、君
真紅。海へ【03】
 人気のない寂れた倉庫街での爆破事件。
 当初は真面目に捜査されようとしていたのだが――
「……」
 衛星写真に向かって中指立てている、宇宙で一番猫耳猫尻尾が似合わない男の姿が確認されると同時に”ただの事故”として処理されることになった。
 あの事故で瀕死で死を待つだけの状態だが一人の”生存者”が確認された。
 ザウディンダルを殴った男である――彼は運悪く生き延び、苦痛のただ中にいた。
「貴様、あそこでなにをしていた」
 黒こげになっている男に日本刀を突きつける男と、後ろにいるザウディンダルの保護者デウデシオンと、グラディウスの保護者ダグリオライゼ。
「あの凶悪な猫耳猫尻尾持ちの男はどこへ向かった!」
 男は答えることができず、
「喋ることはできません」
 医者がそのように言うと、
「ならば死ね」
 ベルライハは縦に真っ二つに切り裂いて治療室を後にする。

「どこに行った! ジルニオン!」

 叫びながら病院を出て行く。
「おい、待て」
 デウデシオンとしても出来れば一緒に居たくはない相手だが、ザウディンダルを助け出しその後どこかへ、一緒に向かったらしいので付いていく。
 助けに向かった際に自分一人では対処できないからだ。
 サウダライトはというと、
「この事件で死傷者はなし。いいね」
 医者と看護婦に口止めをして、処理の方向を部下たちに提示し、
「待ってくれないかね。私もいくよ」
 距離をとって、少しばかり早足で後を追った。

**********


 窮地を脱したもぎもぎとざうにゃんは、危険な生物と共に個人病院へと行き、怪我の診察をしてもらった。
「お腹空いてるのに、ごめんね」
 病院に行くことを提案したのはジルニオン。
 自分とは違い頭を殴られたりしたら検査しないと危険だろうと判断し連れてきて、勝手に持ち出したベルライハのカードで診察料金を支払う。保険証を持って来ていないので全額負担だがベルライハのカードに上限はないので、なんら問題はない。

 グラディウスの保険証は分かるが、ザウディンダルの保険証が存在するのかどうかは不明である。

「軽い打撲で済んで良かったな」
 すっかりと懐いた二人に手を引かれ、交番前の中華料理店にむかうジルニオン。
「病院行くこと教えてくれて、ありがとう、ジルお兄さん」
「お金払ってくれてありがとうな! あとで返すから! デウデシオンが」
―― デウデシオンってのは”あの”デウデシオンか? エバが”奴の離婚調停のせいで会議が開けん”って言ってた、あのデウデシオンか?
(このエバとはベルライハのことです)
「ざうにゃんはデウデシオンと一緒に住んでるのか?」
「うん! もぎもぎはご近所さん!」
「向かいに住んでるの! おっさんと一緒に」
―― 向かいに住んでる? デウデシオンの向かいに住んでるってことは……エバが”いやなモノに遭遇してしまった。愛人と歩いているところを娘に見られている知り合いというのをな……少し離れた位置だったので、両者が見えてしまってな。娘は以前ホテルで会った際に、紹介されたことがあるのでな。ん? 愛人と居るところを見られた馬鹿って誰だって? ダグリオライゼだ。以前に話したことある、離婚調停がいかん男の向かい側に住んでいる、結婚以来別居状態が続いているがものともしない男だ”って言ってたダグリオライゼか?

