俺とエーダリロクは逃げている、宮殿内後宮の庭を伝って。
前皇帝の夫達は仲が良かったので、行き来が結構自由だ。宮の境に警備を置くようなこともなく、侵入阻害システムを起動させることもないから、割と楽に違う宮へ侵入できる。
「ビーレウスト、何処で飯食う?」
防衛戦から生還して逃れられない戦勝式典に参加したら当然ながら、捕まりそうになったんで逃げ出だして……今に至る。そして本日のエーダリロクは満載だった……食い物が。
「皇婿の宮の端で食うか」
「おお! 今日はたくさん持って来たぜ。庭の隅っこで二人で戦勝パーティーしような」
「ああ」
二人で隠れて祝うのは嫌じゃない、いや、むしろ楽しいからいいんだけどよ。ただ一応皇婿には庭の端を借りることを言っておくことにした。
それで皇婿の方に向かうと、聞きなれた声が。
「どうした? ビーレウスト」
「カレティアが居やがる」
思わず顔を見合わせる。
あいつ、皇婿と仲悪いじゃないか。何しに来てんだ?
「何で今、此処にいるんだ?」
俺が思わず呟くと、
「今日は帝国軍将校が主役だから、カレティアは暇なんじゃねえの?」
エーダリロクが答えてくれた。
そうか、今日は帝国軍将校の祝いか……一応帝国軍将校でもある俺やエーダリロクも参加しなきゃならねえが、まあ良いや!
「どれ、少し聞いてみるか?」
「おう」
俺はカレティアと皇婿の会話を拾うことにした。
― 教えろと命じているのだ
― 知らないと言っているでしょう、王
― 貴様。絶対に何かを知っている!
― 知りません!
「どうした? ビーレウスト」
「カレティアが皇婿を問いただしてる。だが “何” を問いただしているのかは全く解らない」
俺がそう言うと、エーダリロクは歩き出した
「何処に行くんだ?」
「皇婿に会いに行こうぜ」
「カレティアが居るんだぞ」
「平気平気」
その言葉に俺も黙って従った。
到着するまでの間に言い争いが終わるかと思ったが、より一層ヒートアップ状態。さすがヒステリー王、顔を紅潮させて怒鳴りつけている。
怒鳴られている方は冷や汗かいて、震えだしそうだ。皇婿は小心者だからなあ。
「こんにちは、皇婿」
「イデスアにセゼナード……」
俺達が現れたことに皇婿は驚き、
「貴様等何をしに来た!」
ヒステリー王は怒鳴る。本当に怒鳴ってばかりだなあ。
怒鳴り散らすヒステリー王を黙って眺めていると、
「そこの餓鬼! 人の顔をなに見ておる!」
「いやまあ、そりゃもう、女みたいに怒るなあ……と」
ますます怒りに火を注いだみたいだ。構いはしねえけどさ。
「貴様ぁ!」
「皇婿さま、テルロバールノル王を招待するなら招待するって言ってくださいよ」
そんな中、エーダリロクは何事もないかのように進み出て、シートを広げて持って来た料理を並べる。
たこわさ、たこ焼き、たこのから揚げ、たこの刺身(頭と吸盤)たこ飯のおにぎり、たこのマリネ、たこの煮物……何故! 何故、たこづくし!!
言っていて俺の「たこ」がゲシュタルト崩壊しそうだったぜ。
「え? あ……」
驚いている皇婿を全く気にせずにエーダリロクは大量の料理を並べる。
「野外での食事、久しぶりですね。俺が作ったんですよ。テルロバールノル王もどうぞ」
成程な。
カレティアは大量に料理は食えないし、今は戦勝式典の最中。それでなくても料理を食って吐かなけりゃならない。余計なものを腹に入れる余裕はない。
「あ、ああ。その、食事の約束をしていたので」
「帰る!」
物凄い顔で俺達を睨みつけてカレティアは去っていった。
大量の食事を目の前にするのは、あんたに取っちゃ毒だからなあ。
カレティアが居なくなったのを確認すると、
「ありがとうな、イデスアにセゼナード」
皇婿が礼を言ってきた。
「いいや。俺達は例の騒動から逃げてるだけだから気にしないでくれ」
エーダリロクがそう言うと、皇婿は少しだけ笑った。
「二人の食事に加わってもいいか?」
「どうぞ」
皇婿はエーダリロクの手料理を食いながら「デキアクローテムスの味だね」と褒める。
そして暫くしたところで、
「さっきの会話、聞いていたのかな?」
俺の聴覚からしたら、聞かれてると考えるだろうな。
「聞いてたが、何を言っているのかは解らなかった」
エーダリロクから渡された緑茶の入ったコップを手に、皇婿は語り始めた。
「テルロバールノル王から聞かれたのは、ザウディンダルの出生。あの男はザウディンダルの些細なことでも知って……実弟から遠ざけたいのだろう」
俺とエーダリロクはあんま興味がないから、
「君達二人、よく食べるねえ」
口いっぱいにたこ飯のおにぎりを突っ込みあってた。いやーエーダリロクの口も意外と入るなあ。握り飯三個入った、三個。俺は四個なー……ぐっ! 喉詰まった。
「ふ〜やれやれ」
二人で同時に喉に詰まって、皇婿が急いで茶を注いでくれた。いやー良かった。
「二人とも、ザウディンダルの出生とか興味はないのかな?」
皇婿の問いかけに、
「ねえ」
「全く」
二人で思いっきり答えた。
いや、俺本当にザウディスの出生なんて興味ねえんだよ。
「そうか……じゃあ聞いてもらおうかな。レビュラ公爵の父親は僭主だ。ハーベリエイクラーダ王女の末裔」
ハーベリエイクラーダ王女、そいつは
「テルロバールノル系僭主か」
「ザウは女傑の子孫か、見えねえなあ」
エーダリロク、突っ込むところはそこなのか?
