、君
真紅。太陽と【01】
 今日「日食」で、もぎもぎと一緒に日食観察用サングラスをかけて、寝っ転がって太陽を見てる。
 デウデシオンが特別に作ってくれたやつなんだけど、その時しみじみと、

―― 頭の上に猫耳で、側面に人間耳か……

 呟いてたけど、どういう意味なんだろ?
 日食を見終えてサングラスを外して、二人でベランダから外を見る。
「エバたんって太陽のような瞳だね」
 太陽見てたらこの前お世話になったエバたんのことを思い出した。俺ともぎもぎのこと、心配してくれてるらしく、一日一回メールくれるんだ。
 内容とっても楽しい。たまに難しい漢字使ってて解らないこともあるけど、コピーして返信すると読み仮名と意味を書いて返信してきてくれるんだ!
「そうだね……あてしお外に洗濯物干すの好きなの。こんなにお日様が照ってる日、お外に干すとあとでお日様の匂いがして大好きなんだ」
「そうなんだ。俺も日向ぼっこ好きだよ」
 もぎもぎの気持ちは良く解る。
「でもねえ、ここのお家洗濯物外に干しちゃ駄目なんだって」
「そうなんだ」
「マンションの決まりなんだって……」
 もぎもぎは少し寂しそうだ。
 前に”おっさん”に太陽の匂いを嗅いでもらおうと、外に干そうとしたら駄目だよって言われたって。
「洗濯物は乾燥機で乾かしてるんだよね」
 決まりなら仕方ないと、もぎもぎは諦めた。そうだよね、決まりだもんね。俺、あんまり決まりって良く解らないけれど守らなくちゃいけないものなんだって。
「そうだよ。ざうにゃんのお家も乾燥機なんだ」
「うん。業務用とか言ってたよ」
 俺は洗濯物が回るの見てるの好き。ドラム内でぐるん、ぐるんって。
「お日様の匂いがするお洋服が着たいなあ」
 俺はお日様の匂いがする洋服がどんなものか分からないけれど、もぎもぎが着たらきっと似合うと思う。
「……じゃあ、お日様の匂いを探しに行こうよ!」
 だから、一緒に出かけようと思った。
 きっとどこかに、お日様の匂いがする場所があるに違いない! そこにおっさんを連れていけばきっと、もぎもぎは幸せになれる。
「デウデシオン! 明日出かけてもいい!」
「どこへ?」
「お日様の匂いを探しに」
「構わんが、絶対に一人で出歩くなよ」
「もぎもぎと一緒だから大丈夫だよ!」

―― もの凄く不安だ

**********


 昨日の夜はデウデシオンとセックスを。あれ気持ちいいんだけど、目覚ますとお昼になちゃちゃうのが……もぎもぎも、おっさんとセックスして俺と同じくらいの時間に目が覚めたらしい。
 二人でお昼ご飯を食べて、外へ出た。
 そしたら突然大きな音が、空から降り注いできて、耳がぴんっ! と立ってしまった。
「なんの音だろ」
 俺は聞いたことのない音だけど、もぎもぎは聞いたことがあるらしい。
「どこかでお祭りだとおもうよ」
 笑顔で教えてくれた。俺、もぎもぎの笑顔好きだなあ。見てるだけで幸せになれる。
「お祭り? って、なに?」
「あのねえ。金魚すくったり、フランクフルト食べたりね、りんご飴食べたりねえ」
 ”きんぎょ”……”ぎょ”ってことは……
「金魚って魚?」
「うん!」

 食べていいのかなあ……でも、もぎもぎ「金魚食べる」って言わなかったから、食べちゃだめなのかなあ……でも魚なら食べて大丈夫だよね!

「ざうにゃん、電話が鳴ってるよ」
「あ、本当だ!」
 誰からだろう? と思いながら画面を見ると『エバカイン』と表示されていた。
『もしもし』
「エバたん! どうしたの」
『あのさ、今日の夕方君達の家の近くでお祭りがあるから、一緒にいかない?』
「行く!」
『グラディウスも一緒にどうかな? って思うんだけど……』
「隣にいるよ! いま、変わるね!」
 もぎもぎも電話を両手で持って顔をすり寄せて、いつもの笑顔で話しかける。
「楽しみ! あてしも、楽しみ!」

 エバたんにお祭りに連れていってもらえることになった! エバたんのお友達のアダルクレウスさんって人も一緒だって。もぎもぎは”うすさん!”って喜んでた。

**********


「なあエバカイン」
「なんだ? アダルクレウス」
「俺にはあの黒髪の子の頭に猫っぽい耳がついて、お尻から尻尾が生えてるように見えるんだが」
「人の趣味をとやかく言っちゃいけないよ」
「たしかにそうだが、それとこれとは別じゃないか」

**********


 お祭り楽しい!
 俺ともぎもぎはエバたんが用意してくれた「今風の浴衣ドレス」に着換えて、手を繋いで歩いてる。後ろからエバたんと、アダルクレウスさんが付いてきてくれてさ。
「これ、食べようか」
「はい」
 色々なもの食べさせてくれる。チョコバナナおいしい!
 もぎもぎはさっき、チョコバナナを途中で落としてしまって悲しそうにしていたけれども、エバたんがもう一本買ってくれて、なんとか元気になった。
「金魚! 金魚!」
 俺はどうしても金魚を捕りたい!
「金魚鉢とかある?」
 エバたんに聞かれたんだけど、きんぎょばちってなんだ?
「……?」
「金魚を入れる容れ物のことだよ」
 エバタンが両手で「くき、くき」っと形を作ってくれる。四角い感じだから……
「冷蔵庫のこと?」
「金魚は冷蔵庫に入れないよ」
「……?」
 じゃあ何処に入れるんだろう? 金魚鉢ってなんなんだろう?
「帰りにホームセンターで小さいの買って行けばいいだろ、エバカイン」
「それもそうだな」

 金魚を美味しく食べるために必要な物に違いない! デウデシオンに料理してもらおう!

