、君
夜短し、日短し【03】
 頬を赤らめて、上目遣いでこちらを見ているザウディンダルは、
「デウデシオン……トイレいきたいんだけど」
 トイレに行きたいと。
 この格好では、当然人間用だが、人間用は解らないだろうな。
「こい」
 抱きかかえてトイレに連れて行き、やりかたを教えつつ手伝った。
「デウデシオン、ありがとー」
 なんだ、この妙な感じは。
 空気に飲まれそうというか、流されそうというか……ぐぅぅぅぅぅ……
「デウデシオン! 大丈夫!」
 間抜けな自らの空腹を伝える腹の音に、頭を抱えてしまった。
 折角押し倒せそうだった空気を破壊するとは! 空腹なんぞ! 空腹なんぞ! ……万全を期するべきだろうな。
 湯を沸かして、デリバリーを注文して、湯が沸いたところで素麺を投入。
「もあもあしてる!」
「湯気だ」
 眠っていた調味料をキッチンに並べて、オイルサーディンをフライパンにあけて、適当に味付けをして湯から上げた素麺をフライパンに叩きつけて、味を調える。
 行儀悪くそのままテーブルへと運び、あからさまにやっつけ仕事な適当料理を吸い込む。
「俺、食べさせるよ」
「食べさせてもらいたいが、これはちょっと難しくてな。あとで簡単なのが届くから、その時に食べさせてくれるか?」
「うん! デウデシオン!」
「どうした?」
「すごい食べるの早いね」
「素麺は食べやすいから」

 目的があるからな……

 直径26pのフライパンにみっちりと存在した創作素麺料理を食べ、歯を磨く。
「デウデシオン! 俺もそれやりたい!」
「歯磨きか? 解った」
 上手く磨けないので手伝う。そうしながら口の中をのぞくと、歯は人間と変わらないようだった。ただし乳歯のようだ。
「口きれい? 口きれい?」
 口の両端を引っ張って”見て見て”と笑顔を作る。
「ああ、綺麗だ」
 その唇に、触れてみた。
 キスされたということが解らないらしく、まだ笑ったままだ。
「ちょっといいか?」
「うん、いいよ」
 ザウディンダルを抱きかかえて寝室へと向かう。
 ベッドに置いて、
「デウデシオン、服脱ぐの? 俺も脱ごうかな」
「脱いだら脱がせるから待っていろ」
「?」
 良く解らないといった顔をしたが、すぐにベッドに横になり上で転がりはじめた。シャツからのぞく白い脚。
「デウデシオン。デウデシオン。デウデシオンとお話できるようになって、嬉しいなあ。”つきのししゃ”ありがとう」
 適当なリズムを付けて歌うようにしていた。
 もしかしたら、本人は歌っているのかもしれないが。
「ザウディンダル」
「なあに?」
 声をかけると動きが止まり、上半身を起こして首を傾げる。
 濡れたような艶のある、ややショートカットが伸びたかのような黒髪が白い頬にかかり、猫耳が少し動く。
 服を脱がせて、私もベッドに座る。同じように座っている両手で頬を固定して、額から順にキスをしてみた。
 嫌がってはいないようで、頬を押さえている手に手が触れてくる。
 頬から手を離して、またキスをする。そして少し間をおく。目を閉じていたザウディンダルだが目蓋を開き、立ち上がって私の口にキスをしてきた。
「デウデシオン」
 そう言ってもう一度触れてきた。

 勝手に同意だろうと解釈して、ザウディンダルを押し倒す。

―― 五、六歳児ですよ ――

 ミスカネイアの言葉が頭を過ぎったが、手がとまることはなかった。

「デウデシオン、なにするの?」
「セックス」
「俺なんだかわからないけど、教えてくれるの?」
「ああ」

 ゆっくりと服を脱がせながら、行為は早急に。こんなに逸る気持ちになったのは、初めてかもしれないな。

※ ※ ※


「……朝か」
 気付くと朝どころか、昼近くになっていた。
 胸元のあたりで丸くなって眠っているザウディンダルの首筋にキスをして、話しかける。
「おはよう、ザウディンダル」
「みぃ……」
「良い子で待っていてくれ。食事をとってくるから」
「うん。俺もお腹空いた」
「用意しておくから、リビングまで来てくれ」
 私はシャワーも浴びずに服を着て、部屋から出た。
 他人に会うことはまずない。なにせこのフロアには二部屋とロビーしかない。ロビーには人間用エレベーター一つと宅配エレベーター二つの出入り口が面している。。
 五十階まで直通のエレベーター(このエレベーター以外は五十階につかない)は一つしかないが、宅配用のエレベーターは住人用のものが二機ある。
 一階で管理人が宅配と対応する仕組みだ。
 品物は事前連絡している。事前連絡があるものだけが、宅配専用エレベーターに乗せられ、それ以外はあとで管理人の方から連絡がくる。
 調理品であることは連絡していたので、エレベーターについている冷蔵庫にしっかりとケータリングが入っていた。
 それらの品を持ち、部屋へと戻る。向かいに住んでいる男に遭うことはなかった。
「平日だろうし、今日は会議だろうから、絶対仕事にでているだろうがな」

 自宅に戻り、料理を温めなおしているとザウディンダルが、お気に入りのタオルケットを被ってやってきた。
「おはよーデウデシオン」
「おはよう。食べるか」
 皿に盛りつけなおして、私の上に座らせて二人で食べさせあう。ある程度空腹が満たされたなと思ったら、ザウディンダルが、
「食べたら。またやってくれる?」
 言いながら、口の端にクリームソースがついたままキスをしてきた。
 だがそれはそれで、良いな。
「何度でも。休みが終わるころには、お前の全ては私のものになっている」

 休みの間、宅配が届くホールにしか出なかった。

 ところで、ザウディンダルが半端に人間になったのはどうしてだ? それを考えたのは、休暇が終わり、朝の迎えの車に乗ってマンションが見えなくなってからだったが。

夜短し、日短し[終]

Copyright © Iori Rikudou All rights reserved.