「と言うわけです。私など、一目見て直ぐに気づいたのですが……セゼナード公爵は全く。らしいと言えばらしいのですが」
聞き終えたんだが、途中から頭の中身を直接覗いていた。こっちの送信を目つぶってかわせば向こうには気付かれにくいからよ。
シーゼルバイアは喋ってる途中で自分の世界に浸ってきたんで、覗かれてることにあまり気付いてはないなかったけどな。言ってたことは本当らしい。
ってことは、エーダリロクの可愛い娘の一人、シュルカリアンガメのシャッケンバッハはメーバリベユ侯爵が見つけて、その代価に実家に居座る新しい男と新婚生活を送る母親から財産を奪われないようにする為にロヴィニアの法務官を一人つけてやったってわけか。
その法務官を手繰って、ロヴィニア領での正妃用の貴族選別の際に乗り込んできた……としたら、
「あの女は、皇帝の正妃を狙ってきたわけじゃなく、最初からエーダリロクの妻の座を狙ってたのか?」
法務官はロヴィニア王に報告したかも知れねえが、エーダリロクには特別報告はしなかっただろうな。皇帝の正妃にエーダリロクは関係ねえしよ。
それにしても、法務官が付いてたって財産を増やす事は不可能だから、本人の商才ってやつなんだろうな。ロヴィニア王好きだしな、金増やせる女。
「そこまでは解りませんが」
「何にせよ大した女だ」
そんな話をしている間もエーダリロクとメーバリベユ侯爵、二王に連れられ他の王や帝国宰相に挨拶をして回っていた。帝国の重鎮への挨拶周りが終わると、周囲にロヴィニアの幇間が群がって『王と公爵妃』に歯の浮くような世辞を送ってやがる。
未だに頭振って拒否してるエーダリロクだが、周囲は気にしないってか、あくまでも王に恭順するべきだからな。それに王が認めた王子の妃となりゃ、なあ。
その挨拶も切り上げてロヴィニア王はパーティー会場を後にするようだ。陛下のところに退出の挨拶に向かって……どれ、聞いてみるか。
『愚弟の婚姻を許可していただき誠にありがとう御座いました。これからもロヴィニアは陛下の外戚として家臣として忠誠を……』
『くっ……』
何だ? 誰だ、ゲロ吐きそうなのは? テルロバールノル王か。まだ胃がもたれて……って飯食ってやがるなあ。立食でもある程度は食わないとまずいってか、
『これもどうだ? カレンティンシス』
この嫌味な声はラティランだな! おうおう、ラティランの野郎、カレティアが通常の五分の一程度しか食えネエの知ってて料理を勧めてやがる。いい性格してるな、知ってたことだが。
『ま、まあその、メーバリベユにはあまり、その、苦労と申すか無理強いをせぬようにな。余の妃になれなかったとは言え、一時は候補でもあったのだ。全くの他人とは思えぬしなあ』
陛下、相変わらずお優しすぎですぜ。
『全くの他人ですから、お気になさらぬように』
言うと思った帝国宰相。
『うぅ……』
喉まで来てるぜ、カレティアのや……
『もごもごもごもごもご(やだぁぁぁ。結婚なんてやだぁぁぁぁぁ)』
全力で拒否してもなあ。ザセリアバが取り押さえてるからお前じゃムリだぜ、エーダリロク。
『それではこれから領地で愚弟と公爵妃の結婚を報告したいと思いますので』
やっぱり帰るんだな……聞いてなかった。聞かされてたら、帝星からトンズラしてたけどよ。
仕方ネエ、退出するのを見送るか。近寄りはしねえけどな。俺が近寄ると警戒されるから、ま、声だけかけておくか。
「メーバリベユ侯爵」
エーダリロクの妃によ。
「デファイノス伯爵殿下」
「あんた、男の趣味は良いようだが、いい男がいい夫になるとは限らねえぜ」
「ご忠告ありがとうございます。ですが、いい夫に “する” 道はまだ残っておりますので。それでは」
