またね【17】
王家人気投票・テルロバールノル一万票突破記念
「付き合わせて済まない」
 ザイオンレヴィは子爵のキッチンでヨルハ公爵とジベルボート伯爵に指示を出してもらいながら、マルティルディに渡すお菓子を作っていた。
「気にすることはないよ、ネロム。我は祭りは好きだが、準備するのも好きだ」
「ヴァレンはどっちも楽しそうですけれど、シクは断然準備しているときが楽しそうですよね」
「そうだね、クレウ。でもクレウは準備よりも祭り自体のほうが好きじゃなかったか?」
「クレッシェッテンバティウ、僕のことはいいから遊びに……」
「皇帝陛下が助けて欲しそうに僕のこと見てましたから、行かないことにしました。僕なんかに助けを求めたくなるくらいに、アノ場所、まずいです」

 男三人がキッチンでそんな話をしている頃、三姉妹を見送ったメディオンと子爵が別の部屋で話をしていた。

「死神と言えば、デスサイズが必須では?」
 訪問する際は三姉妹とメディオンを同行させたルグリラドだが、『昨晩ガルベージュス公爵がやって来て菓子をくれてやったので、今夜は貰いに行くことにしたのじゃ』と言うことで、帰りはサディンオーゼル大公と共に帰宅することになっている。
「そうなんじゃがなあ。デスサイズといえば、エヴェドリットの武器であろう」
 その為、三姉妹やメディオンは、訪問後は自由であった。

―― どうするのじゃ、ロントコーファー姉様
―― 新しいのを貰いに行くしかあるまい、フランカラトーファー
―― じゃが、姉様。まだ姫様は滞在しておるかもしれぬぞ
―― …………その場合は、謝罪も同時に出来るからよかろう! そのように考えて行くぞ!
―― おう!
―― おうっ!

「そうだが……良かったら一本くらい持っていくか? 余ってるんだ」
 エヴェドリットの「ソウルウェポン」とも言うべきデスサイズだが、子爵にとっては置き場に困って、自らの手で破壊して送り返す程度の武器。
「余っている?」
「毎年実家から五本ほど送られてきて”たまる”一方だ」
 エヴェドリットのデスサイズは普通の廃品回収では回収されず、製作した工場に送り返すのが決まりとなっている。もちろん破壊されていることが前提だが、破壊方法は明記されていないので、子爵は気の進まぬ作業としてデスサイズを折る。
「要らぬと言っても通じぬ……のじゃろうな」
 本当は戦って破損させて、胸を張って送り返してやればいいのだが、そこら辺は子爵である。
「通じないな。普通は毎年最低三本は壊すものだからな」
「勝負で?」
「そう。ヴァレンあたりは毎年バベィラ様から百本贈られ、その日のうちにバベィラ様相手で五本は確実に潰すくらいだ」

―― バベィラ様! ありがとうございます! いきます! きゅううあああ゛ああ゛!!

「容易に想像できるな。ヴァレンが正しいエヴェドリットの姿なのであろうが……エディルキュレセには無理じゃなあ」
「そういうことなんだ」
「では一本もらっていってやろうではないか。丁度良い格好であるし」
「ありがたい」
 メディオンはずらりと並ぶデスサイズを眺める。
「どれも同じではないのじゃな」
「基本図柄は変わらないが、それ以外は様々なデザインが入るんだ」
「へえ。知らんかったわい」
「我はあまり持ち歩かなかったからな」
「そうじゃな……どうした? エディルキュレセ」
「窓の外にジータの三姉妹が」
 デスサイズ選びを中断して、窓から飛び出し三姉妹を捕まえる。
「何をしておるのじゃ、お主等。もう宮に到着しておる頃じゃろう」
 三姉妹は膝をついて頭を下げる。
「姫様、申し訳ありませんのじゃあ!」
「儂が! 儂が姉様のマントを踏んだばかりに!」
「儂がマントを踏まれても気付かずに力強く歩き続けたばかりに!」
「儂が倒れて、姉様たちの背中にぶつかったりしなければ!」
 謝罪をされているメディオンは、
「だからどうしたのじゃ? お主等」
 何が言いたいのか解らずに問い返すが、どうも上手く答えない。
「メディオン。たぶん落として壊したんじゃないか」
 後ろで聞いていた子爵は、なんとなく理解した。三姉妹との付き合いが長いメディオンよりも、子爵のほうが先に解読できたのは、グラディウスと接していることが大いに関係している。
「何をじゃ?」
「ここに引き返してきたってことは、我が作ったゼリーだろ」

