Valentine−45

1.帝国には宗教から派生した行事はありません。これはあくまでも、イベントでパラレルにも似た物ですので、話が続いたり発展したりすることはありません


「楽しむがよい」
「あ、ありがとう……ござ、ございます、お兄様……」
 俺は銀河帝国皇帝の権力の真髄をまだ理解していなかった。いいや、一生理解することはないだろう。
 だが兄上の傍に仕える栄誉を賜った俺は、その片鱗に触れることができる。……出来れば、あんま、触れたくないけど。
 以前似たような意味の事をアダルクレウスに言ったら「お前って本当に失礼な生き物だよな。陛下の度量の広さと、慈悲深さを毎晩書き取りして寝ろよ」と返された。
 俺は今日、書き取りしなけりゃならないだろうな。

 チョコレートの星を前にして、俺が考えられることなんてその程度だった

 何か今日、大昔のチョコレートと撲殺の記念日なんだそうだ。良く解らないけど、どこかで繋がってるんだと思うよ、撲殺とチョコレート。
 詳しい事を調べてみりゃあいんだろうけど、そんな余力はこのチョコレート星の前には残らない。兄上は俺如きに ”最高にして最大のチョコレート” を用意して下さった。それがチョコレートの星。
 これ何が凄いって、全部チョコレートなんだよ。
 衛星をチョコレートで塗った程度のものじゃなくて(そりゃそれで凄いけどさ)球状外殻の中身は全てシャタイアス閣下が作られたチョコレート。
 総量は恐ろしくて聞いてはいないんだが……聞いても意味無いよな、うん。
 この外殻は三十七代の御代に天才の名を欲しいままにしたセゼナード公爵エーダリロク殿下が作った、皿などに使用するために開発した物だそうだ。
 この手の素材は知らないけど、機動装甲を新型にした人として、この俺でもその生涯の大まかなことは理解している。とにかく頭が良い人で、新型機動装甲から新型戦艦に、新型ダーク=ダーマ、帝国騎士の血統継承方法(シャタイアス閣下が生まれる切欠になった説の基本原理)に、極めつけはワープ装置の基本原理まで打ち立てた、これぞヴェッティンスィアーンといった面立ちの、知的で静かそうな男性だ。……性格は良く解らないけど、見た目がね。見た目とそんなに変わらない性格だったんじゃないのかなと思う。
 あの顔でギャグとか飛ばしてたら変だと俺は思う。そのくらい鋭い顔立ちと雰囲気だ。
「内側にチョコレートがこびりつくことはない。菓子作りの基本道具となっておる。まあ、今でもかなり高額で、王族以外が使用することは無いがな」

 そんな高額なもので、この ”衛星” を作られたのですか! 兄上!

 正直この ”衛星” を前に、過去の発明家にして天才セゼナード公爵エーダリロク殿下に申し訳ない気持ちで一杯だ。まさかこんな事に使われるとは思っても無かっただろうに。
「気にするな」
「な、何をでしょうか?」
「エーダリロクが存命であらば、喜んで素材を提供したであろう」
「そ、そういう御方……でしょうね。そうですよね、陛下に提供することを拒むような御方ではないでしょうし」
 俺に使われてるってのが問題っぽいけど、陛下である兄上が所望したら……うん!
「皇帝であった ”あれ” は皇帝相手でも拒むかも知れぬが、所詮 ”あれ” はセゼナードの寄生体。寄生体であろうが、その昔の複数人格の単独体であったとしても、余の力を持ってすれば御すことは可能だ。余は ”あれ” 相手でも遅れは取らぬ」
 兄上、なんか凄く難しいお話を俺にしてくださってるみたいだ。知ってて当然のことらしいんだけど、全く解らない。
「そ、そうなんですか! はははは……」
 上手く誤魔化したつもりだったんだけど、どうもすぐにバレてしまったらしい。
「説明されておらぬようだな。後日、余が説明をしてやろう、今だ存在する ”あれ” をも呼んで。とは言うものの、セゼナードの ”あれ” は近年生まれておらぬからな。第四でも良かろう」