「むぎゅむぎゅむぎゅぎゅ(ビーレウスト!)」
「頑張って逃げて来い」
「むゆぁぁぁぁご(いやぁぁ!)」
「それではデファイノス伯爵」
いい挨拶しやがる。堂々たる王子の妃だ。
「じゃあな」
ザセリアバに連行されていくエーダリロクを見送りながら俺はグラスを手にとって、一人でテラスに向かった。
ま、自分の実家の王が退出したんだから俺も退出してもいい筈だ。もう少しして、陛下の前の人がはけたら挨拶して帰るか。今日は出来るだけロヴィニアの宿舎に近寄らないほうが良いだろうな。
そんな事考えてたら、カルニスタミアが近寄ってきた。
「ビーレウスト」
全体的にいい男なんだよなあ。二歳ほど年下だが、やたらと落ち着いてる雰囲気があって大人に見える。実際体も大きいけどよ。
「カル、どうした?」
「いや、一応ご愁傷様と言っておこうと思ってな。お前も結婚するんだって」
言いながら持って来たグラスを差し出してきた。
自分が持っていたのを手すりにおいて、それを受け取る。
「……それ以上言うな」
あー思い出しちまった。ガゼロダイスと結婚組まれてたんだ。
「言うと思った」
カルも顔に片手をあてて苦笑いしやがる。
「それよりもカル。ザウディスの側を離れて大丈夫なのか?」
両性具有は大量に食えないのを知って勧めるやつとかが多数いたり、ど突いたりと悪さするヤツが多い。
「今はお兄様方が側に居るので儂は退散してきた。弟の情夫なんぞ、邪魔なだけだろう。それに何より今は陛下がお席におられるから、誰も何もせんよ」
そういう事するやつは間違いなく卑怯だから陛下がいないときや、人気のない廊下なんかを狙う。
ザウディスが腕力の強い連中に囲まれて、暴行されかかってるのを察知した事が何度かある。その都度カルに早急に連絡入れたり、俺が撃ったりと結構大変なんだよなあ。今のところは全部未遂らしい、俺が拾えなかった分なんかはあの秘密警察の忍ぶハセティリアン公爵なんかが対処に回ってるらしい。ただ、ハセティリアン公爵は忍んでるから威嚇にならねえ、その点カルは傍にいるだけで誰も近寄ってくる事がない。
ほとんどカルがザウディスの傍に付きっ切りなのは、それもある。
「そうか。相変わらず仲の良いご兄弟だこって。実兄と不仲極まりないカルとは正反対だなあ」
カレティアのように知られていないと一人から陰湿に暴行食らうが、ザウディスみたいに知られてると……なあ。カレティアも貴族を少し掣肘すりゃあいいのによ。そうは言っても大事な弟王子を誑かした両性具有に優しい顔したら、ラティランが何言ってくるか解らねえし……狙ってんだろうな、さすがラティランって言うべきか。俺には対処方法なんざ思いつかねえ。
俺には向きじゃねえ。王ってのがこの種の陰湿さが必要だってなら、俺は一生なりたくはないな。
「確かに」
「……カル」
それにしても、また吐きそうだから少しは助け舟でも送ってみるか。
「どうした? ビーレウスト」
「今日、パーティーが終わったら俺がザウディス抱くわ」
両性具有は食欲は並にあるから、こう料理が大量に並んでる所にくると苦しいらしい。
「はいそうですか、とは言えねえが。別にお前はザウディスを好んで抱きたいわけではなかろうが」
食いたくても食えない。
子どもの頃は食欲に従って食べてみるが、後で襲ってくる強烈な嘔吐に徐々に食事量は減らすようになる。だが、食欲自体が減退することはない。
それを司ってんのが性欲だ。
「あのな、お前の兄貴の事なんだが……言い辛いけどな……」
性処理玩具だから性欲は持ち合わせてる、それに付随して食欲が強く残ってるらしい。
