『リーデンハーヴ兄とは少々歳が離れていたし、王太子殿下だったから仲良くはなれなかったが、ヲイエル兄には良くしてもらった』
二番目の兄ヲイエル=イーハには会ったことねえ。
何せ即死したからなあ……ディブレシアの股間で……
ヲイエルも兄貴も『同族の実兄弟で同皇帝の正配偶者』だったことから、リスカートーフォン系皇族霊廟の皇帝正配偶者棟の同じ部屋に葬られている。
色々あんだよ、葬る場所も。
諸事情ってやつさ。俺は宮殿にいれば定期的に兄貴の霊廟に通ってはいるが。
ついでに会ったことのないヲイエル兄にも……いや、兄貴が大切にしてた兄だからな。俺の兄でもあるんだが……まあ、いい……
「ビィーレウストォォォ!」
言いながら人にジャンピングキックを仕掛けてきたのは、
「エーダリロク……と、誰だ?」
エーダリロクで、腕には大事な大事な……カメレオン? と瓶。
「何したんだよ!」
「お前が危ないから知らせにきたんだよ! 俺の兄貴がガゼロダイスと一緒にお前……うおぉぉ! 来たぞ!」
俺は思うんだが……お前が俺の居場所を突き止めるのを知っててあいつらつけて来たんじゃないかなあ……ってよ。でもまあ、逃げる!
ロヴィニア王が直接おいでなさってんだ、適当な場所じゃあすぐに突破されてくる。
何せ向こうへ陛下の私室にも入れる立場……立場的にはなあ。あの派手なケシュマリスタ容姿のせいで陛下のお傍に近寄るのを禁止されてはいるが、基本的に陛下のお傍に近寄れる権力の持ち主だ。
そんなヤツの追撃を逃れる場所……ここからなら、リスカートーフォン系皇族の霊廟が近いな。
「来い! エーダリロク。兄貴に会いに行く」
「おう!」
王でも他王家の霊廟には無断で立ち入れない。俺は兄貴が入れるようにしておいてくれた、もちろんエーダリロクも一緒に。『二人で一緒に≪棺参り≫して欲しいって言ってたよ』ってのは皇君の言葉。
≪棺参り≫ってところに、甥王が何をしているのか知ってんだろうな。
ザセリアバは絶対に霊廟に他王家の者を入れない、エヴェドリット王族はあまり近寄りたがらない。何をしてるかって? そりゃあ……死体食い荒らしてるからさ。
食い荒らす……は間違いだな。
跡形もなく綺麗に食べている。
別に珍しいことでもないし、リスカートーフォン系は戦死が多いから食べるのが極端に少ないから何れ兄貴も食われちまうだろ。
ザロナティオンは皇帝になってから、皇族の霊廟開いて食いきったからなあ。
ザロナティオンがあれだけ強くなったのは、死体を食べて融合を繰り返したからだってのが判明している以上、強さを絶対視するエヴェドリット王ザセリアバがやらないわけがない。
俺には兄貴の遺体を護る権力もないし、兄貴の遺体につよい執着心もない。生前の兄貴は大好きだが、死んだ肉に強い執着心を抱くことはない。
食えといわれれば食えるが、特別食いたいわけでもないし、ザセリアバは数少ないリスカートーフォン系の遺体を捜して必死に食って強くなろうとしてんだから、それを邪魔するのも大人気ない? とは少し違うが、余計なことをしない方がいいだろう。
俺は唯一立ち入りを許されている兄貴二人の部屋にエーダリロクと逃げ込んで一息ついた。
エーダリロクのカメレオンはゲスト登録な……まさか、爬虫類をゲスト登録する日がくるとは思っても見なかったが、エーダリロクに抱えてきたカメレオン置いて来いって言っても無駄だし、ロヴィニア王に人質……いや、カメレオン質? に取られると厄介だからよ。
「こっちの棺小さいなあ」
エーダリロクと墓参りに来たことはあっても、この部屋の前で手を合わせるだけだった。
だから中に入ったのは初めてだ、俺もエーダリロクも。
部屋には棺が二つ。兄貴ともう一人の兄ヲイエル=イーハ。俺と同じリスカートーフォンの容姿を強く引いていた男……らしい。
「ヲイエルか。ヲイエルは成長速度が ”人間” よりも若干遅いタイプだったらしい……だからディブレシアの猛攻にも耐えられなかったらしいけどな」
「あ〜猛攻」
「ちょっと静かにしろ、エーダリロク」
霊廟の入り口が開く音がした。
この足音……
「ザセリアバが来た」
「エヴェドリット王が何しに?」
「あいつが霊廟に来るってことは、死体を食いに来たに決まってるだろうが」
よりによって今日の『今』こなくてもいいだろがよ!
「……見つかったらまずいよな?」
「マズイな。一応、死体は ”食うな” って法律にあるからよ」
「ここでザセリアバと鉢合わせしたら?」
「最悪俺達が食われる。最良でも食われる」
死体より生きてる方が能力定着率が高いらしい
「俺なんか食っても能力上がらないと思うんだけどなあ」
エーダリロクがカメレオンを抱えたまま視線を泳がせる。
「食ってみなきゃ解らねえからな。運を天に任せるってか……おい、エーダリロク。そのカメレオンはあの彫刻の影に隠して来い。大丈夫だよ見つかっても食われはしねえよ。で、俺達は棺の中に隠れるぞ」
兄貴の棺の暗証番号を打って開く。
ザセリアバが兄貴の棺の暗証番号しらなけりゃあ……食うつもりできたんだから、知ってるだろうな。ザセリアバ、今日はお日柄もいいからヲイエル食ったらどうよ!