 自分の知識不足っぷりに、本気で冷や汗が吹き出てきます。

 過去の偉大な人達よりも、現在の俺の目の前にある星に意識を集中させよう! なにせ兄上が用意して下さった、宇宙最大量のチョコレートなんだから! ……最大量……
 俺のために用意された ”衛星チョコレート” 
1.球状
2.自転してる
3.帝星の周りを公転している
4.大量
 宇宙にチョコレートを詰め込んだ球状の物体が浮いてるんじゃなくて、確りと公転と自転してるんだよ!
 どうやって食べるのかって? それはこのマニュアルにあるように……機動装甲に取り付けられた特殊素材のストローを差し込んで吸う……吸うの?!
 ストローを差し込んだ部分が上手く通過して、漏れたりしない素材らしいが……吸うの? この量を!
 ああ! そうか! だからセゼナード公爵エーダリロク殿下が作られた素材なんだ! 一滴残さず吸い取れるように! って……自力では半分の量も吸えないと言いますか、一生かけても無理っぽいと言いますか……毎日機動装甲でここに来て、吸ってから一日が始まるような予定を組むべきなのか?
「少々量は多いが」
 見た感じですと、少々どころではないのですが、兄上の偉大なる感性では少々ですむのでしょうねえ。
「量としては地球時代西暦2004年の総海水量の五十分の一程度だが、その量の液体チョコレートが一箇所に集められたのは、これが初めてだ」
「そ、そうですか。お兄様の初めての手助けになって嬉しいです」
「其方は小食故に」
 お兄様に比べると小食らしいですが、これでも結構……いや、良いです。小食でいいです。
「余も一緒にストローを差して飲もうではないか。一つの器にストローが二本といったところだ」
 ……ここは笑う所なのか? 笑える部分なのか? 確かに一つの器に二つのストローで仲良く吸うのは……で、でも規模が違うし、量が凄いし、出撃してまでだし、それに機動装甲を改造しているし! 兄上はこのために新機体を作られ……やっぱここは男を見せて、兄上に負けないくらいに、吸い上げるべきだよなあ。
 だから、いざ出陣!

※ ※ ※ ※ ※


 四十五代皇帝サフォントの御代において帝国最強の菓子職人の名を欲しくもないのに欲しいままにしている男・シャタイアスは、その任務を終えて整備に入っていた。
「あんた、何したの?」
 白と赤と金だけしか使われていない機動装甲に、妙な色がこびり付いている。
「チョコレートを作った」
「いや、匂いで解るけど。なんで、機動装甲でそんなモンを」
「陛下よりの勅命だ。皇帝陛下の騎士たるオーランドリス伯爵の任務として……」
 機動装甲のつま先部分に腰をかけて、うつむき加減になりながら額を押さえた父親を見て、息子は必死に言葉を選ぶ。
「ま、まあ良いんじゃねえの。大体機動装甲の原型は作業用ロボットtea58だからさ」
「まあなあ。どれほど高性能になった所で、元は変わらないか」
 tea58の名誉のために断っておくが、お菓子の国を作る作業に日々精進していた訳ではない。過酷な環境下での作業を補助するものであって、シャフト部分に放射線物質が混ざることはあっても、
「うわ、美味ぇ!」
 シャフトにチョコレートが詰まって、それを息子が舐めて歓声を上げるような場所で作業したことなどない。
「舐めるな! 近距離用のバリアを張ってきたとは言え……ほら、お前の分だ」
 純粋な人間であれば、宇宙から戻って来た機体についたチョコレートを舐めるなどしてはならないのだが、リスカートーフォン原種(アシュ=アリラシュ)の血が強い息子・ザデュイアルは許される範囲であった。
「え! 良いの? あんたの菓子って、結構人気あるんだってな!」
 投げられた箱を上手に受け取った息子は、丁寧にラッピングされている紙を外す。
「菓子はかなり人気があるらしい。自分ではそれ程」
「うわー美味そう! 食っても良い?」
「お前の分だ、思う存分食え。足りなければ部屋にクラシックチョコレートケーキとフォンダショコラが二個ずつ残っている。だから……お前、口でかいな……」
 線の細い息子だが、父親の想像以上に口がおおきかった。大きいというよりは、
「あ? 俺はリスカートーフォン特有の口してるから、結構大きいよ」
 噛みつくのに適した口をしていた。
「そうか。機動装甲の整備は明日にでもするとして、それを食べたらついて来い。早く戻らなければ無くなっているかもしれないしな」
「なんで?」
「クロトハウセが奪いに来る可能性もある」
 お菓子大好き親王大公クロトハウセ。兄皇帝最大の敵の忠臣の元に、お菓子を求めて侵入する。
「警備とかは?」
「クロトハウセがどれ程強いか知っているか?」
「噂は聞いてるけど、手合わせとかしたことないし。今行って、張ってたら戦えるってこと?」
「止めろ! 平素のクロトハウセなら ”まだ” 手加減してくれるだろうが、菓子を奪いに来たあいつの前に立ちはだかるなど、皇帝陛下ですらなさらぬ! ゼンガルセンも回避する!」
 銀河のために細心の注意を払って生きている(らしい)シュスターサフォント、彼は極力危険を排除する生き方をしているので、そのような場には出向かない。
 ゼンガルセンは気狂い(シャタイアス等)の扱いは得意だが、菓子狂いは制御出来ない。
「……あ、そう……無くなってたら、新しく作ってくれる?」
 息子の ”自分的に二大凄い人” が避けると聞き、彼は諦めることにした。
「ああ」

 もっと大きくなったら、父の菓子をかけて親王大公と戦ってみようと、その闘志を裡に秘めながら。

※ ※ ※ ※ ※


「ひゃはははは、酷い有様だ!」
「ゼンガルセン!」
 幼少期から異母兄の身辺を探るべく培った技能により、潜入捜査大得意のお菓子親王大公クロトハウセは見事に ”自分の最も大好きな味の菓子” を作る憎き帝国最強騎士の元から、クラシックチョコレートケーキとフォンダショコラを奪い去っていた。
 だが彼は成長していた。ザデュイアルも父親の菓子が好きなのを知っているので、一個ずつしか奪っていなかったのだ。
 シャタイアスは一個ずつ残っている事に衝撃を感じると同時に「クロトハウセも成長したものだ。カウタマロリオオレトのお陰かな」と思う。

 レッ君の思考回路ってたまにおかしいよね!(お前が言うなカウタ!)