皇婿は懐かしむように語り始めた。
ハーベリエイクラーダ系の僭主四人が兄であったウキリベリスタルにより捕まって、皇帝の前に引き出され、次男の方がディブレシアを身篭らせた。
事実はそれだけで、後は不必要だろうさ。
最早末期だった彼等の血統。実兄と両性具有の妹が近親相姦を経て二人の子を作る。
その子は五歳と三歳。
ウキリベリスタルはディブレシアの前にその子供を引き出し、成長促進剤をうち、骨が軋む音の上に身体がぶつかる音を被せて、意味も解らぬうちに死んでいったとかさ。
両性具有は息子二人を失って、腹に孫がいると言われ、夫で兄であった男は、皇帝と男の両方から責められて死んだ。
両性具有は全裸にされディブレシアに殴る蹴るの暴行から、指を砕かれたり針を刺されたり部分的に焼かれたり、ディブレシアの相手を務める男に嬲られたりを繰り返され、死に掛けた。
だがディブレシアはその女に自分を抱くように命じなかった。
命じずに、長男にその哀れなる両性具有を抱かせた。今の帝国宰相デウデシオン。
母と両性具有と他の男と、腹の中の弟と自分での乱交を繰り返して、繰り返して、帝国宰相は完全に人嫌いになった。
「俺でも嫌いになりそうだ」
コリコリとしるたこの吸盤を噛みながら、黙って話をきいていた。
両性具有はディブレシアと同い年で、ディブレシアが死んだ年に焼かれて死んだ。ハーベリエイクラーダ王女の末は、ザウディス唯一人。
「昔はね、庶子の父系の系図はあったんだけど……そういった事情で抹消された」
長年の間、滓のように溜まってたんだろうなあ。
「父系はザウディス以外にヤバイヤツいるのか?」
「ジュゼロ公爵セルトニアードの父親は、当時世間を騒がせていた連続強姦猟奇殺人事件の犯人だった。そのくらいかな」
あの大人しそうな帝国近衛兵の父がか? そりゃビックリだ。
エーダリロクはさっきの皇婿の言葉を聞いて、何か考え事をしている。
「へえ……他に何か面白いことでも?」
「これは気づいているかもしれないが、タバイ=タバシュとキャッセルは父が従兄弟同士だよ」
「ああ、それは何となく気付いてたな。団長のフルネームはタバイ=タバシュ・ダーナメイズス・ビルトハルディアネで、最強騎士のフルネームはキャッセル・アレリキャラス・ビルトハルディアネスズ。 “ビルトハルデ” が父親たちの名前にあったんだろう?」
当たっていたらしい。
なるほどねえ、父方の系譜は全部消して……か。
そんな話をしていると、どうやらエーダリロクの考えがまとまったらしい。
「じゃ、帰るか。エーダリロク」
「おう。失礼しました、皇婿」
皇婿は笑って “何時でも無断で隠れていいからね” と言って送ってくれた。感謝しておこうじゃないか。あの人はカレティアとも仲悪いから、王と会わなくて済むしなあ。
「ディブレシアはザウを狙って作った……意外と帝国のこと考えてるじゃないか」
突然エーダリロクが口を開いた。
「どういう意味だ?」
「両性具有の次に生まれた……この場合はザウの次に生まれた陛下がお子を儲ければ、第一子に皇女の生まれる確率は95%を超える。これは《俺達》の有史以来変わらない法則だ、必ず皇女は生まれる。ディブレシアも女性因子消滅は知っていたはずだから……」
俺は声を失った。
両性具有の次に正配偶者の子を……まさか、全てディブレシアのコントロールによるものだと?
「ディブレシアは頭が切れて、帝国のことを考えているヤツだったのかもしれない。でも……帝国宰相に何かする必要ないから、結果的にそうなっただけなのかもしれないが……」
ディブレシアは何を見て、何を目指していやがった?
山葵・皇婿セボリーロスト編 − 終