 ベルライハさん、割と愚痴をジルニオンに零していた。

「おっさんてのは、ダグリオライゼのことか?」
「ジルお兄さん知ってるの!」 
「聞いたことあるだけだ」
 二人が料理店へと連れて行くと、交番前に立っていたカンセミッションが、
「二人とも、こんな危険な人と一緒に歩いちゃいけませんよ」
 子供が犯罪に巻き込まれているので保護しなくてはと警棒を構えて近付いて来た。
 巻き込まれ”そう”ではなく、すでに巻き込まれて”いる”と判断した彼の警官としてのスキルは抜群である。
「助けてくれたんだよ、ヘス」
「お腹空いたんだって」
 汚れない子供たちを守るべく店に料理を注文し、交番に届けてもらうことにして、二人を保護し、料理が届くまでジルニオンと出会った経緯を聞く。
「それは大変でしたね」
「うん!」
 カンセミッションは事件が報告されてはいないかと調べ、倉庫街で”事件性が皆無”な爆発が起こったことを確認し、
「お家の人に連絡しましたか?」
「まだ!」
 早くに引き取ってもらうよう、連絡を促した。
 ザウディンダルは携帯電話を取りだし、
「ああ! 通じる。やった! ……デウデシオン? 良かったよお。俺、変な人に連れて行かれそうになってさ、いまさ交番にいるの。? うん、ジルニオンとも一緒にいるよ。もぎもぎも一緒にいるよ」
 大至急迎えに行くと告げられ”ご飯食べて待ってるから”と返し、届いた料理を幸せな表情で食べながら……
―― も、もぎもぎ? もぎもぎ?
 もう一人の警官ラウデは笑いをこらえるのに必死であった。

 そうしていると三人の保護者が各自黒塗りの車を乗り付け、
「交番前に路駐とは良い度胸ですね。違反切符切りますよ」
 カンセミッションに言われ、
「おっさん、路上駐車はダメだよ!」
「そうだね。直ぐに駐車場に移動させるよ。ちょっとなら大丈夫なんだよね」
「一時停車なら許します」
 グラディウスにも言われ、車は速やかに移動した。
「この動く危険物の監督責任者は誰ですか?」
 カンセミッションが指さしたのは当然ジルニオン。パイプ椅子では低すぎて座り辛いと、ラウデの机に腰を下ろして、フカヒレスープを丸呑みにしてる。
「俺のだ」
「危険物の取り扱いには細心の注意を払ってください。なにかあってからでは遅いんですから」
「本当に済まない」
「あてしとざうにゃんを、助けてくれたんだよ」
 皿に残っていた料理をサウダライトに勧めながら、グラディウスは助けてくれたことを保護者――どう見ても成人男性(+奇怪な猫耳猫尻尾)保護者もなにもないのだが――に伝え、
「役にたってよかった」
「本当にありがとうございました」
 深々とお辞儀をする。
 みぃ〜みぃ〜とデウデシオンにまとわりついていたザウディンダルも、
「ジルニオンが来てくれなかったら、変態に誘拐されてた! 本当にありがとう」
 黒い猫耳を”ぴこっ”と前に倒してお辞儀をする。
「これが役に立って良かった」
 ベルライハは猫耳と猫尻尾が似合う可愛らしいザウディンダルに優しげな眼差しをむけ、そして隣にいる宇宙で一番”ソレ”が似合わない自分のペットを、とっても近いのに遠い目で眺める。

「これ、俺のメルアドだから。危険を感じたらすぐに連絡寄越すんだよ」
 カンセミッションは自分のメールアドレスと電話番号、そして交番の番号を二人の携帯に登録してから、自転車に跨り巡回に出ていった。
「分かった!」
「いってらっしゃいヘスさん!」
 六人(?)はラウデに挨拶を食器を持ち交番をあとにして、向かいの店に届けて、
「持ち帰れる餃子と肉まんくれ」
 ジルニオンがカウンター脇に貼られている”持ち帰りできます”を隠しきれない鋭い爪で指さしながらベルライハに言う。
「仕方ない。グレスとざうにゃんも欲しいか?」
「いいの?」
「欲しいけど」
「子供は遠慮する必要はない」
「じゃあ俺二セット追加」
「お前は子供ではないだろう、ジルニオン」
 商品が用意されるまでの間、ベルライハは自分の番号を 二人の携帯に登録し
「ジルニオンと会ったらすぐに連絡をくれ」
 スマフォを取り出して手のひらに乗せる。
「お前はコレを携帯しろ、ジルニオン」
 受け取ったジルニオンは早々に二人とアドレスを交換し合う。
 ちなみにジルニオン、爪が鋭すぎて指先で画面を触れることは不可能。指を折り第二関節辺りで操作している。
 そうしている間に用意できたお持ち帰り品。持ち手のある白い袋に入れられたそれを持ち、ざうにゃんともぎもぎは、二人に手を振り別れた。