ってなわけで、食事を見た後に感じた空腹ではないのに食べたいと感じる、飢餓感を霧散させるには性欲に転換するしかない。何時もそれをしてんのはカルだが、今日は俺でもいいだろう。
「兄貴がどうした?」
「腹下してる」
「……下痢? ってことか」
「俺、耳良いだろ。ちょっと気抜いたら、お前の兄貴の腸がギュルギュルなる音が聞こえてきてな。実際あんま食事もしてねえし、あの性格だ精神からきてんだろ。この後、お前がいつも通りザウディスのところに行ったら、漏らすくらいにはギュールギュール鳴ってる。正直ウルセエんだよ、手前の兄貴の腸の蠕動運動。耳について離れねえから、引き取ってくれよ騒音の元」
「実兄が下しているのの責任取れと言われてもなあ。……精神的ならば儂に原因がるのだろうが……引き取れるかどうかは知らねえが、適当に対処する」
「そう言やあ、陛下の側近に戻るんだってな」
「ああ。それで一悶着あったので戻りたくはないが」
「だが陛下はお喜びになってたぞ」
「お前が帝君宮に住むことになったのも喜んでおられた。エーダリロクも……だが、あの報告を受けた後では複雑じゃろなあ」
「良いってことよ。どうせ俺とエーダリロクが帝君宮に住むのは一年、長くて二年って所だ。それまでに進退を……」
一年後には妃も決まってるだろうよ。そうなったら、幾ら俺とエーダリロクが馬鹿でも帝君宮からは出て行くさ。ただ、
「決めるのか」
「つもりはない」
死んでもガゼロダイスとは結婚しねえ。
むしろ、そうなったら死んでや……上手く戦死できりゃいいが、ガゼロダイスが引き金で戦死はまずいだろうなあ。エーダリロク怒るだろうしよ……何もなく死ぬなら良いだろうが、自分の一応姉が原因となりゃあ、下手すりゃガゼロダイスのこと殺しかねねえし。
「そうだとは思った」
自分を買いかぶってんじゃなくて、多分エーダリロクはそうするだろうな。
「つかよ、エーダリロクの一件が誘い水になって “ライハ公爵殿下” にだって結婚話は舞い込むわな。色々言われても、お前さん帝国一の貴公子だしよ」
「話は結構あるらしいが……今日 “下していらっしゃる王” と一緒に戻ればその話となるはずだ。側近復帰と抱き合わせらしい、別に頼んだわけでもねえのによ」
「まさしくご愁傷様」
そうは言っても、両性具有の王様としては実弟に子を儲けてもらわなけりゃ気が気じゃあねえんだろうよ。
カルと別れて陛下に退出のご挨拶に向かったら、陛下が、
「あーデファイノスよ、セゼナードのこと……余は不干渉で良いのかな?」
すげー申し訳ございませんです。
「ええ、全く気になさらないでください」
気にされたら困るんです、はい。
軽く挨拶をして、ザウディスの腕を掴んで会場を出た。
「何だよ」
「今日カルは実兄様にお呼ばれなんで、俺が相手してやるよ」
そう言うとザウディスは掴まれていた腕を強く振る。弾かれたように手を離すと、
「要らねえよ。必要なんか……」
「まあ、そういうなって。今日は女の所に行く前に抜かせろってわけじゃねえ。今日の俺は監視付きなんで、お前と大人しくしてた方が都合がいい」
「エーダリロクか」
「奪還しにくると勘違いされてる。誰がザセリアバとアシュレートがいる所に突っ込むってんだよ。だから」
「仕方ないから、やらせてやってもいいぜ」
相変わらず女王様なこって……折角やらせてくれるんだから、怒らせないでおくか。今日は自分から買って出たんだ、何時もみてえに強引にやったら後でカルになに言われるか。
「ま、言われてもいいんだがな」
「何のことだよ、ビーレウスト」
俺は視界の端に映る、ガゼロダイスを無視してザウディスを抱いた。