棺を開いて、彫刻の影にカメレオンと瓶の蓋を開いておいてからエーダリロクは戻ってきた。
「失礼します、アメ=アヒニアン」
安置されている兄貴の両脇に身体を寝そべらせて扉を閉じた。
……あ! 閉じたら棺の蓋ひらかねえや……
兄貴、ごめん。無事に生きてたら棺の蓋吹っ飛ばして出て逃走する。あとで直すから許してくれ、そんな事を心の中で呟きながら隣に居る兄貴の横顔を見た。
ん? これは……
ザセリアバは真直ぐこっちの棺に近づいてきた。躊躇いなくコッチにきたってことは、あっちはもう食い終わったのか? 棺の内側に指をめり込ませて開かないように力を込めた。
ザセリアバの野郎が本気になったら開いちまうが、無理矢理開けば警報は鳴るから、その隙に逃げるか、警報を聞いて宮殿を護る警備兵が来たら食われても治療器まで運んでもらえるだろうから……何とかなるだろ。
棺にコードを読み込ませた音。
[何故開かん?]
がたがたゆすり始めた。
でも俺は力込めてねえ。
兄貴の向こう側に見えるエーダリロクが内側から携帯の端末で棺の制御をしてた。コードを一時的に改竄中らしい。
[不具合か? それともビーレウストがセゼナードにでも依頼して棺の蓋を開かなくしたのか?]
俺は依頼してねえ、今ここでエーダリロクが自分を護るために必死にやってるだけ。
ザセリアバは三回コードを打ち込んだ後、開かないことに腹を立てたのか棺に手をかけて無理矢理開こうとし始めた。体勢の違いを差し引いても、馬鹿力でやがる。
ここで扉が開いたら、やられる……
そんな事を思った瞬間、遠くで何かが倒れる音と同時に何かが『とんだ音』が響く。
これって……
[うわぁぁぁぁぁぁ!!]
ザセリアバが叫んで出て行った音と、昆虫が飛んでいる音。
「エーダリロク、もう開いても大丈夫だぜ。ザセリアバの野郎、霊廟からもう5kmは離れてる」
「足速え」
そういうとエーダリロクは内側から開けるようにデータを打ち込んで、
「押せば開くぜ」
言われたとおりに棺の蓋を押し上げると、軽く持ち上がった。
霊廟の中を見回すと、彫刻の方から昆虫につられて出てきたカメレオンの姿が。
「ザセリアバって羽虫は全部ゴキブリに見えるのかな」
「嫌いなヤツに取っちゃあそうなんじゃねえのか。何にせよ、この ”えさ” で助かったな」
飛んでいるのを捕まえてエーダリロクに渡すと、瓶の中にしまい込んだ。その昆虫の行く先はやっぱり ”えさ” なのかどうかは知らねえが……
「早く出ようぜビーレウスト」
「ちょっと待ってくれエーダリロク。兄貴の右耳朶に細工があるのをみつけた」
兄貴の右耳朶には、片方を俺にくれたイヤリングが付けられていたんだがふくらみが不自然だった。確認してみると耳朶が中開にされて中にチップが埋め込まれていた。
それを持って俺とエーダリロクは霊廟を後にする。
耳朶に入っていた情報用チップ。
食われていたら手には入らなかっただろうが……
「エーダリロク、これの解析頼んでいいか?」
「もちろん」
帝君宮で解析を開始したんだが……特に厳重なロックがされていたわけでもなく、簡単に開いた。
中から出てきたのは兄貴の声。
俺やエーダリロク、陛下に皇君達は元気にしているか? という語りかけてくるようなモンなんだが……
「ん?」
「どうした? ビーレウスト」
「この声は作ったもんだよな」
兄貴の肉声じゃない。兄貴の声を処理したものを幾重にも重ねている。
「基本的にはアメ=アヒニアンの声だが、同じ言葉を違う複数の音声処理をかけた後、ずらして重ねてる」
何度か聞きなおしているうちに、音声の波形をみていたエーダリロクが俺よりも先に気付いた。
「音声がずれている箇所を繋いでみたら ”愛人が知っている” って出たんだが、帝君の愛人じゃねえよな」
「兄貴に愛人はいねえよ。それで、ずれている箇所を拾えばいいんだな」
「ああ。俺が拾った箇所はここだ」
ビーレウストが音声のずれている場所を指差す。
「これ以外はない。ここにもう一つ、計器では絶対に聞き取ることの出来ない音声が重なっている可能性がある。ビーレウストなら聞き分けられるだろ?」
”射程を視る声”……な。意識を集中して、その分にある聞こえない声を拾い上げる。
[リは巴旦杏の塔に仕掛けを施した。知っているのは]
『リ』はテルロバールノル『王』を指す。
エーダリロクは新しくなったあの隔離棟の二代目管理者。一代目は……あの塔に仕掛けをすることが出来た『リ』となりゃあ……
「巴旦杏の塔に仕掛けをした愛人持ちの『リ』ったらウキリベリスタルだよな」
「それ以外いないな」
ウキリベリスタルの野郎、一体何を仕掛けたんだ?
山葵・帝君アメ=アヒニアン編−終