「大変でしたね」(ザウディンダルとグラディウスが迷子になり、エバカインに回収された話を指す)
ハイネルズはグラディウスとザウディンダルと共に近くの公園で遊んでいた。周囲には人気がなく、貸し切り状態。
これは金に物を言わせて貸し切りにしたのではなく、この公園で悲惨な事件が起きたので人が近寄らないだけのこと。
悲惨な事件というのはザウディンダルやグラディウスには関係のない殺人事件である――事件が起こった当初は、興味本位でやってくる者たちもいたが、二週間も経つと忘れられ、残るは恐怖のみで人は近寄らない。
ハイネルズは事情を知っているが、何事も怖がらないタイプであり、二人はなにが起こったのかも解らないので、まったく気にせずに遊んでいる。
公園で一通り遊んでベンチに座り、事情は聞いていたが二人の口から迷子になった話をハイネルズは聞かされ、まるで初めて聞いたかのように驚いて見せる。
二人はハイネルズを驚かせることができたことを喜び、細かなことも思い出し必死に話続ける。その二人の話を根気よく、笑顔で聞いていたハイネルズは、人気のないこの公園を通り抜けようとした中学生に気付いた。
「おや?」
「知り合い?」
「知ってる人?」
「はい。あの私に瓜二つな彼こそ、ザデュイアルさん!」
手を振りながら駆け寄るハイネルズと、ついて行くザウディンダルとグラディウス。
声をかけられたザデュイアルは足を止めてハイネルズと、
「……えっと此方の二人は……何処の……何様かな?」
グラディウスには普通に接することはできるが、どう見てもおかしな格好をしているザウディンダルを前にして、思わず「なにさま」と言ってしまったザデュイアル。
「こちらのお下げさんがグラディウスさん、こちらの猫耳尻尾さんがザウディンダルさんですよ、ザデュイアルさん」
二人の”遊んでくれる?”の期待に満ちた眼差しと、
「偶には童心に返るのも必要ですよ!」
ハイネルズの誘いに、疲れた日常生活から解放されたいという欲求もあり、ザデュイアルは全力で二人と遊ぶことにした。
**********
「疲れたー」
「楽しかった。でも、もう動けない」
本気になったザデュイアルの体力の前に、遊んでもらった二人は楽しかったものの、疲れ切り体が動かなくなった。
休憩用の飲み物を購入してきたハイネルズが二人と、
「はい、どうぞ」
「ああ、ありがとう」
ザデュイアルに手渡し、ハイネルズは二人の隣に腰をおろす。
「なあ、グラディウス」
さきほど遊んでいるとき、グラディウスが持っている認識票を”ちらり”と見て、非常に危険な名を読み取ってしまったザデュイアルは、
「グレスでいいよ。ザデさん」
「ザデ……まあ、それでいいが。それでグレスに聞きたいんだが、その認識票はマルティルディの物か?」
持ち主について尋ねた。
「すげー誰でも知ってるんだ!」
「うん! これほぇほぇでぃ様からもらったの!」
ザウディンダルはマルティルディの顔の広さに感心し、グラディウスは自慢気に認識票を差し出す。
「どうしてそれを貰うことになったんだ?」
グラディウスは少し悲しげな表情を浮かべ、マルティルディとの出会いから家族を失い、ここへと引き取られた経緯を、訥々とザデュイアルに語った。
「悲しいこと、思い出させて御免な」
「ううん。……久しぶりにとうちゃんとかあちゃん、そしてにいちゃんの話ができてうれしかった」
涙を浮かべて、気丈……とは言わないが、だがしっかりと耐えているグラディウスの姿に、
「立派です」
ハイネルズは涙を拭う素振りをしながら、チョコレートを手渡した。
「ところでザデュイアルの家族は?」
ザウディンダルが知っている家族はほぼ全員「仲良し」であったため、世の中には破綻した親子関係があることを理解していない。
「あーうちの親か……俺の死後三年くらい経ってから”息子、死んだのか”と言いそうな感じだ」
「え……」
聞いたザウディンダルの猫耳が”くたあ”となり、尻尾から力がなくなる。
「そう言えば、入学式の時にもザデュイアルさんのご両親見かけませんでしたね」
「親と最後に会ったのは、幼稚園入園式の時だな。生きてはいるらしいが……」
ザウディンダルの”え?”という眼差しと、グラディウスの悲しげな瞳に晒され、ザデュイアルは何とも居心地が悪くなった。
「会いに行くべきですよ!」
「は?」
「勤め先は知っているのでしょう?」
「それは知っているが」
ハイネルズに力説され、断るに断り切れなくなったザデュイアルは、
「お家まで送ってくれてありがとう!」
「頑張って、両親に会ってこいよ!」
二人を家まで送り届け、
