月球宮・3

「極度の照れ屋で、かなり嫉妬深く、好きな相手と相思相愛ながら、全くと言って良いほどに素直になれないカレンティンシス」一言で言い表すなら《ツンデレ》だが、実弟はその言葉を知らないので、兄のことを説明するとき上記の長い説明を行う。本当はもっと細かい特性もあるのだが、それらは省く。
 《ツンデレ》は帝国の基本用語ではないので、当然ではあるが。

 《ツンデレ》それが復権するのは、四十五代の御代の《ツンデレ復権プロジェクト0》が必要となる。あまり復権して欲しくはない日本の文化ではあるが、それを言っても仕方ない事だ。

 未来の《ツンデレ復権プロジェクト0》は秋には関係ないので話を戻そう。

 カルニスタミアは「返事出してきた。それじゃあ、お前はキュラと楽しめよ、カル」という連絡を貰い安心して仕事をしていた。
「お月見、楽しみだね」
 ラティランクレンラセオはキュラが他王家で月見をすることに関して簡単に許可を出した。
 彼は異母弟が幸せになることに関しては無頓着。彼の言い分は「私が使う過程でキュラティンセオイランサが勝手に不幸になっただけで、特別不幸にしようと思った訳ではない」とのこと。
 ”どの口で言いやがる! その口か? その口なのか? 縫うぞ! 縫っちまうぞ!”
 念のためにとカルニスタミアの交渉に付き添ったエーダリロクは、威圧するために目覚めさせておいたザロナティオンに怒号混じりで呟いた。その返答は「全く持って同意するぞ、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル」彼も結構どころではなく怒っていた。
 だが一応二人とも成人した王子なので、礼を失することなくありがたく好意を受け取り、カルニスタミアはその後しっかりと手順を踏んでキュラをテルロバールノル王家側の招待客として招いた。

 もちろん兄王の許可は得ており、王同士で話もついている。

「ああ。陛下も楽しみで、日々転がっておられるようだし」
 皇帝シュスタークを知らない人のために言っておくが、彼は本当に転がっている。
 比喩などではなく、本当に転がって喜んでいるのだ。
「親王大公殿下方も仲良く転がってるらしいね」
 そんな父であり宇宙の支配者であるシュスタークと一緒に楽しみとして転がる、皇女に皇女に生後間もない皇子。
「皇子殿下も転がっているのか?」
 キュラの言葉に「?」となったカルニスタミアだが、
「皇后が抱っこして優しく転がってる」
 答えに納得し、書類を読み進める。
「それは良かった」
 なにが ”良かった” のかは、あまり深く追求しないでいただきたい。
 そんな他愛のない話をしていた二人の元へ客がやってきた。
「邪魔するぞ」
「どうした? アシュレート」
「どうしたの、ジュシス公爵」
 招待していなければ、訪れるという連絡も受け取っていなかったカルニスタミアは不思議には思ったものの、友人の訪問を喜んだ。
 友人ならば連絡無しに訪問してもよいのではないか? そう考えるのは王族としては間違いだ。とくにテルロバールノル王族相手では友人であろうとも訪問する旨を届けるのが、友人関係を良好に続けるためには重要な事柄の一つ。
「急な用だったので。これで許してくれ」
 手順を踏まずにやってきたアシュレートは、自らの兄であるエヴェドリット王の印がある訪問依頼書を差し出す。
「何用かは部屋を移して聞こう」
「それとガルディゼロ。モンブランを持って来た。食べるといい」
 言葉と同時に従者がキュラに差し出す。
「ありがとう、ジュシス公爵。あのさあ、僕が作ったマロンケーキあるんだけど食べる?」
「いただこう」
「ジュシス公爵はトルココーヒーだよね。カルニスタミアはエスプレッソで良いんだよね」
「ああ。ところでキュラは席を外したほうが良いか? アシュレート」
「できることなら臨席して欲しい」

 カルニスタミアは執務机から離れ、応接室へとキュラをもつれて移動した。

 急用がある際、手順を無視して訪れるのに最も使用されるのは「王の印がある紙」通称「緊急汎用紙」
 ほとんどの王族は成人を迎えた時に王から数枚を与えられており、どうしてもという時に使用する。
 使用後に「このような理由で使いました」の報告を上げる必要はあるが重宝するものだ。もちろん量産されているわけでなければ、王が代理に押印させているわけでもない。
 一枚一枚王自らが押し、手書きでシリアルナンバーを入れ、誰に何枚渡したのかを管理しておく。連番は不可で、誰に何番が渡ったのかは基本的に王以外は解らない。
 王の元に使用された書類は戻り、その番号と使用者が合っているか? また、緊急使用として正しかったかを王が判断し、正しければ新たに配布してやる。
 非公式なものなので枚数などに決まりはなく、ロヴィニアのように王が王族相手に商売したり、エヴェドリットのように細かい作業が嫌いなので乱発気味というのもある。
 ケシュマリスタは可もなく不可もなく、ある意味常識的な数を配る。
 そして一度たりとも配布したことがないのがテルロバールノル王家。

