今俺は帝君宮と皇君宮の境あたりの庭にいる。
兄貴と皇君は仲が良かったから、互いを隔てる塀を取っ払って自由に行き来できるようになっている。新しい主、要するに陛下の正妃が来たら塀は元通りにされるんだろうが、まだその気配はない。……陛下、早くこの塀を元に戻してくださいな。
「皇君宮との境にも久しぶりに来たなあ」
何でこんな場所に来ているかって言うと帝君宮にザセリアバが押しかけてきたからだ。アイツは陛下のお傍以外なら何処へでもいけるからな。アイツがガゼロダイス連れて来やがったんで逃げ出した。
俺はこの前鮫に追われた内海を見つめ、後ろでエーダリロクが飯の用意をしている。
「ビーレウスト、飯できたぜ」
丸一日庭に潜伏してんで腹が減ってた。
「おう」
ガゼロダイスが来て逃げたってのを聞いたエーダリロクが急遽飯もってここまで来た。
「急いで作ったからさ。材料がこれしかなくて」
「……残り……か?」
「でもさ、コッチは献上品だぜ」
目の前にあるのは “とりわさ”
山葵はたしかに献上品なんだろう、だが鶏肉はエーダリロクの可愛い爬虫類達の餌の残りだ。
ふふふ……エーダリロクはちょっと毛色は変わっているがロヴィニア。爬虫類に極上の餌食わせてその残りを王族自らが調理して食うなんてのは当たり前だったな。
大量に作ってきたとりわさをつつきながら、波の音を聞いて……この大量のとりわさどうしろと?
「やあ、おいしそうだね」
「っ! 皇君……」
「久しぶりっすねえ、皇君。あ、食べますか?」
「いただくよ、ゼフォン。そしてやはり此処に来ていたね、アマデウス。昔からここら辺で良くアリアスと遊んでいたよね」
「は、はあ」
アリアスは俺の兄貴に皇君がつけた愛称な。詩人の皇君は人に愛称をつけてそれで呼ぶ。
宮殿で生活してた事もある俺達も当然愛称はある。
俺の愛称は “アマデウス” 何でこうなったかは記憶が定かじゃねえが……アメ=アヒニアン兄貴がアリアスって呼ばれてたから似たようなの……だったか? エーダリロクの愛称の由来は解ってんだけどなあ。
エーダリロクは “ゼフォン” ロヴィニアの初代がゼオンであることと、原型の大天使にその発音に近いこの名前があるからと “超” ご勝手につけてくださった。
一人称我輩な金髪の詩人はエーダリロク(本人的にはゼフォン)の作った “とりわさ” を優雅に口元に運びなさる。
「我輩にはどうしてやることも出来ないが、元気付けようと思ってこれを持って来たのだよ」
あなた様にどうこうしていただく気は一切ありませんが……と思っていたら、皇君は胸元から小さな本を取り出した。赤い皮で装丁されて金の箔押しがされている……ちょっと待て! 著者の所に[アマデウス]って書いてねえか?
赤皮でアマデウスって俺しかいねえだろうが!
「あ、それってビーレウストが初めて書いた本ですね」
「ぶはっ!」
「山葵に塊でも入ってたか? ビーレウスト」
「ちっ! 違っ!」
確かに山葵は鼻にはいって大変なことになっているが、それじゃなくて!
「君を元気付けるために君の処女作を朗読しようと思って」
思い出した! そりゃあ、俺の暗黒史だ! 記憶の底に押しやったヤバイやつだ!
兄貴は童話とか描くのが好きだった。俺は兄貴の描いた童話を皇君に朗読してもらって初めて本を読んだ。それで兄貴を喜ばせたい一心で本を書いた。その本は既存古典のパクリ……パ、パロディって言えば良いのか?
色々な話を混ぜて作った危険なヤツだ。
俺の記憶が正しければあの本は「偉大なるギャツビー・フィッツジェラルド著」の筋を改変して「時の旅人・アトリー著」と「誤りから救うもの・ガザーリー著」を組み込んだ、作者の出身国も時代もバラバラなまさにカオス!
「我輩はこの話が気に入って読み込んでいるから、本を開かなくても良いのだが、やはり朗読には本を読んでいる姿が必要だろうと思ってな」
ちょっ! 詩人! 読み込んでるって? そりゃ拷問だ! なんか膝組んで本を開き始めた。エーダリロクは黙ってそっち見てるし、俺はもう……立ち直れねえ!
十数年前の俺を殺してえ! 木っ端微塵にしてえ!