「ちょっと待ってくださいね」
「ああ」
マンション入り口で二人が部屋に辿り着き、固定電話から連絡してくるのを待った。
『おへや』
「無事に辿り着いたようですね☆それでは、私、ザデュイアルさんと一緒に行って来ます」
『頑張れ』
ハイネルズは通話を切り、
「では行きましょう!」
威嚇するような笑顔で”行動”を促した。
「あ……ああ」
二人は苦労してタクシーを捕まえ(顔が怖いので、見なかったことにされる)一般市民の交通手段であるタクシー運転手としては近寄りたくはない、某施設へと向かう。
「お釣りはいりませんよ☆」
ハイネルズが一万円を渡すが、料金は一万五千円強。
「ハイネルズ、足りてないぞ」
ザデュイアルが一万円をもう一枚乗せて、二人はタクシーから降りた。
運転手が”お釣りは……”と言ったが、二人とも”要らない”とばかりに、渋い顔をして手を振る。その渋い顔が、非常に殺意に満ちているというか、普通の人に恐怖を与えるのには充分過ぎ……タクシーは急いでその場を去った。
―― 幽霊を乗せた時よりも怖かった(タクシー運転手) ――
二人は四人の警備員に制止されることもなく、施設へと入った。顔が顔なので、警備員たちも見て見ぬ振りである。
受け付けでは一応身分証明を求められ、
「これ、身分証になるのか?」
「なるでしょうとも」
ザデュイアルは生徒手帳を、ハイネルズは保険証を提示した。
受け付けは秘書課に「シャタイアスさんの家族構成」を尋ねた。シャタイアスは妻と泥沼の離婚係争中であることは有名だが、子供がいることはあまり知られていない。
秘書課はシークレットとも言えるシャタイアスの家族構成ファイルを開き、息子がいることを確認――したまでは良いのだが、息子は[0歳]
だが記入されている生年月日から逆算すると、息子は既に中学生になっていることが判明し、失礼があってはならないとばかりに出迎えがやってきて、高層階にある応接室へと連れて行かれて、
「長期出張?」
「はい」
国内には居ないことを告げられた。
「あの場でさくっと言ってくれても良かったのに☆」
てっきり父親(シャタイアス)に会えるものだと思い、一緒に高層階までやってきたハイネルズは、ここまで移動させてソレですか? と肩をすくめる。
秘書たちは脂汗と冷や汗を拭いながら、二人に詫びた。
「詫びられる筋合いはないがな」
「そうですよね」
とぼとぼとは言わないが、折角やって来たのに会えずに帰るザデュイアルの背中は寂しげであった。
「ところで、お母さまは?」
「知らん。離婚するらしい……あいつはどうでも良いんだ。ちなみに母親には会いたいとは思わん」
「そうなんですか☆そうだ! ザデュイアルさん。我が家にご招待しますよ!」
「いや、だが」
「お父さまもお母さまも、ザデュイアルさんが何処にいても気にしないのでしょう?」
「まあ……な」
「では我が家でもよろしいじゃないですか☆楽しいですよ。今日は”じょしかい”が開かれているので、非常に危険ですが」
「女子会?」
ハイネルズは首を振り”違いますよ”と、彼にしては力なく答える。
「いまザデュイアルさんは”女の子の会”といったイメージで喋ったでしょう?」
「女子会って、そう書くんじゃないのか?」
「世間一般では☆ですが我が家の”じょしかい”は違います。”女が死ぬ会”と書いて女死会です」
ザデュイアルは自分によく似たハイネルズの口から漏れた、非常に危険を感じさせる単語に――
「お前……もしかして」
「はい。多分私と貴方は親族です」
頭を抱えてしゃがみ込んだ。
ちなみに遠巻きに周囲で見ている人たちは【ドッペルゲンガーに遭遇している中学生に遭遇している】と……彼らの目にはザデュイアルが本体で、ハイネルズ☆がドッペルゲンガーに見えている。
大体超常現象のほうがあらゆる意味で強いのがお約束なので、その見立ては間違ってはいない。身体能力ならばザデュイアルのほうが上だが、精神とか性質とか性格などを加味するとハイネルズ☆の圧倒的な勝利である。
「女死会なあ」
ハイネルズに手を引かれて立ち上がり、互いに肩を組み合って歩く。
「はい女死会です。間違いなく男死会というものもあります」
「……いつか俺も参加させられるんだろうなあ」
「でしょうね。でも大丈夫。だって貴方の隣にはこのわ☆た☆し、ことハイネルズがいますから。守って差し上げますよ」
「……は?」
「男死会と女死会でやることは一つ、全面戦争です」
「……」
そこまで聞いたのならば帰ればいいものを「父親に会うために付いてきてくれたしな……」と、感じなくても良い恩を感じ、ハイネルズの自宅を訪問することにした。