 ―― そんな邪道なもの、このテルロバールノル王が許可するとでも? ――

 ちなみにテルロバールノル王は、この緊急汎用紙自体を受け付けない。頑固そのものである。
 実はアシュレート、カレンティンシスに会って話を聞きたかったのだが、上記の通り急いでいても取り合ってくれない。
 自分の属する王家の王は面倒嫌いで《この話》をしたところで取り合ってくれないのは確実。そのため緊急が通る相手で、事情を知っていそうなカルニスタミアの所へとやってきたのだ。
「え? 僕も?」
 アシュレートが持って来たモンブランと、切り分けられるマロンケーキ。
「いいマロンペーストが手に入ってさ。明日はアップルパイ作るね」
「それは楽しみじゃな」
「仲が良さそうで何よりだ」
 急用があってきたはずなのにこの優雅さ。
 席に着き各自の皿の前に取り分けられた菓子が置かれたところで、キュラが注文したアイスコーヒーが運ばれてくる。
 このような席の場合、身分の低い者の所に最初に運ばれて待つのが決まりだ。
「来客者と同席の場合は譲れんのでなあ。すまんな、キュラ」
「君が気にする必要無いし」
「二人きりのときは同時か? お前にできる最大の譲歩だな」
 ”会” が始まる時、この場合は皆で菓子を口に運ぶ時に、王族二名の手元にあるコーヒーが最高の状態であり、それ以下の身分の者はやや劣らなくてはならい。
 二人の注文の品が運ばれて、カルニスタミアが挨拶をしてやっと話がはじまった。アシュレートは急いでいるはずだが、正式に面会を求めることを考えると、このくらいの時間は些細なことと受け入れられる。
 なによりも訪問内容が微妙で、アシュレートも急かす気にはなれない。
「あのな……カルニスタミア。お前先日、ビーレウストにテルロバールノル王家として招待状を渡したよな?」
「渡したぞ」
「本当に王の許可を貰ったのか」
「もちろんじゃ。儂には王の印は使えん」
 緊急汎用紙すら発行しない頑固で仕来りに煩い王の印を勝手に持ち出して使ったら、処刑も免れない。
「そうだよな」
 念のために確認したアシュレートはコーヒーを飲んでから、やっと訪問目的を語り出した。
「あのな、そのお前の兄カレンティンシス王の依頼で、我の王家は総出でビーレウストを監禁した」
「なんじゃと?」
 気ままに生きている、かなり強い、それも成人した王子の姿など、多少見当たらなくても誰も心配はしないので、全く気付かれなかったのだが三日ほど前からビーレウストは監禁されていたのだ。
「依頼期間は月見が終わるまで。金も振り込まれたのでザセリアバは喜んで監禁した」
 それも自王家の王の手により。
「話が全く見えてこないんだけど」
 ”うわぁ……めんどくさそう” と言う声が重なるキュラに同意するように頷きながら続ける。
「正直我も解らん。王に捕らえろと言われたら、家臣ゆえ身内であっても当然捕らえるが」
「お前達じゃ、大喜びで殴り合ったのじゃろう」
「否定はしない。ビーレウストも逃げるより先に殴りかかってきた」
「何やってるんだろ……ビーレウストったら」
 艦隊戦ならまだ撤退と言う言葉が思い浮かぶも、白兵戦では逃走など考えつきもしないのが彼等一族。
「依頼したのが兄貴か。兄貴の考えていることなんぞ考えても解らん。本人に直接聞くのが確実じゃ。キュラ、大至急面会許可を取ってくれ。アシュレート、お前もついて来い」
「了解」
「解った」
 こうして煩雑なテルロバールノル王との面会が始まった。

 当たり前ながら面会を申し込むところから面会が始まるのだ……が

「まず申し込んでおいたよ。君も用意しておいてね、カルニスタミア」
「解っておる」
 カルニスタミアは食器を下げさせ、テーブルに専用台を置かせ直接面会を申し出る手紙を書きはじめる。
 キュラの申し込み依頼は拒否されるための依頼。
 原則として王は一度の面会申し込みを受け入れたりはしない。
「長くなりそうじゃから、今日は夕食を一緒にどうじゃ? アシュレート」
「招待されることにしよう」
「キュラ。アシュレートの方に招待状を出しておいてくれ」
「はいはい」
 本人を目の前にした口頭で返事を貰っていても、それとは別に招待状を出す必要がある。これはアシュレートの邸に食事を作らなくても良いことを知らせ、突然の訪問者に正式な不在と、急用ならば取り次ぐなどの為に必要なのだ。
 話している間に、カルニスタミアは面会申し込みの手紙を書き終える。
 アシュレートの邸から手紙が届いたとの報告がもたらされ、招待を受けるかどうかを尋ねられる。
「招待される。署名は?」
《ライハ公爵殿下の第一秘書官ガルディゼロ侯爵閣下にございます》
 聞かなくても目の前で書かれていたから知っているのだが、ここは聞かねばならないところ。
「我の第一秘書官は国にいるから、その格に見合うのは……」
 などと当人を前にしても何事も無いように話し、
「任せたぞ」
《御意》
 執事に命じて「招待にあずかる」なる返事を書記官に書かせる。
 カルニスタミアが直筆で招待した場合は、アシュレートも自ら返事を書かなくてはならないので手間だが、代理でキュラが書いたものなので、それに関しては手間が省ける。

 面倒きわまりない階級社会の頂点に立つ、面倒きわまりないテルロバールノル王。

 茶会を終えてからカルニスタミアは訪問用衣装に着替え、キュラも失礼の無いように着替える。アシュレートは持参してきていた、王訪問用のマントに取り替え(簡易正装)る。
「では行くか」
 カルニスタミアの準備が整ったところで、返事はまだ届いていないが三人は部屋を後にする。
 向かう途中の廊下で《面会はしない》という連絡を受け取り、その場で即座にカルニスタミアが用意した二回目の手紙を使者に持たせて派遣する。
「返事を貰うまで待つか」
「マロンケーキなかなか美味だったぞ、キュラ」
「ありがとう、ジュシス公爵」
「そうじゃ、用意しておけ。なに? その皿の模様は好かん、違うのにしろ。ああそうじゃ」
 様々な会話をし返事が到着するのを待つ。

 テルロバールノル王に面会するのは、手間がかかる。手間の量だけでは、皇帝以上とも言われている。