 コーヒーを淹れてくると息子を残してその場と立ち去ると、入れ替わりにゼンガルセンが訪れた。それも手に可愛らしい箱を持って。
 ”怖ぇぇぇ。似合わねぇぇぇ”
 ザデュイアルは戦々恐々とゼンガルセンを見つめた。
「皇太子からシャタイアスの息子へのプレゼントだ。ありがたく今すぐ食え。我はお前が食った事を、あの皇太子に報告してやらなくてはならんからな」
 父親とそっくりな ”半分くらい叔父” に言われて、急いで箱を開けて、中身を口に放り込んだ。一個食べたのを見せて、感想を言ったら後はゆっくりと食べようと思ったのだが、それは叶わなかった。

 意識がなくなったのは初めてだ(ザデュイアル)

 コーヒーを淹れて戻って来たシャタイアスは、息子が息も絶え絶えになって失神しているのを見て驚き、トレイを落とす。それを掴み、落ちるのを防いだゼンガルセンはおもむろにティーカップに口を付けて一口飲んで、
「ひゃはははは、酷い有様だ!」
 笑い声を上げた。
「ゼンガルセン!」
 ゼンガルセンはシャタイアスの息子を ”面白半分に” 殴ることはない。その為周囲に理由があるのだろうと、見回すとそこには皇太子の紋の入ったチョコレートが。
「あ……あ……あれほど、作っても良いが他人に食べさせるのは控えるようにと……陛下にまで、い、言われていらっしゃ……」
「ほっとけば治るだろう」
「ゼンガルセン! お前、皇太子殿下が ”ロガの手” 継承者だっての知ってて!」
 帝国最凶 ”局所” 破壊兵器・ロガの手。
「全てが完璧なサフォントの娘が、その欠点を継承してるとはなあ」
 シャタイアスのケーキに手を伸ばし口に運びつつ、息子を介抱しているシャタイアスに話しかける。
「完璧に近い親を持つ子に多く見られると聞いた事があるから、お前の息子や娘にも現れる可能性が高いだろう」
「なぜに我を褒めてるのだ、シャタイアス」
「褒めているのではない真実だ」
 息子を伸した(直接の原因は皇太子)相手だが、シャタイアスはそれを認めないわけにはいかない。ソファーに息子を寝かせて、ゼンガルセンが飲もうとしていたコーヒーを取り上げる。
「口に合わないコーヒーは飲むな」
 息子用に淹れたコーヒーを取り上げて、淹れ直しに戻った。
「ロガの手なぁ」

 そう笑っていたゼンガルセンだが、第二王女が成長しロガの手の持ち主と知った後、一人でこの日のことを思い出すハメになった。

※ ※ ※ ※ ※


 エバカイン、帰還いたしました!
「其方は本当に小食だな」
「いえ、いえ……お兄様が偉大なのでございます」
 気合いを入れてチョコレート、飲んで飲んで飲んで飲まれてみて、再び飲んで飲んで飲んで飲まれて飲まれて……チョコレートに敗北した!
 所詮俺はその程度の男さ。
 シャタイアス閣下、本当に美味しかったですよ。あの量のチョコレート、どの部分を飲んでも味に違いがない、全て極上の均一。
 でも俺には、ちょっと多かったです。シャタイアス閣下、作るの大変でしょうから陛下に拒否……拒否なんてできないもんなあ。
「味が落ちることを考えると、小量を保存して後は」
 捨てるのかなあ……と思ったんだけど、
「クロトハウセに与えよう。あれならば、一昼夜で飲み終えるであろう」
 そう言えばクロトハウセがいましたね! でもクロトハウセ、本当に飲みきれるのかなあ……いや! 陛下のお言葉を信用しないわけじゃないけど、その量ってヤツが……
 幾らお菓子が好きだとは言え、この量は一人じゃ無理なんじゃないかなあと、俺は思うのです。
 その日は夜に四大公爵と会合があったので、俺は陛下から頂いたチョコレートをアダルクレウスと一緒にもう一回飲んだ。
「これ程の味は二度と味わえないだろうな……でも適量に限りだが。それにしても、美味いわ」
 二人で飲んで、寝室に戻ってベッドに入るとき、ふと思ってチョコレート星の映像を観ようと通信室に向かった。
 そして見たものは……

 クロトハウセ、さすが陛下の忠臣だ。俺なんかとは全く違うね! そして思った。兄上としては、あの量は飲みきる事が可能なものだったのだと。
 これから俺は精進します! どうやって精進したら、あの量のチョコレートを飲みきる事ができるのかは解りませんが! 頑張ります!
 よし! 書き取りしてから寝るか!

《終》


2.この話に出てくる三十七代の御代に関係する出来事に関しての質問は、一切受け付けません。本編に出て来るまでお待ち下さい