今まさに俺が時の旅人になって俺の誤りを俺が救いてぇ!! 十数年前の俺はどうしてこんなにも偉大なバカだったんだよ!
……軽く朗読されちまった。
なんつーの自分の過去作朗読で、自分が汚された気がしてくるほどの暗黒パロディ創作でした。顔が赤くなるとかじゃなくて、生きる気力すらなくなるような凄まじい破壊力でした。
「ビーレウストって本当に凄いよな。俺この手のことに関しちゃあ全く素地がないからさ」
エーダリロク……手前以外のヤツが言ったら絶対に嫌味だと思って殺してるぜ……。
とりわさ食いつつワインで喉を潤わせた皇君は、
「ゼフォンはアマデウスの二作目を持っているよね」
再び爆弾宣言を。
……十数年前の俺ってヤツは!
「はい大事に保管してますよ。俺頭悪いから、意味解らなくて知恵熱出しちまったヤツですね。今でもあんま良く解んねえから、解説してくれねえか? ビーレウスト」
ああ! エーダリロクに止め刺されてるぜ!
手前が熱出したのは間違いなく理解不能な暗黒文章のせいだ。
つか、今の俺にも理解できるかどうか? いや! 理解はできるだろう。ただ脳が拒否する可能性もあるが。確かに二作目は「幼年期の終わり・クラーク著」をベースに「笑い・ベルクソン著」と「霊操・ロヨラ著」を混ぜた一作目よりも更にカオスにしてオメガ!
多分エーダリロクに少し頭の良いところ見せたかったから、訳の解らん難しげな文章を合わせて混ぜて……
エーダリロク……手前の脳が脆弱でレイプされたら全てが壊れるタイプだったら、俺は今迷わず襲う。犯してなかった事にして、俺は一生手前の下僕として仕える。
だから頼む……それ忘れてくれよ。
書いた当時は悪気なかったんだが、十年後俺が俺の作品に犯されまくりだ!
「アマデウスの習作も中々味があって良い」
「ええ! 何でそんなの皇君が持って……」
「君の兄であるアリアスの形見分けで貰ったのさ。廃棄してしまうのは忍びなくてね。アリアスは君の作品が大好きだったから、どれ一つとして捨てていないで嬉しそうに読み返しては自慢していたよ」
俺の過去、兄貴によってフルコンプリートォォ! 兄貴! 弟が可愛かったらそれ全部捨てておいてくれよ……
「それはもう我が子を自慢する親のように我輩や他の夫に語っていたよ」
陛下……陛下の父たち殺してもいいですか?
しばらく自分の書いた文章にうなされそうだ。
「ビーレウスト、涙目だけど山葵きつかったか?」
「いや山葵は大丈夫だ」
そんな俺を目を細めてみていた皇君は、
「良いじゃないか。自分の子の作品を自慢できる親は幸せだよ。我輩には実子もなければ弟もいないしね。甥はいても自慢するようなタイプじゃないし、親子と名乗れぬ兄弟もいるし」
そう語った。
皇君は末っ子で、甥は四人いたが今は一人。ラティランが即位して他の弟達を殺害した。だが最後の兄弟で親子?
「帝国宰相はザウディンダルの “おえかき” は飾っても、バロシアンの “おえかき” は飾らない。殆どの者が知らないのだから、飾ってやればいいのに」
長子と末子か……年は十六歳違いで親子でも可笑しくはないが、バロシアンの母親は間違いなくディブレシア帝。デウデシオンも母親はディブレシア帝……
「何で突然そんな事を俺達に言ったのかな?」
「ん? いやあアリアスがアマデウスのことを自慢していたのが気に食わなかったようだから」
笑顔の皇君に戻ると挨拶をして、エーダリロクと二人で帝君宮へと歩く。
内海で鮫が跳ねる音がした。
あの鮫は餌を食べる時に跳ねる珍しいタイプだった……
「なあ、エーダリロク」
「何だ? ビーレウスト」
「手前、皇君が……」
―― 庶子は全員、ディブレシア用の性奴隷だと聞いたが、ディブレシア亡き後何故生きているのか? それは簡単だ、庶子の殺害を支持していたディブレシア帝の母が死んだからだ 死因は? 自殺 ――
「そうか、知ってたのか」
「まあなあ。迂闊に言うわけにもいかねえし、関係ねえしさ。なあそれよりもビーレウスト、俺にくれた本の出だし “空に飛びかうかもめのように……”」
「うわぁぁぁぁ! それ以上、言うなあ! ソイツも迂闊に言うんじゃねえよ!!」
山葵・皇君オリヴィアストル編−終