「……」
 金魚を掬うのがこんなに難しいなんて!
 色とりどりの小魚たちを掬おうとすると穴が空いてしまう。俺ともぎもぎは一匹も掬えなかった。
「ざうにゃん! あてしのお小遣いでもう一回やろう!」
「もういいよ、もぎもぎ」
 もぎもぎの大事なお金を使うわけにはいかない。金魚は諦めるんだ……諦め……あれ? なんだろう、ちょっと離れたところから魚が”びちびち”している音が聞こえる。
「ざうにゃん?」
 すごい大きな魚のような……金魚掬いの裏側に回ってそこから伸びている細い道を……
「魚! 大きな赤い魚! でかい金魚!」
「え……」
 俺の後ろを付いて来てくれたエバたんが、変な声を上げた。

―― アスファルトの小径に赤い魚。それもかなりデカイ

「ああ! おさかな!」
 もぎもぎは魚に向かって駆け出す。俺も後を追って近付いた。
「誰のお魚? 水に入れないと死んじゃう!」

「エバカイン。あの魚、なんだ?」
「ちょっと解らない」
「お前、専門だろ」
「全ての魚は覚えてないんだよ。でもまあ……淡水魚の特徴、あれ? いや、違うなあ」

 お店の人たちも突然現れた赤い魚に、びっくりしてた。お店の人からゴミ袋を二枚もらって重ねて、それに魚を入れて近くの学校で水を入れた。
「おさなか、死んじゃうかと思った」
「元気そうだね。ああ! この魚、右目と左目の色違う!」
 エバたんとアダルクレウスさんはお店の人たちに”この魚の持ち主、知りませんか?”と聞いたけど、誰も知らなかった。
 こうつうきせい? だから、魚を積んだトラックも通らない筈なのにとも。
 引き取り手がないこの魚は、
「あてしこのお魚さん飼いたい! ざうにゃん! あてしが貰ってもいいい? 大事に育てるから!」
「いいよ」
 もぎもぎが貰うことになった。

 俺はさ、魚好きだけど、この魚はなんか……食べられない、いや食べちゃいけない気がするんだ。

 俺ともぎもぎは綿飴を買ってもらって、ゴミ袋をくれた”しゅさいしゃのひとり”にお礼を言って、
「じゃあ帰ろうか」
 エバたんは水と魚が入った重い袋を担いで、お祭り会場を後にした。
 アダルクレウスさんは車を出して、水槽を買いに行ってくれた。俺たちは歩いてマンションまで帰る。途中すれ違う人たちが、赤い魚にびっくりしてた。
「おさかな、なんて名前にしようかなあ」
「格好いい名前がいいとおもうよ、もぎもぎ」
「格好いいなまえ……」
 もぎもぎはエバたんの背中に回り込んで、ゴミ袋の中の赤い魚を見つめる。
「か、かるにちん、た、たみゃー?」
 エバたんがちょっと困ったような顔をして、
「ち、違う名前が良さそうだよ。このお魚”カカルニチンタタミャー”って感じ、しないから」
 違う名前を進めた。俺もなんか”カカルニチンタタミャー”は違う気がする。
「難しいね」
「あとでダグリオライゼさんと一緒に考えるといいよ」
「そうだね! おっさんと一緒に考えるよ!」

 エバたんは部屋近くまでは来られないので、エントランスでアダルクレウスさんを待つことに。
「お前も手伝え、エバカイン」
「解った」
 水を張った水槽をエントランスに二人で運び込み、まっ赤な魚を水槽に移動させた。
「デカイ魚だな」
「そうだな」
 もぎもぎのおっさんに事情を説明したから、あとで専門の人が来て部屋まで運んでくれるんだって。
「今日はありがとうね」
「また、一緒に遊ぼうね」
 俺ともぎもぎは二人をエントランスから見送った。外に出て見送りたかったんだけど、それは危ないんだって。
 しばらく二人で魚を見ていると、もぎもぎのおっさんがたくさんの人と一緒にやってきた。
「ただいま、グレス」
「お帰りなさい! おっさん」
「彼が話していた魚って……うん、なんか凄いね。威厳といい、迫力といい、おっさん、失礼のないように致しますよ」
 俺はもぎもぎとおっさんと一緒に上階まで戻り、
「ザウディンダルくん。明日楽しみにしていてね」
「また明日ね! ざうにゃん!」
「魚見るの楽しみにしてる!」
 もぎもぎと別れた。
 まだデウデシオンが帰ってきていない部屋に戻って一人きりになると寂しい……寂しいとか言っちゃだめだ! もぎもぎは一人で三週間も我慢したんだから! 三週間って二十一日。……俺にはむ……
「バタン」
「うわっ!」
 なんか音がした……でも、音がしたっきりで後は……怖いけど、なんの音か確認しにいってみよう! こっそりとドアを開けて室内をのぞき込む。
 俺の影が映し出されて……耳が寝てる! 周囲の音を集めるために、立つんだ耳!
「あ、掃除機だ」
 耳を立てて周囲を窺ったらすぐに正体がわかった。
 掃除機の持つところが倒れたんだ。
 近寄って叩いて抱きついたらなんか安心できて……気がついたら寝てたみたい。

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