ベルライハの自宅は二人とは反対方向である。

「エバ」
「なんだ?」
「寄りたいところがあるんだが」
「まず車に乗れ。立ってるだけでお前は危険だ」
 背が高くて筋肉がついた体。金髪で髪の隙間から覗く黒と黄色のトラ模様の大きな猫耳? っぽいもの。同様の模様の尻尾もある。
 格好はというとは体格がほぼ同じであるベルライハの仕事着を着用している。
 ベルライハの仕事着というのは背広のことだが、手前にあった喪服を取り出したために、凶悪な猫耳猫尻尾黒服。
 そんな彼にむかって危険だと言っているベルライハとはいうと、許可を取っている日本刀を手に持ち、腰にはグルカナイフを二本。危険度ではあまり違いはない。
 車に乗り込んだジルニオンは、
「誘拐した娘のところに、これを届けようとおもってな」
「……誘拐?」
 誘拐をカミングアウト。
「おう。遺産相続で殺されそうになってた娘を遺言ごとかっ攫った」
「……監禁場所を教えろ。その前にあの二人がどんな状況だったかも教えろ」
「ベッドの上で教える」
「ふざけるな、ジルニオン」

**********


 自宅に戻る途中グラディウスとザウディンダルはどっと疲れが出て、すぐに眠ってしまった。サウダライトとデウデシオンは誘拐未遂について話合いたいこともあったので、サウダライトの家へと行き――ザウディンダルが言ってた赤い魚ってこれか……これ、魚か?――ベルライハから届いた報告書を読み、相手を特定して処分する手はずを整えた。
 それ以外にも病院に行ったことや、治療や診断結果なども送られてきたので、
「大怪我をしなくて良かった」
「本当だねえ」
 頭を撫でるデウデシオンにサウダライトは冷蔵庫から取り出した保冷剤と布巾を差し出した。
「……これは?」
「殴られたところ冷やしたらいいんじゃないかね?」
「ありがたく借りるが……この保冷剤」
 食器用の布巾に包み頭にそっと乗せ動かないように手を添える。
「この子が”保冷剤は使えるんだよ”って取り置いてた。私、娘に顔平手で叩かれて腫らして帰ってきたらこの布に包んで顔にあててくれてねえ」
「……なんで娘に叩かれた」
「愛人とホテルに入ったところ見られた。私に愛人がいることくらい知っているだろうに」
「殴られているうちが花だろう」
「まあねえ……そう言えば彼、息子どうしたのかね?」
 ベルライハは婚約していたのだが、婚約者がマリッジブルーになり他所の男と寝て妊娠し性別が分かるほど胎児が成長してから告白し――女運の悪い男ばかり集まっていて、なにかに呪われている(ロターヌと考えられる)としか思えないが――結婚は流れ、相手の女性は行方不明となっている。
「噂では浮気相手の男もろとも、飼い猫が食ったと」
 ベルライハが食わせたわけではなく、ジルニオン(猫状態)が勝手に食いに行っただけだ。
「飼い猫……ねえ。名前は確かジルニオンだよね」
 ただベルライハもベルライハなので、食ってしまったことに一々文句を言ったりはしない。訪れてすべてが終わったことを知ると、現場を片付けておくように命じて連れ帰った。
「ああ。ジルニオンだ」
「おっかないよね、あの猫」
「まあな」
「彼ってあの猫と寝てるんだよね」
 ジルニオンが猫だった頃ベッドに入れて――鋭い牙でパジャマを裂かれ、あらぬ箇所を舐められたり、挿入寸前まで持ち込まれて――いることは有名だ。巨大で凶暴で頭脳明晰な狂気猫を自宅に残していけないし、ペットホテルに預けることもできず、檻に入れて世話を任せても食い殺されるので、出張の際に連れ歩いていた。
「……あまり考えたくはないが、あの姿でも一緒に寝なくては……危険だろうな」
 なぜそんな危険な猫を飼っているのか? それは……

真紅。海へ【終】


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