに似合うと思っていたが、その衣装で合意した。
実はこのデザイン、サウダライトが ”着せたいな” と願っていたもので、それをキーレンクレイカイムが用意したのだ。サウダライトはマルティルディに生涯頭は上がらなかったが、キーレンクレイカイムにも影で色々と便宜を払って貰った為に、やはり頭が上がらなかった。
これらの経緯、当然グラディウスは知らない。知る必要もないことである。
”ルサお兄さん” の指導のもと、儀式を必死に覚え、ルサとリニアを介添えに式典に臨む。《みんなが祝ってくれる》 という言葉に喜びを隠さずにバルコニーに出た。
− 帝后は感動のあまりに涙した
公式記録にはそのように書かれているのだが、実際はというと、
「怖かったよー! 怖かったよー!」
恐怖のあまりに泣き出した。
今まで然程人のいない空間で生きて来た子供が、三億を超える群衆の歓声をまともに浴びたら 《怒号》 と勘違いしても責められるものではない。
耳を劈き、全てを埋め尽くす人の声の中、グラディウスは驚きで泣く事しかできなかった。
もちろんこれが初めてだからであり、成長して人々の歓声になれてくると笑顔で手を振るようになった。手の振り方は、両手を前に出して指も開いている格好の悪いものだが、人々には好評であった。
”あてしグラディウス・オベラ・ドミナス!”
言いながら笑顔で手を振るグラディウスに、群衆はこう返すのだ。
”存じておりますよ、帝太后陛下”
隣には退位した ”大皇サウダライト” が微笑んで立っている。
そうなるまでには、
「怖かったよー、怖かったよー! おっさん、怖かったよー!」
まだまだ時間がかかる。