―― ヴァレンとクレウとザイオンレヴィとジュラスの分だったから……ヴァレンに頼んで譲ってもらおうか。あとでもう一個作るから……

「子爵が言った通りなのか?」
 メディオンに聞かれて、
「その通りでございます。申し訳ありませんなのじゃあ!」
「その通りでございます。申し訳ございません! 姫様」
「その取りでございます。お叱りくださいまし!」
 三人は益々謝る。
「……まあいい。顔を上げろ」
「何をしているの?」
 ロールケーキが完成したザイオンレヴィと”途中まで一緒に。ザイオンレヴィの分のゼリーは僕が持ちますね”と付いて行ったジベルボート伯爵を見送ったヨルハ公爵が騒ぎを聞きつけてやってきた。
「ちょうど良い所に来てくれた、ヴァレン。ゼリー後で作るから、今回はメディオンに譲ってやってくれないか?」
 ”頭を下げている三姉妹” ”メディオン” ”ゼリー” ”譲る”
 賢いヨルハ公爵は事態を一々説明しなくても、状況から的確な判断を下せる。
「構わないよ。持っていきなよ」
 あっさりと「代わり」が手に入った三姉妹……の筈であったが、
「要らぬよ。崩れたゼリーで良い」
「我の分、持って行っても良いんだよ? メディオン」
「ヴァレンの気持ちだけもらっておく」
「新しいの作って持っていくが?」
「ありがたいが、それも遠慮しておくわエディルキュレセ。さ、三人とも立て。帰るぞ。それではまたな、エディルキュレセ、ヴァレン。そうだエディルキュレセ、デスサイズは後日届けてくれぬか? 儂はこのゼリーを持って帰るのでな」
「ああ、分かった。じゃあ気を付けて」
 見送ってから、
「じゃあ、シク。後片付けしよう!」
「楽しそうだな、ヴァレン」
「我、後片付け好きなんだ! それでさ、後片付けとは別にルリエ・オベラの寝室を飾ろうとおもうんだけど? どうかな」
「寝室を飾る?」
「ああ! ルリエ・オベラ途中で眠っちゃったらしいから、目が覚めた時何も残ってないと寂しいだろうと思ってさ。少し欠片を残しておこうかと思って」
「……それは良いかもな」
 ハロウィン最後の楽しみに取りかかった。

 移動艇に乗り込み壊れたゼリーが入った箱を膝に乗せてメディオンは座っている。
「よろしいのですか? 姫様」
「良いのじゃ。気にするな」

”ルリエ・オベラが気に入ってくれてな。そう食べたがらなくて。嬉しくはあったが、ちょっと悲しませたのは悪かったかなあと”

―― 儂も寵妃と同じようにゼリーを見たとき泣きそうになっておったのじゃ。きらきらしたゼリーを崩すのが惜しくて、じゃが食いたくて。崩れてしまったから心置きなく食べられる……勿体ないが……いいのじゃ。あのままでは、食べられんかったわい。エディルキュレセが作ったものを自分の手で崩すのは苦手じゃ

**********


「……」
 先代皇帝の弟妹のなかでも飛び抜けて優秀であったサディンオーゼル、デステハ大公夫妻。その二人”親よりも遥かに優れている”一人息子、ガルベージュス公爵。
 この三名が住む宮は、
「どうなさいました? セヒュローマドニク公爵殿下」
「さすがお主等親子が本気を出しただけのことはあるな」
「お褒めにあずかり光栄です」
 ルグリラドが素直に褒めてしまうほどであった。
 それもそのはず、専用の城が一つ建っている状態。尖塔が組み合わさった城。その城の最も高い尖塔に禍々しく巨大な骨が絡みついている。骨は黒く艶があり、皮を思わせる部分が風にはためく。
 おまけに平地ではなく、わざわざ丘を作り、その端の限界部分に建てている状態。”イベントは本気”が信条の帝国軍の真髄とも言えよう。
「あの城と丘はどうするのじゃ?」
「爆破します」
「また同じイベントが来年もあるかもしれぬのにか?」
 グラディウスが非常に楽しんでいたので、出来れば来年も開催してやりたいと考えているルグリラドとしては、そう言いたくもなる。
「来年は来年で新しいものを作りますのでご安心ください。使い回しなど致しません。全力でお相手させていただきますとも」
「そうかえ……」
 移動艇が着陸し、サディンオーゼル大公に手を引かれて降りたルグリラドは、彼女が指し示す方角へとゆっくり一人で進む。
 先にいるのはガルベージュス公爵。
「菓子を貰いにきてやったぞ」
「これはこれは、光栄でございます」
 ガルベージュス公爵は玄関に”立てて”置いている棺を開き、中からデスサイズを二本取り出し、二本を振り上げて風を切りながら死神の格好をしているルグリラドに近付く。
「お菓子です」
 ルグリラドは一本を受け取ってみた。
「軽い菓子じゃな。先程の音を聞いていると、これほど軽い菓子には思えんかったが」
 受け取ったデスサイズは本当に軽く、ルグリラドは唯驚くばかり。
「そちらはパンプキンウェハースです。こちらはカシスウェハースです」
「両方もらってやる。持って参れ」
 ルグリラドは持っていたデスサイズを返して、移動艇へと戻る。
「セヒュローマドニク公爵殿下をお送りしたいのですが、先約がありましてな」
「気にするな、ガルベージュス」
「それでは。よいハロウィンを」

 ガルベージュス公爵に見送られ上昇したルグリラドが乗っている移動艇の脇を”何か”が通過する。
「なんじゃ?」
 ルグリラドが窓から外をうかがうが、なにも見えない。
「よろしければ、スロー再生いたしますが」
「なにをじゃ?」
「現在の地上の状況です。こんな感じですよ」
 なにも見えないのではなく、ルグリラドでは捉えられなかっただけのこと。その時、地上では殺戮の如くドーナツを投げるジーディヴィフォ大公と、破壊の如くベーグルを投げつけるゾフィアーネ大公の姿が。
「なにをしているのじゃ? こいつ等は」
「菓子を配っているようです」
 とても配っているようには見えないが、配ってると本人たちが言っている以上、配っているのである。
「ガルベージュス公爵はなにを?」
「デスサイズで打ち返しております」
 そこには二刀流デスサイズでドーナツを側面から裂き、ベーグルを中の穴から引き裂くガルベージュス公爵の姿が。
「三人とも楽しそうじゃな」
「心から楽しんでおります。男はいつまでたっても子供……ですので、そのうち良人も混ざりそうですが」
「それは、それで良かろう」

 ルグリラドも帰宅の途についた。


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